Episode 4. The Dawn.

 俺の、サッカー雑誌ジャストアヒーローの緊急インタビュー「2019新春日本サッカーを語る」の駒は、あと一つ、どうしても語るべき事を踏まえて、ほぼ1時間で終ろうとしている。

 まずは、そう。激闘過ぎた、2010南アフリカワールドカップアジア最終予選最終試合は、しんどさを超えて、今になって懐かしいものになっていた。


 その後に南アフリカワールドカップ本選があるのだが、本選向けに3-5-2フォーメーションで守りを固めてで、より強固なった筈だった。

 しかし、普通に実力伯仲のグループCに入り、得失点差と他力で2位抜けするのがやっとだった。

 そしてベスト16では、ベルギーに延長戦間際にゴールを決められ、辛酸を舐め敗退。俺達の全力は閉められた。

 今もファンから強く語られるのは、このチームは体中の水分がゼロになると定番の社交辞令になる。

 そう言えば、あんな壮絶な応援をしていたらと苦笑いをするのが、本当に懐かしい。時間が過ぎ行き、思い出になるのは、こう言う事かと思った。

 ただそれも、2011年の東日本大震災を、スルーする事は出来なかった。


 Jリーグは既に開幕していたが、東日本大震災発生の影響で全ての試合は未定になった。

 この間に、俺は実家のある被災地石巻に根性のみで戻った。

 被災地は津波で何もかもめくり上がっていた。

 俺は携帯の電話帳にある旧友に知り合いの幾人に、何度も電話しても繋がらなかった。これが現実なのか、そう言う事かと、ただ膝が崩れ、涙が止まらなかった。


 俺は勇気が出た時だけ、振りしぼって石巻の平野に出る。

 幾つも覚えのある街並みは土台だけになっていた。何かとお世話をされて食卓に座っていた、あの時の場所に立つと。別の膝の震えで、俺は屈み込むしかなかった。


 地元石巻から、俺に鹿嶋で頑張れって送り出してくれた皆。こう言う別れって、心の置き所が無いなと、辛うじて丘上に現存する実家で酔いつぶれていた。

 沸点の高い両親が、俺を叱咤しに来る筈なのに、日の出日の入りで麓から帰って来ては、俺に何も触れず被災地の状況を淡々と語る。互いの気持ちは痛烈な程通じ合う。今はそれが精一杯だった。


 そして俺の日々は、被災未だから、食料は救済物資頼みなのに、親父自慢の取り置きの酒だけはある。神様って言うのは、卑怯な程に安易な居場所を用意する。そこに何の意味があるのか。いつもそこで堂々巡りになる。

 この間に俺の携帯に着信は夥しいものになっていた。鹿嶋の選手にスタッフもいるだろうが、出たところで大丈夫だからと言えるのが精一杯だろう。でも大人だろう、理性的な俺がいつも囁く。それでも、上っ面のそう言う気持ちにどうしてもなれなかった。

 スタイリッシュな大人らしくないは痛烈に沁み、酒が進みに進む。サッカー選手としての俺森山拓史は、この状況では一切お呼びでは無い。

 ラジオでは興味本位で被災地を晒すニュースの数々の中に、スポーツ関連再開の知らせは無い。俺は本当無能だと積み重なる。


 そんな何かと酔い潰れて、日付の感覚も曖昧になった3月下旬に、実家へと矢継ぎ早に来訪者が来ていたらしい。

 手助けに来たのに、碌に震災の後片付けを手伝わないので、俺の尻を叩きに来たのだろう。仮に会ったとしても俺は、胸が一杯でごめんとしか言えない。

 いや、あのまま鹿嶋フェニックスに入団せず、石巻に残っていても、この二本の腕の何れかで誰かを引き上げられたかは分からない。そしてまた酒に浸り、泣く、脆くて、情けなくて。


