Episode 3. 2010 FIFA World Cup Asia Final Qualifier. Final match, Japan vs. Iran.

 今期のA代表、2010南アフリカワールドカップアジア予選は順調な推移を見せた。

 前線に枚数を多く送る為、類似4-4-2フォーメション、つまり両サイドバックをウィングの位置下まで押し上げ、実質守備は後回しにした。 

 その分、ギリギリするセンターバック2人と、俺達アンカーに専念するボランチ2人で徹底的な守備固めをする。その堅調さは、対戦相手に手強すぎるアタッカーが少ない第三次予選迄のお話だ。

 最終予選ともなると地獄を見る。確かにシードボットはあるものの、それはFIFAが決めた基準であって、ABグループの、俺達日本Aグループは、イラン・日本・サウジアラビア・北朝鮮・UAEが入り、従来のアジアカップでもかなりの手強さだ。そう、どの国が1位と2位及び3位プレーオフに入って、ワールドカップに出場しても何ら不思議では無い。


 ここで評論好きな各種マスコミは、最終予選こそ守備固めの3-5-2フォーメーションをと声高に言う。それは相手が徹底的な守備固めしていると言うのに、睨み合いしても仕方が無いは、俺達A代表の一致した意見だ。

 何より今A代表には、スーパーエリートで、鹿嶋フェニックスの後輩にして、絶対的ゲームメーカーの玉置光臣がいる。

 玉置はボールの起点は確か過ぎて、鹿嶋で日々向上し続け、誰も食い止められない球際の強さを見せる。そう、誰も問題など何も無いと疑いようもなかった。

 しかし、実際の最終予選はいくつもの誇りが重なり、サッカーはゲームと呼べる程の気安さは無くなる。徹底的な守備固めから、強烈なフォワードの突破力があれば、たったワンチャンス、1-0の死闘で試合に勝ててしまうシビアさがある。


 何故か攻めあぐねる日本は低迷し、5チーム中まさかの3位で最終予選の最終試合を迎える。

 選択肢の何れかは、UAEは既に敗退が決まり、イランも早々に一抜けしワールドカップ出場を決めた。ここで、2位勝ち点10のサウジアラビア、3位勝ち点9の日本、4位勝ち点8の北朝鮮の熱闘が期待されてしまう。

 バリエーションはあれど、この3チーム何れも、2位抜け即南アフリカワールドカップ出場のチケットをもぎ取れる機会が有る。3位のプレーオフもあるが日本はアウェイにほとほと弱いので、その線は消すしか無い。

 そして運命の日を迎える事になる。


 そして2009年6月17日19時。2010南アフリカワールドカップアジア最終予選最終試合、日本と北朝鮮のホーム試合の同時刻に運命の火蓋が切られる。 

 日本がホームの横浜国際総合競技場には、最大級の66,000人のファンが応援に駆けつけ、尋常では熱気は醸し出す。

 当たり前の様に出場出来ていたワールドカップが途切れるかもしれない、サッカーには夢しかない、それがこうも脆く本当に無くなるのか。それならば、せめてもの強い後押しをと、この運命の日の為に、ファンからの只管熱い声援が轟き、熱気が帯び続ける。


 試合開始から、0-0の膠着状態。日本はこれでもかと、前線に枚数を掛けて波状攻撃を仕掛けるも、イランの見えないフィジカルコンタクトの嵐で、より日本の選手はピッチに膝を着く。

 そして両選手何れも、これはファールだろうのサインを各審判に送るも、この熱狂でミスジャッジをすれば、どちらに転んでも暴動が起きかね無い。ボールが体良く途切れてリスタートを促すしか無いのが、唯一のゲームコントロールだった。


 そして、後半11分で雄叫びに近い歓声がスタンドから連なった。

 試合はイランがボールキープで攻め所を探していたのだが、日本への何の落胆かと思ったが、どうやら様相が違う。

 不意にベンチに視線を送ると、是枝A代表監督が集中の発破を掛けるが、阪神ストレイトの適当ズのゴールキーパー窪原衛護が指サインで1-0を送り、俺達はどうしてもかと、忽ち声を失った。

