意外な申し出
「そちから、情報を貰う……?」
「ああ、そうだ。B級の俺なら、大抵の情報は手に入るぜ?」
「それはありがたいが……しかし、いいのか? そこの娘が言うには、仲介して教える冒険者側にも責任が生じるという話だったが……」
「そうですよドーハンさん! スタンさんが変なことをしたら、ドーハンさんの責任になっちゃうんですよ!? よく知ってる相手ならまだしも、さっき出会ったばかりの人の仲介をするというのは……」
戸惑うスタンと共に、レミィもまた苦言を口にする。だが当のドーハンは何処吹く風とばかりに笑っている。
「ハッハッハ、んなこたーわかってるよ! でもスタンが欲しがってるのは、そのサンプーンとかいう国の情報だけなんだろ? そんなものどうやって悪用すんだよ?」
「それは……でも…………」
「あー、わかったわかった! てかどのみち俺が最初に聞くんだから、その内容に問題がないと判断したら教える。それでどうだ?」
「まあ、はい。それなら……」
言い募るドーハンに、レミィが渋々ながらも頷く。元々レミィにはドーハンの申し出を断る権限などないのだから、むしろ当然だ。そしてそれにも拘わらず純粋に自分を心配してくれているだけだとわかっているからこそ、ドーハンもまた苦笑しながら頭を掻き、その後改めてスタンに声をかけた。
「ってわけだ。どうだ? 俺に依頼してみる気はあるか?」
「先程も言ったが、余としては是非もない。だがそちが余にそこまでしてくれる理由はなんだ?」
「何だよ、気に入らねーのか?」
「そうではない。そちの申し出はありがたいが、理由の見えぬ善意は疑って掛からねば…………」
そう言いかけたところで、スタンは己の言葉を飲み込む。今までずっと正しかった判断が、今もなお正しいとは限らないと気づいたからだ。
(そう、か。今も余はファラオなれど、今の余に護るべき国も、背負うべき民もないのか……)
「どうしたのスタン?」
「アイシャ……いや、何でも無い。なあドーハンよ。そちの善意には心から感謝するが、なればこそ無償というわけにはいくまい。ここは正規の依頼ということにさせてもらえぬか?」
「えーっ!? せっかくタダで教えてくれそうだったのに、わざわざお金払うの!?」
スタンの申し出にアイシャが驚愕の声をあげ、ドーハンはニヤリと凶悪そうな笑みを浮かべる。
「ははは、借りは作りたくないってか。いいぜ、ぶっちゃけ好奇心の延長ってだけだしな。だがB級の依頼料はそれなりだぞ?」
「ふむ、ならばこれでどうだ? ファラオープン!」
「あっ!? ちょっ!?」
アイシャが止める間もなく、スタンが空間に黒い穴を開けてそこに手を突っ込む。そうして取りだしたのは、手のひらほどの大きさの金貨だ。
「これは通常流通していたものとは違って、余のファラオ就任記念に特別に作らせた金貨だ。これならば相応の価値があるのではないか? ああ、当然純金だぞ」
「そ、そうだな。この大きさで純金だってーなら、価値は十分だろうが……いや、それより今のは何だ?」
「うむ? 今のとは?」
「いやいやいや! 何もねーところに手を突っ込んで、これを取りだしただろ!? ありゃ一体何をしやがったんだ!?」
「ああ、それか。あれは<
「ほう! そんなスゲーお宝を持ってるのか。ならお代は金貨より、そいつの方がいいんだかが……」
「それは流石に強欲が過ぎるな。ファラオの秘宝を持てるのはファラオのみ。そしてファラオの意思を継がぬ簒奪者には決して扱うことはできぬ。それでもなお欲するというのであれば……ファラオとして、賊に相応しい罰を与えることになるだろう」
仮面で表情は見えずとも、その言葉と共にスタンの纏う気配が変わる。アイシャとレミィは思わずビクッと体を震わせ……しかしドーハンは一瞬楽しげに口元を歪めるも、すぐに両手を開いて降参のポーズをとった。
「おー怖ぇ! んなことしねーから安心しろ。が、それはあくまで『俺は』だ。そんなものを平気で見せびらかしてたら、すぐに悪党共の餌食になっちまうぜ?」
「む、そうだな。どうも以前の感覚が抜けぬというか……せめてピラミダーが見つかれば、状況は大きく改善するのだが」
「ぴらみだー? 何だそりゃ?」
