AIは見え見えのアリバイトリックを打ち破れるか?
人間、初心に戻るのが肝心だ。
AIには素晴らしい未来が望まれる。だが、今の段階では、複雑な処理を行うのはまだ難しいのかもしれない。少しずつデータを蓄積していき、調整が必要になるのだろう。
私の目的を果たすためにも、このAIの調整には慎重を期さねばならないだろう。
新里述(しんりのべる)には、もっと事件を解決する喜びと興奮というものを知ってもらわねばならない。
今回は、久々に実にシンプルな事件を用意した。
さすがに、今回は新里述には歓喜を手にしてもらいたいものだ。
なお、今回は、前回登場した人格ではなく、プレーンな新里述に登場してもらう。
そして、彼の推理を成功に導くために、少しずつアシストしていくような方式を取ろうと思う。
・
・
・
とある警察署の会議室で、赤池警部補は部下である西山が差し出した現場写真をまじまじと見つめていた。
「あの、黙ってても何も解決しないんで、声出してもらってもいいですか?」
開口一番、西山の辛辣な言葉が赤池に突き刺さる。
「変わった部屋だよね、これ」
現場は被害者・大倉顕造(おおくらけんぞう)の自宅にある一室だ。部屋の三方に並ぶ棚には大小様々なトロフィーが並んでいる。被害者はその部屋の真ん中にあるソファセットの前にうつ伏せになって倒れていた。
「容疑者は動機のある三人がピックアップされています。被害者に金を借りたままでトラブルになっていた小向琢磨(こむかいたくま)、被害者と同じ作家で盗作疑惑をかけられてSNSが炎上した中田利正(なかたとしゆき)、そして、被害者の元妻で被害者が持っている親権についての問題が泥沼化している高橋時子(たかはしときこ)。中田さんによれば、ここにあるトロフィーは作家に与えられる賞のようです」
「はあ、世の中にこんなに賞があるとはなぁ」
「まあ、赤池さんには一生縁がないと思いますけどね。人生の中で賞なんて獲ったことないでしょう」
「失敬な。俺にだってあるぞ。皆勤賞とか」
西山が残念そうに溜息をついた。
「なんか皆勤賞って風邪ひかないバカが貰ってるイメージがあります」
「いや、君、そんなこと言うと敵が増えるぞ……」
「凶器は」赤池の小言を一蹴するように西山は本題に戻る。「ソファセットのミニテーブルの上に乗っていた置時計です。被害者はそれで額を殴られて、それが致命傷になったようです」
西山のタブレットに写真が表示される。獅子が象られた意匠がくっついた電池駆動の時計だ。白い獅子の像は血で汚れ、文字盤のガラスは割れ、秒針と分針が根元から取れてしまっている。
「壊れかけのレディオみたいな」
「壊れかけの時計です」赤池の意図を知ってか知らずか、西山は冷めた目で先を続ける。「と言っても、壊れかけというのは正解で、この時計動いてはいます。ところが、時針を見ると、二時間進んでいるんです
「スーパーサマータイムだな」
「今は冬です。楽天スーパーセールみたいに言わないで下さい。ちなみに、被害者の家は隅々まで荒らされて物色された形跡がありました」
「泥棒スーパーセールだな」
めげずにぶっこんでくる赤池だったが、今度は完全に無視されるハメになった。
「ところが、財布や金ものものは何も盗まれておらず、犯人の意図が分かりかねます」
「何かを探していたのか……? で、容疑者たちはどうなんだ?」
「被害者の死亡推定時刻は午後三時半から午後五時半の間で、そのアリバイを聞いています。小向さんは午後二時半から午後四時頃まで遊び仲間といたそうです。中田さんは午後四時から午後五時に出版社で打ち合わせとしていました。高橋さんは午後五時前から二時間、弁護士と会っていたようです。被害者の遺体は弁護士と家を訪れた高橋さんが発見して、警察に通報したようです」
「なんだ。じゃあ、結局、全員犯行は可能なんじゃないか」
「さすがの赤池さんでも気づきましたか」
「え、それ、どういう意味?」
「凶器や現場に指紋はなし」西山は咎めるような赤池の目を尻目に資料を読み上げる。「周辺の防犯カメラも洗いましたが、古い機種のようで人物特定には役に立ちませんでした」
「いや……、でもさ」赤池はキョトンとしたような表情を浮かべる。「これ、犯人は簡単に絞り込めるんじゃないか?」
「じゃあ、早いところ教えて下さい。実は今日美容院行く予定があるんで」
「君ってマイペースだよね……」
「さあ、どうぞ」
赤池は咳払いをひとつした。
「犯人とその理由を教えよう。犯人は
※新里述による記述※
「犯人とその理由を教えよう。犯人は大倉顕造氏を殺害した後、死体を大倉邸の一室に隠し、大倉氏が書斎として使っていた部屋に侵入。大倉氏の持ち物を物色していたんだろう。そして、大倉氏の所持品の中から小向琢磨氏と高橋時子氏の名前が書かれた書類を見つけた。そして、それを手掛かりに小向琢磨氏と高橋時子氏を脅迫し、大倉氏の書斎に呼び出した。そして、殺害に及んだ。以上が事件の真相だ」
自信満々に言い切る赤池に対し、西山はタブレットを操作しながら冷静に切り返す。
※私による記述※
どうも状況がよく分からないが、
「小向琢磨氏と高橋時子氏を脅迫し」
というところからすると、新里述は中田が犯人だと考えているようだ。
細かいことは気にせずに、この調子でアリバイのことを聞いてみようではないか。
そう、気づいていると思うが、犯人はアリバイトリックを施した。
そのためのヒントを記しておいたのだ。
新里述には、そのヒントに気づいて貰いたいものだ。
それが事件を解決に導く鍵なのだから。
・
・
・
自信満々に言い切る赤池に対し、西山はタブレットを操作しながら冷静に切り返す。
「じゃあ、中田さんが出版社での打ち合わせの前後どちらかで大倉さんを殺したということですか?」
※新里述による記述※
「じゃあ、中田さんが出版社での打ち合わせの前後どちらかで大倉さんを殺したということですか?」
「それは無理だろう。大倉氏は作家だ。しかも、複数の作家と契約している。その作家のスケジュール管理をしているのは中田さんなんじゃないのか?」
「あー、なるほど」
「それに、大倉氏の所持品の物色をするなら、彼の部屋に入る必要がある。しかし、被害者の部屋は荒らされていないんだよ。つまり、犯人は、最初からターゲットは大倉顕造だった。彼は自分の所有物に用があったわけだ」
「うわぁ、なんか名探偵っぽい」
「だから、俺のことバカにしてる?」
「いえ、全然」
西山は無邪気に微笑む。
※私による記述※
どうやら、新里述は中田のことを大倉のマネージャーだと思い込んでいるらしい。
なぜか西山の性格はしっかりと掴んでいるようだ。確かに西山は赤池をイジるだろう。AIにまでそう見られているとは、哀れな赤池である。
ここは西山の質問が良くなかったかもしれない。
「中田」「出版社」「打ち合わせ」の連なりが、中田をマネージャーのように勘違いさせた可能性がある。
ここで私はある機能に着目した。
AIのべりすとには、キャラクターブックというものを利用して登場人物などの設定を認識させることができるらしい。
そこで、新里述には容疑者たちの属性を理解してもらうことにする。
また、ストーリー設定を入れておく「メモリ」というものもあるので、それも活用してみる。
●メモリ
凶器は置時計。
置時計は壊れているが動いている。
置時計は二時間進んでいる。
犯行現場はトロフィールーム。
棚には大小様々なトロフィーが置かれている。
●キャラクターブック
○小向琢磨
[小向:男性。小向:大倉に金を借りている。容疑者のひとり。小向:午後二時半から午後四時頃までアリバイがある。]
○中田利正
[中田:男性。作家。大倉に盗作疑惑をかけられた。容疑者のひとり。中田:午後四時から午後五時までアリバイがある。]
○高橋時子
[高橋:女性。大倉と親権を巡って争っている。容疑者のひとり。高橋:午後五時前から午後七時までアリバイがある。]
○大倉顕造
[大倉:男性。作家。大倉:事件の被害者。大倉:死亡推定時刻は午後三時半から午後五時半の間。]
以上の設定を新里述には理解してもらい、もう一度、最初のプロセスに戻ってみようと思う。
もうここまで書いているのだから、ヒントが丸裸なわけだ。
新里述よ。気づいてくれ。
・
・
・
(前略)
赤池は咳払いをひとつした。
「犯人とその理由を教えよう。犯人は
※新里述による記述※
赤池は咳払いをひとつした。
「犯人とその理由を教えよう。犯人は高橋時子、動機は被害者への怨恨だ」
「根拠は?」
「まず、高橋さんのSNSでのトラブルについて調べると、被害者が盗作疑惑をかけられていたことが分かった。被害者の妻だった高橋さんは、被害者が盗作をしていたという濡れ衣を着せられて、SNSで誹謗中傷されていたんだ。これは被害者が高橋さんに暴行を加えた動機になるし、被害者を殺害するに至った動機にもなる。また、大倉という容疑者が高橋さんの元夫であることを考えると、大倉殺害についても高橋さんが関与している可能性が高い。以上から、高橋さんが三人の容疑者の中で最も怪しいということになる」
※私による記述※
これは私の説明が悪かったかもしれない。
中田のキャラクターブックに「大倉に盗作疑惑をかけられた」と受動形で書いたのは新里述に誤解を与えてしまったのだろう。
人に何かを説明することの難しさを改めて認識している。
新里述は私に学びの機会を与えているのだ。そうに違いない。
様々な試行錯誤の結果、被害者と容疑者たちの関係性はメモリに移動することとした。
●メモリ
凶器は置時計。
置時計は壊れているが動いている。
置時計は二時間進んでいる。
犯行現場はトロフィールーム。
棚には大小様々なトロフィーが置かれている。
大倉は小向に金を貸している。小向は金を返していない。
大倉は中田の作品を自作の盗作だと主張した。その主張で中田のSNSは炎上した。
大倉は高橋と親権を巡って争っている。
●キャラクターブック
○小向琢磨
[小向:男性。容疑者のひとり。小向:午後二時半から午後四時頃までアリバイがある。]
○中田利正
[中田:男性。作家。容疑者のひとり。中田:午後四時から午後五時までアリバイがある。]
○高橋時子
[高橋:女性。容疑者のひとり。高橋:午後五時前から午後七時までアリバイがある。]
○大倉顕造
[大倉:男性。作家。大倉:事件の被害者。死亡している。大倉:死亡推定時刻は午後三時半から午後五時半の間。]
・
・
・
(前略)
赤池は咳払いをひとつした。
「犯人とその理由を教えよう。犯人は
※新里述による記述※
赤池は咳払いをひとつした。
「犯人とその理由を教えよう。犯人は小向琢磨、動機は金銭トラブルだ。被害者に金を借りたままトラブルになっていたからな。被害者は金に困っていて、小向に金を貸してくれと言っていた。小向が金を借りていた相手は他にもいるが、その中でもっとも金に執着していた被害者を殺したんだ。そして、小向は犯行後、すぐにその場を離れたに違いない。被害者は頭を殴られていた。おそらく、小向は置き時計で殴ったんだろうな。もし、小向が自分の手で殺したのなら、そのままその場に留まって被害者が死んでいく様を見届けていたはずだ。しかし、小向はすぐに現場から離れたから、現場には小向の足跡しか残っていない。だから、容疑者からは除外できる」
※私による記述※
新里述よ。
君には論理的な思考が存在しないのか……?
なぜ最後に小向は容疑者から除外できると言ってしまったのだ?