 そう同時刻スタートのホーム北朝鮮で、北朝鮮があのワールドカップ出場常連国サウジアラビアに勝ち越していると驚愕の事実だ。

 このままの勝ち点と得失点差で行くと、俺達日本は4位でワールドカップの出場は潰える。それは流石の俺だって泣きそうだ。


 後半15分。この塞ぎ込んでしまった気持ちをイランは見過ごさなかった。

 イランの絶好調前線トリオがド正面からお出でなさる。司令塔ハキームに日本の前線がプレスするも、持ち前のフィジカルから御構い無しに前線のナセルにフィード。

 俺のマークの担当は、そのフォワードのタワータイプのナセル。ナセルは重心のバランス良く、どんなボールが送り込まれてもゴールに放り込む。俺はナセルが重心を取りに行くであろうの方向に身体を入れ、少しでもヘディングの傾けを阻む。しかしナセルは早めに読み切り、アタッキングの強いヘディングを右斜め横に送る。真正面ではなくそっちか。

 ボールが弾かれた方向には、フォワードの快速で飛ばしまくるサイードが、日本A代表の戦術釣瓶落としの激しい弱点、がら空きのサイドスペースに滑り込み、ラインを超える前にボールに追いつきドリブル。そちらのマークは同じアンカーの真島健太郎だが、初速が段違いだ。

 俺は真島スイッチ!と叫び、最終ラインに譲り渡せだったが、もうペナルティーエリアかで微妙な判断な領域だ。真島は何とかサイードに縋り付き、右足は後からボールに行った筈だが、サイードは豪快に転がった。しかもペナルティエリア内に。

 今日主審ならば、流れからボールの奪取の判断を取る筈だが、サイードのダイビング紛いの主張を取ってPKの判断を下した。横浜国際総合競技場全てから絶叫が連なった。


 後半17分。イランのPKのキッカーはそのままサイード。ゴールキーパーは俊英の千葉ライノセラスの太田隆大。

 太田はジョークかと思うソフトアフロとは別に、抜群の飛び出しでハーフオアハーフのコースを的確に消し、そのセービングが乗りに乗ってる。

 俺は太田ならば弾けると信じている、それはチームメイト全員だろう。転がって来たら大きくクリア、何が何でもだ。

 そして主審の笛と共に、サイードが早いシュートを放つ。太田も同時に、サイードの軸足を瞬時に見て、右に飛び込み下のコースを消しに行ったが、今日は付いてなかった。サイードのふかし気味のシュートは辛うじて右上部ネットを揺らし、イランの先取点で0-1と後を追う展開になる。

 これからアディショナルタイムがあったとしても、残り最低28分で、1点入れて同点にしてもこの均衡はとても危うい。そう2点を入れ勝ち越さなければ、日本がAグループで2位抜けしないと、ワールドカップ出場の可能性が高まらない。

 俺達鹿嶋フェニックス選出の3人、CMD俺森山拓史・DF藤代直清・MF玉置光臣が集まった。あれをやるしかない、トータルフォーメーションを。


 トータルフォーメーションは抜群のゲームメーカー玉置光臣が提唱する、類をみない攻撃だ。

 玉置の揺れる上がりに連なり、ピッチのイレブンも同様の動きをし、そのパス距離を著しく保つ。見た目も美しいそのフォーメーションには実がある。

 完全なフォーメーションによって、パスコースが分かりきってる事で、一切の判断のブレを持たずパスを丁寧に送れる。

 問題はその玉置の思考に皆が本能でトレース出来るかだ。鹿嶋で何度と試すが、形を成すのは後方縦の線だけで、傍目では良いポジショニングだけだ。そんな片鱗でも、一切の解説が入らず露見した事が無い事は、理想と現実は程遠過ぎた。

 藤代さんが、ここでの大一番で動きを無理に合わせようかの単調だったら、イランにコースを読まれる危険はあると主張する。俺はそれでも、やるしか無いで押し通す。ここで玉置が妙案があると解き、無邪気に微笑んでは、俺達はそこかと脱力した。

 そして藤代さんが、是枝代表監督に直談判に行き、あのこってりした身体が何度も頷き、ポンと両手を叩いた。通るものかよ、練習で全て却下していただろうトータルフォーメーションを。


 後半19分。プレイが切れたと同時に選手交代のボードが掲げられた。ここで横浜国際総合競技場が心の底から戦慄する。

 現在の日本A代表のウルトラサブと言えば、チャイルズフット山形の哲学者、オールラウンダーフォワード甘元大樹の筈だが、ピッチに入ってきたのは全試合で開始から健気に常にアップしている、何故そのカテゴリーかのJFLのケッパレ弘前の安倍琢磨だ。

