第2話 先生はデスゲームに影響されている
――今から君たちには殺し合いをしてもらいます。
なんていうのは、デスゲームでよくある大道的展開だが、それを現実で真似する奴は間違いなくイタい。
「ようこそ6組へ。選ばれなかった価値なしの生徒諸君。君たちには今から、絶望の青春を送ってもらう」
まさか、そんなイタい奴が実在しているなんて思いもしなかった……。
「私はこのクラスの担当教師、
京ヶ峰と万願寺のあと、残りの二人もやってきて6組の面々が揃うと、まるで見計らったかのように教室に入ってきたのは黒のスーツをぴしゃりと着た女性だった。おそらくデスゲーム作品からインスピレーションを得たのであろうセリフはイタかったものの、それをツッコまさせない厳格な雰囲気を纏っている。
「知っているとは思うが、ここは価値残りシステムによって各学年1組から5組までの投票の結果、最も価値がないとされた人間が集められた場所。本来ならば、そんな者たちは即刻排除してしまって良いと私は思っているんだが……面倒なことに、社会はそういった者たちにも居場所をつくってあげなくてはいけないんだよ」
およそ教師とは思えない蔑みの発言を並べた先生は、わざわざ見せつけるように面倒くさそうなため息を吐いた。
「この結果に不満がある者は今すぐにでも教室から出ていってくれて構わない。ここでの学校生活を君たちに強いるつもりはないからね?」
そう言って先生は黙ると、本当に出ていく者がいないかを見守り始める。
当たり前だが、その言葉に従い出ていこうとする者はいない。
6組は、この学校で最下層と呼ばれる場所だ。そこを出てしまったら、あとは退学しかないのだから。
「いないようだね」
そして、先生は初めて口の端を吊り上げてみせた。
「強制的にここに来てしまった可哀想な君たちに慈悲深い選択肢を与えたんだが、どうやら異論はないみたいだ」
選択肢? そんなのは実質一つだったじゃないか。あってないような選択肢を提示されたところで、俺たちがもう一方を選んだことには決してならない。
先生の姑息な手段に呆れていたら、それが顔に出たらしい。ギロリとこちらを睨まれてしまった。
「そこの君、何か言いたいことがあるのか? いいんだぞ? 「こんなところにいられるか」と息巻いて出ていっても」
「それ序盤で死ぬ犠牲者じゃないですか……」
やはり先生はデスゲームに影響を受けすぎている。
俺は思わずそうツッコんでしまったものの、なぜか先生はほほうと好意的な視線を向けてきた。
「これは6組を担当する度に行う鉄板ネタなんだが、どうやら君は話がわかるようだね」
いや、毎回やってるのかよ。しかも鉄板ネタって……。
先生にはスベってる自覚がないらしい。そして、そんな上機嫌のまま先生は教壇の下からある物を取りだしてその上に置いた。
それは、ナマケモノのぬいぐるみ。
しかも、ハロウィン仕様とでも言えばいいのか、色のちがう布でツギハギにしてある。
「この子は、今後わたしに代わって君たちを監視するミハルくんだ」
いかにもデスゲームに出てきそうな謎めいたマスコット風。ぬいぐるみだから動きだすことはないのだろうが、そうやって必死に寄せていることがなんかもうサムい。
「あの、先生の代わりってどういうことですか?」
「君たちの授業は全てわたしが教えるが、実際にわたしがこの教室にくるのは課題提出する日だけだ。授業はすべてパソコンのカメラ機能によるオンラインで行うからね」
全ての科目を教えるということは、先生は全ての科目の資格を持っているということになる。それは凄いことなのだろうが、それよりも引っかかることがあった。
「オンライン授業ってことですか? なら、俺たちもこの教室には来なくていいんですか?」
「馬鹿を言うな。君たちは毎日この教室に来なければならない」
予想はしていたが怒られてしまった。
つまり、先生だけがオンラインってことか。え、それ普通逆じゃね?
