マジカル・エボリューション!#2★魔法学園卒業して新生活!★

埴谷台 透

マジカル・エボリューション!#2★魔法学園卒業して新生活!★

 町なかを奇妙な荷車が疾走していく。

 後部に据え付けられたくだから水蒸気と余剰魔力が噴き出している。

 道行く人たちが不思議そうな顔をしてその荷車の方を見る。

 それもそのはず、その荷車は馬が引いていないのに走っているのだ。馬どころか、人が押しても引いてもいないのである。

 御者台に座っているのはひとりの女性。とても楽しそうな笑顔をしている。

 ボサボサの赤毛とツインテールが荷車の走る勢いで後ろに流れている。金色のカチューシャが前髪をおさえているのでおでこは丸見えだ。

 そう、彼女は魔法学園を卒業したばかりのメイリン・グランフィールドである。

 すでに学園の制服ではなく、そのあたりにいる女性と同じような格好をしていた。

 荷車にはひとりの男と得体のしれない荷物で満杯である。

 その男とは元用務員のおじさん、名前はレオン・ソルネイドという。

 メイリンは魔法学園の卒業直前に、やっと彼の名前がレオンだあるという事を思い出したのだ。

 レオンがメイリンに棲家すみかと仕事を斡旋してくれるまで「おじさん、用務員のおじさん」と呼んでいるうちに名前を忘れてしまったらしい。

 12年間ほとんど毎日顔を合わせていたのにとんでもなく失礼な小娘だ。

 しかしレオンは苦笑いをしつつ許してくれたのだった。

 

 「メイリン、これは安全なのか? 前になんとか駆動機とやらを作ったときはひどかったぞ」

 「やだなあ、あれから何年経っていると思う? もう『魔力変換駆動機』は完璧だよ。今は小型にしようと頑張っているのだ」

 「魔力……ええと難しいな」

 「うーん、じゃあ『マジカル・エンジン』にするのだ」

 「まじかるえんじん?……しかし馬の面倒をみなくてすむのと燃料いらずとは凄いものだな」

 「燃料はいるよ。大気にあふれるマナ魔力のもとを集めて動くんだ」

 「いきなり荷車が欲しいと言われた時はこんなものになるとは思いもしなかった」

 「あの時は無理なお願いしてごめんなさい。でも思いついたら作りたくなって仕方がなかったのだ」

 「しかし私が頼んだ仕事よりこの馬いらずの荷車を売ったほうが儲かるような気がするのだが」

 「売るために作ったわけじゃないし、そもそも売るほど作れる設備も材料も当てがないよ。仕事と住む所を提供してもらえたほうが大事なの」

 「前にも言ったが、トーマス・ハウエンの所に戻った方が良かったのではないか」

 「もう19歳だし、これ以上迷惑はかけられないよ」

 

 馬無し荷車は北西の門を出て、王都からあふれた町に進んでいく。

 トーマス・ハウエンとはメイリンが両親を失ったときに彼女を引き取った男である。

 彼はメイリンの父親の部下であり、彼女の両親が最も信頼していた友人のひとりであった。

 

 「しかしだな、なんのあてもないまま卒業するつもりだったとは。ご両親が残した遺産を受け取らないと言ったのはどうなんだ。その遺産で家も生活費もまかなえただろうに」

 「小さい時からずっとお世話になっていたんだよ。魔法学園に入るための勉強や入学金も用立ててもらったのに、受け取れないと思うのは当たり前じゃないのかな」

 「ハウエンはそんな事を気にするような男ではないと思うのだが。君の両親が君を託した男だぞ」

 「もう大人だしこれ以上は甘えられないよ。まあ、結局半分こという事で貰っちゃったんだけど。よくよく考えたら研究資金が必要だったから。でも無駄遣いはしないで、貰った分はお金を貯めて渡すんだ」

 「そうか……しかしまだ変なものを作る気でいたのか」

 「変なものじゃない! んで、お金の話よりおじさんとご主人様が知り合いだったほうが驚きだよ」

 「世間は広いようで狭いものだ」

 「おじさん、何か隠し事していうわあ!」

 

