幕間 国王は王妃の言葉でそれを知る

「何?」


「ヘ、ヘレナに関して……その、あちらの辺境伯家から問い合わせが来たではありませんか。嫁いだあの子たちにもお願いして、何か慰めをと思っているので……あなたにもお願いできたらと」


「ふむ……」


 妻であるユージェニーの言葉に、パトレイア王は顎に手を当てて少しだけ考える。

 彼はとても疲れていた。


 それは先日の小競り合いの件が関与している。

 表向きは末姫ヘレナを嫁がせることで両国間が安定したように見えるが、実際のところはまだまだ問題が山積みだ。


 主に国内貴族の不満が大きい。

 小競り合いの原因がこちらにあるとされたが、それを不満に思う者。

 王家の厄介者・・・と思われていたヘレナを嫁がせることで安心したのも束の間、その相手が王家ではなく辺境伯家であったことにパトレイア王国を下に見ていると憤慨する者も出ているのだ。


 かといって、抗議の文など送れるはずもなかった。

 そもそも、同じような国土を保有している両国であっても近年隣国は進歩がめざましく、国力は徐々に差をつけられているのだ。

 今回の件がなくとも近いうちにトラブルが起きて、結局のところパトレイア王国が下になることは王の目には明らかであった。


「そういえばあの子の噂をとんと聞かなくなったな。嫁入りしたことで少しは落ち着いたのか……」


「陛下?」


「いや、なんでもない。それで? 余に何を求める」


「あの子が喜びそうなものを、何か見繕ってやってはくださいませんか」


「ふむ……そうさな、今回の功労者でもあるし労いの意味も踏まえてそれもいいかもしれないな」


 何がいいだろうか、そう王は考える。


 嫁いだとはいえまだ年頃の娘だ。

 あちらの辺境地がどれだけ裕福かは知らないが、今回は人質の意味合いが強い政略結婚であったことから、贅沢な暮らしをさせてはもらえないだろう。


 華美なものを求めるあの娘にはなかなか厳しい環境のはずだと王は考えて、近くにいた侍従を呼ぶ。


「商人に言ってジュエリーセットを用意させよう。あれは華やかなものを好んでいたのだったな……うん? 何色が好みだったか。ユージェニー、あの子の好む色は何色だ」


 贅沢にドレスもアクセサリーも欲していた娘だから、国民の手前、王女として手本になるべきだと躾としてそれらを禁じた。

 それ以降は既に持っていた・・・・・・・派手なドレスに身を包む娘の姿を思い出してみるものの、王の記憶の中にある末姫の印象は朧気であった。

 嫁入りも最高級のものを揃えたとはいえ、華美にならないよう気を遣いに遣ってシンプルなものを用意した。

 きっと、華美なものを好む末姫は腹を立てていたに違いない。

 侍女たちに当たり散らすと聞いてからは末姫を叱ることのできる、王妃付きの侍女と王室に長く使える執事だけをつけた。


(……そういえば、侍女たちに当たり散らすと言っていた割に人数を減らしたら静かであったな)


 叱られたのが堪えたのだろうとその時はそう思っていたし、その後話を聞いてやろうと思っていたが国王としての責務に忙殺されて話せないまま嫁いでしまった末姫を思うと、さすがに申し訳ない気持ちになった。


 国王として責務を果たすことに邁進するあまり、父親としては決して褒められたものではないなと自嘲気味に笑うが、これを機に手紙を書くのも良い機会だろうと王は何気なく王妃に尋ねたのだ。


 子育ては、王妃に一任していた。

 だから娘の好みはユージェニーが熟知していると、王はすっかり信じていたのだ。


「わ……わかりません」


「何?」


 ところが、妻の口から出たのは『わからない』というまったくの想定外なものであった。


 忙殺されていたのは王だけではない、王妃もそうだと気づいてからは『では誰が育児をしていたのか』から始まり、ようやく王はおかしい・・・・ということに気づいた。


 ユージェニーは自分が間違っていないと頑なに思うあまりそれを認めることができなかったが、王は違った。まだ目は曇っていなかった。

 とはいえ、遅すぎたのだ。


「なんということだ」


 誰も、ヘレナのことをしっかりと知らないのだ。

 自分と同じプラチナブロンドの髪と、同じような目の色をしていたことは覚えている。


 大望の男児、そちらを優先したが生まれた当時は愛らしい双子として神に感謝をしたのだ。

 だがいつからあの子の顔を見ていなかっただろうか?


 あの子の名前を呼ぶことすら、ずっとしていなかった気がする。


「なんということだ。……おい、お前。あの子の持ち物はまだ処分されていないはずだな。持ち物から好みを調べよ!」


「は、はい! かしこまりました!!」


 侍従は慌てて去って行く。

 本来であれば末姫につけた侍女と執事に話を聞けば済む話であったが、執事は末姫が嫁いでいった日に、そして侍女は先日この城を辞してどこかへ行ってしまった。


 もしかすれば、何か大きな間違いを犯していたのかもしれない。

 国王はつるりと自分の顔を撫でて、それから顔色をなくしたユージェニーを見つめ、ただ小さく息を吐き出すのであった。

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