めちゃくちゃ彼が犯人だというような論調だったじゃないか。
私は最後の一言にずっこけてしまったぞ。
しかし、分かった。
新里述は小向を犯人だと考えているというわけだ。
結局、これ見よがしに配置してある置時計とその状態については、新里述は目もくれなかった。
ここで、ちょっとだけ、論理性と創造性を持っている新里述の別人格・鳥間(とりま)に出て来てもらって、置時計のことを聞いてみよう。鳥間のことは前回を参照してほしい。(「AIは密室殺人の多重解決を彩ることができるか?」→https://kakuyomu.jp/works/16817330649401245104/episodes/16817330649739278710)
さきほどの新里述による記述の後半部分は削らせてもらう。
・
・
・
(前略)
~~、その中でもっとも金に執着していた被害者を殺したんだ」
西山はタブレットの写真を指した。あの壊れかけの置時計が写っている。
「この置時計が意味することは、一体何なんですか?」
※鳥間による記述※
「この置時計が意味することは、一体何なんですか?」
「これは犯人が被害者の殺害を偽装したことだ。つまり、小向は被害者を殺害した後で、被害者が所持している金を奪おうとした。そこで金がないことに気づく。慌てて小向は金を取り返そうとしたが、すでに手遅れだった。小向の指紋のついた金は被害者に奪われてしまった。小向は焦っただろうな。なにせ、自分の指紋がついているから指紋鑑定にかけられたらバレてしまう。だから、小向は被害者の額に時計をぶつけて撲殺した。しかし、時計の針が二時間進んでしまっていた。小向は腕時計をしていたはずだが、時計が壊れて時間が分からなくなっていたのかもしれない。そこで、小向は置時計の時間を戻した。それから、置時計の置いてあった位置で被害者のふりをして死んでみせた。それが真相だ」
※私による記述※
なるほど……いや、何がなるほどなのかは私もよく分からないが。
では、もう一歩進んで、「なぜ 置時計は二時間進んでいたのか?」について聞いてみよう。
・
・
・
(前略)
~~、その中でもっとも金に執着していた被害者を殺したんだ」
西山はタブレットの写真を指した。あの壊れかけの置時計が映っている。
「この置時計はなぜ二時間も進んでいたんですか?」
※鳥間による記述※
西山はタブレットの写真を指した。あの壊れかけの置時計が映っている。
「この置時計はなぜ二時間も進んでいたんですか?」
「時計が止まってしまって動かなかったのかもしれない。あるいは、時間が分からなくなったのかもしれん。しかし、犯人は小向に金を借りたままだった被害者に恨みを持っていたはずだ。だから、小向が金を返していないという事情もあって、殺したんだろう」
※私による記述※
これは、まだ詳しく精査していない私見なのだが、AIには感情が存在しない。
そのために、「犯人に思われないために施した細工」のことをAIは理解できないのかもしれない。そして、そうした細工が失敗に終わるケースもあるということを……。
・
・
・
赤池は咳払いをひとつした。
「犯人とその理由を教えよう。犯人は高橋時子だ」
「なぜそう断定できるんです?」
赤池は不敵な笑みを浮かべながら、西山の持っているタブレットの画面を指さそうと彼女に近づいたのだが、得体のしれない身の危険を感じた西山が後ずさりしてしまった。赤池は残念そうな表情を隠しながら言う。
「置時計が壊れて、なおかつ二時間進んでいたのは、犯人がその時間に犯行が行われたと思わせるためなんだよ。つまり、時間にアリバイを用意していた人物が犯人になるというわけだ」
「なぜ他の二人じゃないんです?」
「死亡推定時刻以内で時計を二時間進めてその範囲内に収まるのは午後三時半の時点だけ。その二時間後は午後五時半。その時間にアリバイがあるのは高橋さんだけだ。反対に、彼女には午後三時半にアリバイがない。彼女はアリバイトリックを施したのだが、意に反して時計は完全に止まってはいなかった、というわけだ」
・
・
・
そう、これは見え見えのアリバイトリック。
だから、赤池は即座に犯人を指摘することができたのだ。
新里述は置時計ではなく、動機に着目をして犯人を特定しようとした。しかし、動機は三人の容疑者がいずれも持っているものであり、そこに殺害に至る順位付けを行うことは困難だ。
人間である赤池は、現場の状況から犯人を指摘した。
だが、見落としていることがあるようだ。
・
・
・
解決の興奮冷めやらぬ赤池を西山は冷静に眺めていた。
「単純な疑問なんですけど、死亡推定時刻は午後三時半から午後五時半の間……。いくら置時計のアリバイトリックを使っても、容疑者全員にアリバイのない時間が必ずありますよね」
「だから、それが犯人の誤算だったんだよ。もし時計が止まっていれば、我々は犯行時刻をその時間だと推定しただろう。そして、必然的にその時間のアリバイが問題になっていたはずだ」
得意げな赤池はまさに鼻高々といった様子だ。団子鼻だが。それでも、西山は得心が行かないような微妙な表情だ。もっとも、赤池といる時の西山は始終この様子だ。
