腕試し

「今の感じの名乗りだと、ファラオさんって王様だったの!? てか、いん、すたん……何?」


「イン・スタン・トゥ・ラーメン・サンプーンだ。ファラオとしてではなく余個人としての名であれば、スタン・ラーメンだな」


「へー、スタン・ラーメン……様? それとも陛下とか呼んだ方がいいの? あるいは今まで通り、ファラオさん……こっちも様か。ファラオ様って呼んだ方がいいのかしら?」


「ははは、好きに呼んで構わん。そちは別に我が国の民というわけではないからな」


 ファラオとは臣民のみならず、遍く全ての者から敬意を捧げられる存在だ。だが敬意とは決して押しつけるものではない。ぞんざいに扱われるならともかく、他国の民に普通に接されることを気にするほど、スタンの王としての器は小さくなかった。


「あ、そう? じゃあスタンさんって呼ぶわね」


「うむ……で、受付の娘よ」


「あっ、はい!? 何でしょうか!?」


「いや、何というか……余の冒険者登録は、これでいいのか?」


「ああ、そうですね。えーっと…………」


 我に返った受付嬢が、改めて提出された書類を見た。するとそこではほぼ完璧であるのに、一カ所だけ存在する致命的な問題がこれでもかと自己主張している。


「あの、ですね。ほとんどは大丈夫なんですけど、この職業ファラオというのが……」


「む? それは余がファラオだと信じられぬということか?」


「いえ、そういうわけではなくてですね!」


 若干ムッとした声を出すスタンに、受付嬢は慌ててそれを否定する。


 正直なところ、受付嬢の内心としては真偽が半々というより、「どうでもいい」というのが本音だ。聞いたこともない国の王様だと名乗られても確かめようがないのだから、王様だからと特別待遇を要求されないのであれば、受付嬢としては粛々と業務をこなすことこそが最善だと理解しているからだ。


 触らぬ神に祟りなし。どんなに驚くことがあっても気にせず職務を実行するのは、ごく稀には貴族の子女などを相手にすることもある彼女なりの処世術であった……が、だからこそこの問題が見逃せない。


「職業というのは、パーティを組むときの目安となるものなんです。なので得意な武器とか魔法とか、何ができてどういう戦いをするのかっていうのがわかるように書いて欲しかったので、ファラオというのはちょっと……」


「おお、そういうことか。だがそう聞かれると困るな」


「それはやっぱり、王様だと戦ったりできないからでしょうか?」


「え? そんなことないわよね? さっきは悪党をこう、えいやって一刀両断してたし」


 受付嬢の問いかけに、アイシャが剣を振る動作をしてみせながら言う。だがそんな二人に、スタンはゆっくりと首を横に振る。


「確かに余は一通りの武具の扱いを身につけてはいるが、とは言え余の戦い方は、基本的にソウルパワーありきのものなのだ。あの時使った剣も、ソウルパワーが切れていては使えぬ。


 しかし現状、その充填はできないようだし、そもそも余はこの地のことをよくわかっておらぬ。故に自分がどの程度戦える者なのかの判断ができんのだ」


「それは確かに……」


 説明されれば、アイシャもまた深く納得して頷く。幸か不幸か町への道すがらで魔物に襲われることもなかったため、あの不思議な武器がないスタンがどの程度戦えるのかは、アイシャにもわからなかった。


「うーん、困りましたね。もっと大きな町のギルドなら、新人講習みたいなのをやってるところもあるんですけど……」


「だったら俺が見てやろうか?」


 受付嬢も一緒になって悩み始めたところで、不意に男の声が響く。スタン達が揃って顔を向けると、そこには如何にも歴戦の戦士という貫禄を漂わせた三〇代くらいの男が立っていた。


「ドーハンさん!? あ、この人はドーハンさんって言って、この辺では一番の冒険者さんです。何とB級なんですよ!」


「B級!? 凄っ!」


 軽く興奮して言う受付嬢に、アイシャが素直な驚きを表す。世界中に山ほどいる冒険者だが、B級……熟練者と見なされる冒険者の数はそれほど多くない。中小規模の町だと一人いるかいないかくらいなので、実際に凄いし珍しいのだ。