 馬無し荷車が道の段差で大きく跳ねたのだ。

 

 「っと、こういう時に衝撃を緩和する仕組みをつけないと駄目だな」

 「……ところで荷物にあの魔法の箒が無いようだが」

 「アレにつけた『マジカル・エンジン』は今この荷車を動かしてる。改造する意味のないものにつけたのが間違いだったということに気がついたのだ」

 

 レオンはツッコミを入れようとしたが、それはやめてメイリンにずっと聞きそびれていた事があったのを思い出した。

 

 「メイリンはそもそもなんでからくりを作ろうと思ったんだ。見知ったときには既に色々作っていたな」

 「んー。魔法学園に大時計があったでしょ。その仕組みが何なのかマリア先生に見せてもらったの。

 で、大気のマナを取り込んだら永久に動くんじゃないかなーと思って、大時計のレプリカを作って試したのが最初。その後はズルズルとのめり込んで今に至りましたー」

 「……原因はマリア先生か。ああ、もうすぐ到着だ」

 「下見に来たときも思ったけど、変な家だよね」

 「失礼な。一応私の家だぞ」

 

 マリア先生とは魔法学園の寮長で、メイリンのクラスの担任でもあった人である。

 そんなやり取りをしてメイリンのこれから住むことになる家の前につく。

 二階建ての母屋とその隣にある大きな蔵。そして家の前の空き地。下町ではかなり立派な家である。

 メイリンは荷車を止めると、レオンが鍵を開けてくると言って降りていく。

 彼女は手荷物の中から契約書を取り出して内容を確認する。

 

 (おじさんはこんな立派な家があるのに何で住み込みで学校の用務員をしていたのかな。

 しかしこの条件で本当にいいのかなあ。住み込みで期間は無期限、そして仕事は家の管理人。

 蔵の中は好きなように使っていい。何なら壊しても構わないって。魔法の箒のせいで危ない物を作っていると思われたのかな。さすがにあれは大失敗だったのだ。

 でも何でおじさんはいきなり用務員をやめちゃったんだろう)

 

 などと思っていたところでレオンが蔵の扉を開けて戻って来た。そして鍵の束をメイリンに渡す。

 

 「まずはその荷物を荷車ごと蔵にしまおう。片付けはゆっくりやればいい。だがこれからはきちんと日課を決めてやるんだぞ」

 「はーい」

 

 メイリンはそう答えて荷車を蔵の中へと動かしていく。

 レオンはそんな彼女を見ながら何か悩んでいるように見えた。

 メイリンが出てきて蔵の鍵をかけるとレオンの方へ駆け寄ってくる。

 

 「私はこれから用事があってこのまま出かけるが、終わったらここに戻ってくる。そうしたら食事と大浴場にでも行こうか」

 「うん、わかった。とりあえず必要なところだけ掃除しておくよ」

 「ああそうだ、今この家には使い物になる道具などないから、入り用な物があればこの金を使ってくれ」

 「え、お金なら両親が残してくれたものがあるのでいらないよ」

 「いや、これは給料の前渡しだ。この家にはろくなものが無いし掃除をするだけでも大変だ。必要な物はこれで揃えてくれ。貯金もしなくてはならないのだろう」

 「ううう、それではありがたく」

 「では頼んだぞ。また後でな」

 

 レオンはそう言ってお金の入った袋を渡すと、メイリンの頭をポンと叩いて町中へ向かっていった。

 

 レオンを見送ったメイリンは家に入ると顎に手を当て悩み始めた。

 1階は台所兼食卓のある部屋、トイレ、風呂の他に部屋がひとつ、そして納戸。

 廊下の奥には直接蔵に行くことのできる通路と階段がある。2階には部屋がふたつ。

 

 (おじさん、用務員になる前はこんな広いところでひとりで住んでたのかなあ。かなり寂しいような気がする)

 

 納戸だけは入るなとレオンに言われていた。鍵もかかっているし、もらった鍵の束にも納戸の鍵はない。

 