 フォワード安倍琢磨と言えば、もう往年の選手と一般評価される。過去海外で活躍するも、日本に帰ってからはその何れの箱に体良く収まり、現在はJFLのピッチ温めている印象だ。

 ただ選手なら皆知っている。琢磨さんは弘前をJ1に上げようと日々奮闘している。俺としては全盛期のガムシャラさより、最高5手先迄読めている今の琢磨さんを抑える自信は半々だ。

 果たして最終兵器は、ついさっき迄隠匿される。琢磨さんは、今日の最終予選迄ずっと控えで、まさかのこの日を待っていたのだろうか。

 ここは是枝A代表監督もなのか。敢えてぶっつけ本番でコンセントレーションを維持させる指導か。上等だ、やってやるさ。

 手順は大凡分かっている。宿舎では何かと、玉置がトータルフォーメーションとはの大言壮語を語り、俺達は話半分に。しかし最後迄根気強く頷くのが琢磨さんだった。ああーだこーだが続き、ここ最近は爆笑し合ってる。この軸が出来上がれば、結果は出せる。

 改めてピッチでは皆が緊張し始める。琢磨さんのシャドウを見て、玉置も続く、そこから全員残らずトータルフォーメーションとして一体となり、全開となる。

 完全無欠のパスサッカーで、この追い詰められた均衡を崩せなければ、日本はAグループ4位に終わり、ファン皆から託された夢が豪快に弾け、日本サッカーは再びの暗黒期に入る。そして琢磨さんが一番に叫ぶ。


「勝つしか無いからな!自信を持って!釣瓶の落とし何ら間違いないから。まず釣瓶の落としの後始末を丁寧にな。そして、あっと言わせようぜ、OK!」


 センターラインからボールが押し出されると、ボールが徐々に下り始め、俺を経由し、そして最終ラインに繋がる。その間、前線の琢磨さんはと言うと、アップ存分から、全盛期のダイナモ炸裂で、イランを大きく揺らし始める。

 玉置は琢磨さんのシャドウを忠実にトレースし、足がもつれる事なく、その中心にいる。

 いや玉置のクレバーさは、琢磨さんでしか出来ない切り返し多くをかみ砕き、よりステップを省略し、皆をトータルフォーメーションに没入させる。ここで確信しかなかった。行けるぞ、まず俺。

 玉置の導きで、皆に思考に余裕が生まれる。琢磨さんがこれでもかと揺さぶった事で、イラン側のスペースが一つ二つと空き、そこに滑り込めるかが見えて来た。

 皆が声を出し合いトータルフォーメーションキープの指示は勿論だが、次の動きのサジェスチョンも飛び交い、こぼれ球への飛び出しも、いつでも行ける気がする。

 そして、まずピッチがさざめき。イランが戦慄し始めた。この一体感は何故だと、何を考えているかで、イランがマークを絞り込めなくなる。

 それは当然だ。琢磨さんの先き読みシャドウを、日本がトレースしているのだから。そうイランのマークが、いやたった今崩壊した。

 前線の琢磨さんが、えげつない切り返しから、イランの最終ラインが、軒並み膝がどうしても折れ、どっかりスペースが空いた。

 そこに玉置の真直線でシビアなパスが飛び、琢磨さんがしっかり受け止めて、ゴールキーパーの視線を読み切り逆サイドに豪快に蹴り込む。バサっ。左サイドのネットがボールで揺れる。

 ゴールした筈なのに、何故か横浜国際総合競技場が、まさか信じられないの溜め息に包まれる。

 この目で見ただろう、ゴールしたんだよ、きっちり琢磨さんがさ。きっちり釣瓶の落としの後始末を見事果たして、琢磨さんの雄叫びが軽く横浜市、いや日本中に響いた筈だ。ここで観客の声がさざ波の様に打って行く。

 その安堵と不安は分かっている。事前のシミュレーション会議で、北朝鮮は知れず枚数を掛けるので、サウジアラビアが不利。

 そして、ベンチでは窪原が仰け反らんばかりに0-2のサインを送る。サウジアラビア失点で更に不利となり、この横浜の引き分けの状況ならば、Aグループの得失点差で日本が結局の3位のプレーオフに入る。アジアプレーオフ、大陸間プレーオフへと続く。

