幕間 アレンデールは途方に暮れる
「どうしよう」
「アレンデール、大丈夫か……?」
「どうしようイザヤ、彼女に何度本当のことを告げても信じてもらえなくて辛い」
「いや俺も正直困ってる。何あの人……人ってあんなに諦められるものなんだな……」
「調査報告書の内容も辛い」
「うん、そうだな……」
俺は妻となった悪辣姫、ヘレナについて信頼できるイザヤに頼んで調べてもらったわけだが……その報告書がひどかった。
ひどいなんてもんじゃなかった。
噂は鵜呑みにしない、そう決めていたが、火のない所に煙は立たないというし一旦は彼女を離れに住まわせた。
何不自由なく暮らせるように、あれこれと揃えたつもりだ。
本当に我が儘姫だってんなら、内装から何まで全てに文句をつけてくるだろうし侍女も大量によこせとか食事がどうとか言ってくるかと思ったが……それもない。
むしろ日がな庭を眺めているだけで、何かするかと問うても糸も本も何もかもが辺境家の財産なのだから無駄には出来ないなんて言われて胸が痛い。
別にうちを貧乏と侮っているのではなく、彼女は本気で、そうタチが悪いことに本当に心の底から『辺境伯の妻になってごめんなさい』と思っているのだ。
そこまで一緒に暮らしていない俺でも理解できてしまうくらい、彼女は自分という存在に対して諦めきっている。
調査書の内容はこうだ。
双子の伝承を笑い飛ばしながら、なんとなく気味が悪いと遠ざけた。
大望の王子が双子だったためにどうやってもヘレナが後回しにされた。
王妃はとにかく王子にべったりでヘレナに興味がない。
国王も同上。
ちなみに双子の兄は現在勉強を詰め込まれすぎてノイローゼ気味、とのことだ。
「はーーーーなんなのあの国」
表面上豊かで子だくさんで幸せな王家だと思ってたのに蓋を開けてみりゃびっくりだ!
もしヘレナが本当に悪辣姫と呼ばれる我が儘王女だったとしても、それは蔑ろにされまくった結果だったんだろうなと納得する勢いだった。
なのにどうだ、ヘレナは我が儘に振る舞うどころか全てを諦めて、自分はいないものとして扱えくらいの状態だ。
知識もあるし振る舞いも美しい、どこに出しても恥ずかしくない王女様だった。
それが、俺の、妻だぞ!?
旦那様って呼んで、俺の子がほしいって言ってくれたんだぞ!?
(なのに……大事にしているつもりなのに)
伝わらない。
恋人はいない、本邸にお前の部屋を用意した、一緒に出かけようと声をかけても『気を遣わなくていい、むしろ迷惑をかけてすまない』って返されるのがこんなに辛いと思わなかった。
恋人に関しては本当にいない。いないったらいない。
本邸にヘレナの部屋もちゃんと用意してある。
なのに彼女は俺の言葉を、彼女を気遣って言っているだけだと思っているのが本当に辛い。
「俺なんで嘘ついたんだっけ……」
それがなかったら、今よりは関係がマシだったんだろうか?
なんかもう先日幼馴染の神父、マリクから『お前の嫁、噂を信じ切って出家しようとしてない……?』とか言われてもう俺辛くて膝から崩れ落ちたんだけど。
言葉だけじゃなく態度でも示そうぜってイザヤと話し合って、週四日は彼女の元に通って、他の三日の内どれかでも一緒に出かけてるのに信じてもらえない。
ちなみに三日通わないでいるのは、彼女の体に負担をかけないためだ。
一人の時間だって、きっとほしいだろうし。
「いや、まさか悪辣姫ってあそこまで噂になってたのに、こんな実態が待っているとは誰も思わなかったから……」
イザヤが俺を慰めるようにそう言ってくれるが、時間は戻らない。
ヘレナは俺のことを『恋人がいるのに無理矢理ヘレナを押し付けられた哀れな男』として見ているし、実家から愛されていないと思っている。
だから、彼女はどこにも愛着がない。執着がない。
いつどこで、どうなってもいいとそう思っている。
それが、辛い。
「……幸せにしてあげたいと、思うんだけどな……」
彼女が嫁いで来た翌日、俺は彼女のことが気になってこっそり離れに行った。
切なげな表情でお腹をさする彼女を目にして、どうして白い結婚ではなく閨を共にすることを提案してきたのか、察してしまった。
(彼女は、俺に、俺だけじゃなく全てのことに期待していない。だけど、寂しいんだ)
領民と、嫌がらずに接する姿を見た。
穏やかに笑って、農婦の手を取る姿はとても綺麗だった。
護衛を兼ねた諜報のアンナのことも、気遣ってくれるという。
アンナから、早く彼女のことを助けてやれとせっつかれた。
何もせず、ただ人形のように座って庭を眺める姿は、酷く……美しいのにもの悲しい。
「……ヘレナのところに行ってくる」
「おう……」
ヘレナは、うちに嫁に来た。たった一人で。
変な噂を立てられても、ただ王女として凜と立って。
(俺が、家族なのになあ)
出だしを間違えたならやり直せ、そう死んだじいちゃんの声が聞こえたが、そのやり直しの一手が俺には見えなくて途方に暮れるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます