第39話

 アールシュ様とドゥルーブさんが手紙を出す際に、私たちも王城に一度ご挨拶をしたい旨を手紙で出すことになった。


 バッドゥーラのお二人がモレル辺境伯と親しくなったという事実は、王家にとって悪い話ではないはずだ。

 正式な国交を持ったとはいえ、言語の壁も大きい両国の間で友情が芽生えたというならばディノス王国としてそれを支援し、今後の行う交易を広げる手段にもなるからだ。


 だから彼らがモレルの領地に滞在すること自体は、止められない。

 王家に対して辺境伯自身も挨拶に行くというならば、尚更だ。


「むしろああしろこうしろって指示がウルサイかもなー」


「まあ、アレン様……」


「わかってる。臣下としては仕方のない話だよな」


「私も、アレン様の妻としてできる範囲で頑張ります」


「うん、頼りにしてる」


 その挨拶の際に私もパトレイア王夫妻に別れの挨拶をしたい、というような旨を手紙に記させてもらった。

 これもディノス王家は快く認めることだろう。


(問題は、あのパトレイア王夫妻が『悪辣姫』と呼ばれた娘の話をどこまで真面目に聞いてくれるかだけれど)


 自分のことながら、親子でこんなにも会話できるかどうか不安がっていることが情けない。

 私だけだったらあの人たちは信じてくれないだろうし、また何か気を引きたいのかとか我が儘を通したいのかと言われてしまうかもしれない。


 そう思うと足が竦むが、今回は一人ではないのだ。


「……アレン様、もしも私がパトレイア王夫妻を前に動けなくなったら、助けてくださいますか」


「当たり前だ。なんだったら全部俺が話をしてもいい。……ヘレナにとっては、辛いだろう」


 アレン様は元より、アールシュ様とドゥルーブさんも同席してくれるのだ。

 ディノス王にもできれば同席していただきたいが、それは了承を得られるかわからない。


 ただ、おそらく了承してくれるだろう。

 それだけバッドゥーラのお二人に対し、ディノス王国としては心を砕くつもりのようだ。

 あちらの国の豊かな資源を求めているであろうことはすでにわかっているし、今回の……ユルヨの件は、もしかすればこのディノスでも既に起きている問題かもしれないのだ。


 これ以上、被害者を出さないためにも行動は起こさなければならない。

 その先でパトレイア王国にとって恥となった娘として私は決別を求められるのか、あるいは哀れまれるのかはわからないけれど。


(……どうでもいい)


 私は元よりあの国で、無価値だった。

 ディノス国にとっても、無価値だったからこそ王家と縁を結べなかった。


 それでも、そんな路傍ろぼうの石のような私を、アレンデール様が求めてくださった。


「……パトレイア王国に捨てられても、私を妻として迎え入れてくださいますか」


 王女でなくなった私が、辺境伯の妻でいていいものかとは思うけれど。

 神の前で誓ったのだから簡単には離縁できないにしろ、難しい問題だ。


「捨てられたのなら、拾うまでだ。なんだったら辺境伯という地位も伯父や伯母に戻ってもらって引き継いでもらえばいいだけだし。そうなったらアールシュのところにでも行こうか?」


『うん? なんだ? ドゥルーブ、なんだって?』


 あっさりと笑ってとんでもないことを言うアレン様の言葉をドゥルーブさんが翻訳すれば、アールシュ様は輝くような笑顔を浮かべて『大歓迎だ!』と言ってくれた。

 アンナも小さく頷いて「その際は、お供いたします」なんて言う。


『アレンは辺境伯を務めるだけあって優秀だし、ヘレナも頭が良くて優秀だ。バッドゥーラに来てくれたら引っ張りだこに間違いないけど、俺のところで絶対に厚遇するから忘れないでくれよ?』


 ……なんだか、バッドゥーラに行くことが前提になり始めているけれどそれはいいのだろうかと私は思わず笑ってしまった。


 王城に行くと、あの人たちに会うのだと思うと体も心も竦んでいたのに。

 今は頼もしい人々と一緒で、私はようやく笑みを浮かべることができたのだった。

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