お礼の交渉
「はーっ、はーっ……くそっ、終了だ!」
「うむ。いい訓練だったぞ」
肩で息をするドーハンに対し、特に疲れた様子も見せないスタンが満足げに頷く。どうしても不思議で格好いい魔導具が諦めきれなかったドーハンに対し、「ならば一撃でも当てられたら考えよう」とスタンが妥協し、槍や斧、弓など、いくつかの武器を試しながら訓練を続けた結果がこれだ。
「おっかしいだろ! 何で一発も当たんねーんだよ!?」
「フッフッフ、ファラオの目は全てを見通す……それだけだ」
「だからわかんねーって言ってんだろ、ったく……」
意味深に笑うスタンに、ドーハンが悪態をつく。するとそんな二人に今度もまたレミィとアイシャが近づいていく。
「お疲れ様ですドーハンさん、スタンさん……これを言うのも二回目ですね。まあお二人の立場は逆になってるみたいですけど」
「ホント、何やってるのよアンタ達……」
一度目と同じ労いと疑問の言葉だが、そこに込められている意味は大分違う。特にアイシャのなかからは、B級冒険者であるドーハンに抱いていた敬意が綺麗さっぱり消えていた。
そしてそんな二人の態度に、ドーハンはばつが悪そうな表情で頭を掻いた。
「ははは、久しぶりに熱くなっちまったよ……仕方ねぇ約束だ。情報はタダでくれてやる。レミィ、手続きを頼む」
「あ、はい。わかりました」
「フフフ、もらっておこう……それで、サンプーン王国の情報だが、どのくらいでわかるものなのだ?」
カクッと仮面を傾けて問うスタンに、レミィもまた僅かに考えながら答える。
「そうですね。単にこの辺で知られていないだけとかであれば、三日もあればお答えできると思います。そうでない場合は……ちょっと予想がつかないです。申し訳ありません」
「そうか。まあそれは仕方あるまい。多少時間がかかっても構わぬし、場合によっては信憑性も問わぬ。噂くらいのものでも構わんから、できるだけ広範囲からサンプーン王国の情報を集めてくれ」
「畏まりました」
スタンの言葉に、レミィが深く一礼して承る。その後は全員でギルド内に戻ると、レミィは仕事に、ドーハンは「今夜はやけ酒だ!」と叫んで町へと消えていった。そうして残されたスタンとアイシャもまた、冒険者ギルドを出て通りを歩き進む。
「あー、何か今日はずっごい色々あったわね……今までの一生分くらいあった気がするわ」
「それは流石に大げさではないか?」
「んなことないわよ! 昼間からいきなり盗賊団に入りたいなんて奴に追いかけられて、殺されそうになったと思ったら地面から金の像が生えてきて、なかから出てきたキンピカ仮面が悪党をやっつけて……で、やっと冒険者ギルドに帰り着いたかと思ったら、男二人で勝手に盛り上がってひたすら訓練してるし! 見なさいよ空! もうこんなに日が傾いてるじゃない!」
「うむ? いや、前半はともかく、ギルドに帰ってからのことは、そちが自分の意思で余についてきたのではないか?」
「あーっ、そういうこと言うわけ!? アンタがアタシに払うって言ってた報酬はどうなったのよ!?」
「おお、そう言えばそうだったな。まあ報酬と言っても、ドーハンに渡そうとした金貨くらいしかないが……あれで構わぬか?」
「あー…………」
スタンの言葉に、アイシャは無意識に言葉を詰まらせる。
普通に考えれば、最初に命を助けられたのだから、その後の町への案内など礼のうちにも入らない。差し引きで考えるなら、今に至ってもなおアイシャの方がスタンにお礼を言うべき立ち位置だ。
にも拘わらず、チラリとみたやたらと高そうな金貨をもらえるのであれば、迷う余地などあるはずない。ないのだが……
「えっと……今日は疲れちゃったから、とりあえず保留でもいい?」
「別に構わんぞ。どのみちサンプーン王国の情報が手に入るまでは、この町に滞在するつもりだしな」
「そう。ならその時までには何か考えとくわ。それよりアタシ、お腹空いちゃった。ねえスタン、アンタも一緒に……っていうか、アンタ食事はするのよね?」