 「ともかく掃除道具もなんにもないし、大事なたきぎもない。まずは買い物に行くか。何度も出かけるのは面倒くさいから『魔力変換駆動機搭載荷車マジカル・ワゴン五号機』でまとめてすましてしまおう」

 

 そうつぶやいて玄関を出ると、蔵へ行く。

 レオンは蔵の中にある物はいらないので処分してもいいと言っていた。

 その上もともと取り壊そうとしていたから好きなように使っていいと。何なら2階の床に穴を開けても構わないないとまで言ったのだ。

 どうやらメイリンの実験で破壊されるに違いないと思われているようである。

 メイリンは蔵の中を見回して、色々なものが雑然と置かれているのにため息をついた。

 どこかを片付けないと自分の荷物を置けないほどなのだ。

 

 「うへえ……あ、あそこの角にしようか。棚が両側にあるし」

 

 メイリンはそうつぶやいて置かれているものを片付けようとした。

 

 「む、これは……おじさんは捨ててもいいと言ったがとんでもないことだ。宝の山ではないか」

 

 メイリンは大事そうに床の荷物をどかし、棚に置かれたものも床に下ろす。

 そして荷車から自分の発明品などをその場所に置き始めた。

 荷車が空になると、メイリンはぐったりとして腰をおろす。

 

 (なんというか、整理するのにどれくらいかかるのだ。まとめて捨てようと思ってたけど捨てられないぞ。全部選別せねば。あ、その前に買い物に行かないと)

 

 メイリンは立ち上がると、『魔力変換駆動機搭載荷車マジカル・ワゴン五号機』の御者席に乗り込んだ。そしてソロリソロリと後退させる。

 荷車を蔵から出して降りると、扉の鍵をしめる。そして再び荷車に乗り込むと、勢いよく「発進!」と叫んだ。

 動かすのに叫ぶ必要はないのだが。

 大通りまで来るとやはり好奇心の視線が集中したが、メイリンは鼻歌まじりで気にしている様子もない。

 そしてあちこちの店をまわって掃除用具やたきぎなどを買ってまわる。

 

 (後は炊事用具や食器も買おう。料理したことないけど)

 

 などと思いつつ食器店を見つけると荷車を停めた。

 

 (自分用とおじさん用の食器はいいんだけど、誰か来たときのも必用かな。ターニャは招待したいけど。エリオットとセインはどうでもいいか。よくないな)

 

 などと考えながら荷車から降りて店に入いる。

 店の中はたくさんの食器が並べられている。メイリンは真剣な顔をして、食器やスプーン、フォークなどを物色し始めた。

 ハウエン家で使われていた食器は立派すぎる。かといって魔法学園の食堂のようなのは味気ない。

 

 (このニャーのやつ可愛いと思うんだけど、おじさんが使うとなると……)

 

 「いらっしゃーあ! 何かお探しでー?」

 

 そう言って女性の店員さんが寄ってきた。いや店員なのか?

 オレンジブラウンのセミロングはいいのだが、やたらガタイがでかくてタンクトップから出ている腕の筋肉がムキムキである。

 どう見ても食器を扱う店の店員に見えなかったのだが、メイリンはとりあえず悩みを話してみた。

 

 「なるほど。家族がふたりでお客さんは3人くらいか。じゃあこっち来て。イイ感じのがあるよ」

 「いい感じ?」

 「お揃いにしたいなら探し回らなくていいようにね。ほら」

 

 棚には3人用、5人用、8人用などのお揃いの意匠でまとめられた食器が色々と飾られていた。

 

 「このあたりの5人用のから選ぶのはどうだい?」 

 「なるほどー。ひと通りの食器が揃っているから選びやすいのだ」

 「大人の男とあんたが普段使うとなると……シンプルなのはどうだい。これとか。値段もお手頃だし」

 「ふぬー」

 「あ、やっぱり少しは可愛らしいのがいいのか」

 「ええと、まあ。魔法学園を卒業したので、あまり質素なのはちょっとつまらないかな、と」

 「あー、ありゃ質素どころじゃないやね」

 