 そして、まずアジアプレーオフで、Bグループの相手になるのは、しぶとく争い続けている2位韓国に3位ウズベキスタンと、選りに選ってのこの同時刻直接対決だ。どっちのスパルタチームが来ても、日本のアジアプレーオフ突破は微妙になる。仮に突破しても、次の大陸間プレーオフで、オセアニア予選1位の代表と戦うなど無謀しかない。

 それでもあっても、ここからだ。日本A代表の歴史は逆境から何度でも這い上がって来ている。今日も然りだ。せめて、目の前であと1点あれば、俺達後衛が立ち塞がってみせる。


 果たして後半25分。イランは、トータルフォーメーション、その未知のサッカーに出くわし、混乱の最中にいる。

 琢磨さんは今も存分に掻き乱す。ここで悪ノリ大好きの阪神ストレイトの適当ズのフォワード萩原寛也が、アクセントとして別のかましを加えると、玉置も悪ノリに応じて、たまに萩原の動きを入れる。

 俺は堪らず、萩原!と叫ぶが、チースと聞こえたその直後。玉置がいつものコンパクトのしなりから、ミドルから弾丸シュート。しかもカーブが付き、イランのゴールキーパーが辛うじて真横に飛ぶも。バサっ。ボールは左中央のネットを揺らす。

 ここでも同じく横浜国際総合競技場全てが、現実を信じられず見てしまう。まあ人間ならこの目で何度も確かめたいだろう。あるべきボールは間違いなくゴールの中にある。その間に俺達は玉置をハグしようかと一目散に向かう。

 ここでスタジアムから、ゆっくり嗚咽混じりの歓喜の声が連なり始める。3位、4位、3位、2位と一体何のジェットコスターに乗っているのか。まず俺達選手が目眩しないのは、緊張感があって非常に宜しい。


 試合は、この後日本がトータルフォーメーションでイニシアチブを握るも、イランも立て直しを計る。一見無軌道に動き回る琢磨さんのマンマークに2人、そしてコースを絞るマーカーが2人配置された。

 日本もここで欲が出て、追加点を狙うべきだが、是枝A代表監督がベンチにどっかり座る。

 窪原の指サインでは3-0なので、北朝鮮がホームアドバンテージを存分に発揮して、このまま推移すると、日本が2位に繰り上がったまま、ワールドカップ出場をほぼ掌中に収めた。

 後は油断する事なく守り固めと、後衛のキープの指示が血走り、張り裂けんばかりに飛ぶ。そして、やっと試合終了の笛が鳴る。

 この横浜国際総合競技場には死のグループを勝ち抜いた、Aグループ1位2位のワールドカップ出場国がいるのに、この夢のような出来事では、どうもそれどころでは無い。

 Why.Unbelievable. Strong.等々、イランの選手と目が合う程に躊躇いの言葉ばかりが飛び交う。そこから予定していたダブルセレブレーションは、どうしても心の置き所の無いものになった。


 いや逆に、その不思議な雰囲気だからこそ、絶叫が聞こえた。


「たっちゃん、最高、ナイス、ファイト!」


 辿ると、俺の名前の入った大漁旗が振られ続ける。その声と容姿は、石巻から遥々東京迄来てくれた、美夏さんだった。小顔美人もあってか、声の張りもどうしても美人だ。俺は両手で拳を握り、天にかざす。

 そこに、森山ーとばかりに、小うるさい日本代表が次々のし掛かってくる。そう言うのじゃないから。どう言うのだよ。ここで一回当たって砕け散ったなんて言おうものなら、今日の祝賀はそれ一辺倒のなるので、石巻の魚市場の職場の先輩だけで済ました。

 そしてスタンドオールからは、長い、オーーーの叫びから、俺のチャントが大きく響く。

 美夏さんは両手で、ただ両目を覆う。それなりに俺の道のりも長かった訳か。



 そして、翌日からのマスコミのあれこれは、遅れに遅れてきたスーパーヒーロー安倍琢磨の試合中の強い台詞が存分使われた。


“日本A代表、釣瓶の落としの後始末で、ドン底からワールドカップ出場をもぎ取る。”


 いや別に、アンカー専念2人による釣瓶の落としの戦術が、成功とか失敗とは思えない。アジア予選は常に混迷で、引くに引かれたら、どんな選手の輝きも失われる。

 俺としては、サイドバック2人を上げまくってチャンスを作り、数少ない後衛はただ芽を摘み取るフレキシブルさは、次の世代の可能性を広げる為にどうしても意義はあったと思う。

 そして急遽お披露目されたトータルフォーメーションは、日本の強烈なオプションになった。

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