「ミハルくんは、授業以外の『雑務』を監視するために存在する。この子には小型カメラが内蔵されているからね」
それから先生は、ホワイトボードにあみだくじのような図形を描き始めた。最初は何かと思ったが、次第にそれが、この学校の『生徒会組織図』であることに気づく。
一番上には生徒会本部があり、その下にはずらずらと様々な委員会が並んでいる。そして、生徒会本部の横にちょこんと小さく置かれているのが6組だった。
「君たちの価値は生徒会の雑務をすることだ。他にも、教師から指示された事は全てこなさなければならない。その仕事をするのは毎日授業が終わった放課後。何も指示されてない日は校内の清掃をしてもらう」
先生が説明したことは、改めて知るようなものじゃなかった。俺は高校生活二年目に突入する。もはや知らないことなどないに等しい。
そして、これこそが6組が「負け組」と呼ばれる理由であり、誰もが追放されることを嫌がる理由でもある。
「それと、部活に入ってる者は6組にいる間は休部してもらうからね」
6組に所属した生徒は、自分の意志で学校生活を送ることができない。常に何かしらの仕事を与えられ、それをこなさなければならない。その仕事が雑用くらいなら我慢できるのかもしれないが、仕事の内容は多岐にわたった。
「君たちがその時も6組に所属してるかは分からないが、一応付け加えておくと学校行事の実行委員も全て6組の仕事になる」
6組は毎年ある体育祭の運営係や文化祭の実行委員、普通なら各クラスから数人選抜して役員決めする仕事すら押し付けられる。
だから、6組にいると学校行事を楽しむことができない。特に、二年生は修学旅行という一大イベントがあるのだが、それすら自由時間すら与えられずに終わってしまうらしい。だからみんな追放されることを嫌がった。
先生が最初に「絶望の青春」と言ったことはあながち間違いでもない。
6組の教室は他のクラスとは物理的に隔離されているし、部活はおろか学校行事すら他の生徒たちと楽しむことができないのだから。
「ここまででなにか質問はあるかね? なければ、今日はここまでにする。雑務も明日からだ」
そうして先生は説明を終えた。質問は誰からもなかった。それはみんな分かっているからだろう。万年6組にいる京ヶ峰と万願寺はもちろん、俺や他の二人すらも。
「では、明日は7時半には登校するように。一限目は8時からだ」
「え? 授業って8時からなんですか?」
だが、それは初めて聞く内容。
この学校では……というか、今まで授業は9時から始まっていた。
「そうだ。さっきも言ったとおり、君たちの放課後は雑務に充てられている。しかし、下校時刻は他の生徒と合わせなければならない」
「雑務のために、はやく授業を始めるってことですか?」
当然のように頷いた先生に、俺はしばらく言葉を失った。
「7時半までに登校ってことは、俺が家を出るのも一時間はやくなるんですが」
「何を言っている。価値なしの君たちが他の生徒と平等に扱われるわけないだろう」
「そんな……」
ふと気がつけば、京ヶ峰がはやく帰りたそうにこちらを睨んでいる。万願寺に至っては、既にスマホをいじりながら帰る支度をしていた。
彼女たちにとってはそれが当たり前になっているのだろう。だから、こんなことで帰宅を遅らせている俺のほうがおかしいような気がしてくる。
だが、そんなことはない。
「すいません。一限目の授業に遅れてもいいですか?」
手を上げて意見したら、京ヶ峰は諦めるように息を吐いた。そして先生は不思議そうに首を傾げる。
「ふむ。君たちの仕事は放課後の雑務だ。だから極論、授業に関してはテストで点を取れて単位も取得する自信があるのなら、いくら遅刻しても構わないよ」
その返答にホッとした。
「ただ一つ言っておくなら、素行が悪い生徒は何かあったときに守ることができない。勘違いされるような事件が起こったとしても弁護はできない。教師が生徒を守るのは当たり前だが、ルールを守らない生徒を守るほどわたしたちは聖人君子でもないからね? それだけ覚えておきなさい」
「わかりました……!」
そんな補足に感動してしまったのはたぶん、先生のイタい姿に幻滅していたからだろう。これがゲインロス効果というやつか。普通は不良が親切にしていると起こる現象らしいが教師でもそれを起こせるらしい。
その後、他に質問はないかと先生は再度促したものの俺以外からの質問はなかった。
そして、その日は終業を迎える。
6組は特別教室棟という隔離された場所にあるため、彼らがどんな学校生活を送っているのか俺はよく知らなかった。それでも、生徒としての扱いは受けるものだとばかり思っていた。
だが、そうではないらしい事に、この日はじめて気付かされた。
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