第1話

 初夜の間で、私はぼんやりと新郎を待っていた。

 すっぽかされる確率の方が高かろうと思いながら、ただ一人でぼんやりと。


 パトレイア王家は五人姉弟。

 両親である国王夫妻は、決して悪い人ではなかった。

 ただ、私に対して無関心なだけで。


 パトレイア王家はなかなか男児に恵まれない家系だった。

 おそらく王妃である母にとっては、とてつもない重圧だったと思う。

 以前侍女たちが会話していた内容を思うと、妃殿下は男児が多い家系だからという理由で王妃に選ばれたという話だったからみんな期待していたに違いない。


 そんな中で、兄は生まれた。

 私というおまけ・・・つきで。


 男児に沸く中で、私の存在はどこまでいってもおまけ・・・だったのだ。

 何をするにも兄が優先、誕生日を祝うのも兄名前だけ呼ばれて私はお情けでちんまりとその名がどこかに記されるだけ。


 さらに悪いことに、パトレイア王国とその周辺国家では昔から『双子は不吉』という伝承があって、あくまでそれは言い伝えでしかないと今では鼻で笑われる話だが――やはり縁起はよくないと思われがちな存在でもあった。


(要らない子だった、それだけ)


 不幸中の幸いは、双子の兄だけは私をいつも気に掛けてくれていたことだろうか。

 それでもそんな兄もいつしか、王太子教育が忙しくなりほとんど顔を合わせなくなったのだけれど。


(侍女すら連れてこれない、それが私)


 そもそも自国でも侍女と執事が一人ずつ。

 どちらも母のところからよこされた人材だったから、連れて行くことは許されなかった。

 二人は「あんまりだ」と怒っていたけれど。


 教育係の対応が酷くて変えて欲しいと願い出たら、母に叱られた。

 あんなに良い教育者を揃えたというのに言うことを聞かないし王家の権を振りかざすと報告を受けた、そう言われた。

 侍女たちが用意した服があまりにも嫌がらせの原色しかなくて、もっとシンプルで私の好きな色にして欲しいと願い出たら、父に叱られた。

 贅沢にドレスを欲しておいてまだよこせとは強欲だと、そう言われた。


 反省しろと侍女と執事は一人だけ。

 私は、何か悪いことをしただろうか?


 気がつけば、悪辣な姫なのだと世間では言われているようだった。

 おかしな話だ、社交場に出ることすら嫌がられてほとんど自室で過ごしていたのに。


 嫁いでいった姉たちも、ほとんど交流はない。

 三番目の姉は、私が好きじゃなかったんだと思う。その程度。


(……どこに行っても変わらない)


 ぼんやりと、窓から見える月を見上げた。

 静かだ。

 遠くに結婚式を祝うと称して、楽しむ人々の声が聞こえる気がした。


 幸せになるためのものだと、侍女は言っていた。

 けれど私は王族だから義務なのだと、執事は教えてくれた。


(……私には、無縁だ)


 家族の愛情って、なんだろうか。

 家族になるって、なんだかわからない。


(でも)


 空っぽの腹を撫でる。

 ぼんやりとそうしていたら無遠慮にドアが開いた。


 のろのろと視線を上げると、そこには眉間に皺を寄せた人影が一つ。

 思わず驚いて目を瞬かせ、座ったままは失礼だったろうかと立ち上がってお辞儀カーテシーをした。


 するとどうしたことか、彼はどこか怯んだ様子だ。


「……ヘレナ姫」


「どうぞ、ヘレナと呼び捨てでお呼びください、旦那様」


「だんっ……ゴホン。初めて会ったばか……いや、確かにわたし・・・たちは今日婚儀を執り行ったのだから正式な夫婦で、だが……」


「……?」


 ブツブツと何かを言う彼の後ろで、侍女たちがそっとドアを閉めるのが見えた。

 どうやら、一応初夜をするつもりで彼は訪れたのだと私はそう理解する。


「旦那様」


「なっ、なんだ!」


「前もって、お願いしたいことがございます」


 愛されないと、わかっているの。

 だから、どうせ『我が儘な悪辣姫』と思われているのなら――どうか、私のわがままを聞いてほしい。


 その願いを込めて、私は彼を見つめたのだった。

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