 などとふたりして相談しながらいいものがないかと探す。店員さんは見かけによらず丁寧に教えてくれる。

 

 「これがいいかな」

 「おお、お目が高い。その皿の秘密に気がついた?」

 「この金色の模様の中に動物が隠れてる。スプーンとかの模様の中にもいる」

 「見た目は金色の模様で飾られた食器に見えるけど、気がつくと楽しいだろう」

 「うん。けっこう可愛いのだ」

 その食器セットを買うことに決めたところで、外から叫び声が上がった。

 

 「いやあああ! 私の息子を、息子を返して!!」

 

 その声を聞いた途端、店員のお姉さんが飛び出した。

 それにつられてメイリンも外に出る。

 目の前を4騎の馬が通り過ぎた。先頭を走る馬に乗った男は子供を抱えている。

 

 「まてこの野郎! ちっ、あたりに馬はいないか」

 「あの、追いかけるなら手伝います! そこの荷車に乗ってください!」

 「え、馬もいないのに……」

 「大丈夫です! 今ならこれで追いつけます! 早く!」

 「お、おう」

 

 メイリンとお姉さんは荷車に飛び乗る。

 それと同時に『魔力変換駆動機』が唸りを上げ始めた。

 

 「お、お、何だこれ」

 「振り落とされないでくださいよ!」

 

 メイリンはハンドルを握ると足元ののペダルをべた踏みにする。

 その瞬間、ふたりの男が荷車に飛び乗った。

 それと同時に荷車が走り出す。メイリンは振り返って飛び乗ってきた人達を見る。

 

 「え、え?」

 「私の仲間だ! 自己紹介は後!」

 「はい! 『魔力変換駆動機』出力制限解除!!」

 

 メイリンと3人を乗せた荷車はとんでもない速度で町なかを飛ぶように走り出す。

 叫び声を聞いて集まった人達は呆気にとられた。

 

 「すげえ! 何だこりゃあ!」

 「馬なしで動いていたのを見ていたから乗り込んで正解だったな!」

 「これなら町の外に出る前に追いつけそうだ!」

 

 ふたりの男とお姉さんは口々に叫んだ。

 叫ばないと声が聞こえないほど吹き出す魔力と水蒸気の爆音をたてながら荷車が疾走する。

 

 「追いつくまでに振り落とされそうだぜ!」

 「魔法で飛ぶより速いようだ!」

 「昼間から人さらいなんて、この町はそんなに物騒なんですか?!」

 「女子供は夜になると出歩かないからな! 代わりに夜は強盗だ!」

 

 お姉さんはメイリンの問いに答えつつ、身につけていたネックレスを握りしめた。

 ふたりの男は声を張り上げながらも前方をいく誘拐犯どもから目を離さない。

 お姉さんはメイリンの耳元まで近づいてくると、彼女に問いかけた。

 

 「あんたは城壁の内側から来たのか」

 「はい! えっと、お姉さんたちは?」

 「商人ギルドの自警団だ。仲間は普段町中の店で働いていて、衛兵を待つ事もなく犯罪を対処する為の組織だよ」

 「そんなものがあるんですか! 知らなかった!」

 「小さな犯罪は即対処できるが、あいつらみたいな犯罪集団は衛兵や自警団よりも王国騎士団に頼みたいところだがね」

 「おお、追いついた!」

 「まず俺がいく。お嬢さんもっと寄せられるか?!」

 「は、はい!」

 

 痩せぎすな方の男にそう言われたメイリンはどれだけ寄せればいいのかと、できるだけ誘拐犯の馬に幅寄せする。

 その男は距離をはかったのか、ためらいもせずに荷車から4人組の1騎に飛び移ると、男に組み付いて馬から引き落とした。

 そして馬の手綱を取ると荷車の後方から追いかけてくる。

 メイリンは思った以上に車輪がすべるのに慌てて操縦桿をあやつる。

 

