第4話 出会した勧誘風景
「番号でお呼びしますね」
大学生だろうか。お金を支払うと、店員の女性が完璧な営業スマイルで2番と書かれた番号札を渡してくれた。その落ち着いた仕事ぶりは歳がそこまで離れていなくとも大人の余裕を感じさせる。
やはり、高校生と大学生とでは越えられない壁があるのだろう。
そんな事を思いながら座っていた卓へと戻る。
今注文したのは、妹へのおみやげだった。最初から頼まなかったのはポテトが冷めてしまうから。
ちなみに益田は先に帰った。本来なら奴に奢らせようとも思っていたのだが、あいつの金で妹へのおみやげを買うことに嫌悪感を覚えたのでやめた。
「――これは誰にでも話すことじゃないんだけどさ、うちが幸せになれたのって、ある組織に加入したからなんだよね」
そんなとき、聞き覚えのある声がして、ふとそちらに視線を向けてしまう。
「良かったら紹介してあげよっか?」
まじかよ……。
そこにいたのは万願寺優。そして彼女の向かいには、ロング丈のジャケットを羽織るイケメンの男性が座っていた。
どうやら、宗教勧誘中の現場に居合わせてしまったらしい。
「そうなんだ? ぜひ紹介して欲しいな?」
その男は人当たりの良さそうな笑みを万願寺に向けて前向きな返答をしている。おいおい、こんなに分かりやすい勧誘文句ないだろ……。
「ええー? でもお兄さんさぁ、うちがわざわざ紹介しなくても幸せそうに見えるけど?」
「そんなことないよ。お金には困ってないけど、心の豊かさみたいなものはないからさ」
彼はそう言って力なく笑う。へりくだってはいるものの、お金には困っていないという自慢が入り混じっていてなんとなく鼻につく。
なるほどな。彼はタダで騙されるつもりはないらしい。
「そう……なんだ」
「そうそう。だから、はやく紹介してよ」
そう言って万願寺に詰め寄る男。
そこまで見てから、それが宗教勧誘じゃなく男によるナンパであることに気づいた。
「その組織があるのって、ここからすこし離れた建物なんですよ」
「そうなの? じゃあ、店を出てそこに行こうよ」
「あっ……」
「ん? どうかしたの?」
「いえ、なんでも……ないです」
なんだか雲行きが怪しい。
それがナンパなら万願寺が対処すべき問題だろうし、宗教勧誘なら男のほうが対処すべき問題だろう。
なのに、万願寺が困っているように見えるのは気のせいだろうか?
「早速行こうか」
そう言って男は席を立ち、万願寺にもそうするよう笑みだけで促す。自分から付いてくるというのなら、宗教勧誘者にとってはまたとない好機のはず。
しかし、万願寺はなかなか席を立とうとはしなかった。
「どうしたの? 幸せになれる方法をはやく教えて欲しいな」
「えぇー? そんなに乗り気なの、なんか逆に怪しいー」
「なんで? 君から誘ってきたよね?」
「いや、その、声かけてきたのはお兄さんですけど……」
声かけたの万願寺からじゃないのかよ。
予想外の会話に、思わずツッコミを入れそうになる。
そんな心の声が聞こえていたのか、不意に万願寺の顔がこちらを向いて視線が合ってしまった。
あ、やばい。
「2番の番号札をお持ちのお客様〜!」
彼女から何か言われるかもしれないと思った瞬間、女性店員の声によってその雰囲気は潰えた。そちらを見れば、先程の店員が視線だけで俺を探している。
急いで向かい番号札を見せると、彼女はやはり笑顔のまま注文を復唱し、紙袋を手渡してくれた。
そうして、ようやく万願寺のほうを見たものの、既にその席には誰もいない。店内を見渡したがやはり居ない。
どうやら、妹へのおみやげを受け取ってる間に彼らは店を出ていってしまったらしい。
まあ、俺には関係ないな。
紙袋を伝ってくるハンバーガーとポテトの熱を肌で感じながら外に出ると、朝見たニュースの予報通り分厚い雲が空を覆っていた。
思っていたより、はやくに降りだすかもしれない。
今日は価値残りシステムによる投票だけで終業だったため傘は持ってきてなかった。こういう時に折りたたみ傘が必要だと毎回思うのだが、思うだけで忘れてしまうのが俺の残念なところ。
降りださないうちに帰ればいいかと楽観的な考えに至り、早歩きで自宅マンションへと歩きだす。
急げば二十分もかからないだろう。
しかし、店から遠ざかれば遠ざかるほど、さっき見た万願寺の不安そうな瞳が頭をチラついた。
それは、次第に歩みを遅くさせてしまうほどの重りとなって直帰を鈍らせる。
「……はぁ」
やがて、俺は諦めるように立ち止まった。
俺の残念なところはもう一つあった。
それは、見て見ぬふりができないこと。
ちなみにだが、誰でも助けるような奴はハッピーエンドに至れやしない。自分を大切に思ってくれる人を優先できる人間でなければ、幸せになんてなれやしない。
なぜなら、その人だけが俺を幸せにしてくれるから。
「くそっ、不安なら最初から断れよ……!」
だから、こんな事をしても俺には無意味だった。
にも関わらず、現金な俺の足は踵を返した途端に軽くなりやがる。
店を出てそんなに時間は経っていなかった。歩いているならまだ遠くへは行っていないはず。
見つかるかもわからない、そもそも助けが必要なのかすら判断しかねる憶測だけで俺は走りだした。
そして、結局こうなるのなら最初から探しておけばよかったと後悔する。
毎回そう思ってはすぐにまた忘れてしまうのだ。
ほんと、自分自身に嫌気が差してくる。
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