異なるモノの共通点
「あー、スタン。一応確認するんだが、その仮面は被ったままでいいのか?」
剣を構えたドーハンが、訝しげにスタンに問う。今までのやりとりから見えているのはわかっているが、だからといって馬鹿でかい仮面が戦闘に向いているとは到底思えない。
「ん? 余はファラオなのだから、当然であろう?」
「何が当然なのかはこれっぽっちもわからねーんだが、まあお前がそれでいいならいいさ。ならまずは、そいつでどれだけ戦えるのか見てやろう!」
平然と答えるスタンに、ドーハンはニヤリと笑って大剣を構える。訓練用に刃を潰してあるとはいえ、刀身が一五〇センチはあろうかという鉄の塊は容易く人をたたき殺す威圧感を放っている。ドーハンはそれをいつもの半分程度の力でまっすぐに振り下ろしたが……
「お?」
スタンが、その剣をひょいとさけた。その軽く無駄のない動作に、ドーハンは驚きと同時に賞賛を覚える。そのまま続けて何度か斬りつけてみるものの、縦横斜めとどんな振り方をしても大剣はかすりもせず、最後はフェイントも交えて斬りつけてみたが、それもやはり見事に回避された。
「何だよお前、随分いい動きじゃねーか……その仮面でどうしてそこまで見えるんだ?」
「フッ。ファラオの目は全てを見通す……ただそれだけだ」
「おぉぅ、何一つわかんねーな……まあいいや。なら次は、そっちから攻撃してきてみろ。全部受け止めるから、全力でいいぞ」
「そうか? なら……ハッ!」
気合いの声と共に、スタンが手にした剣を振るう。だがそれは本人の宣言通り、ドーハンの大剣で易々と受け止められてしまった。
「む……」
「はは、悪かねーな。ほれほれどうした? もっとこい!」
「言われずとも! ファラオの剣を見せてくれよう!」
二撃三撃と、今度はスタンが剣撃を重ねていく。だがそれを受け止めるドーハンの表情には終始余裕の笑みが浮かんだままで……そうして三〇回ほど攻撃を受け止めきると、ドーハンが訓練の終了を口にした。
「うっし、大体わかった。とりあえずここまでにしとけ」
「うむ、いいだろう」
「お疲れ様です、ドーハンさん。スタンさん」
「お疲れー。ねえ、スタンってひょっとして、実はあんまり強くなかったりするの?」
動きを止めた二人にレミィとアイシャの二人が近づいていき、レミィは労いの言葉を、アイシャは容赦の無い疑問を投げかける。するとそれに答えたのはドーハンだ。
「そうだな……回避の技術は見事だったし、剣筋も綺麗だった。だから弱いってわけじゃねーんだが……ちょいと一撃が軽すぎるな」
「余の技は護身のためのものだからな。警備をくぐり抜けて忍び込んできた暗殺者から身を守り、警備の者がやってくる時間を稼ぐためのものであって、武装した兵士を倒せるような技ではないのだ」
「はー、なるほど。素早くて軽装の相手のみを想定してるってわけか。だが、それだと冒険者としちゃやや厳しいな」
「そうなのか?」
納得しつつも指摘するドーハンの言葉に、スタンがカクッと仮面を傾ける。
「まあな。魔物の中にはすばしっこいやつもいりゃ硬いやつもいるが、大抵の魔物に共通するのは、人間よりもずっと体力があるってことだ。人間なら細かい傷を増やして血を流させれば割とあっさり体力が尽きるが、魔物はそうはいかねぇ。どうしても決定的な一撃を与えられる手段が欲しくなるんだよ」
「ほほぅ、そうなのか。アイシャから話は聞いたが、余は魔物の実物を見たことがないのだ。実際に出会った時の参考にさせてもらおう」
経験に基づく貴重な意見に、スタンは大きく頷いてみせる。が、そんなスタンの言葉に、ドーハンは今までで一番の驚きの声をあげた。
「はぁ!? 魔物を見たことがねーって、お前一体何処の生まれだ!?」
「余が生まれたのはサンプーン王国だ。そして余の国のみならず、大陸中、それどころか海を隔てた別の国ですら魔物の話など聞いたことがない」
「そりゃあ……どういうことだ?」
「わからん。余自身もわからんのだ……」
そう言って、スタンはアイシャにもしたような説明をしていく。普通に眠りについて、目覚めたら見知らぬこの地にいたこと。周囲の町や国の名前に全く心当たりがなく、逆に自分の知っている地名や国名が知られていないこと。そういう一連の話を聞くと、ドーハンとレミィが顔をしかめて唸るように声を漏らす。
