狂ったハピエン厨の俺は、価値なし生徒が集められる教室へ追放された。

ナヤカ

第1話 価値なしが集められた教室

 白い教室には、5つの席が用意されていた。その一つに俺が座っているのだが他は空席のままだ。どうやら、〝投票〟に時間がかかっているらしい。


 教室が白く見えてしまうのは、壁はもちろんのこと床も白味のタイル張りで、教室定番の黒板ではなくホワイトボードが設置されているせいでもある。


 温かみのある木目? そんなのはどこにもない。


 もはや教室というより、会議室や実験室とでも呼んだほうがしっくりくる気がした。


 それでも、この部屋の扉の外には『2年6組』の室名札が確かにかけられている。


 正真正銘、生徒が使う教室。


 ふと、他の色が見たくなって窓の外に視線を移した。


 そこには、まだ散っていない桜がポツポツと懸命に花を咲かせていた。だが、それも今日までの命だろう。たしか予報では夕方に雨が振ると言っていたっけ。満開を過ぎてしまったマイナス三分咲きくらいでも、タイムリミットが迫る儚い命だと思うと途端に美しく見えてくるから不思議だ。結局、今見てる世界がどう映るかなんてのは、その時の心持ち次第なのかもしれない。


 なんて。柄にもなく叙情的なモノ想いに耽っていたら、ガラッと教室の扉が開いて黒髪をなびかせた小柄な女子生徒が教室に入ってきた。


 京ヶ峰きょうがみね冬華とうか


 俺は彼女を知っている。


 彼女は、この6組の有名な住人・・だ。


 京ヶ峰は俺の前まで来ると、腕組みをして小さく息を吐いた。


「そこ退いてください。私の席なので」


 開口一番がそれかよ。


 挨拶という当たり前の入りじゃなく、自身の要求から切りだした彼女には畏怖の念しか抱けない。


 どうやら、噂は本当のようだ。


 京ヶ峰冬華は、冷徹な人間として校内にその名を轟かせていた。具体的なエピソードをあげるのならば、去年の文化祭、告白してきた男子の悪いところをその場であげつらい罵倒によって斬り伏せたあと再起不能にまで追いやったらしい。


 もちろん再起不能というのは言葉の綾なのだが、その男子生徒は文化祭直後に学校を退学してしまったため、そういう風に言われていた。


 死人に口無しとはよく言ったもので、その男子生徒の退学理由はわからないはずなのに、好き勝手に憶測する者たちはこぞって京ヶ峰のせいだろうと決めつけた。正直、好きな子に振られたくらいで学校辞めるだろうか? というのが俺の感想なのだが、この学校なら・・・・・・そういう事が起きてもおかしくはなかった。


 まあ、仮にそうだとしたら悪いのは京ヶ峰じゃなく学校の環境のせいなのだろうが、おそらく、彼女の完璧な美貌と名声が嫉妬する者たちの悪意に拍車をかけたのだろう。


 目の前に立つ京ヶ峰冬華は、学年トップクラスの成績を常に維持し、雪魄氷姿せっぱくひょうしの雰囲気を持つ美少女だったから。


「別にお前の席じゃないだろ? 二年生になってこの教室にきたのは、お前も俺も初めてのはずだ」

「一年生の時からいた私はその位置に座っていました。それにあなたの言うことを肯定するのなら、そこはたしかに私の席ではないけれど、あなたの席でもないはず」


 彼女は淡々とそう答えたあと、再び「退いて」と言い放つ。


「……はいはい」


 議論するだけ無駄なことは、挨拶すらなかったことから窺える。


 俺は諦めて席を移動すると、京ヶ峰はさらに別の席へと向かい、椅子だけを持ってきて俺が座っていた席の椅子とを無言で交換した。こいつ……。いや、他人の体温が残る椅子が嫌なのはわかるけどね。戦国時代、豊臣秀吉が織田信長のわらじを懐で温めていたという有名な話があるが、京ヶ峰にそれやったら即座に斬り伏せられそう。


 そのまま席に着いた彼女は、肩から下げていたカバンを机のよこに置き、その中から文庫本を取りだして読み始めてしまう。挨拶がなかったが、どうやら会話する気もないらしい。俺と彼女はこれから数週間・・・・・・・、教室を共にするクラスメイトだというのに……。


 そんな塩対応にうなだれていたら、再び教室の扉が開いた。


「やった。京ヶ峰さん一緒じゃん」


 やっぱり、か。


 次に入ってきたのは万願寺まんがんじゆうという女子生徒だった。彼女も京ヶ峰同様、ここ6組の有名な住人である。そして京ヶ峰同様、周囲から羨まれる美少女でもあった。


 ただ、タイプ的には正反対。


 脱色してから染めたであろう輝く亜麻色の髪。廊下ですれ違う教師からその度に注意される着崩した制服。なのに、派手な見た目とは裏腹に威圧感が一切ないのは自然なメイクのせいか人柄のせいか……注意した男性教師が「今度から気をつけろよ〜?」なんて楽しそうに会話しているのを遠くから見たことがある。彼女は、京ヶ峰とは違った穏やかな雰囲気を帯びる美少女だった。


 そんな万願寺は、教室に入ってきたそのまま京ヶ峰へ近づくと「またよろしくねー」と軽い仲良し挨拶。


 しかし、その挨拶に京ヶ峰が返事をすることはなかった。顔をあげて視線を交わすことすらしない。その間もページをめくる音がするだけ。仲良くはない、のか……?