 こんな俺を見かねたか、ばっちゃんがドカドカ俺の部屋に入って来て、パサ、ボロと、大漁旗幾つもがどんと置かれた。

 たっちゃん。よく見てごらんから、俺に大漁旗見せて発破掛けるかだったが、眺める程に嗚咽しか無かった。

 それは、あの2010南アフリカワールドカップアジア予選最終試合で見た、そう、美夏さんの振っていた、俺の名前が刻まれた大漁旗に悉く似たもの。


 その大漁旗何れも、俺森山拓史を応援する、大漁旗に模した地元石巻ならではの応援旗の幾多だった。美夏さんの声は本当に大きいなと、漸く暖かい涙が畳に落ちた。

 そして忽ち理解した。津波で何れも流された筈なのにまだこんなに応援旗が残っている。

 そう、南アフリカワールドカップが俺の初のワールドカップだった。そして、こんなに迄石巻全てが色めきたっていたなんて。俺は本当のサッカーしか出来ないバカになっていた。

 一枚一枚丹念に見る。どの大漁旗も津波で何れも汚泥を被ったが、俺が塞ぎ込んでると聞いてか、いの一番に冷水なのに手もみしては、態々気を使われていた。取り敢えず大漁旗見て元気を出して貰おうかのそれに間違いは無い。

 何をしてるんだ俺。皆の手助けの為にと石巻に戻って来たのに、何を勝手に落ち込んでるんだ。何か一つでも、そう覚束ないだろうけど出来る事をやろう。

 ここは男飯か、やってやるさで、納屋に駆け込み大正月で使っていた筈の大釜を引き出した。

 そして、鹿嶋のチームメイト残らずに電話した。一様に優しく森山さ、俺出れなくて悪い、と察される。鹿嶋も被災してるの知ってる、でもと。鹿嶋は一区切りついたからと、それならばとカレーの炊き出し原材料ノーリミットで拝み倒した。

 鹿嶋フェニックスの選手にスタッフが、石巻に入れ替わり駆けつけ、そのカレー炊き出しは4月上旬迄続いた。その後は俺が俺らしくのサッカー選手に仕上げに入り、再開されるJリーグに向けて決意も新たにした。


 ここでインタビューをクローズへと入った。

 まあ俺って弱い奴ですよと。真顔のまま涙が真っ直ぐに、絨毯に滴って行った。涙が枯れるなんて、そんなの本当に嘘だろうと、この瞬間にもだ。

 慧も太田も琢磨さんも声を殺し滴りながら、俺の肩に手を乗せて行った。それだけで十分だった。

 あの被災した当時の石巻を、どんな言葉を重ねても埋め合わせる方法は無い。あれから弛まぬ努力で復興しているが、亡くなった人物の確実な影は、まだどうしても側にいる。俺ならば何が出来るんだ。


「せめて天国からでも、あなた方の見たかった、誉れはあらかた取ってみたい。夢かもしれないけど、ワールドカップを優勝してみたい。無理、いやそれでも、今の俺達は、沢山の方達に夢を重ねられている。ええ、頑張りますから、どうか俺達を応援して下さい」


 ここでインタビュアーの上澄彩さんの涙腺がはち切れた。ワーは聞こえたが、顔を全て覆われくぐもった声は、俺はもう被災地で何度も聞いている、それを待つのがたった一つの礼儀だ。上澄彩さんはそれでも必死に。


 ——華ちゃんの、Miss.No10凄い似合いますよね。いっそ奪っちゃいますか。

「いや、良いと思うよ。どっかり10番の玉置は、いつの間にかスマートになってるけどさ。華の様に、分け隔てなく声掛けて、元気引き出して、笑顔にさせるなんて、本当人間が出来てるよな。Miss.No10、本当お似合いだよ。ただ俺の6番はそう簡単に譲れないから、ここはお手柔らかにね、ですね」


