第13話 京ヶ峰の提案

 万願寺の事情について、俺は考えることをやめた。


 俺なんかが心配しなくても、彼女は既にハッピーエンドへと至る道を確保していたからだ。


 彼女の友人である、百江由利という存在によって。


 だから、俺は俺で1組へと戻る手段を探すことにした。このままじゃ、一限を欠席する事実だけが永遠と累積してしまう。

 

 一番手っ取り早いのは、益田と相互投票をすることだった。


 しかし、この方法については半ば諦めている。理由はもちろん、益田が信用ならないから。


 ……もう、正攻法でいくしかないのかもしれないな。


 

――だから俺は、『特票』を狙うことにした。



 特票とは、『通常の票とは別に、追加で入れることができる票』のことである。


 ただし、複数人にバラけて票を入れることはできず、一人だけに票を入れることが条件とされる。


 例えば、特票を10票持っていたとしたら、10人に入れるのではなく、1人に10票入れなければならない。

 


 この特票は、誰もが持てるものじゃなかった。学内で成績順三位以内に入った者や、部活動で優秀な功績を上げた者など、功績をあげた生徒にだけ学校側が与える報酬である。


 そして、特票をどの投票の時に何票使うかは自由だった。逆に言えば、使わないまま卒業することもできる。まあ、そんな生徒はいないだろうが。


 特票さえあれば、6組から脱出する可能性をグンとあげることができる。


 なぜなら、特票を持っている者には、必ずと言っていいほど周りから相互投票を持ちかけられるからだ。

 

 特票所有者に投票してもらい、且つ、特票を使用してもらえばクラスに残るのはもちろんのこと、クラス代表になることも夢じゃない。


 だから、特票を持ってる者はただ指をくわえて待ってるだけで協力者が寄ってくる。

 

 それがたとえ、6組に所属している追放者であってもだ。


 つまり、俺は今度の中間テストで学内成績三位以内に入らなければならないということ。


 そこまで考えてから、ふと疑問がわいた。


 ……そういえば、成績三位内なら京ヶ峰も特票所有者じゃなかったか?


 学内の成績順位は、20位まで廊下に貼り出される。その三位以内には、常に京ヶ峰冬華の名前があったはずだ。


 なのに、彼女は万年6組にいた。


 

「――そんなの、私がすべて断ったからに決まってます」


 

 教室でその疑問を京ヶ峰にぶつけたら、あっさりそう答えられた。


「断ったって……もったいないな」


 そんな感想を漏らすと、京ヶ峰にギロリと睨まれてしまった。


「自分の価値は自分で決めるものです。誰かの評価をあてにするだなんて、それこそ価値のない人間のすることです。私は、そんな人に投票なんてしません」


 そして、バッサリとそう言われた。

 

「そうですか……」

 

 なんとなくだが、京ヶ峰が六組に追放された過程を理解してしまった。


 おそらく、これまで京ヶ峰が持つ特票目当てで近づいてきた人間たちを、彼女はそう言って斬り続けてきたのだろう。実際に見たわけじゃないが、その光景はありありと目に浮かぶ。そりゃあ、妙な噂をたてられるわけだ。彼女の内面をこき下ろした噂を流したのは、もしかしたら斬られ続けた人たちなのかもしれない……ほんと、恨みって怖いね。


「私、なにか間違ったこと言いましたか?」

「……言ってません」


 そんな考えが顔に出ていたのか、探るような質問が飛んできた。両手を小さくあげながら急いで首を振ると、鋭い視線はようやく下ろされた。


「ちなみに……その特票は使ったのか?」


 話題そらしでそんなことを聞くと、今度は彼女が首を振る。


「使ってません。5票ありますが、使うに相応しい人なんて今までいませんでしたから」

「5票!? おま、それたった一人でクラスリーダーを仕立てあげられる票数じゃねぇか!」

「そんなことしませんよ。というより、なぜ特票は自分に入れられないのでしょうね? 自分に使えない以上、私にとってはゴミ同然なのに」

「お前……」


 本当にもったいない……。もし、京ヶ峰が特票を使ってクラスリーダーを仕立てあげたなら、その者にとって京ヶ峰は後援者パトロンになれる。


 クラスのことについての発言力はないものの、クラスリーダーに頼めば、自分の良いように支配することも可能だ。 


 いわば、影の支配者といったところ。


 にも関わらず、難儀な信念によって六組に落とされてしまった京ヶ峰冬華。


 まぁ、俺はそういうの嫌いじゃない。



「もしかして、特票を狙ってますか?」



 そんな結論に落ち着いていたら、京ヶ峰がそんな質問をしてきた。

 

「だったらなんだ……」


 答えを濁したら、京ヶ峰から真剣な眼差しを向けられる。

 

「もっと現実的な手段を考えたほうがいいです。……その、とても言いにくいのですが、あなたには難しいかと」

「丁寧な感じでバカにするのやめてくれ。言っておくが、俺の前回の学内成績は7位だ」


 そう言ってやったら、京ヶ峰は分かりやすく目を見開く。


「……ありえない」

「素の反応もやめろよ……普通に傷つくだろ。というか、俺ずっと成績順位表には載ってるぞ? さてはお前、自分よりも下はチェックしないタイプだな?」

「なぜ自分より下の人間をわざわざチェックしないといけないのですか?」


 言われてみれば確かにそうかもしれない。事実、俺も自分よりも下の人間をチェックしたことはなかった。


 ただ、素直にそれを肯定してしまうのはなんだか負けた気がするため、理由をひねり出す。


「優越感に浸れるから……かな?」

「最低な発言ですね。あなたはまず、成績よりも変えなくてはならない部分がたくさんあると思います」

「あとは、あれだ。自分に届きそうな人間はチェックしておいて損はないだろ? 今回は勝ったとしても、次は負ける可能性があるんだから」

「負けることを考えた時点であなたの負けです。強者とは常に上を見なければなりません」


 その場で考えた浅い理由は、やはり、ことごとく京ヶ峰によって斬り伏せられてしまう。

 

 そして最後に、


「だから、あなたが特票を目指すなんて無理なんですよ」


 そう、断言されてしまった。それには流石の俺でも、肩を落としてしまう。


「……でも、特票なんて狙わなくても6組に戻れる方法はあります」

「ホントか?」

「ええ」


 突き落とされた直後に見出された希望の光、それに思わず顔を上げる。

 

 京ヶ峰は自信満々の笑みを浮かべていた。



「最円くんが、モテるようになればいいんです」



 そして、あまり善いとは思えない提案をしてきたのである。


「あー……、お前、もしかしてだが、告白票を集めればいいとか言うつもりか?」

「そう言ってるつもりですが?」

「それ、パンがなければお菓子を食べればいいじゃない理論だぞ? 俺がモテてるなら、最初から6組なんかに追放されてない」


 そう言ったら、京ヶ峰は感心したような声を漏らした。

 

「自分がモテないっていう自覚はあるんですね?」

「当たり前だろ。というか、お前にそれ言われるとなんか腹立つな」

「事実ですから。恨むならモテない自分を恨んでください」


 納得いかなかったが、もはや反論するのはやめておいた。彼女と言い争ったところでロクなことにはならない。


 とはいえ、モテるようになれば六組を脱出できるというのは真理ではあった。


 事実、益田みたく好きな女子に投票する奴はいるし、告白されてクラス内で付き合うことができれば、安泰で一票を得ることができる。


「モテるようになるって、どうすればいいんだ?」

「それは自分で考えてください。そうやってすぐ他人をあてにするから、あなたには価値がないんですよ」

「いや、考えられたらとっくの昔にやってるだろ。わからないからモテないんだ」

「あなた……」


 正論を言ったつもりなのに、京ヶ峰から残念なものを見るような視線を向けられてしまった。やめろ……俺をそんな目で見るな……。


 やがて彼女は、小さなため息を吐いた。


「あまりにも可哀想だからヒントくらい教えてあげますね。まずは性格……と言いたいところですが、さっきの発言を聞く限り、あなたは嫌われるのがオチですね。むしろ内面を知られると逆効果になるので、女子とは極力話をしないほうが賢明です」


 京ヶ峰は、なんでこうも簡単に人を傷つけられるのだろうか。話しているとだんだん嫌いになりそう。

 

「なので、外見だけでモテるよう体を鍛えるのは良いんじゃないですか?」


 そして、出てきた提案はこれまた安直。それ、夏の海に向けて筋トレを始めるやつじゃねーか。


「体を鍛えるって、次の投票までには間に合わないだろ」


 そう言ってやったら、京ヶ峰は今度、わざとらしく大きなため息。


「助言を求めたくせに、提案には文句ばかり言うんですね。そうやって、はじめから放棄するなんて格好悪いですよ。そんなんじゃ、一生モテません」


 それには、ぐぅの音もでない。


 たしかに、間に合うかどうかは不確定な未来であって、無理だと思うのは俺の決めつけかもしれない。


 やってみなければ何事もわからない。もしかしたら、急にモテ期が到来して女子から告白される未来があるかもしれない。そもそも、男が体を鍛えるのなんて十中八九モテるためだろう。それに、鍛えて損をすることもない。


 そう考えたら、なんだか急にやる気が出てきた。

 

「頑張ってみよう、かな?」


 そんな呟きに、京ヶ峰はようやく笑みを浮かべた。 

 

「はい。頑張ってください」


 その日から、俺は筋肉をつけるため毎日トレーニングをすることにした。


 次の投票までに体を仕上げなければならないため、多少過酷でも仕方がない。


 内容は腹筋、腕立て、スクワット五百回。ランニング十キロ。筋肉をつくるためタンパク質をとり、授業中は机の下で握力を鍛えるためにハンドグリップを握る。


 そして――、


 俺は、三日で体を壊した。


 どうやら、京ヶ峰の提案は最初から損しかなかったらしい。

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