第9話
サンタ宅配便事業の継続に関して打合せするときは、三ツ松デパートからオブザーバーとして華音を呼び寄せた。そういう時は、航大も打ち合わせに参加し自分の意見を述べた。
打ち合わせの時でも、航大と華音は、顔を近づけて話していた。萌依は、あの距離だとお互いの顔が瞳孔に映っているのではないか――と想像した。知らぬ間に、二人の関係が親密なものになっているのに気が付いた。奇妙にも、兄の航大に親友の華音を奪われないか――という、想いが芽生えていた。
航大は、華音との交際がばれないように注意を払っていた。萌依は、女性に人気のある兄が、思わぬ落とし穴に陥るのを防ぐため、手助けしていた。今までは、萌依と連れ立って出かける日も多かったが、航大の休日の大半は華音のために費やされていた。
女どうしの友情とは、シンプルに自分の感じ方によるもので、容貌の美醜や生まれや育ちなどは一切関係なく、性格やフィーリングなどの気持ちの部分が大きいと、萌依は考えていた。
一方で、航大が華音に魅力を感じている点は、彼女の顔立ちや色っぽさといった、外面的な点が大きく比重を占めているのが分かった。
萌依は話を聞くたびに、航大よりも、自分のほうが華音の本質を鋭く見抜いていると思っていた。
打ち合わせを兼ねて、萌依は、航大と華音と時折、三人でデートを楽しんだ。二人が外出しようとすると、何故か、サンチョが萌依の後を追って、よたよたとついてきたが、航大に追い払われると小さく息を漏らし、断念していた。
平日、休日を問わず、萌依はアルコールを飲む予定があると、電車やバスやタクシーを移動手段に選び、予定がない時はポルシェを運転した。
華音とはJR京都駅で待ち合わせ、三人で三ツ松デパート本店のディスプレイを見学した。華音の案内で、デパートの中を探索した結果、売り場の配置などに様々な演出や工夫がなされているのを知った。
午後六時になり、航大が鷹司産業の取引先との酒席のために、京都駅から大阪に向かった。そのため、残された二人でレストランに出向き、夕食を共にした。
親友の華音に愚痴を聞いてもらうのは、大きな効果があった。青野や美津江の態度に対する怒りは、誰かに聞いてもらわないと気分が収まらなかった。サンタ・クロース・カンパニーの社員ではない彼女に話すと、仕事と無関係に心情的に理解してもらえるので、萌依の怒りの感情がいくらかはましになった。華音には、一時間あまり愚痴を聞いてもらい、店を後にした。
しばらく歩いているとき、萌依は正面から来る人影に殺気を感じて身構えた。男は、夜の闇の中にぼうっと現れる幽霊のように、足音もなく近づいてきた。二人を待ち伏せしていた様子だ。ただでさえ、男を魅了する容姿の二人が、夜中に連れ立って歩いていると、レイプ犯などの通り魔に目を付けられても不思議ではなかった。
萌依は、男が凶器を持っていないか、両手とポケットの膨らみを目視で確認した。向かって左側のポケットが膨らんでいたのが気になったが、刃物ではないと判断した。男はにやりと不気味に笑うと、二人のすらりとした長い脚を見比べた。
「二人ともそこのクルマに乗れ。言うことを聞かなかったら、痛い目に遭わせるぞ」男はドスのきいた声で告げた。
期待と幸福感を成り立たせていたものが、目前の脅威にさらされると同時に脆くも崩壊し、二人の内側に別の感情を呼び起こしていた。萌依には、煮え立つような闘志を喚起したのと逆に、近くに蹲っている華音には、恐怖と不安を感じさせているのが容易に想像できた。
反対勢力の強力な抵抗に遭うと思えば、今度はライバル企業に苦しめられ、今また、新たな災難に遭遇している。萌依の置かれた状況は、様々な困難で先行きが分からなくなりかけていた。
横を見ると、華音が青ざめてガタガタと震え出した。アルコールで、ぼんやりとしていた意識が覚醒し、萌依は神経を集中した。
萌依は屈強な男に胸倉をつかまれると同時に足を前に出し、利き手の関節を締め上げた。男は、腰をストンと落とすと顔を歪めた。「た・た・た……助けてくれ」弱々しい声が憐れみを誘った。
後ろでこちらの様子を見ていた、もう一人の男が近づいていたのに、萌依は気が付かなかった。華音が「萌依ちゃん危ない」と、大きな声で叫んだ。
萌依は一瞬にして身体の向きを変えると、もう一人には足払いで攻め立てた。この男は、尻もちをつくと仰向けに倒れた。
「二人とも、今度やったら手加減はせえへんからな」
倒れた二人の様子から、萌依は次の危険が迫りくるのを察知した。
合気道の心は、邪心なく、無念無想の澄んだ心で天地と一体になったときに技が無類の冴えを見せる――と、萌依は考えていた。本物の武道家は危うい状況に身を置くうちに、自分の直感を信じるようになる。萌依は、自分たちが危険な状況に置かれているのを感じていた。早くこの場を立ち去らないといけない――心の声は、そう叫んでいた。
萌依は精神を集中して、暗がりに何が潜んでいるか確かめた。違法駐車中の二台のクルマの大きい方の座席に暴漢の運転手役が座り、クルマの陰に隠れて見張り役の男がいた。運転手役は小柄で体つきも細く、一見して非力に見えた。ハンドルを握る手は震えており、できるだけ無害に見えるのを期待するかのように、目に恐れの色を浮かべていた。
反対に見張り役は、萌依と目が合うと自信ありげにゆっくりと近づいてきた。途端にはっと息をのむと、萌依は華音の様子を見た。華音は男の動きに合わせて、汚いものを避けるように後ずさりした。
萌依が男を睨みつけたとたんに、男は鍛錬された格闘家の隙のない顔つきに変化した。さっき二人の女を相手に、余裕の表情で男二人が接近してきたのは、他にも頼れる仲間がいたのが原因だと判明した。
心の中の声は、相変わらず――華音を連れて素早く逃げ出す姿勢こそが真の勇敢さだ――と告げていたが、周りの状況を見ると、戦うしか手段が残されていなかった。
三人目の男が、もっともガタイが大きく、手ごわかった。
華音の目は、固く閉じられていた。もし目を開けたら、萌依が大男に打ちのめされるのを確信していたものの、次は自分に累が及ぶのを警戒するように、首をすくめ肩の筋肉をこわばらせているのが分かった。華音を守れるのは、自分しかいなかった。
外見的には、恐ろしく凶暴そうな若者だった。鋭くて獰猛そうな目つき、大柄で筋肉質な体格、広い肩幅と、ごつごつした手は、ほとんどゴリラを思わせた。
萌依は男の巨漢から、動きが鈍いのと、急所ががら空きになっているのに気づかされた。素早く動き、技をかけると大男といえども倒せる――と確信した。
大男はボクサーのように両手の拳を顔の前に構えると、重たいパンチを繰り出してきた。萌依は動きを見切り、身軽に飛び下がっていく。相手の動きのリズムや呼吸を読み取り、大男のパンチは空を切り続けていた。萌依は弾みをつけると、身体を捻らせ、スピードと勢いで相手を圧倒した。
敵はますます勢いを増し、隙間なくパンチを出してきた。無理に打ち合いに応じると、殴り倒されるのは必至だが、萌依は自分でも驚くほど、冷静に技をかわし、大男が一歩踏み込んだタイミングで前蹴りを放ち、右腕をつかむと技をかけて捻じ伏せようとした。
大男はふらつきながら何とか立ち止まったものの、とうとう身体を二つに折ると膝をついた。さらに、自分が華奢な少女に敵わない現実に納得できない様子で、再び立ち上がろうとしていたが、痛みのあまり断念したのか、座ったまま萌依の方に視線を向けていた。大男はいかにも屈強そうなイメージに反して、人間とは思えないような苦痛の声を出した。
萌依の前蹴りは合気道にも剣道にもない技だが、間合いとタイミングが合ったので、相手をひるませ、次の技にうまく誘導できていた。
他の男と違い、回復すると不死身の存在のごとく、大男は再び立ち上がり、萌依に殴りかかろうとした。今度は、素早く足を払うと、萌依は大男の身体を宙に浮かせ、地面に強く叩きつけた。
アスファルトの路面にドスンと、全身を叩きつけられた大男はしばらく立ち上がれず、呆然としていた。大男の目の色から、戦意が喪失しているのが見て取れた。
萌依は怒りと憐れみの入り混じったまなざしで大男を見下ろした。鍛え上げた肉体を己の欲望と乱暴のためにしか使わない連中に、彼女は愚かしさを感じずにいられなかった。萌依が学んできた武術は、身を守るための手段であり、他人から何かを奪い取る手立てであってはいけなかった。
暴漢は総勢で八人いた。通り魔的犯行ではなく、背後に糸を引く何者かの存在を連想した。大男を倒すと、一度に他の仲間が襲い掛かって来た。
萌依は、今度も巧みなステップで男たちの攻撃をかわし、身体に触れないで倒していった。無意識のうちに繰り出す技の冴えは、並の男では太刀打ちできなかった。萌依の前に立ちはだかる者は、風のごとく素早く動き、相手をとらえる技によって、知らぬ間に地面に打ちのめされていた。
萌依はほとんど呼吸を乱さず、跳ね飛ぶように華音のところへ戻って来た。
暴漢たちが立ち去ると、華音は「大丈夫? 怪我はしてへんかな?」と、気遣いながら萌依の様子を見た。
「ええ、大丈夫、大丈夫。あんな奴らなら、束になってかかって来ても、大したことあらへんよ」
萌依が真っ直ぐに顔を見ると、華音はぎこちなく微笑んだが、目にはまだ恐れの感情が張り付いたままなのが読み取れた。華音は恐ろしさのせいか、しばらく身体を震わせていたが、やっと気を取り直していた。
湿り気を帯びた風が吹くと、しばらくして雨が降り始めた。萌依の頬にぽつんと雨滴が当たった後で、雨脚が徐々に強くなり始めた。幸い、華音がバッグに折り畳み傘を忍ばせていたので、同じ傘に入れてもらったが、小さな傘なので、風が吹くと二人の肩や背中はびしょ濡れになった。
もう人の近づく気配はなかった。暴漢たちを一網打尽にしたため、追手が後ろをつけて来そうにもなかったが、萌依は一刻も早く、この場を立ち去りたかった。
萌依は華音に促すと、二人で大急ぎで大通りに出た。通りを横切って反対側から流れてくるクルマを目で追った。TAXIの表示灯が設置されたクルマに気づき、手を挙げてみたものの予約車だった。歩道上から身を乗り出し、タクシーを拾ったのは十五分後だった。運転手は、よく太ったお喋りな中年男だった。タクシーの中で、華音はまるで鬼にでも追いかけられているかのごとく怯えていた。
「二人とも別嬪さんですな」
「…………」
「どこへお出かけの帰りですか?」
「…………」
「私も、長年タクシーの運転手をやっていますけど、お宅らほどの……」
「少し、黙っといて、くれませんか」強気の口調で萌依が伝えると、運転手はバック・ミラーで二人の様子を確認し、口を閉ざした。
萌依は映画の影響でレイプ犯というのは、普段は安アパートの汚い部屋でうらぶれた生活を送り、女を見ると猛獣のような視線を光らせる存在に思えていた。正当防衛とはいえ、相手に痛打を浴びせたのは自分のほうだった。一部始終を証明するのは困難なので、警察に被害届を出すのは、断念した。
夜遅く、人通りの少ない道や、地下道を歩くな――と、萌依は高校時代に、担任の教師に戒められていた。だが、武術の達人の自分に歯向かえる敵など存在しないと、甘く見ていた。元はと言えば、萌依の自己過信が招いていた。
日が暮れて街灯が点っていても、暗い中で敵は至る所に隠れていそうな気がした。今、自分がパニック状態になると、華音を守り切れない。萌依は、夜遅くまで華音をつき合わせた責任を痛切に感じ、彼女の手を引くと大通りまで走り出した。
タクシーは先ほどまでの悪夢から逃れ出るように、夜の闇を切り裂いて走り出した。雨脚が強くなると、ヘッドライトが照らす道路は濡れて、鈍く輝いて見えた。大粒の雨が、フロントガラスを強く叩き始めた。運転手はワイパー・スイッチ・レバーを操作し、作動間隔を短く調整した。さらに、雨が激しくなったのに合わせて、走行スピードを遅くしていた。雨が滝のように振り出すのを窓越しに見つめながら、萌依は暴漢たちが何者なのか思案していた。
タクシーの中は、タバコの匂いで淀んでいた。空気を入れ替えたかったが、激しい雨が降っていたのでそれもできなかった。人間は不自由を経験したときに、自由の有難さが理解でき、物事がスムーズに行くときは、勝手気ままに振舞える出来事さえ、刑罰を科せられている気がするのではないか――と、萌依は漠然と感じていた。
華音は突然のごとく泣き出した。華音の涙が乾き、明るい表情に戻った時に萌依は話しかけた。「大丈夫やで……もう、心配ないからね」
年上の普段はしっかり者の華音が泣いている姿を見て、萌依には妹のようにいじらしく思えた。冷静さを取り戻すと、華音は胸をなで下ろし「一緒にいたのが、萌依ちゃんで良かった」と、感謝の意を表した。萌依は、華音に防犯ベルを携帯するように促した。華音を途中で下ろすと、タクシーは家の前で停車した。
家に入ると、思ったよりも静かだった。二階の出窓を薄っすらと開けて出ていたので、サンチョにもタクシーが家の前で停車するのが聞こえたのか、犬の吠えるのが耳に届いた。航大はすでに寝室にいるのか、部屋の中は暗く、明かりをつけるとサンチョが尻尾を振りながら萌依に近づいてきた。留守番に慣れているのに「ワン、ワン、ワンワンワン」と、サンチョは嬉しいときの声で吠えていた。
萌依はサンチョの頭を撫でてやり、人差し指を自分の唇に当てて「しーっ」と、声にした。その後、音を立てないように鍵を回し、ゆっくりとドアを押し開けた。家の中は暗かったので、玄関の明かりをつけた。
暴漢に襲われてから、二人とも、夜遅く出るときは暗いところを通らず、可能な限りサングラスとマスクを使用して歩いた。現代人は、近視でメガネを付けるかコンタクト・レンズを疑いもせずに装着し、花粉症の季節にはマスクを着けて外に出る。メガネやマスクの使用を厭わしく思うのは、未開人ぐらいだと、当然のごとく思っている。半世紀も前なら、予想もできなかったのだが、慣れると不自由を感じてもいない。
サングラスとマスクのイメージを膨らませ、我が身の不自由を様々に連想していた。現実に疑問を抱かない精神こそ、愚か者の精神ではないか――と、萌依は思っていた。が、身を守るためには、仕方がなかった。
サンタ宅配便をスタートしてから、萌依は、今までは不思議にも思わなかった事実に首を傾げるようになっていた。なおかつ、それを自分の成長のごとく考えていた。
萌依はキッチンに行き、冷蔵庫からミネラル・ウォーターを取り出し、ゆっくりと飲み干した。冷たい水が、ゆっくりと喉の奥へと流れ込んだ。戦闘中はどこも傷を負っていないつもりでいたが、違和感を覚えて手をやると、頭頂部にこぶができていたので、不気味に痛みを感じた。
黒雲があたりを覆い、雷が鳴り響くと、大粒の雨を降らし始めた。サンチョは、心細そうに鼻を鳴らした。不運続きが萌依の気持ちを暗くしていた。雨のザーッという音が、心の中に哀切な響きを印象させていた。
雨は止みそうもなく、いつもならカメラのファインダーから四角く切り取ったように見える窓外の世界は、街路樹や道行く人の姿で、時には絵画の美しさを見せていたが、今日は呪わしいほど、鬱陶しく重たい景色にしか見えなかった。しかしながら、希望を絶望の色に変化させるもっとも、支配的な力は他者にはなく、心のうちにある自己処罰的な想念と感情が原因だ――と、萌依は考えた。
雨の日だからと言って、家に引きこもるわけにもいかず、食料品の買い物に出かけた。何があろうと、日常のすべてが変化するものではなかった。萌依は、食料品をエコ・バッグから手早く出すと、冷蔵庫内の決まった場所に片づけた。
※
挨拶を兼ねて、南郷とともに営業先を訪問したものの、今回訪ねた先の反応は、今一つだった。途中で立ち寄った、表通りの喫茶店から窓外を眺めると、歩道上の人の往来が多く、前面道路には、社用車などのクルマも驚くほど数多く通行していた。世の中は忙しなく回り、時間を確実に刻んでいた。
「なんか、サンタ宅配便に興味のない人ばかりやね。ほんまに、大丈夫なのやろか?」
「営業は確率論ですわ。百発百中のセールスマンは存在しないし、万人が欲しがる商品や、サービスはありません。私は、一件断られると、次は成約できるやろな……と、前向きに考えています。だから、営業職が務まるのですわ」
南郷は、まわりにひしめくクルマの出す騒音には気に掛けない素振りで、ノートパソコンを開くと、資料に目を通し始めた。南郷はインターネット検索で集めたものに加えて、周辺の調査を行って情報収集したものが多数あったものの、萌依が横から確認しても、目新しいものは少なく、収穫はあまりなかった。
萌依が不満を漏らすと、南郷はぶつぶつとこぼしながら、前のめりになった。
「京都市内だけで、去年の三倍の営業先を開拓するのは無茶ですわ」
「それを何とか、達成する目途を立てなあかん。私も手伝うから、考えましょう」
「他部署からの異動や、新規採用で、人員の拡充はできるのですやろか?」
「それも、掛け合ってみるから、私を信用して欲しい」
「ほんま、お願いします。萌依社長だけが、頼りなのですわ」
萌依が口を閉ざすと、気まずい沈黙が続いた。沈黙を破ったのは南郷だった。
「まあ、どうですやろ? 京都市内からエリアを拡大してみては?」
「宇治市、亀岡市、南丹市周辺までなら、すぐにでも何とかなりそうやけど」
「その程度なら、三倍にはできませんな。大阪市を攻略すれば、何とかなりそうですが……」
「現実主義の大阪人に受けるやろか?」
「子どもは皆、夢追い人ですわ。子どもに大阪人も、京都人もないですやろ」
鷹司産業の社内には、アイディアを軽視し、額に汗を流す仕事や、足で稼ぐ営業を至上の価値のごとく主張する役員や管理職は大勢いた。「アイディアで活路を開くやなんて、横着や」と、堂々と主張する役員も存在していた。だが、萌依の考えでは、新規事業には豊富なアイディアが必要だった。
萌依は鷹司産業ビルへ帰り、クルマを停めてから事務所に戻った。ビルのエレベーターの開閉式のドアが、萌依が乗ろうとする間一髪で閉まった。中に人がいて、顔半分が見えていた。あれは間違いなく青野だ――と、萌依は思った。エレベーターの横が階段になっている。
萌依は、体力にものをいわせ全速力で駆け上がり、廊下に出るドアを押し開けた。廊下に出ると、ちょうど青野が前を歩く後姿が確認できた。愛想のない会長派の受付嬢は、相変わらず退屈そうにしているにもかかわらず、萌依を横目で見て、挨拶もせずにそっぽを向いた。
萌依が営業先から帰って考え事をしていると、航大が社長室に来て「暇そうにしているなあ。書類の整理を手伝ってくれへんか?」と尋ねた。
「ちょっと、南郷さんと相談した件で、考えておきたいものが、あるのやけど」
「今すぐに、せなあかんのか?」
「忘れないうちに、頭の整理をしておきたいし……」
「それは、あとでもできるやろ。ええから、手伝ってくれ。お前にとっても、鷹司産業の仕事にも役立っているのをアピールできるええ機会やろ。たまに、こっちの仕事もしてくれ」
強引に促されて、萌依は渋々ながら承諾し、鷹司産業の集合机まで足を運んだ。結局のところ、就業時間まで鷹司産業の雑務を手伝わされた。
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