「それとさ、初めて見る人だよね? なん組だったの?」


 にも関わらず、その態度に万願寺は落ち込むことなく、今度は俺へと話しかけてきた。彼女には京ヶ峰と違い社交性というものが備わっているらしい。


「1組だ」

「そうなんだ? うちは2組から追放されたの。万願寺優だよ。よろしくね」


 もちろん知っている。彼女についての噂もよく耳にしていたから。


「そんでこっちは京ヶ峰冬華さん。無愛想だけど悪い人じゃないからさ」


 それも知ってる。悪い人かどうかは知らない。今のところ、悪い人だろうなぁとは思っている。


最円さいえんかおるだ。よろしく」


 ともあれ、丁寧な自己紹介に俺も朗らかな自己紹介で返した。


「最円くんか」


 万願寺は俺の自己紹介に笑顔を浮かべると、ブレザーのポケットからスマートフォンを取りだす。



「ところでさ、最円くんって今の人生に満足してるかな?」


 そして、唐突にそんなことを訊いてきた。


「……満足してるわけないだろ? 元いたクラスから追放されてるんだからな」


 平常心を装って慎重に答える。それに彼女は「だよねー」と共感してくれたあと、


「実はさ、6組にいても幸せな学校生活をおくる方法があるんだけど……知りたくない?」


 内緒話でもするかのように、俺の顔をのぞき込んできたのだ。


「あー、いや、知らなくていいかな……俺は」

「そっかあ。うちはさ、その方法のおかげで今すっごく幸せなんだよね。そういうのって独り占めよくないじゃん? だから、最円くんにも教えてあげたいんだけど」


 チラチラと向けられる期待するような視線に顔を逸してしまう。照れたからじゃない、怖くなったからだ。


「いや、俺は遠慮しておくよ……」

「ええー、教えるなら連絡先交換しようと思ったのに」


 万願寺はガックリと肩を落とし、あからさまに残念そうな態度をとった。そんな態度すら、彼女の罠であることを俺は知っている。


「もし今の人生に不満があったら言ってね? すぐに良いところ教えてあげるからさ!」


 だから反応せずに黙っていたら、万願寺は諦めたのかパッと顔をあげて笑顔。もはや、その情緒不安定が怖い。



――万願寺優は、怪しい宗教に入信している。



 それが彼女にまつわる噂であり、おそらくクラスから追放された理由。


「考えてみる……ははは」


 それを知ってる俺は、噂の真偽はさて置くとしても、彼女にだけは近づくまいと決めていた。火のない所に煙は立たず、触らぬ神に祟りはなし。もしかしたら、京ヶ峰が彼女を無視していたのは同じような理由なのかもしれない。……いや、だとしたら俺に冷たく接する意味がわからないが。


 それから万願寺は空いた席に座ると、そのままスマホをいじりだしてしまった。こちらも俺と会話する気はないらしい。たぶん、誘いを断ったからだろう。


 教室の席はあと2つ空いている。6組の有名人が俺よりも後に来たことを考えると、1組で行われた投票・・は他のクラスよりも速く終わったのだろう。普通は追放者が出るまで何度も投票が行われるのだが、俺の場合は一回で終わったもんな……。


「そういえばさ、最円くんは “相互投票” する人いなかったの?」


 その席が埋まるあいだ、暇を持て余したのか万願寺がそんな質問をしてきた。


「あー、約束してた奴はいたんだが裏切られたんだ」

「そうなんだ? まあ、よくあるよね……」


 万願寺はそう言って哀れみの視線を送ってきた。いや、ここにいる時点であなたも一緒ですからね?


 相互投票というのは、言葉通り票を互いに入れあう行為のこと。そして、この学校における投票という事柄に置いて、生徒たちの中では常套手段とされている行為でもあった。


 俺たちは当たり前みたく「追放者」という言葉を交わしているが、それは人狼ゲームのように追放者を決めるための投票じゃなく、クラスにとって誰が必要であるかを決めるための投票だった。


 そして、その投票で最も多くの票を集めた者はクラスのリーダーとなり、最も票を集められなかった者はクラスから追放される、というだけ。



――生徒の価値とは、生徒こそが推し量るべきものである。

 


