幕間 花婿は『悪辣姫』に困惑する

 悪辣姫。

 その名は、隣国との国境であるこの辺境地にもよく聞こえてくる名前だ。


 いわく、我が儘で気位が高く、少しでも自分の意見が通らなければ癇癪を起こし近くの物を投げつけては侍女たちを泣かせている。

 いわく、その気性の荒さから王家の中でも鼻つまみ者とされ、まともな教育も施されないが見目だけは麗しい。

 いわく、散財癖があるものの素行がよくないために王家から社交場に出ることを許されないため、その姿は公式行事でしか見られない。


「……その、はずだったんだけどな……」


 俺は、大きなため息を吐き出した。

 王命で俺は隣国の、悪名高き『悪辣姫』と結婚しなければならないと決められた時、絶望したものだ。


 別に恋人はいないし好きな女もいなかったし、婚約者なんてもってのほかだ。

 本来ならいてもおかしくはないが、隣国とは国境付近で常に小競り合いもあったことから忙しなかったせいだ。


 それなりに釣書をもらう側である俺は、自分の見目がそう悪くないことを知っている。

 社交場に出ればそれなりに女性から声をかけてもらうことはあるし、地位も名誉も財産も、それなりだと自負している。


 だけどそんな小競り合いの多い土地に、中央の気取った貴族令嬢を迎えるわけにはいかない。

 正直ここで必要なのは、常に夫が戦場に立つ気構えと、何かあったときの最前線になるという覚悟だ。

 だから決め手に欠けて、婚約者がいなかったわけだが……。


(くそ、くそじじい)


 うちの国では王子が三人いる。

 一番上の王太子にはすでに妻がいるが、隣国との小競り合いで色々とあって属国まで行かなくともうちが優位に立ったことは聞いている。

 その結果の一つが、王女を人質として嫁がせるって案件だ。


 だが問題はその王女が『悪辣姫』だった。

 まあ他に未婚の王女がいないんだから仕方がないっちゃ仕方がないんだが……。


 そこで王家は悪名高き『悪辣姫』を王家に迎えるのは面倒だと考えて、妥当なところでちょうど婚約者のいなかった俺に白羽の矢を立てたのだ。

 コノヤロウ。


 念のため、部下とも話し合って俺には以前から親しくしている女性がいてこの婚姻が不本意であるという噂を流しておいた。

 それによって『悪辣姫』との関係を悪化させて、速やかに離婚するためだ。


(なのに、なんで……)


 むしろ彼女の方からあれこれと提示されて、俺は目を丸くするばかりだ。

 噂とはまるで違う、どこか浮世離れした静かな雰囲気を湛えた女性。

 プラチナブロンドの長いさらりとした髪に、静謐な青の瞳。

 苛烈で癇癪持ちだという噂だというのに、彼女は静かに、ただただ静かにそこにいた。


 まるで、お人形・・・のようだと思って、らしくないと自分を戒めたのがバカみたいである。


 間諜の類いを連れてこられても厄介だったから、侍女は一人だけなら許すとまで徹底した嫌がらせのような項目にまであちらの王家はサインをしたっていうから驚きだ。

 いくら王族の義務がどうのこうのとあるからって、娘がそこまで可愛くないのかと呆れたものだが……実際に目にした彼女に、俺は戸惑うばかりだ。


(自分から離れに住まうと言い出した。……何を考えている?)


 そもそも、彼女は本当に浪費家だったのだろうか?

 持ち物があまりにも少なかったし、なんだか不自然な気がしてならない。


 社交界に出ることもないのに浪費したところで、それらの品はどこに消えたというのか。

 まあそれは持ち出させなかったとも考えられるが……。

 

 侍女も最低限しかつけられていなかったという話だが、それなのに買い物をどうやってしていた?

 話しぶりは淡々としていたが、癇癪のかの字もなかったではないか。


「……アレン。アレンデール、どうした?」


「イザヤ。悪いが今すぐ調べて欲しいことがある」


「おっと……どうしたんだよ。さっきから本当におかしいぜ?」


「妻になった彼女のことを調べたい。あまりにもおかしな点が多い。それから離れを用意して、彼女をそこに住まわせて気づかれないように監視しろ。……女性監視員を侍女に化けさせて、定期的に接触させてくれ」


「悪辣姫がなんかおかしいってのか?」


「ああ、おかしいってもんじゃない」


 俺は腹心であるイザヤに、これまでのことを話した。

 初夜には俺からガツンと言ってやるつもりが、出鼻を挫かれたこと。


 その内容が、あまりにも……なんというか、俺の『架空の恋人』を思いやるような言葉ばかりであったこと。

 それが演技だとすれば、何の目的があってのことなのか……あちらの王家の意向なのか?


 いずれにせよ、俺はまだ、彼女のことを何も知らないとそう痛感させられたのだった。

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