 そうなると、南総路慧の永遠の19歳の19番・太田隆大のファンを代表しての12番・安倍琢磨の俺でこそのダブルエースの22番とビシッと締める。

 セカンドナンバーなのに何を格好付けているのになるが、こだわりを持つ事は、個性があって大いによろしいになる。


 全員のインタビューが終わったのは16時半。このまま帝団ホテルのビュッフェへとになる筈も、この面子が集まったら気兼ねしない居酒屋が馴染むのに、それは無いだろうになった。上澄さんは付き合いたいですけど、正月初日から連日、先程のインタビューをwebにも掲載するのでと、足早に会社に戻って行った。

 俺は俺で、鹿島神宮初詣であるのでと抜けよう伺ったが、琢磨さんが、ちょっつ待てで羽交い締めにされた。皆これと言った予定は特に無いし、あの鹿島神宮なら行きたいよで、丁重に案内役を仕る事になった。

 まあ流れだしと、皆一様に名残惜しさが今もあるので、区切りは何処かで必要になった。


 車両で来たのは、太田だけだった。皆引っ掛けるつもりだろうから、運転者なら俺かと、気配りには長けている。

 軽車両のハイワゴン乗り回してないで、もっと良い車に乗りなよも。荷物に何かと多いし、家族四人皆背が高いから、この選択肢しかないんですよと、太田は満面の笑みで応える。


 帝団ホテルから鹿島迄、ほぼ渋滞無しの2時間弱で着いた。年を跨いでの鹿島神宮での初詣には時間があることから。鹿嶋の馴染み料理屋に行こうかになった。

 やってるやってないは、初詣迄待ちきれないお客がいるから、お馴染みは開いていた。そして、いつも鹿嶋フェニックスの集合場所になっている事から、今日のこの4人の面子でも、いつも様に気を使われて、奥の暖簾の間でそっとされる。鹿嶋は改めて良い町かとは思った。


 そして適度にお腹を満たしたし、どうしても3時間の仮眠を取るかで、鹿嶋フェニックスのクラブハウスの駐車場に滑り込んだ。他にも3車両あるが、初詣に向けてだろうで軽く挨拶はしておいた。

 そして軽車両ハイワゴンに戻り、広い車内で微睡み夢を見た。

 俺は欲していないと言うのに、オーソドックスな一軒家の家庭の主人に収まる。子供は女子2人。それは東日本大震災後のいつかの機会から、繰り返し見る夢だった。

 そもそも俺は女子の扱いは下手だと言うのに、助けてくれよ、お母さん。頑張ってたっちゃん。顔は見えないものの、左手人差し指には黒子があった。そうだったような。子供の顔も瓜実顔だ。そうだったような。


「麗さ、お母さんさ」


 そこで目が覚めた。室内灯の中で皆心地良く熟睡している。いや待てよ、何かをこらえている。皆の腹筋が見事に沸騰している。俺はそこから言ってしまったのかよと、うんざりするも。それを一々応にしないのが、察しが良くて非常に助かる男女混合A代表って訳か。

 それは兎も角。果たしてこの俺が家庭人になって幸せなのか。まあ苦手な夢見たなで、もう一度微睡みの中に入った。


 23時に、太田からそろそろですよと起こされた。コンビニで小腹満たしますかと促されたが、ちゃんと露店出てるから、そこで腕を貰おうと促した。

 そして鹿嶋神宮に向かい、着き。集った長い人波のままに、大きな鳥居を潜り、本殿で丁寧に参拝した。何をドスーツ姿で何処の幹部かに思われたが、ここは三強の鹿嶋で有り、しかもこの4人ならそうか、鹿嶋ならそう言う事もあるかで、視線暫しで察してくれた。

 ただ、思った以上に参拝客が多かったので、露店のお汁粉は3杯お代わりで止めるものの、このままで終了の雰囲気はどうなのになった。

 まあ、それならばと、勢いのまま初日の出拝もうかを勧めた。このまま鹿嶋も良かったが、房総半島に飛び出し、日本国本土一早く日の出を拝める銚子の犬吠埼灯台はどうかと切り出した。皆はどうかなも、太田が行きましたよそれから、激しく同意したので、即決になった。


