第11話

 萌依は自分が入って来たのに気づかない航大のそばに近づくと、耳元に口を寄せて「華音ちゃんは、私の見立てでも、ほんまにええ娘やと思う」と、囁いた。

 航大は、びくっと肩を動かすと「驚かすなよ」と答えて、笑い出した。さらに「いまさら、なんやねん。当たり前やろ」と、楽しそうに唇を尖らせた。

 サンチョはカーペットに顎を乗せて寝そべり、二人の会話を興味深そうに眺めていた。テレビがコマーシャルから、ドラマに切り替わるとそちらに頭を向け、サンチョは画面に視線を注いでいた。

 冬村と電話で話した内容を萌依は航大に告げた。

「さっきの話やと、冬村さんはクリスマス前後の三日だけの事業やと、会長たちがうんと言わんから、新企画を出して、通年事業としてのサンタ・クロース・カンパニーにせなあかん言うていたわ」

「俺も、冬村さんに同意見やけど、萌依は、どない思う? 何事も、社長のお前次第やからな」

「社員たちに呼びかけて、アイディアを出してもらう。そこから、叩き台を作って、経営企画書の形式にまとめてみる」

「期待しているで」

 二人が話していると、サンチョが萌依の足元にまとわりついてきた。

 散歩に連れて行くと、サンチョはいつものように興味津々の表情をしていた。サンチョは長い舌を出して喘ぎながら、抜け目なく萌依の横に座った。

 家族と一緒に出掛けるところなのか、谷山が奥さんと就学前の幼い娘と反対側から歩いてきた。奥さんは、谷山が話し始めるのに合わせて、小さく頭を下げて挨拶した。

「奇遇ですね。犬とお散歩ですか?」

「たまには、犬にも散歩させないとね」

 すぐさま下に目をやると、谷山は犬の名前を尋ねた。

「この犬はスパニッシュ・マスティフという種類の犬で、サンチョと名付けています」

「サンチョ? あの、セルバンテスの名作『ドン・キホーテ』に出てくるサンチョ・パンサの……、主人公の従者のサンチョですか?」

 小説の『ドン・キホーテ』に出てくるサンチョ・パンサは肥満体形の大食漢で、高邁な理想を掲げる主人のドン・キホーテとは対照的な人物として描かれている。サンチョの名前の由来は、子犬の時からふっくらとしていて、どこかとぼけた雰囲気のある特徴から名付けていた。

 おとなしい犬なので、突然吠えたり、噛みついたりはありえなかったが、萌依はサンチョの頭を撫でてから立ち上がり、息を吸って話し始めた。

 谷山はサンチョから目を離さなかった。

「立派な犬ですね。私も、随分前になりますが、実家でセント・バーナードを飼っていました。似ていないですが、懐かしい気がしますね」

「普段は、家でごろごろしているだけの犬ですが……、見ていて、飽きないです」

「ふうん、サンチョ君か……」

「また、仕事でお願いする機会があれば、連絡します」

「そのときは、よろしく……」谷山が言いかけたときに、サンチョが横を通る犬に「ワン」と吠えかけた。

 あくる日、外出先から社長室に戻ると萌依は、インタレスティング・プロジェクトに電話して谷山を呼び出した。

 取り込み中との返答なので、いったん受話器を置いて待った。十五分後、萌依のデスクの上の電話が鳴った。谷山からだった。

 谷山は「ああ、お久しぶりです。その後、どないですか?」

「あなたに、相談したい件があるのやけど……、都合をつけてくれへんかな?」

 スケジュールが立て込んでいるため、萌依には時間の余裕があまりなかった。萌依は、エレベーターで下まで降りて、コンビニとハンバーガー・ショップの間を通り抜け、ビルの外へ出た。通りを少し過ぎたところに公園がある。そこを待ち合わせ場所に選んだ。