「ほほぅ。Bというと、Cの一つ上だな?」


「? ああ、そうだぜ。ってことで、どうだレミィ。裏の訓練場を使わしてくれるなら、俺がコイツの腕を見てやってもいいぜ?」


「あ、はい! ドーハンさんなら、訓練場は勿論使っていただいて構いませんが……」


 そこで一端言葉を切ると、レミィと呼ばれた受付嬢がチラリとスタンの方を見る。当たり前の話だが、訓練とは双方の合意が無ければ成り立たない。その意図を正確に読み取り、今度はスタンが口を開く。


「うむ。ギルドが認める熟練者だというのなら、余としても願ってもない申し出だが……しかし何故そんなことを? 確かに余はファラオではあるが、今の余にそちの厚意に報いる手段は大分限られているぞ?」


「ハッハッハ、違うって! 単純な興味本位さ。そんなビカビカの仮面を被って、自分のことを王様だなんて言う奴が、どんなもんなのかと思ってな」


「ほほぅ、歯に布着せぬ物言いだな。だがそのまっすぐな言動こそ気に入った。ならば宜しくお願いしよう」


「おう、任しとけ!」


 スタンの差し出した右手を、ドーハンがガッチリと握り返す。その後は一旦奥に引っ込んだレミィが上の人間に許可を取ってくると、全員揃ってギルドの裏口から訓練場へと移動した。


「アタシ、ここの訓練場って来るの初めてだわ。こーなってたのね」


「ん、そうなのか? お嬢ちゃん、見たところ新人だろ?」


「お嬢ちゃんじゃなくて、アイシャよ! ええ、新人も新人。まだ三ヶ月前に登録したばっかりよ」


「うん? 一月もあれば昇級できるはずなのに、三月前に登録したアイシャが未だにE級なのか?」


 ふと浮かんだ素朴な疑問をスタンが口にすると、アイシャが露骨に表情を歪める。


「うわぁ、スタンって本当に空気読めないわね」


「なっ、呼び捨てだと!?」


「フンッ! そういうデリカシーのないこと言う人に敬称なんて勿体ないわよ! あのね、一ヶ月っていうのは最短なの! わかる? 最短! 最も短いって意味よ! 冒険者に登録する前段階で既に色んな準備を整えてて、昇級するためだけに毎日限界まで仕事を受けまくって、それでやっと一ヶ月とかになるの。


 そりゃアタシだって昇級はしたいけど、流石にそこまでする気はないわよ。てか平均はもっと長い……長いわよね?」


 ほんのちょっと不安に駆られたアイシャが訪ねると、受付嬢レミィが小さく笑いながら答える。


「ふふふ……ええ、そうですね。一般的な冒険者の方ですと、D級になるのに一年、C級ならそこから更に三年くらいでしょうか? ただC級は定期的な依頼の受領が必要になるので、D級のままで留まっている人も沢山いますけどね」


「ほら見なさい! 別にアタシがサボってるとか、そういうわけじゃないのよ! 登録して三ヶ月でまだE級っていうのは普通なの、普通! わかった!?」


「わ、わかった。余が悪かった。謝罪しよう」


 猛烈な勢いで言い募るアイシャに、スタンは身をのけぞらせてそう口にする。ファラオであるが故に軽々に頭を下げたりはできないが、それでもスタンは過ちを認められる王であった。


「ほら、じゃれつくのはそれくらいにしろ。それより、あー、スタンか? それとも俺もスタン様とか言うべきか?」


「フッ、一人いれば二人も三人も同じだ。別に呼び捨てで構わん」


「ならスタン。武器はどうする? そこに訓練用のが色々あるから、好きなのを選べ」


 そう言ったドーハンが視線で示す先には、幾つもの訓練用の武器が立てかけてある。剣、槍、斧、盾、弓と矢から、変わり種だと鞭や手甲、柄と鎖で繋がれた棘付き鉄球まで揃っているという、なかなかの充実ぶりだ。


「そうだな……ではとりあえず、最初は剣でいくか」


 そのなかで、スタンは最も無難な片手剣を選んだ。刃渡り八〇センチほどの直剣で、おそらく世界で最も使い手の多い武器。それを二、三度振って感触を確かめると、スタンは改めてドーハンに向き合って構えた。


「では、よろしく頼むぞ、ドーハンよ」


「へへへ、軽く揉んでやるよ」


 そんなスタンに、ドーハンもまた愛用の武器を地面に置き、代わりに訓練用の大剣を手に構える。王と冒険者、本来なら剣どころか顔すら合わせることのない二人の訓練が、不思議な因果によって今ここに始まりを告げた。

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