首を傾げるドーハンに、スタンはアイシャにしたのと同じ説明をしていく。
「なるほど。そのでかい三角の遺跡を見つけられりゃ、さっきの穴みたいな不思議な魔導具がバンバン使えるようになるってわけだ!」
「そこまではわからぬが、少なくとも今よりはな」
「ぐぉぉ、面白そうじゃねーか! くそっ、俺がB級じゃなけりゃ、お前についていったんだが……」
「ん? B級であることと余に同行することに、何か関係があるのか?」
激しく悔しがるドーハンに対し、スタンが首を傾げる。するとスタンではなくレミィが説明をしてくれた。
「B級冒険者には、昇格してから五年間、特定の地域で活動してもらうという制約があるんです」
上級冒険者に課せられる活動制約は、世界中にある冒険者ギルドの戦力をある程度平均化することで、どんな場所でも同等のサービスを提供できるようにするためだ。とは言えギルドの都合で見知らぬ土地に冒険者など派遣しても勝手が分からず仕事に困るだけなので、普通はそのまま地元で活動をすることになる。
つまりは、ほとんどの冒険者にとって、制約は日常の延長だ。故に滅多に不満が出ることもないし、上級冒険者には優遇措置もあるので、活動制約を理由に昇級を断る冒険者は滅多にいない。実際ドーハンも、今の今まで制約を面倒だと思ったことなど一度も無かった。
「勿論依頼などの正当な理由があれば遠征自体は何の問題もありませんけど……」
「なあレミィ、E級冒険者の護衛ってのは……」
「勿論、正当な理由にはなりませんよ。そんなの許可したら、お金さえ出せば制約を無効にできることになっちゃいますからね」
「だよなぁ……」
呆れた口調で言うレミィに、ドーハンが情けなく肩を落とす。
スタンがそうであったように、犯罪者と未成年を除けば、冒険者には誰でもなれる。制約を厭う上級冒険者が人を雇ってE級冒険者にし、その人物に雇われることで自由を得られるとなったら、制度そのものが金の力で破綻することになってしまう。そんな間抜けな穴をギルドが許すはずがないのだ。
「あー、くそっ!本当に間が悪いぜ! お前があと二年早くここに来てくれりゃあ……なあスタン、お前この町であと三年くらい燻ってるつもりはねーか? そうすりゃ制約を終えた俺が、お前のパーティに入ってやってもいいぜ?」
「ははは、そうか。ではもしその頃にここに戻ってくることがあったら、一応覚えておこう」
「置いて行く気満々じゃねーか! 待てよ! 誘えよ!」
「断る! ファラオたるもの、立ち止まることなど許されんのだ!」
「何か、上級冒険者っていうのも割と面倒なのね」
喧々諤々と言い合うスタンとドーハンの姿に、少し離れたところから二人を見ていたアイシャがしみじみとそう呟く。するといつの間にか避難してきたレミィが、アイシャの隣に立ってその思いに答えた。
「人の上に立つってことは、それなりの責任を伴うことですからね。C級じゃなくD級の冒険者が一番多いのは、そういう責任を背負いたくないって人が一定数いるからですし」
「うわー……まあ、ちょっとわかるけど」
「C級くらいなら、なれるならなった方が絶対待遇はいいし、お金も稼げると思うんですけどね。ちなみにアイシャさんは、どっちの考えの方ですか?」
「うーん……そういうのは、とりあえずD級になってから考えるわ」
「そうですか」
「なあ、頼むってスタン! ならせめて、何か面白い魔導具とかくれよ! それで情報料はチャラでいいからさぁ!」
「やらん! ファラオの秘宝は余にしか使えぬと言ったではないか!」
「そこは何とかしてくれって! せっかくB級になったんだし、俺だって何かスゲー武器とか使って『ヘッ、上で待ってるぜ?』とか格好つけてみてーんだよ!」
「知らぬ! 大人しく金貨で我慢しておけ!」
「そんな事言わずにさー! なーなー!」
「にしても、男って…………」
「いつまで経っても男の子ですよねぇ」
訓練中の威厳など何処へやら、十歳以上年下の相手に子供のように縋り付くドーハンと、それを鬱陶しそうに振り払うスタン。そんな二人のやりとりに、二人の若い娘は生暖かい笑みを浮かべて言葉を交わし合うのだった。
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