 「うわった! そんなに曲がるな! 木の車輪じゃ速く走るのは無理みたいだ!」

 「おおお?! だが次はオレがいく……駄目だ、子供のいる馬にはとどかねえ、が!」

 

 今度は大柄な男がもう1騎に飛び移ると、痩せぎすな男と同じように誘拐犯を引きずり落として馬を奪う。

 ふたりとも手慣れたものだ。

 しかし今度は荷車が滑るどころか激しく揺れる。

 荷車が傾き外側の車輪が浮き上がった。水蒸気がさらに激しく吹き出し始める。

 

 「うわわわ! しかしこんな速さなのに飛び移れるなんて!」

 「次はあたしだ! しかし、ザコが1匹邪魔で子供の馬に移れない……お嬢ちゃん、このままやつらを追い越して走るのを邪魔してくれ! 頼んだぞ!」

 「え、えええ?!」

 

 メイリンの返事を待つまでもなくお姉さんは同じように誘拐犯の馬に取りつき、拳1発で誘拐犯を吹き飛ばす。

 荷車が激しくガタガタと飛び跳ねるように走る。

 大人3人が降りたため荷車にかかっていた負荷が減り、メイリンの荷車は更に加速し最後の1騎の前に出た。

 前方からくる町の人達や商人の荷車が邪魔になり、真っ直ぐ進むのが難しくなる。

 

 「ただ真っ直ぐ進むだけなのに車輪が滑る! こ、これは制御できるのか? 馬ならよけられるのかな!」

 

 メイリンはなんとか操縦桿をあやつり、 人や荷馬車をよけながら走る。前方から来た人達は逃げ出して、商人の荷車は急停車すると引いていた馬が竿立ちになった。

 彼女は後ろをちらりと見ると、やはり馬の方は上手によけているのを見た。

 車輪がつけられてないる車軸がたわんで、メイリンが取り付けた機械の歯車が嫌な音を立て始める。

 そして水蒸気だけではなく白煙を吹き出し始めた。

 

 「い、今にも壊れそう! いや、それよりどうしよう! 離れ過ぎちゃう! これ減速して大丈夫なの? もしあいつが子供を投げ捨てたら私は何もできない!」


 その後方から馬を奪った自警団の3人が追って来ているのも見えたがまだ遠い。

 

 「どうしたら、どうしたら……あ、私魔法使いだった」

 

 いきなりメイリンは立ち上がり後ろを向いた。

 思ったとおり、今まさに誘拐犯は子供を投げ捨てようとしているところだった。

 

 「『バイン』かーらーの『フローティン』!」

 

 メイリンは相手を指差し、詠唱破棄で拘束魔法と浮遊魔法を連続で放った。

 相手とその馬、そして子供の動きがいきなり凍りついてブアリと浮き上がる。

 誘拐犯がちょうど子供から手を離したところであった。

 

 「ギリギリ間に合った! 魔法の効果が切れる前にあの子をおおおぅわ!!」

 

 メイリンが操縦桿を放して立ち上がったせいで荷車が蛇行すると街路樹に激突した。荷車はその衝撃でバラバラに壊れ、荷物を四方八方に撒き散らす。

 そして荷車から放り出されるメイリン。

 

 「あああ自分に『フロー……」

 

 詠唱破棄の魔法でも遅すぎた。

 

 「ああっ! お嬢ちゃん!」

 「間に合わねえ!」

 「この馬野郎! もっと速く!」

 

 メイリンにはお姉さんたちの叫び声がゆっくりと聞こえた。

 

 (あ、これは駄目なやつだ)

 

 メイリンの頭に自分が道路に叩きつけられる光景が浮かぶ。

 その時、思いがけない事が起こった。

 

 「おおおおっ! メイリーン!!」

 

 前方から叫び声とともに馬に乗った男がメイリンを受け止める。

 その横を子供を抱いたお姉さんの馬が駆け抜けていく。

 そして魔法の効果が切れると、誘拐犯とその馬が地面に落ちてもんどり打った。

 さらに何騎かの馬と自警団の者たちが駆け寄ってきて誘拐犯どもを捕縛し始める。

 メイリンを助けた男の正体はレオン・ソルネイド。元用務員のおじさんである。

 

