第40話
そしてご挨拶を経て、私はパトレイア王夫妻を前にしていた。
誰もが沈黙をする中で私も息をすることすら苦しいと思ってしまう。
視線は、向けられそうになかった。
「……お時間をいただきまして、ありがとうございます」
「何を言う。……親子で、あろう」
どこか愁いを含んだその声の意味なんて、私にはわからない。
私がその言葉に顔を上げると、パトレイア王は私をじっと見ていた。
王妃もそうだ。どこか戸惑うようではあったけれど。
(親子)
パトレイア王はそう言ったし実際に血の繋がりはそうなのだろう。
髪も瞳も、その色は私と陛下は、似ている。
顔立ちは……王妃に似ているだろうか? 自分ではわからない。
「近く、モレル領へと戻ることとなりました。陛下方にはお目にかかることもそうないと思い、本日はお時間をいただいたのです」
「……父とは、母とは呼んでくれないのか」
「……?」
おかしなことを問われたと思った。
私はもうずっとお二人のことを、そのように呼んでいない。
ユルヨの件あたりからずっとなので、私が十歳になったかどうかあたりかずっとだ。
「何か不都合がございましたか?」
「何?」
「いえ、これまでもずっと陛下とお呼びしておりましたが……何か問題が生じたのかと」
私としてはごくごく当たり前の疑問だった。
けれど、その言葉に隣でアレン様が僅かに怒りを滲ませて、目の前の陛下が辛そうに顔を歪めて……王妃が、困惑した顔をしていた。
私は何か対応を間違えたのだろうか。
「……今日は他に伺いたいことがあって参りました。教えていただければ幸いです」
「なんだ」
「ユルヨを、覚えておりますか」
「お前が気に入らぬと言って辞めさせた教師だったな。お前に拒絶されたことで自信をなくし、世話になっていた貴族たちのところから姿を消した」
「そうです、お前の
王妃の苦言に、私たちは顔を見合わせる。
ユルヨに憧れていて、彼が姿を消したから落ち込んだ。
そのようにもとれる話だが、もしもあの男の手によって、私やバッドゥーラの被害者たちと同じような目に遭った人々が、解放されたことで安堵と……そして露見するかどうかの恐れを抱いていたとしたら?
話は、それで随分と変わってくるのだ。
「何故そのような話をするのに、我々も同席を求められたのかな?」
私たちの反応に、疑問を持ったのだろうディノス王が穏やかに私に向かって尋ねた。
何かを言おうとするパトレイア王妃を制して。
(この方は、
勿論それは、隣にいるアレン様や、賓客であるアールシュ様の存在が大きいのだろうけれど。
それでも私は勇気をもらえた気がした。
「かつてユルヨという男は、私に対して虐待を行いました。その際、立場の弱かった私よりも貴族たちから信頼を得ていたあの男の言葉が重んじられました」
「な、なんですって?」
パトレイア王妃が甲高い声を上げたけれど、もう、怖くなかった。
私は隣にいてくれるアレン様の手を握る。
「そしてそれは淑女として明かすことは恥と秘めておりましたが、バッドゥーラ帝国でも同様の被害があったのだと教えられ、このままユルヨを放置してはならないと思い、その所在を探るべく陛下方にもご相談させていただきたく、お願いに参りました」
私のその言葉に、アレン様が無言で強く握り返してくれた。
それだけで私は何も怖くない。
「あの男はいたいけな少女たちを食い物にし、彼女たちがそれを知られることを恐れるその気持ちを利用して嬲るのです。表向きは良い人間として振る舞い、裏ではそのようなことをする。バッドゥーラでも多くの貴族令嬢たちが被害に遭いました。彼女たちは自身と、家族の名誉のために口を噤んでいたために発覚が遅れたのです」
私の言葉を引き継ぐようにして、ドゥルーブさんもそう言ってくれた。
パトレイア王夫妻は、驚愕の表情を浮かべている。
それはそうだ、嘘つきで我が儘な『悪辣姫』である娘が虐待を受けていたと言っても信じられなかったのだろうが、バッドゥーラの賓客がそう言ったのだから!
そして青い顔をして私を見ていたが、そんなパトレイア王夫妻を見ても不思議なことに私には何の感情も浮かばなかった。
「なんということだ」
ディノス王が眉間に皺を寄せる。
そしてパトレイア王を見た。
「王女がそのような目に遭っていた、もしくは貴族令嬢たちがそのような被害に遭っていたのかパトレイア王は改めて調べねばならないだろう」
「それは……ああ、その通りだ。まさか、お前が、どうして言ってくれなかったのだ……」
「申し上げました。ユルヨが恐ろしいと。あの男の傍にはいられないと」
された所業は、もう二度と口に出したくなかった。
何をされたのかと問われても、答えたくない。
その気持ちを察してくださったのか、アレン様が立ち上がって私とパトレイア王の間に入ってくれた。
「パトレイア王、失礼ながら我が妻は誰にも信じてもらえず、ただ必死に耐え忍び、逃げ延びた。今回の件をアールシュ皇子から聞き、勇気を出してユルヨを捕らえるために証言してくれた。……咎めるのは、些か違うのではないでしょうか」
誰にも信じてもらえなかった。
その言葉に、パトレイア王が小さく呻いたけれど。
私は今、守られたのだということを実感して泣きそうになってしまったのだった。
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