「もうひとつ気になるんですけど、どうして犯人は置時計を壊すという手段を取ったんでしょうか?」
「いや、だから、アリバイトリックで……」
西山はタブレットに表示されている置時計の写真に目を落とした。
「この時計は電池駆動です。頭を殴った拍子に電池が外れた、ということにすればよかったのに」
赤池はウィニングランの先の雲行きが怪しくなってきたことに、不安そうな表情を見せた。
「不自然だったんじゃないのか? その置時計を凶器として──」
「なぜ凶器は置時計だったんでしょうか?」
矢継ぎ早に繰り出される西山の質問に、赤池はついに泣きそうな顔になってしまった。
「そ、そんな怖い顔して訊かれても……、俺は知らんよ……」
「いや、よく考えて下さいよ、赤池さん。被害者はトロフィールームで殺害されたんです。まわりにはトロフィーが山ほどあるんですよ。なぜそれを凶器に選ばなかったのか?」
「アリバイトリックのためには置時計が必要だ。そいつが自然に壊れている状態を作るために凶器にする必要があったんだろう」
今日は赤池には珍しく食い下がる日だ。西山はさらに攻勢を強める。
「犯人がトロフィーを凶器に選ばなかったのは、
・
・
・
ここでまた私である。
ここまで来たら、新里述に花を持たせてやりたい。
これまでの流れを全て新里述に渡して、最後のチェックメイトを打たせてやりたい。
※新里述による記述※
「犯人がトロフィーを凶器に選ばなかったのは、トロフィーが邪魔だったからですよね。だって、犯人はトロフィーを持っていないんですから。それに、犯人は小向さんの殺害時に、トロフィーを片付けていました。わざわざ、床に散らばる破片を拾うくらいなら、最初から凶器にはしなかったはずです」
※私による記述※
なんで被害者が小向になってしまったんだ、新里述よ。
手を伸ばせばすぐに届く栄光に、君は興味がないというのか?
……つまり、感情がないということか?
解決したいという欲求すらもないというのか?
・
・
・
「犯人がトロフィーを凶器に選ばなかったのは、選べなかったからですよ。犯人にはそれらのトロフィーの重要性が分かっていた。それを殺すほど憎い人の血で汚すわけにはいかなかった」
「……ということはつまり?」
西山は溜息をついた。
「赤池さんも鈍いですね。犯人はトロフィーの価値をよく知っている人……つまり、被害者と同じ作家の中田さんですよ。あのトロフィールームには彼が夢見ていたものもあったかもしれません。そういったものを汚したくなかったんです」
「憎い奴の獲った賞なんか価値がないと思っていたかもしれんぞ」
「なら、凶器はトロフィーを選んだでしょう。賞を憎いと感じていたのなら、トロフィーが整然と並んでいたのもおかしい」
「トロフィーを荒らせば、そういう恨みがあったと思われると思ったんだろう」
「被害者の家は隅から隅まで荒らされていました。あのトロフィールームだけ何もないというのは不自然です。他の部屋と同じように荒らしてしまえばよかったのに、それをしなかったのは、賞に敬意があったからですよ」
「置時計はどうなる? なぜ二時間進められていたんだ?」
「時計の針が取れていました。ということは物理的な接触があったということです。その時にズレただけでしょう」
「いや、待て。そうなると、アリバイトリックは……」
「そう。初めからアリバイトリックなんて存在していなかったんですよ」
*
「西山さん、またお手柄だったみたいですね」
古屋がヘラヘラした様子で歩み寄って来たが、西山は固い表情のままだった。
「どうかしたんですか?」
「被疑者の中田がひとつだけ黙秘を続けているのが、被害者の家を隅々まで物色した理由なのよ」
「何が探してたんですかね?」
「被害者は都内で行われた製薬会社の新しいプロジェクトのキックオフパーティーに潜り込んでいたらしい」
「え、それって事件と関係あるんですか?」
西山は鋭い眼を古屋へ向けた。
「関係ない話をわたしがする訳ないでしょ。そのプロジェクトの出資者のひとりが内村和也(うちむらかずや)だった」
「内村って……この前殺された?」(「AIはダイイングメッセージを解読できるか?」を参照→https://kakuyomu.jp/works/16817330649401245104/episodes/16817330649401361623)
「そう。内村を殺した犯人の動機は未だに不明」
「待って下さい。内村さんはスーツをオーダーしていましたよね。もしかして、そのキックオフパーティーに出る予定だったんじゃ……」(「AIは密室殺人の多重解決を彩ることができるか?」を参照→https://kakuyomu.jp/works/16817330649401245104/episodes/16817330649739278710)
「おそらくね」
「ええと、それってつまりどういうことですか?」
「分からない。けれど、どこかで何かが繋がってる……」
西山は強い思いを湛えた目を窓の外に向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます