第3話 裏切られた投票

 料理を目の前にして手を合わせたなら『いただきます』の挨拶。だが、益田ますだ大助だいすけは目の前にあるハンバーガーとポテトにではなく、俺に向けた謝罪を口にした。


「ほんっっとスマン!」

「……お前なあ」


 学校帰りのファーストフード店は、まだ日も高いためかお客さんは少ない。なのに、空いたテーブル席じゃなく隅っこのカウンター席を選んだのは、学校生活で染みついたスクールカーストのせいだろう。


 俺も益田も、在席するクラスにおいて価値ありとされるような存在感を残してきたわけじゃない。


 それでも、底辺同士助け合っていこうと約束した関係のおかげで去年は二人とも6組へ追放されることはなかった。


 そして、二年生になってクラス替えがあったものの彼とは再び同じ1組。


 その関係は今後も継続していくかに思われたのだが、今回の投票で裏切られてしまった。



「過ぎたことだからもういい」


 言いたいことは山ほどあるが、とりあえずは怒りをおさめる。


「二回目の投票でお前に投票しようと思ってたんだ。まさか、一発目で追放者が決まるなんて思ってなかったから」

「次回は俺に投票してくれればいいよ。それでチャラだ」


 彼の所業を許すつもりはなかったものの、次回の投票を考えたら今の関係を手放してしまうこともできない。


 次の投票があるのは中間テスト後の五月おわり。ちなみにその次は期末テスト後の七月おわり。投票のサイクルが早いため1組に戻れる機会は多いのだが、チャンスを逃すと投票相手が固定化されてしまい戻りづらくなるのが価値残りシステムの沼。


 彼の裏切りを許してでも、次回の票は獲得しておかなければならない。


 ……まさか、6組の一限目があんなにも早いなんて思いもしなかった。


「あー……、それなんだけどさ」


 しかし、益田は頬をポリポリとかいて気まずそうにする。


 なんだか、嫌な予感がした。


「お前……まさか、こんな裏切りをしておいて、また別の誰かに投票する気じゃないだろうな」

「ぼ、僕には、こうすることでしか彼女の気を惹く方法がないんだ!!」

「何言ってんだ……お前……」


 恥ずかしそうに視線を逸らし、誤魔化すようにハンバーガーを頬張った益田。言っておくが全く可愛くないし、そんな彼の場違いな態度にはあっけにとられるしかない。


 彼の言葉を頭の中で反芻すると、「彼女の気を惹く方法」というところで頭が痛くなってきた。


「まさか今回の投票……好きな子に入れたのか……?」


 そんな推理をぶつけてみたものの、それが真実とは到底思いたくない。


 しかし、かぶりついていたハンバーガーを机に置き、ため息を吐いてみせた彼の表情には、顔に似合わない恋煩いがたしかに垣間みえた。


「一年のときは別のクラスだったけどさ、二年で同じクラスになれたんだ。頑張らないと男じゃないだろ?」


 まるで、意を決したかのような覚悟あるセリフに、俺は思わず渇いた笑みを浮かべてしまう。


「そんなに好きなら告白をしろ。そして、すべからく振られてしまえ」


 1組に戻るには票を獲得しなければならない。だから、彼がどんなことを言ってきても許すつもりではあった。


 だが、それも我慢の限界だ。


 俺はどうやら……くだらない『告白票』のためだけに裏切られたらしい。 

 


――告白票。



 それは、生徒たちの間でそう呼ばれている。


 価値残りシステムの投票において、誰が誰に投票したのかは公表されることはない。


 しかし、『自分に誰が投票したのか』は知ることができた。


 それを逆手に取ったのが、告白票。


 簡単に言えば、好きな子に投票することで、相手に自分の好意を伝える手段である。いわば、バレンタインで相手にチョコを送るようなもの。


「な、なんだよ! まだ振られると決まったわけじゃないだろ!?」

「振られるかどうかは知らん。俺は憎しみを込めて振られてしまえと言ったんだ」

「普通、応援してくれるのが友達じゃないのか!?」

「その友達を裏切ったのはお前だ」

「裏切るつもりなんてなかったんだよ! 言ったじゃないか! 二回目は必ず投票するつもりだったって!」

「うるせぇ。そもそもアレは、自分が無投票になるかもしれないリスクを背負うから告白票って言われてるんだろ。お前がやったのは俺からの票を獲得した安全圏から好意を遠回しに伝えただけだ」


 宗哲高等学校は数年前にできたばかりの進学校だが、告白票なんてものが流行ったのは創設当初だけだったと聞く。


 自分を犠牲にしてまで誰かに想いを伝えようなんて考えは、もはや古いラブロマンスだ。バレンタインですら、今や好きな子に想いを伝えるイベントじゃなく、属したコミュニティの人にチョコを渡さなければならない義務イベントになりつつある。


 想いを伝えたところで自分がクラスに残らなければ意味がないし、それをしてもクラスに残れるほど価値ある生徒でなければ伝えた愛も冷めてしまう。


 そして、そんなことのために俺は無投票で追放されたらしい。


 考えれば考えるほどに腹がたつ。そして、そんな奴を信用していた俺自身にも腹がたつ。


 

 ハッピーエンドに他者は必要不可欠だ。


 ピンチに陥ったヒーローを助けに来るのはいつも信頼する仲間だし、ラブストーリーは橋の上でキスをして終わるもの。


 人によって幸せの形は違うだろうが、自分一人でハッピーエンドを迎えられないのは、既に何百年も昔から決められている事実。


 俺はその相手を妹とした。だから、学校生活での他者を疎かにしていたらしい。


 これは認めるしかない。俺が馬鹿だったのだと。


「……それで、誰に投票したんだ」

「な、なんでそれを薫に言わなくちゃいけないんだよ」

「裏切った俺に言えないのなら、最初から裏切るなよ」

「まさか邪魔するつもりじゃないのか!?」


 何かに気づいたようにハッと目を見開いた益田。

 俺はため息を吐くしかない。


「……逆だ。お前の恋を成功させてやろうと思ってな。告白を成功させたら、益田がその子に投票する必要はなくなるだろ? 応援してやるのが友達だってお前から言ったじゃないか」

「な、なるほど……?」


 益田は関心したように俺を見つめた。とはいえ、これには嘘が混じっている。


 正直、益田の告白が成功するかどうかなんて知ったことではなかった。


 大事なのは告白させてしまうこと。


 もしも告白して失敗してしまえば、投票相手のいなくなった票は俺にまわってくるし、恋人になったらなったで、もうその子に投票する必要もなくなる。


 どちらに転んでも俺に票が回ってくるのだから、告白させ得なのだ。


「……胡兆こちょうさん」

「胡兆か。また随分と高嶺の花だな」

「だから言ったじゃないか! 僕にはこうするしかなかったんだって!」



 胡兆こちょう来美くるみ



 そいつは現在1組に在席する女子生徒であり、去年は何度かクラスリーダーに選ばれたことがあるほどの勝ち組だ。周囲には常に友達がいて、男女平等にみんなと接することができ、家が有名な一門らしいのだが、威張るような振る舞いも一切ない。


 たしか去年、電車内で痴漢を捕まえたとして警察から表彰されていた記憶がある。


 なるほど。たしかに益田が好意を寄せるには強大すぎる相手だろう。


 だが、益田には何としても次の投票までには告白をしてもらわなければならない。そして、盛大に振られてもらわなければ腹の虫もおさまらない。


 ……いや、待てよ? 逆に、胡兆が益田の好意に対して返事をしさえすれば良いのだから、改めて告白させる必要はないんじゃないか?


 俺はふと、そんな事に気づいた。


「胡兆は……益田が投票したことを知ってるだろうし、そのうち話しかけてもらえるかもな?」

「なんだよその確証のない可能性は。結局、僕には無理だとか思ってんだろ」

「思ってるのはお前のほうだ。だから、告白票なんて一番傷つかないやり方を取ったんだろ」

「うぐっ……!」


 益田は憎しみを込めた目で残りのハンバーガーを頬張った。だが、そんな視線を向けられても痛くも痒くもない。むしろ、可哀想なのは俺のほう。


「とにかく! 6組にいる間は僕に近寄るなよ! 追放者と仲良くしてるなんて胡兆さんに思われたくないからね!」


 そのハンバーガーを飲み込んだあとで出てきたのは反論じゃなく身勝手な宣言だった。こいつ、クズすぎる……。


「お前、今回の投票は俺からしか票入ってないだろ」

「それがどうしたんだよ」

「次、俺以外からの票は獲得できるのか?」

「なにを……あ」


 ようやく気づいたらしい。というか、益田がアホすぎる。


「その、なんだ……薫は友達だから、6組に行っても友達だぜ!」

「おせぇよ……」


 益田が1組に残れたのは俺が投票したからだ。そして、その票がなくなれば次回追放される可能性は益田にも及ぶ。


 俺が益田を切れないように、益田も俺を切ることはできない。


 それが最初からわかっていたなら裏切ることなんてなかっただろう。


「ただ、僕が胡兆さんに告白するまでは……できるだけ近寄らないでほしい……かな」


 そして、結局それは俺とて同じことであり、彼の票を獲得するためには彼に協力的である必要がある。


 だから、俺はその忠告を受けいれるしかなかった。それしか選択肢がないのだから。

 

 どうやら俺は、ハッピーエンドを迎えるための仲間を間違えてしまったらしい。

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