 「おい、メイリン! 大丈夫か?!」

 

 レオンはメイリンを抱えながら馬を降りる。

 そこへ子供を預けてきたお姉さんと男ふたりが駆け寄ってきた。

 

 「お嬢さん!」

 「あんたは?」

 「あたしは自警団詰所じけいだんつめしょに連絡したんだけど」

 「詰所にいて良かった。ここからあまり遠くはなかったのが幸いだった」

 

 お姉さんはネックレスに手を触れた。そのネックレスは緊急通信のマジックアイテムだったのだ。位置情報も送信する便利なものである。

 レオンに抱きかかえられたメイリンが彼の顔を見る。その顔は真っ青だったが、自分が助かったと気づいてほっとした表情をしていた。

 

 「メイリン、怪我はないか?」

 「お、おじさん、ありがとう。大丈夫、おじさんが受け止めてくれたので。それよりおじさんはなんでここに?」

 「この先に自衛団の詰所があるんだ。用務員の仕事の前は商業ギルドで働いていたから挨拶をしに行っていたんだよ」

 「そんな仕事をしていたのになんで魔法学園の用務員になったの?」

 「それはいずれ話してあげよう。どうだ、立てるか?」

 「は、はい」

 

 メイリンはレオンに手を取られながら馬を降りた。

 そしてある物を見て、愕然がくぜんとした表情をうかべながらよろめいた。

 

 「あ、あ、あ」

 「どうしたメイリン、大丈夫か」

 「わ、私の『魔力変換駆動機搭載荷車マジカル・ワゴン五号機』が……」

 

 メイリンが見たものは街路樹に激突して半壊した荷車であった。

 その荷車はもうもうと白煙を吹き出しており、買ってまわった品物があちこちに飛び散らかっている。

 それを見た周りの人達が燃えてはまずいと水をかけ始めた。

 

 「大丈夫、燃えてはいない!」

 「散らばったものはほとんど駄目だな。水のせいか。悪いことしたな」

 「壊れた荷車の残骸と荷物をよけて道をあけろ!」

 

 周りの騒ぎの中、4人はそろってメイリンの様子を見る。

 

 「……木に負けた」

 

 メイリンはそうつぶやきながらよろよろと荷車の方へ向かっていき、屈み込んでしまった。

 そんなメイリンを見てお姉さんたちは口々に言う。

 

 「なんか巻き込んじまって悪かったな。ただの一般市民なのによ」

 「あの子大丈夫なんですか? かなりこたえているみたいですが」

 「食器買う前で良かったよ。ってそういう問題ではないか」

 

 レオンは少し口元を緩ませてメイリンを見つめていた。

 それに気がつくお姉さん。

 

 「あの子が心配ではないのか。あんなに必死になって助けたのに」

 「私には彼女を護る使命がある。それに身体の具合も気にはなるが、まあ少し見ていればわかる」

 

 レオンがそう言うと、お姉さんたちもメイリンの方へ再び顔を向ける。

 屈み込んでいたメイリンが何かゴソゴソしているのに気がついた。

 

 「おお! わかった気がする! ここにバネの様な仕組みをつければいけそうなのだ!」

 

 メイリンがいきなりそう叫んで立ち上がり、折れた車軸を両手で持って高く掲げた。

 いきなりの行動に仰天する自警団の3人。

 やっぱりな、と言いたげな表情をしたレオン。

 メイリンは車軸を投げ捨てると、今度は半分に割れた車輪を拾ってまじまじと見つめる。

 

 「木のままの車輪は駄目だな! 滑るし擦り減って安定性が悪くなる。取り替え可能で地面をしっかり掴む何かをつければいいのだが、全く心当たりがない!」

 

 そう言って持っていた車輪の残骸を投げ捨てる。

 

 「フッフッフ。失敗は成功の母なのだ!!」

 

