第9話

 さて、定期的に教会に通う理由もできた。

 でも手持ちのお金がないから寄付は難しい。


(そうよね、冷静に考えると私が離縁されたからといって旦那様の立場からしたらまずは王国に戻そうとなさるわよね……)


 それなのに出家するとか一人でちょっと先走りすぎてしまったわ。


 でも神父様には寄付とか寄進をしたいって言ってしまった手前、どうにかして私個人の資産からやりたいのだけれど……残念ながらそれがないのよね。

 持参金は一応あるけれど、それはきっとこの部屋を整えたりドレスを揃えたりするのに使ったはずだわ。


 というか、そういうためのものだと思うし……。

 むしろ国同士の問題でパトレイア王国が迷惑をかけたんだろうなってことくらいは、いくら世間知らずの私でもわかっているし。


「……ねえアンナ」


「! はい! なんでしょうか、奥様!!」


「……どうかしたの? なんだか張り切っているみたいだけど」


「いいえ何もございません。それでどうかなさいましたか?」


「旦那様にお目にかかりたいのだけれど、予定を確認してもらってもいいかしら。ごめんなさいね、業務外のことをお願いして」


「いえ! むしろありがとうございます!」


「……?」


 掃除をしていたアンナに声をかけたら随分気合いの入った返事をされてしまったわ……。

 もしかして私が話しかけたから驚かせてしまったのかしら。

 そうよね、置物のように普段はジッと座っているばかりの私が突然話しかけたら、驚くわよね……。


(アンナには悪いことをしてしまったわ)


 それにしても旦那様は、私が会いたいと言い出して困らないかしら。


 ここのところ何度も『恋人はいない』と念を押すように言われてしまったので、どうやら本当に別れてしまわれたようなのだけれど……やはり結婚が響いてしまったのかしら。

 会ったこともないけれど、旦那様の恋人さんには申し訳ないことをしてしまったわ。


(離縁が確定したら、恋人さんに連絡して旦那様との仲を取り持てたら良いのだけれど)


 旦那様はお立場ゆえに断れなかっただけで、愛はそちらにあったのだと……いえ、私から伝えるのではやはり角が立つわね。

 どこの目線で話をしているのかと、相手からしたらきっと腹が立つでしょうし。


 今だってそれはきっと伝えられていたのに我慢できずに別れたのであれば、やはり私がでしゃばるのは良くないことなのでしょう。


「ヘレナ!」


「……まあ、旦那様」


 そんなことをボンヤリ考えながらまた庭を眺めていると、何故か旦那様がやってきました。

 一体どうしたことでしょう、アンナに予定を確認してもらったのがそんなにだめなことだったのでしょうか?


 私が立ち上がろうとするのを制して、向かい側に座った旦那様はどこか嬉しそうです。

 アンナが何故かお茶菓子付きで即座にお茶を出してきたのを見て、なんて手際が良いのだろうかと感心してしまいましたが……。


「俺に会いたいと言ってくれたと聞いて、やってきた」


「まあ、それはご足労をおかけいたしました。お許しいただければこちらから出向きましたのに」


 でもそれだと私を嫌う人たちからすれば、本邸に足を踏み入れられたくないわよね?

 言ってから自分でもだめだなあと思ったけれど、とりあえずそれは表情に出さずに済んだと思うし旦那様は気づいていないと思う。

 なぜだか、旦那様は顎に手を当ててブツブツと何かを仰っていたから。


「……ああ、その手があったか……! そうか、それなら本邸に……」


 何か考え事をなさっておられるようだから、少しだけ待ってみる。

 だけれど顔を上げない旦那様に、さすがに私も声をかけて見ることにした。


「旦那様?」


「ん、いや。それで、どうしたんだ? 何か欲しいものができたか?」


 パッと顔を上げた旦那様は私が何かを欲しがっていると考えているのね。

 ああ、私が強欲な女だという話をこの方も耳にしているのだから当然でしょうけれど。


 ……それに、私がこれから話すことは確かに私にとって『欲しいもの』だから、あながち間違いではないのかしれない。


「いいえ。ただ、ご相談したいことがあって」


「相談?」


 旦那様が怪訝そうな表情をしているけれど、それもしょうのないことでしょう。

 私がどんな我が儘を言うのか、きっと内心では辟易してらっしゃるんだわ。

 本当に、申し訳ない。


「私にできる仕事はございませんでしょうか。そして、厚かましいとは思いますがそれに対して給金をいただきたいのです」

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