 萌依のお気に入りの喫茶店で、先日受け取ったインタレスティング・プロジェクトの会社案内をテーブルに広げ、細かい点を確認した。

 会社に戻ると、鷹司産業のリスク・マネジメント部門に問い合わせて、念のためインタレスティング・プロジェクトの企業情報の収集を依頼した。

 さらに、企業としての財務力や、与信面、経営者の評判などを調べるべく、興信所に調査依頼をしたところ、一週間後に返答があった。調査結果では、インタレスティング・プロジェクトは業績や取引ぶりなどで特に問題は見当たらず、企画力が評価され大手企業から中小規模の企業まで、幅広く取引しているのが分かった。

 数日後、谷山をサンタ・クロース・カンパニーに呼ぶと先日よりも具体的な話を持ち掛けた。谷山は視線を上げて、社長室の萌依のデスクの横にかかる額縁入りの絵画を見ていた。萌依には、谷山が絵画を見ているのではなく、何か考え事をしているときの表情であるのを察知した。

 絵画は、フィンランドの光景を描写したもので、降り積もる雪で一面が真っ白な中をトナカイが白い息を吐き、橇を引く姿が描かれていた。

 予想に反して、谷山は「あんな寒い中で橇を引かされたら、トナカイも大変でしょうね。可哀そうになりました」と、夢のない言葉を口にした。

――この男は使えない。人物を見誤った――と萌依は、後悔し始めていた。

 ところが、谷山は「過酷な環境にいるのは人間も同じです。私なんか、いつ会社をクビにされるかとびくびくしています。動物たちは、ああやって人間を助ける構えで、人々に命と希望を与えてくれているのですね」と、呟くように声にした。

 萌依が谷山の顔を見直すと、目に輝きが宿っていた。萌依はデスクの脇机の抽斗を引くと中から複数の資料ファイルを取り出した。

 谷山に企画案を見せて、実現可能かどうか尋ねた。

「シンデレラ宅配便や、バースデー宅配便が軌道に乗れば、サンタ・クロース・カンパニーの通年事業としての成功は間違いなしですわ。商品配送の提携先と、資材の調達先を構築できれば、あとはいかにアピールするかですね」

 イベントは芸術的に素晴らしく、人を楽しませるものでないと、自分たちの創造力のすべてを投入する対象にはなりえない――と、萌依は考えていた。

 昼食を終えた時分に、萌依のスマホが鳴動した。南郷からの電話の着信なのが分かった。

「なんかえらい、反響が出ている様子ですな。得意先の社長が、サンタ宅配便の評判はええなと、言うてました。ちょっと、パソコンを覗いてみてください。なんか、書き込みがありませんかね」

 南郷の指摘を受けて、萌依がパソコンを開いてみたが、掲示板サイトの書き込みは相変わらず、目を覆いたくなる内容ばかりだった。

 それとは逆に、激励のメールが大量に届いており、全部目を通すのにかなりの時間がかかった。京都市内の子どもたちの感謝の手紙と、全国からの予約の依頼状が山のように届いた。テレビで様子を中継されたため誤解を生み、他地域でも、クリスマスにサンタ宅配便の申し込みができると思われていた。事務所への電話の問い合わせも殺到していた。

「速読はこういう時に使えるな」と、航大は言葉にすると「推理小説を早く読むと、名探偵があっという間に事件を解決してつまらないし、詩集や俳句、短歌などはゆっくりと味読するもんや」と付け足した。

