幕間 隣国の王太子は恩を売りたい
「サマンサ、そういえばこれまで聞いてこなかったんだけど」
「なあに? ヘラルト」
「君の妹君についてだよ。何故彼女は不名誉な名前があんなにも周囲に浸透してしまったんだい?」
「……それは……」
言い淀む妻は、相も変わらず美しい。
彼女をこの目で見たのは、まだ僕らの年齢が一桁だった頃だ。
パトレイアとディノス、そして我が国ライラトネ。
三つの国は同じような国土面積と人口、資源を持つ国だ。
大陸の三つ子なんて称されることもあるが、生憎と
とはいえ、パトレイア王国が今はかげり始め、我が国は変わらず、そしてディノスが伸び始めた。
だから本来、パトレイアの姫であるサマンサをこの国の王太子である僕が娶る必要性は政治的にそこまで重要ではない。
そう、ただ、僕がほしかったから、だ。
(愚かで、臆病で、美しい僕だけのお人形)
彼女はいつだって怯えていた。
美しい容姿に凡庸な中身。
それなのに周囲の期待と羨望、そして弟が生まれたことでの嫉妬と恐れ!
彼女があらゆるものに怯えるその姿は、まさしく儚げで美しかったのだ。
僕が、僕だけが守ってあげるべき人で、彼女は僕に守られるべき少女なのだと。
彼女が僕を愛していないことは百も承知だ、それでも彼女は僕を選ぶことが救われる
そう思うように、僕は理想的な王子を演じて来たのだから当然だ。
あの国を出れば安全。
僕の傍にいれば安泰。
そう信じてやまない彼女のなんと可愛らしいことか。
(だが、このままではいけない)
彼女にとっての未練は、母国に残した妹姫への同情と罪悪感。
僕が何かをしたわけではなく、もとよりそうだったのはなんとも奇妙な話だが……誰一人それを奇妙だと思わないあの滑稽さはとても面白かった。
それに、おかげでサマンサを早々に手に入れられたのだからね。
僕にとってはそれが一番大事なのだ。
しかし、それもパトレイアが下手を打ったせいで崩れてしまう。
「……わからないわ。最初はただ、あの子につけられた侍女たちは王統を男児が継ぐことに熱心な人たちの家系だったの。その家系は迷信や伝統を重んじるところがあって、そのためにあの子を嫌っていたのだと思うわ」
「へえ……そういえば双子の下が不吉なんだっけ」
「ええ。パトレイア王国ではかつて双子の王子がいて、一人の女性を巡って骨肉の争いをした挙げ句に決まっていた王太子の座を奪うような血みどろの争いがあって、争いに負けた側が呪いをかけたと……そう言われているの」
馬鹿馬鹿しいほどにおとぎ話だ。
実際には王位継承なのか、伴侶に対してなのかは知らないが……骨肉の争いがあったことは否めない。
長く続く家、その中でも血筋を尊ぶ一族には、よくある話だ。
「あの子に罪はないのでしょうけれど、派手な装いなどをさせて見世物にして笑ってやろうというつもりだったようなの」
「なかなか酷い話だね」
「そうね、三つ四つの子を笑いものにしようとしていたのだから、恐ろしいことだわ。……それを聞いても、お母様は弟しか見ていなかったことも、恐ろしかった」
「……うん」
「妹も最初は否定したりしたのよ、それでもあの子が我が儘を言ったのだと長年勤める侍女たちが口を揃えたことで、天秤は傾いてしまった」
始まりは、小さなイジメ。
許されるものではないが、それでも些細なことだ。
その段階で、きちんと調べがついていれば終わったはずのもの。
王子の誕生に沸いていたパトレイア国内で、哀れな少女の存在は抹消されたも同然だっただなんて誰が思うだろうか?
双子の下という不吉な王女は、それでも王女だから〝それなりに〟自分以外の
みんながやっているから自分も腹いせに何かをしてやろう。
誰かがきっと助けるだろう、そう、自分以外の誰かが!
そんな積み重ねを、サマンサは見て見ぬ振りをしたのだ。
自分にその不満の矛先が来ないように。
(愚かで、可愛いサマンサ)
その後、サマンサは僕に一つ教えてくれた。
初めの教師たちの中に一人、幼い妹に対して妙な振る舞いをする男がいたというのだ。
あまりのことにさすがにサマンサも両親に願い出ろと助言したと聞いて、なるほどと思った。
僕が知っている話で、妹姫の悪評が突然増えたのは確かその頃だ。
おかしな話ではあったが、特段気にすることでもなかったから放置していたが……。
(恩を売るのも悪くない)
罪悪感から酷く妹姫を気に掛けて塞ぎ込みがちのサマンサ。
それでは僕が面白くない。
かといって妹姫を助けてあげれば、サマンサは感謝するだろうがこれまでの罪悪感から妹に尽くそうとするかもしれない。
根は善良な娘だから。
(そう、それも面白くない。サマンサは僕だけを見ていないと)
妹への罪悪感と、そして尽くさねばという善意。
その両方を潰すにはどうしたらいいのか?
答えは簡単だ、妹姫に幸せになって貰えばいい。
彼女は夫であるモレル辺境伯に任せておけば安心だとサマンサが思えば、もう憂いはなくなるのだ。
パトレイア王国に対しては恐れを、罪悪感を失って妹姫を気遣う必要も無い。
ただ僕の腕の中にいれば安泰だとそれだけ彼女が感じてくれるように。
(……教師の変更、そこが重要な箇所だな)
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