「何つーか、つかみ所のねー話だな」
「ですね」
正直に言えば、これもまた「自分が王である」などという言葉と同じ妄想の類いだとしか思えない。だがそんな考えを、ドーハンが否定する。
「だが、絶対に無いって話でもなさそうな気がするぜ」
「えっ、何でですか?」
「いやな、こいつの剣筋が、恐ろしく綺麗だったんだよ。ありゃ俺達みたいな冒険者じゃなく、城に使える騎士みたいなのが使う剣だ。見たところそう歳がいってるわけでもなさそうだし、そんな剣を妄想を語るだけの一般人が身につけられると思うか?」
「それは……」
「あ、そう言えばスタンって何歳なの?」
考え込み始めた二人を綺麗に無視して、アイシャがそう問いかける。
「余の年齢か? 一七歳だが?」
「え、嘘!? アタシと一つしか違わないの!?」
「待て待て。全然知らない国ってんなら、一年の日数が違ったりすることもあるんじゃねーか?」
「余の国が用いていたのはエジンプット暦だ。一周を六日、それが五周で一月。それを一二束ねることで一年とするものだ」
「この世界の暦は聖神暦ですけど、日数の数え方そのものは同じですね……というか凄く今更ですけど、全然違う国から来たのに、スタンさんはどうして私達と同じ言葉が喋れるんですか?」
「……そう言われるとそうだな?」
レミィの指摘に、スタンはハッとその事実に気づいて考え込む。
「本来余の国で使われていたのは、これとは全く異なる言語だ。だが他国との交流が進むほどに複数の言語が入り交じるようになり、四〇〇年程前のファラオによって、言語の統一が図られた。
具体的にはもっとも表現の幅が広かった
「えぇ? 言語を混ぜるって、それ大混乱になったりしませんか?」
「そうでもないぞ? というか、他国の言葉をわざわざ自国の言葉に変換するのではなく、そのまま音として認識するというのを重ねただけだ。たとえば……そうだな。『赤色』と『レッド』は違う言葉であるのに同じ意味だろう?
もし今我らが話しているのが単一の言語を元にしたものであれば、同じ意味の複数の言葉……しかも全く響きの異なる言葉が存在するのはおかしいと思わないか?」
「そんなこと、考えたこともなかったです……けど、言われてみれば確かに……?」
酸っぱいものでも食べたような顔で顎に手を当てるレミィに、スタンは大きく頷きながら話を続ける。
「つまりそういうことだ。他の言語を無理矢理潰したりするのではなく、それぞれを生かしたまま認識だけを統一した。そうやって生まれたのが今余が話している……そしてお前達が使っているこの『
「へー! 何かよくわかんないけど、アタシ達の使ってる言葉って凄いもんなのね」
「待ってください。これさらっと語られましたけど、ひょっとして歴史的な大発見なんじゃないですか? 何か私、ちょっと怖くなってきたんですけど」
「あー、んな小難しいことはどうでもいいだろ! 少なくとも言葉が通じるってんなら、スタンの生まれはどうしようもないほど遠くってわけじゃなさそうだ。今はそれでいいんじゃねーか?」
「そう、だな。それを確認できたことは、余としても実に有意であった」
遠く離れてしまったサンプーン王国の影。それがほんの少しとは言え手元に近づいてきた気がして、スタンは知らず小さく笑みを浮かべる。無論仮面の下なのでそれが余人に見られることはないのだが……そんなスタンの背を、アイシャがバシンと叩いた。
「ふふっ、良かったじゃないスタン! 故郷のこと、少しだけどわかってさ」
「うむ、そうだな。あとは余の冒険者ランクをあげて、もっと詳しい情報を集められれば……」
「うん? 何だお前、ギルドの抱えてる情報が欲しくて冒険者になったのか?」
スタンの漏らした囁きを耳にして、ドーハンがそう問うてくる。
「そうだ。サンプーン王国の情報を得るには、最低でもD級……できればC級になる必要があると言われてな」
「ああ、情報開示の条件か。そういうことなら、俺が聞いてやろうか?」
「何!?」
突如降って湧いた幸運に、スタンは思わず声をあげた。
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