 メイリンはそう叫ぶとそのまま仰向けに倒れそうになる。

 慌ててレオンが駆け寄り、メイリンが頭を地面に打ち付ける前に抱きとめた。

 そのさまを呆然と眺める残りの3人。

 

 「緊張が切れて気を失ったようだ。まあ仕方あるまいが」

 「本当に大丈夫なの?」

 「そこそこ擦り傷があるが、ゆっくり寝かせておけば大丈夫だろう。しかしこの散らばった荷物を見ると、掃除はまだしていないようだな。宿屋を借りて様子を見るか」

 「あたしの家に連れていこうか。あんたが年頃の女の子の世話をするのには問題があるような気がする」

 「そうしてくれるのなら助かる。自己紹介はまだだったな。私はレオン・ソルネイド、この子の保護者だ。この子はメイリン・グランフィールド。魔法学園を卒業したばかりだ」

 「あたしはアンナ・ステイプルトン。自警団の副団長で、食器を扱う店で仕事をしている……ってレオンと言ったな。もしかして先代の自警団団長かい?」

 「そうだ。それで挨拶をしに詰所に行っていたところでコレだ」

 「先代だと? オレ……私はゴウドン・マッキンタイア。八百屋で働いています」

 「私はカーネジー・ウォルフといいます。仕事は金物屋、そして私とゴウドンも自警団員です」

 「後でこの子にも自己紹介してやってくれないか」

 

 レオンはそう言ってメイリンを抱きかかえたまま立ち上がる。

 

 「もちろん! この子がいなければ誘拐犯どもに逃げられる所だった。お礼とお詫びをしなければ」

 「それと馬なし荷車と荷物をなんとかしてやらないといけませんし」

 

 ゴウドンとカーネジーが口々に言う。


 「世話をかけるな。アンナといったな、案内してくれるか」

 「そ、そうだな。早くまともなところで休ませないと」

 

 アンナはあとのことをゴウドンとカーネジーにまかせて、メイリンを抱き上げたレオンを自宅へと案内していった。

 

 「荷物もそうだが、このけったいな荷車も勝手に捨てるには行かんな」

 「普通の荷車を借りてこよう。その後は壊れた荷車の代わりと駄目になった荷物をを用意してあげようか」

 「普通の荷車っていうのはなんか変だぞ」

 

 残されたゴウドンとカーネジーはそう言って、笑いながら作業に取り掛かった。

 

 アンナの家にて。

 ベッドに寝かせたメイリンをアンナが介抱していた。

 

 「本当に変わった子だねえ。マジカルなんとかとか排気パイプとか妙なことを寝言でいっているよ」

 

 そう言ってメイリンの額にのせていた濡れ布巾を変えてやる。

 

 「引っ越し早々えらい目にあったねえ。今頃レオンさんが掃除をしてるから、目が覚めたら自宅でゆっくり休みなよ」

 

 アンナはメイリンを見つめながら優しげにそうつぶやいた。

 

 

 翌日、メイリンが目を覚ますと知らない部屋にいるのに気がついた。ひたいにゴツゴツしたような、それでいて柔らかいような手が触れているのを感じた。

 

 「あ、あれ? ここは?」

 「お、目を覚したか。具合はどう? 起きられる?」

 「はい、大丈夫です……って食器屋のお姉さん? どうして……ここはどこですか」

 

 メイリンは起き上がり、アンナにそうたずねた。自分がぶかぶかの服を着ている事に気がつく。

 

 「ここはあたしの家だよ。んであたしはアンナ・ステイプルトン。アンナって呼んでくれ」

 「あ、アンナさん……ええと、私はどうしてここに? というか『魔力変換駆動機搭載荷車五号機』の残骸を調べていたところから記憶がない」

 「魔力……くどう……荷車……? あの馬なし荷車のことかい? それならみんなが集めてあんたの家の蔵に持っていったよ」

 「うわあ、ありがとうございます。あれにはまだまだつかいみちがあるので」

 「つかいみち? まあいいか。何が起きたのか最初から話してあげるよ。とりあえず身なりを整えようか」

 