「無茶な。わしに、速読で手紙を読めと言うのですか?」

「ざっと速読で読んで、中身のええ手紙を味読するのやな」

「そりゃ、無理ですわ」

「ほな、萌依に全部、目を通してもらうわ」

 萌依は頷くと、事もなげに「全部、目を通しておくわ」と承諾した。これまでも、情報収集手段として速読を活用してきた萌依にとっては、簡単だった。

「ほな、これまで私が目を通していたものを何通かだけ、先に紹介しておきますわ」

 手紙やメールは子どもたちからだけではなく、親からのものも散見された。わが子を慈しむ気持ちが、京都市から日本全国に波及するのが萌依には、奇跡のように思われた。

 冬村は一通目を開封すると、声をあげて読んだ。「素敵なクリスマスを有難う。本当に楽しかった」

 二通目も同様に声に出して読んだ。

「来年も、うちに来てもらえるように良い子にするから、サンタさんによろしく伝えてね」

 三通目以降も、好意的な内容が書かれていた。

「子どもたちが喜んでいました。親の私にとっても、感動の一日でした」

「スタッフの皆さんに感謝です。でも、ここだけの秘密です。子どもたちは、本物のサンタさんとトントゥたちだと思っていますから」

「トナカイの大きさにびっくりしていました。私も橇に乗って見たかったなあ」

 冬村は、初めはぼそぼそとした低い声だったが、徐々に大きくなり、手紙の内容に興奮すると、勝利の喜びに酔いしれるような大きな声に変化していた。

「夢を与える仕事なんて、素晴らしいと思います。娘が大きくなったら、サンタ・クロース・カンパニーで働いて欲しいです」

「サンタのおじいさんは、大人の私が見ても本物かと思いました」

 冬村は、ここで周りを見回すと「あっ、これは一号車が回ったエリアだから、私が演じたサンタ・クロースだ」と、声を立てて笑った。

 賭けても良かった。サンタ宅配便の目指す方向は、子どもに愛され、夢と勇気を与え、明るい気持ちにさせる方針に決まっていた。萌依の目の前の数多くの称賛は、当然のごとく起きていた。

 萌依は冬村から手紙の束を受け取ると、紙袋に詰めて社長室に持ち帰った。先にメールで届いたものを読み終えると、返信メールを送信した。

 続けて、万年筆で「かわいらしい、お手紙ありがとう。良い子にしていたら、またきっと、たくさんのいい出来事にめぐり会えるよ。サンタ・クロースより愛をこめて」と、子どもたちへの手紙を書き終わると、プリンターにPPCペーパーをセットし、コピーした。

――自分は、サンタ・クロース=聖ニコラオスの代理人だ――と、心の中で思いながら、印刷した手紙のコピーを南郷に手渡した。

 萌依は最初のうち、子どもたちからの手紙に、一通ずつ手書きで返事を書いていた。妖精トントゥのように明るく、夢と希望に溢れる手紙を書く取り組みで、子どもたちを勇気づけようとした。数が増えるうちに、コピーした手紙の余白に――また会おうね――とだけ、手書きで一つずつ書き添える方針にした。

 しかし、子どもたちからの封書やハガキや、社用パソコンへのメールが増え続けたため、返信を断念せざるを得なくなった。

 サンタ宅配便を走らせてから、鷹司産業の株価が上昇し始め、法人の顧客数も堅調に伸びた。最初は、因果関係が分からなかったが、各種の調査結果から、クリスマス以降の鷹司産業グループの企業イメージが向上しているのが判明した。

 驚くことに、カンパニーに、京都市内だけではなく、全国から多額の寄付金が集まるようになった。会社の口座には、どんどん振込によって残高が増え続け、現金書留で小さな子どもから、小銭が送られたケースもあった。集まった寄付金は、恵まれない子どもたちへのサンタからのプレゼントに充当しよう――と萌依は、考えていた。

 新聞やテレビのニュースなどで、萌依は人間の悪辣さを嫌というほど知らされてきた。そのため、他人の愛や善意を心底まで信じ切れない自分に気づかされていた。だが、サンタ宅配便を運営してから、数多くの愛と善意に出くわしていた。世界はこんなにも夢と希望に満ちており、端麗なものなのか――と、彼女は感慨を覚えていた。

       ※

 彼らがタクシーで向かい、食事を楽しんだのは南禅寺にある江戸前寿司の名店だった。京都市内には名刹古刹が多く、クルマで移動中も歴史の表舞台になった名所の前を何度も通り過ぎていく。住み慣れた町なので当然でありながらも、萌依はこの地に生まれたのを誇らしく思う時があった。

 寿司店に着くと、予約していたので、店員は心得た様子で個室に案内した。

 萌依や航大と食事をしている間、華音はサンタ宅配便の問題について、あまり深刻には考えていないかに見えていた。

 アルコールが入ったのが影響したのか、他愛ない雑談をしていると、小声で話していた華音が、サンタ宅配便の話になると熱気を帯びてきた。萌依は、華音が普段は深刻に見せたがらないだけで、熱い思いは自分や航大と同じなのが分かった。それだけに、事業存続の危機は回避したかった。