 それは、この宗哲そうてつ高等学校を創設した者のありがたーい言葉なのだが、そんな理念のもと、この学校には様々なシステムが組み込まれている。


 これもそのうちの一つで『価値残りシステム』といった。


 目的は『他者から見た自分の価値を理解させる』というものらしく、オプションとして投票されなかった者には絶望が、投票された者にはもれなく優越感が与えられた。


 もちろん自分自身に投票することはできない。あくまでも、他者から評価される自分が大事なのであって、自分が自分を評価することはできなかった。


 だから、「自分の価値は自分で決める!」なんて言ってる奴はだいたいすぐに追放される。


 このシステムのずるい点は、クラスに必要な者を決めているところにあった。これがクラスにとって不要な者を決めるための投票であったなら、いろいろと問題もあっただろう。倫理的に。


 表向きには、最も票を集めたリーダーだけがピックアップされるが、最も票を集められなかった者はひっそりと追放される。その格差に、生徒たちは「明日は我が身」と戦々恐々とするしかない。


 たとえるなら、小学生の頃ドッジボールで行われていたチーム分けと似ている。名前を呼ばれた奴はチームに引き入れられ、名前を呼ばれなかった者は取り残されていく。そして、最後まで指名されなかった奴はそもそもドッチボールにすら参加できない。参加できないから、名前があがることも話題になることもない。


 死ぬのではなく、そもそも産まれないのだ。


 俺は、相互投票を約束してたクラスメイトに裏切られ投票されなかった。さらには、他の誰からも投票されなかったのが俺ひとりだったため、再投票が行われず最速で追放された。


「でもさ、新しいクラスになってまだ一週間しか経ってないのに、みんなよく相互投票の約束なんてできるよねー?」


 万願寺がそんな疑問を口にする。


「いや、新しいクラスになって一週間だが、友達なんてみんな去年から作ってただろ」

「……あー、たしかに」


 今回行われたのは高校二年生になって初めての投票。投票はクラス内で行われるため友達がいなかったら絶望的なのだが、みんなそれを知っているので去年度から準備をしていたはず。


 だから、一年生の時ならまだしも、二年生にもなってここに来る者たちはそういった準備を怠った者たちに過ぎない。


「なぜか偉そうに言ってますが、あなたもそれができなかった一人なのでは? 自覚、ありますか?」


 そんなやり取りを万願寺としていたら急に京ヶ峰が割り込んできた。割り込んできたというよりは刺し込んできた。主に俺に。


「まあ、偉そうに説明をしている時点で自覚なんてないのでしょう。あなたが投票されなかった理由、わかる気がします」


 そして余計な一言だけ残し本のページへと視線を戻してしまった。そういうところだぞ? お前が投票されなかった理由。


「で、でもさ! うちは去年から追放されてるけど、案外ここも楽しいよ? 幸せになれる方法も知ってるし!」


 そしたら万願寺がすかさずフォロー。そして、さり気なく幸せになれる方法アピール。そういうところなんだよなぁ。


「言っておくが、俺は高校生活をあまり重要視していない。大事なのは卒業して良い企業に就職することだからな」

「へえ、最円くん大学行かないつもりなんだ?」


 万願寺の問いに俺は頷く。



 そう、俺にはとある目標があった。その目標のためには、高校生活での友達作りなんて重要じゃなかった。


「はやく金を稼いで妹を養ってやるんだよ。だから、卒業できればなんだっていい」

「へぇ、なんか偉いね」


 その偉大な目標に万願寺は分かりやすく感嘆の眼差しを向けてくる。そうだろそうだろ。


「ああ、俺の妹は世界一可愛いからな? だから、はやく金を稼げるようにならないといけないんだよ」

「……へぇ、そうなんだ」


 そしてなぜか、その眼差しは一瞬にして濁った瞳へと変わった。一体どうしたというのだろうか?


「俺には友達なんて必要ない。妹さえいれば十分ハッピーだからな?」

「そういうことか……。なんか、頑張ってね……うん」


 最後、万願寺は言葉を飲み込んだようだったが何を言いかけたのだろう? もしかしたら、また怪しげな組織に俺を勧誘しようとしたのかもしれない。


 だが、今言ったとおり、俺は妹さえいれば幸せになれる。だから、万願寺の言う幸せになれる方法なんて知らなくていいし、京ヶ峰に言ったとおり高校生活において友達なんて要らなかった。


 俺はただ追放されたわけじゃない。俺自身のハッピーエンドに価値残りシステムがそぐわなかっただけだ。


 おそらく、それは京ヶ峰と万願寺にも言えることなのかもしれない。彼女たちは追放されても絶望した様子がまるでなかったからだ。きっと、残りの二席を埋めるのもそういう奴らなんだろう。

 

 1組から5組までの余り物が集められる教室、6組。


 そこは普通教室棟じゃなく、隔離された特別教室棟につくられた教室だった。


 生徒たちはこの教室のことを『負け組』と呼んでいる。


 だが、俺は負けてなどいない。


 ただ、価値残りシステム上で見たら負けたように見えるだけ。


 俺には妹さえいればいい。妹さえいればハッピーエンドを迎えられる。


 だから、無理に6組から出なくてもいいんじゃないかと俺は本気で思っていた。


 この6組における規律が、愛する妹との時間を邪魔することを知るまでは――。

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