 アンナはメイリンに金のカチューシャを手渡し、メイリンの服を抱えて立ち上がった。

メイリンもベッドから降りるとアンナのあとを追う。

 そしてようやく落ち着くと、アンナは事の顛末をメイリンに教えてあげた。

 

 「……ということさ」

 「やっぱりあの子は無事だったんですね。放り出されたときにアンナさんが抱えて走り抜けるのを見たような気ががしたので、あの子の事を考えずに私の荷車の事ばかりで申し訳なかったな、と」

 「まあとりあえずメイリンの家に行こうか。レオンさんやゴウドンとカーネジーがあんたが帰って来るのを待っているよ」

 「ゴウドンさんやカーネジーさんも?」

 「きちんと挨拶したいってさ。ふたりともメイリンを気に入ったみたいだよ」

 「私もおふたりとお話がしたいです」

 「そうさね。これから長い付き合いになりそうだから、早く会うのがいいかもしれないってね」

 「長い付き合い……」

 「あたしもあいつらもメイリンはもう仲間、いや友達だと思っているよ」

 「友達……引っ越して最初の友達……」

 「そういうことで。じゃあ行こうか」

 

 アンナは席を立つとメイリンを促して外へ出た。

 しばらく歩いて行くとレオンの家、これからメイリンが暮らす家が見えてくる。

 丁度レオンとゴウドン、カーネジーが蔵から出てきたところだった。

 小走りに駆け寄るメイリンと、微笑みながらついてくるアンナ。

 

 「メイリン、もう大丈夫なのか?」

 「問題なし、です! ええとゴウドンさんとカーネジーさん、後始末してくださりありがとうございました」

 「お、どっちがどっちかわかったのかい」

 「ゴウドン、細身とデカブツと言われただけでわかるだろう。メイリンちゃん、まあ気にしないでくださいよ。元はといえば私達3人が悪い。怪我をしなくて良かったよ」

 「ええと、迷惑をかけるかもしれませんが度々お話にいってもいいですか」

 「いってもなんてなあ、逆に嫌われると思ってたよな」

 「もう仲間……いや自警団の事ではないよ。こんな出来事の後なのに友達になれるかなと思っていたよ」

 「友達……アンナさん! やっぱり友達だって!」

 「友達第一号はあたしだよ。あんた達は遠慮しておくれよ」

 

 そんなやり取りをレオンは嬉しそうに見つめていた。

 

 

 その事件から数日後、蔵で何やらゴソゴソしているメイリンの姿があった。

 

 「ゴウドンさんとカーネジーさんが壊れた荷車の残骸を全部持ってきてくれて助かった。六号機を作るのに欠点をすべて確認できるのだ」

 

 メイリンはそうつぶやきながら半壊した『魔力変換駆動機マジカル・エンジン』を残骸の中から取り出した。

 

 「今度は木にぶつかっても壊れないようににしないと。『魔力変換駆動機マジカル・エンジン』を壊しては作るを繰り返しては駄目なのだ。六号機の課題は安定性の向上と頑丈さを優先にだな……」

 

 そこへレオンが背後から近づいてきてメイリンに声をかける。メイリンは振り返ってレオンの顔を見た。

 

 「メイリン、せっかく食器を貰ったんだ。からくりだけじゃなく料理の腕前も上げてくれよ」

 「むう。それは『魔力変換駆動機マジカル・エンジン』を直すより遥かに難しいのだ。料理などしたことがない」

 「料理ができないと、のちのち困った事になるぞ」

 「困ったこと?」

 「友達を呼んでもおもてなしができないということだ」

 「それはまずい。できあいの食べ物やお菓子だけではお皿が泣くのだ。おじさん、今日のお昼ご飯はあたしが作るよ」

 「私はいきなり毒見役か。程々にしてくれよ」

 「毒とはあまりにもひどいのだ……」

 

 メイリンはそう言ってレオンと一緒に笑いだした。

 こうしてメイリンの新しい生活が始まったのである。

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