理想的な家庭の作り方

十余一

理想的な家庭の作り方

 暗い闇が徐々に朝焼けに染まっていく。小鳥のさえずりを聞きながら、高鳴る胸に冷たい空気を吸いこんだ。なんて清々しい始まりなんだろう。今日という特別な日に相応しい朝だ。


 高揚感をそのままに、身支度を整えた私は朝食の準備に取り掛かる。

 しっかりと手を洗い、小ぶりな果物ナイフを手に取り調理していく。瑞々しいサラダ、ふわふわのオムレツ、なめらかなコーンスープ、そしてこんがり焼いたトースト。それらを、嫁いで以来しまいこんでいた真っ白な食器に盛り付ける。


 そろそろ夫を起こさなくては。布団から離れ難いのもわかるけれど、このままではせっかく作った朝食が冷めてしまう。


「あなた、朝ですよ。起きてください」


 寒さのせいか少し青白い顔をした夫を抱き起こし一緒に居間へ行く。普段は早起きの義母も今日はゆっくり寝ているようで、夫と同じように起こして居間へ案内した。珍しく、二人揃ってお寝坊さん。

 シミがついてしまった割烹着をゴミ箱に投げ捨ててから私も食卓についた。


「いただきます」


 三人で食卓を囲み、手を合わせる。彩り豊かで理想的な朝食だ。


「今日はドレッシングも手作りなのよ。あなたの好きな蜂蜜を入れたハニーマスタード、食べてみて」


 夫のサラダに自信作のドレッシングをかける。マスタードの辛さと蜂蜜の甘さが合わさって絶妙なの。でも、いつもは優しい味付けばかりだから吃驚びっくりしちゃうかしら。

 和食好きな義母の反応が気になり目を向けると、温かいスープに手を添えていた。


「お義母さん、お気に召していただけましたか? お味噌汁じゃなくてコーンスープもたまには良いでしょう」


 少しうつむいた様子の義母が、わずかにうなずいたように見えた。


「あなた、ジャムは苺にします? それともマーマレード?」


 二種類のジャムを渡すが、一向に手に取る様子はない。いつもより寡黙かもくな夫の横顔が朝日に煌めいているだけだ。

 私はそれを尻目にオムレツを口に運ぶ。食傷気味だからケチャップはかけない。


 物に当たり散らかす音がないというのは、こんなにも静かで素晴らしいのか。耳に入ってくるのは耐えがたい雑言ではなく、可愛らしい小鳥の声。義母お手製の甘ったるい煮物を前にして皮肉を浴びることもなければ、夫に仕事の愚痴や苛立ちをぶつけられることもない。

 包丁や布団、あとは割烹着なんかを犠牲にして手に入れた理想的な家庭だ。


 私以外が音を発することのない食卓で、静かにゆっくりと朝食を味わう。

 晴れ晴れしく美しい沈黙だ。

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