「するに決まっているではないか! 確かに余はファラオだが、普通の人間だぞ!」
「うわっ、今日一違和感のある言葉だわ。ふふっ……じゃあ行きましょ、アタシの知ってる店でよかったら奢るわよ」
「む? 金なら自分で払うが……」
「あんなごっつい金貨で払われたら、お店に迷惑がかかるでしょ! そういうのは手持ちを換金して、普通の硬貨を手に入れてからにしなさい! ってか、そもそもアンタ、この世界の通貨の価値とかだってわかってないんじゃないの?」
「…………言われてみれば、確かに!」
「ハァ……やっぱりアンタ、目が離せないわねぇ。そういうのも教えてあげるから、行くわよ」
呆れたように肩を落とし、だが少しだけ楽しそうにアイシャがスタンの手を引いて歩き出す。そうして一件の酒場に辿り着いて注文を終えると、二人の前に湯気の立つ料理とジョッキに入ったエールが運ばれてきた。
「きたきたー! ここは串焼きが美味しいのよ!」
「ほほぅ。それは楽しみだな」
「……ねえ、今更かも知れないけど、アンタそのまま食べるの? どうやって?」
「うん? ああ、こうするのだ」
スタンが仮面の口部分に手を当て、軽く押し込みながら下にずらす。するとカクッと口の一部がスライドして隙間が開いた。
「えっ、そこが動くの!? はー、アンタ本当に筋金入りね」
「ファラオだからな! うむ、確かにこれはなかなかだ。粗野な料理だが、悪くない」
仮面の隙間にフォークで刺した肉を突っ込んでいくスタンに、アイシャは感心しながら自分も串焼きにかぶりついた。濃いめの味付けのタレが表面でやや焦げており、ガツンとくる香辛料の刺激と若干の苦みが口の中に広がったところで、手にしたエールを流し込む。
「かーっ! ホント、この一杯のために生きてるわね!」
「……なあ、アイシャよ。余が言うことではないのかも知れんが、年頃の娘としては、もう少し慎みを持った方がいいのではないか?」
「何言ってんのよ。こういう料理はこうやって食べるから美味しいの! 気になるならアンタもやってみれば?」
「むぅ……まあ、よかろう」
アイシャに進められ、スタンも串に刺さったままの肉にかぶりつき、次いでエールを流し込む。
「ふぅ……確かに先程よりも旨味が渾然一体となっているような気がするな」
「あーもう! そういう難しい言い方が駄目だって言うのよ! 美味いよ、美味い! 面倒臭いことは全部忘れて、美味いって言っときなさい!」
「お、おぅ? では……うむ、美味い!」
「へっへっへ、それでいいのよ! あー、美味しい!」
仮面の口元にべっとりとタレを塗りつけながら言うスタンに、アイシャもまたご機嫌に笑う。そうしてひとしきり会話と食事を楽しむと、スタンはアイシャと同じ宿に部屋をとり……勿論別の部屋……そして翌日の朝。
「おーい、スターン? ファラオ様ー? 起きてるー?」
なかなか起きてこないスタンに業を煮やし、アイシャがスタンの部屋の扉をノックしながら呼びかける。だが何度扉を叩いても声をかけても、中からは何の反応も返ってこない。
「まったく、いつまで寝てるのよ? あ、それとも王様だから、誰かに起こされないと起きないとか? 仕方ないわねぇ……ぐへへ」
品のない笑い声を漏らしつつ、アイシャがスタンの部屋の扉に手をかける。
「違うのよ、これは決して、今ならアンタの素顔が見られるんじゃないかとか、そういう下心があるわけじゃないの。いつまでも起きてこないアンタが心配だから、仕方なく入るの。ってことで……どーん!」
こっそりする気など微塵も無く、声をあげながらアイシャが扉を開く。するとそこでは確かにスタンはベッドの上に横になっていたのだが……
「ひ、干からびてるーっ!?」
予想に反して仮面を被ったままベッドの上で眠るスタンの手足は、何故か老人のようにしわくちゃになっていた。
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