 犬吠埼灯台を目指して、太平洋を海沿いに走る。車両群はそこそこ有り、初日の出に向かって、それぞれ絶景ポイントに向かっている事だろう。

 混む前に何処か静かな海岸で拝もうかと切り出したが、カーナビに渋滞情報は出て来ないので行ける所まで行きましょうと、犬吠埼灯台をひた目指した。

 そして、犬吠埼灯台間近の足元の海岸広場に軽車両ハイワゴンを着けた。日の出を拝もうと車両はそこそこあるが、あとで混雑しても出られる場所に停車した。

 スマートフォンの検索では午前6時45分には拝めるらしい。あと4時間、それ迄気さくに話し合い。人生って、サッカーって、が交差して行く。生涯の伴侶になると、何で堅っ苦しいだよ森山と、長々と心配される。一々ごもっともだが、丁重に拝聴だけにしておいた。

 そして6時の段階で初日の出を拝もうとの観衆で結構な数になる。ボランティア職員も大きく回り始めて、目ざとく俺達は見つかった。軽く5万人いますので、琢磨さん絶対雄叫び上げないで下さいねと徹底的に厳しく窘められた。まあ、琢磨さんは本能の方だからと、とても言えずにさらっと流した。


 そして日の出を迎えたその時刻、水平線の彼方に日輪が顔を出した。淡いオレンジが広がり続け、確かに荘厳さを感じる。何より日本で母なる太陽初めて浴びるのだから、何かしらの御利益も感じる。

 ただ、東日本大震災の津波の引き潮で、幾人もがあの水平線の彼方迄連れて行かれたのだなと、センチメンタルさが去就した。

 俺は居ても立っても居られず、自然と海岸の前へと歩んだ。そして堪らず、津波で行方不明のままの同級生と知り合い7人の名を叫んだ。


「美夏さん、マス、しんじ、これちゃん、みん坊、たみおさん、しげさん、聞こえますか。俺、まだサッカーやってます。きっと天国から見れてますよね。そっちの初日の出、綺麗ですよ。感動ですよ。ありがとうございます」


 バサバサ。風の悪戯か、漁港で何度も聞いた、あの大漁旗の靡く音が聞こえた気がした。皆、まだ海にいるのか。いや海、皆好きだもの。いつか帰ってきて欲しいとは思う。


 軽車両ハイワゴンチームに関わらず、集まった周りも、俺が何を叫んでいるか察してくれている。そしてそれ以上を語らずとも、皆の鼻をすする声が聞こえる。


 東日本大震災、あれから8年近くも経とうとしているのに、美夏さんは特別として、その同級生に知り合いの少なく無い人物は、俺の枕元にさえ現れない。それ程迄に津波は脅威だと言うのに、何もかも忘れて行こうとする、世の中の風潮をどうにも受け入れられない。

 でも、生きるって事は、折り合いの連続だ。

 どうすれば天国に届く。俺は、もっと高みを目指さないと駄目なのだろうか。それを積み重ねて、たっちゃん、いいじゃんになるのか。


 取り敢えず、背負っている一つを降ろしたのか、力が抜けて海岸で膝立ちになった。琢磨さんが歩み寄り、俺の左肩に手を添えては、叫ぶ。


「ナイス、ファイト!」


 皆が琢磨さんと気付くも、遠巻きながらオベーションを送る。もう少し頑張れるか、きっと出来るさ、今は沢山の皆が俺を支えてくれる。

 その上でのナイス、ファイトの声援。その勇気の湧く言葉で、どんな困難でも超えられる事を証明したい。どんな事があっても。

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釣瓶落としの後始末 判家悠久 @hanke-yuukyu

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