 華音は年下の萌依の言うとおりにした。それでいて、萌依の立場を理解しながら、惜しみなく意見を言った。航大と華音の間には、穢れのない歓喜と愛情があるように、萌依と華音の間にも、たがいに示す尊敬と友情の気持ちがあった。

「寿司は平目の縁側から、食べるのが通の食べ方や」

「へえ、そうなのですか?」

「どうでもええし。好きなものから食べてええやろ」

「いや、そうはいかん。初めに、平目や鯛のあっさりとした白身魚の握りずしを食べて、味の濃い穴子や鰻は後回しにする。最後に巻き寿司で締め括ると、味覚が損なわれへん」

 他愛ない会話を続けていたが、航大は唐突に萌依に向き直ると

「俺なあ、結婚しよう、思うてるねん」と告げた。

 萌依は咄嗟に「誰と?」と声に出して、慌てて口を噤んだ。

 航大は、愚直な質問には答えずに、隣に座る華音の肩を抱き寄せた。

 萌依は料理を箸でつつきながら、真剣に話に耳を傾けた。

「私、萌依ちゃんには感謝しているのよ。というか……、感謝しかあらへん」

「要するに、二人は結婚を前提に、交際しているのやね」萌依は、おどけるように声にした。

「そうや、萌依が、縁結びの神様かも知れへんなあ」

「お熱いことで……」

 コハダ、マグロ、アナゴと、次々に目の前に出されるたびに、一貫一貫のにぎり寿司に職人の技量の高さが感じられた。萌依が、湯呑に注がれた熱いお茶を飲んでいると、航大は満足げに「ああうまい。嫌なことがあったら、おいしいものを食べるのが一番やな」と、話しかけて来た。

       ※

 事務所に戻ると、萌依はスチールの収納棚から経理資料を取り出し、中のファイルを丹念に調べた。広告宣伝費や交際費の出費が嵩んでいたが、次年度からはコストを圧縮できる予算を組んでいた。とはいえ、相当の覚悟を必要とした。萌依は、京都市内に宅配便を走らせるだけではなく、ゆくゆくは全国展開を考えていた自分の認識の甘さを思い知った。

 サンタ・クロース・カンパニーの役員と、航大は――サンタ宅配便は熱狂的に支持されていて、得意先からも事業継続を熱望されている――と、強く主張した。しかし、存続の可否を今すぐ多数決で決められると、まだ勝てそうもなかった。

 会議の出席者は、この話の信憑性と、それが意味する今後の展開について意見を述べた。

「主観的な意見やないのを証明できるのですか?」

「配送先の子どもたちからは、手紙やメールをもらっていますし、得意先の反応は南郷さんが肌で感じています」

「弱いなあ。弱い、弱い。もっと、説得力のある強い意見はないのですか?」

 青野の反論に対して、南郷が得意先の反応について持論を述べた。

「私の感触では、サンタ・クロース・カンパニーに対してだけではなく、魅力的な新規事業を立ち上げた鷹司産業を応援したいという声が多いのです。鷹司産業の発想力を信じて、株主の高評価も証明できます」

「南郷さんが言うたように、私も同じ話を聞いています。掲示板の風聞で、業を煮やしていた先も、今は考えを改めてくれています」

 萌依は力哉が動揺するのを見て取ると、ありとあらゆる言葉を使って、彼らが思う鷹司産業の足を引っ張るというイメージを薄めた。サンタ・クロース・カンパニーが大勢の子どもたちから必要とされているのに、存続しないのはむしろ大きな損失である事実――を、完全に納得させるのに力を尽くした。

 力哉は険しい表情をすると「冬村さん、財務資料を持って、会長室に来てくれますかね? 青野君も来てくれ」と、声をかけた。

 冬村はデスクの上のファイルをひっつかみ、力哉の後を追って、鷹司産業の会長室へと向かった。冬村は歩きながら、萌依の方を向いたときに、ほんの一瞬――まずい話になったな――という表情を見せた。

