第2話

「……お願い、とは」


「旦那様には以前より恋人がいらっしゃるという話は耳にしております」


「それは」


 新妻からそんな言葉が出るのは、とても煩わしいことだろう。

 特に、なんとも思っていない女の口から恋しい女性について言及されるのはきっととても嫌なことだと思う。


「私が王族の出である以上、旦那様にとっても私と子を成すことは義務でしょう。ですから……」


「……」


「私は離れで暮らします。恋人である女性は本宅にお住まいいただければと思います。ご迷惑をお掛けすると思いますが……」


「えっ」


「本来ならば白い結婚を申し込むべきであろうことは重々承知の上で、私と子作りだけはしていただきたいのです。月に数度、日を決めてこうして共寝をしていただけませんか」


「……な、何を言っているんだ……?」


 私の言葉に、旦那様はとても困惑しているようだった。


 ああ、もしかして私がその恋人を追い出せと言い出すと思って身構えていたのだろうか。

 悪辣姫とまで呼ばれていたのだからそれも当然かと私は一人で納得する。


「ご迷惑はおかけしませんわ。侍女を連れてきていないため、食事を運んでもらわねばならないのが申し訳ないですが……でも基本的なことはできますから、離れで暮らす許可をいただければそれで。もちろん客人がおいでになる時は女主人として対応もいたします」


「……貴女は、それでいいのか……?」


「いいもなにも」


 私は思わず笑ってしまった。

 いけない。笑っている場合ではないと私は顔を引き締めて旦那様を見る。


「私に、選択肢はないのでしょう?」


「……!」


 驚いて息を呑む旦那様に、私はもう言いたいことは言えたかなと目を伏せる。


 そうだ。

 白い結婚を貫こうにもきっと周囲はしばらく、私たちを監視するに違いない。


「悪辣姫が田舎に嫁がされたと癇癪を起こしたとでも言っておけば、きっと周囲は納得もいたしましょう。いずれ子を成した後か、あるいは子を宿せず三年を待つか……いずれにせよそうなれば離婚も正式に相成りましょう」


「……ちょ、ちょっと待ってくれ……」


「そうなれば、旦那様も晴れて恋しい方と縁を結び直すこともできるはずです。どうか、それまでの関係と思い私に情けをいただければと思います」


 言いたいことを言って、私は頭を下げる。

 初夜にすべき話でもなかったかもしれない。


 だけど、私には今しかチャンスはないと……そう思ったのだ。


 旦那様はこの申し出にとても戸惑っておられるようで、顔に手を当てて忙しなくあちこちに視線を彷徨わせて、私を見て、何かを言いたそうにしながらまた口を噤んでととても慌ただしい。


 しばらくそうしていた彼は大きなため息を吐いて、私を睨むように見た。


「……わかった。とりあえず、今日は初夜だ。本来ならば他国から嫁いで来た貴女を信用できないから、触れたくはないが……それでもどこで誰が目を光らせているかわからない以上、仕方のないことだ」


「はい」


「……仕方のないこと、なんだ」


 おかしな話だ。

 彼はまるで自分に言い聞かせるように、そう繰り返していて私の方が悪いことをしているみたいな気分になった。


 だけど、閨では夫に逆らうことなかれ。

 そう侍女が教えてくれたから、私は何も言わなかった。


 躊躇いがちに手を伸ばされ、抱き寄せられて私はそっと目を瞑る。


(ああ、他人の体温って……思っていたよりも、温かいのね)


 初めて感じるその温もりは、いつか手放さなければいけないとわかっていても……なぜだか、涙が出そうになるほど温かかった。

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