――今後のサンタ・クロース・カンパニーの存続の可否を厳しく問われる展開にならなければいいが……、まさか、今のタイミングで、最後通牒を出さないか?――と、萌依は不安な気持ちになった。

 青野は、鷹司産業のグループ企業の統括責任者として辣腕を振るっていた。創業者一族の二人が関わるサンタ・クロース・カンパニーでも――特別扱いしない――という姿勢で臨んでいた。

 会長室を出て、サンタ・クロース・カンパニーの集合机に戻ると、冬村は「とうとう、来るべき時が来ましたな」と、残念そうに呟いた。冬村は長い溜息を洩らし、困惑の表情を浮かべていた。

 心配したように、心ここにあらずという感じだった南郷が、はっとしたように顔を上げて冬村を見た。

 萌依は頭の中が混乱し、何を尋ねていいか、判断しかねていた。「それで……」と、萌依が質問しかけたタイミングで、冬村は「会長から、事業存続の許可が下りました。あとで、正式に萌依社長に伝えるとのことです。私が、先に聞くことになって、すんませんでしたな」と答えた。どこかしら、わざとらしさを感じさせる表情を崩壊させると、冬村の面様は明るい笑顔に急変した。

 思わず、萌依は力任せに、冬村の肩をパチンと叩いた。冬村は咄嗟に肩を押さえ「あいたー」と叫んだ。

 二人の周辺に腰かけていた社員は、どっと笑いだした。

「ほんま、冬村さんには敵いませんわ」南郷は、ほっとしたように頷いていた。

 いつの間にか萌依は、青野の呪縛を解けない魔法のように感じていた。だが、青野も優秀な企業人だった。採算性さえ改善できれば、這い上がろうとするものを崖から蹴落とす愚行を重ねはしなかった。

 頭が冴え、気分が高揚し、周囲の光景は輝きを増し、幸福感で震えていた。萌依の頭の中は、自分に勇気と自信を与えた仲間たちへの感謝の念で満ちていた。

 初年度が黒字の目算が立ったので、サンタ・クロース・カンパニーとしては、鷹司産業からの出向社員に加えて、新たに正社員を五人採用しても良いと、決定された。 ただし、次年度事業を見据えて新機軸をすぐさま提出するように申し渡されていた。

 インターネットは、巨大な夢の展示会場である。そこには、あらゆるものを見つけられたが、望みの品物や、愛や希望といったお宝を見つけるか、悪夢や絶望を見つけてしまうかは、人によって違っていた。萌依は、専らインターネットによる検索を資料作成のための情報収集の手段として使っていた。

 正社員が五人増えても社員数が少なく、まだ鷹司産業からの全面的な協力が得にくい状況では、マーケティング調査をするにも、アウトソーシングするしかなかった。萌依は、会社の予算を切り詰めるため、時間を見つけては、インターネット検索で関連情報を収集し、つかんだアイディアを検証するために、外に出かけた。

 商店街のアーケードの下を歩いていても、テーマ・パークに立ち寄っても、居酒屋でビールを呷るときでさえ、自社の事業のヒントになるものが落ちていないかと、萌依は目を皿のようにしていた。

 熱意が認められ、正式にサンタ宅配便の存続が決まると、さんざん萌依たちを罵ってきた美津江の顔は蒼ざめ、それ以来どこですれ違っても、あまり視線を合わせなくなった。

 一方で、青野はたちまち、作り笑顔を向けると「社長の手腕は見くびれませんね。深く反省しています。やるからには、頑張ってください。応援していますよ」と挨拶すると、数日後には有名書道家の書いた――初志貫徹――の額縁入りの色紙を手渡した。

 冬村は「あれは、いかにもあいつがやりそうな嫌味を効かせた当て擦りですわ」と、首を何度も傾げ「侮れませんな」と、ため息を一つついた。

 萌依は呆れつつも、青野の恐るべきしたたかさに舌を巻いた。

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