堂々たる名乗り

「ほほぅ、ここが冒険者ギルドとやらか!」


 軽い雑談という名の常識の摺り合わせを続けながら進むことしばし。初めて見るその建物に、ファラオがテンション高めの声をあげた。だがそんなファラオの隣では、アイシャが何とも疲れ切った表情を浮かべている。


「ええ、まあ、そうね…………」


「むぅ? アイシャよ、そちは何故そんなに疲れているのだ?」


「アンタのせいでしょ!」


 カクッと仮面を傾けるファラオに、アイシャが勢い込んで言う。町に入る時にも、詰め所で悪党を引き渡すときにも……幸いにして中身・・は気絶したままだった……ファラオの仮面が悪目立ちしまくったせいで、必要以上に色々な事情を聞かれたのだ。


 そして今も思い切り目立っている。町行く人の視線は突然現れた謎の金仮面に釘付けであり、アイシャの心が安まることはない。


「アンタがその仮面を脱いでくれさえすれば、何の問題も無く町に入ったりできたのに……」


「何を言うか! この仮面は余がファラオである証だ。おいそれと脱ぐことなどあり得ん!」


「はぁ……まあもういいけど。んじゃ、さっさと行って終わらせましょ」


 いきり立つファラオに軽くため息を吐いてから、アイシャが先に冒険者ギルドの中へと入っていく。ギルドは堅牢な石造りの建物で、正面の扉も閉じればなまなかなことでは破れない、金属補強された分厚い木の板で出来ている。が、その性質上開け閉めが非常に大変なので、有事の時以外は基本開きっぱなしだ。


 そしてそれは、ギルド内部から入り口付近にいる人物が丸見えになっているということでもある。アイシャに続いてファラオがギルド内に足を踏み入れると、周囲の視線が二人に向かって強烈に突き刺さってくる。


「うわぁ、滅茶苦茶注目されてる……」


「はっはっは、良いではないか。冒険者というのは知名度も大事なのだろう? これでそちも有名人の仲間入りだぞ?」


「いや、これは有名っていうより、さらし者……気にしたら負けね。とにかくサクッと用事を済ませちゃいましょ。すみませーん!」


 早くも諦めの境地に至りつつあるアイシャが、近くの窓口にいた受付の女性に声をかける。早朝のラッシュが終わった今の時間はちょっとした空白帯であり、幸いにして並んでいる人はいなかった。


「は、はい。何でしょうか……?」


「えっと、この人が聞きたいことがあるらしいんですけど」


 アイシャが話しかけたにも拘わらず、受付嬢の視線はチラチラとファラオの方に向かう。それに苦笑しながらアイシャが話を切り出すと、隣にいたファラオが一歩前に詰めて受付の女性に声をかけた。


「うむ。ここに来れば色々な情報が手に入ると聞いたのだが……サンプーン王国という国の情報はないだろうか?」


「サンプーン王国ですか? この周辺の国の話ではないのでしたら、申し訳ありませんが冒険者として登録されていない方にはお答えできません」


「む、そうなのか?」


「あ、じゃあアタシは? アタシはE級冒険者なんだけど」


 仮面の下で顔をしかめた……ような気のするファラオの隣から、今度はアイシャが声を上げる。が、受付嬢は静かに首を横に振ってから話を続けた。


「申し訳ありません。E級の方ですと、ギルドから開示できる情報はこの町の周辺に関する事のみとなっております」


「ええ、そうなの!? えっと、じゃあどうすれば?」


「そうですね……サンプーン王国というのに聞き覚えがないので確実なことは言えませんが、D級ならば国内の情報が、C級ならば周辺諸国も含めた情報を開示できますので、頑張って昇級していただければとしか……」


「むぅ。D級はともかく、C級はちょっと遠いわね」


 受付嬢の答えに、アイシャもまた眉根を寄せて困り顔になる。するとそこにファラオが声をかけた。


「アイシャよ、そのD級とかC級とか言うのは何なのだ?」


「ん? ああ、冒険者の階級よ。アタシはまだなったばかりだから、一番下っ端のE級なの。で、ちゃんと仕事をして新人から初心者くらいになるとD級、そこから更に頑張って一人前って言われるのがC級ね」


「E級からD級へは早い方であれは一、二ヶ月での昇級もありますが、C級になるには最低でも一年の実務経験が必要になります」


「一年か、それはちと長いな」


 アイシャの説明とそれを補足した受付嬢の言葉に、ファラオはしばし考え込む。


「ならばその、C級冒険者とやらに余が依頼をして情報を得るというのは可能なのか?」


「形式としては問題ありません。が、その情報が悪用されたり、ギルドや国家に被害を及ぼすような使い方をされた場合、情報を伝えた冒険者にも責任が生じますので、その……」


「あー、ファラオさんじゃ難しいわよね」


「何故だ!? ファラオである余の信頼度は抜群であろう!?」


「「その顔で言われても……」」


 驚くファラオに、アイシャと受付嬢の言葉が重なる。素顔を見せない金仮面の男に対する信頼度は、「俺は昔最強の冒険者だったんだ!」と自称する酒場の酔っ払いくらいであった。


「うーん……あ、じゃあファラオさんも冒険者登録したら?」


「む? 余がか?」


「そうそう。だってほら、どっちにしろ信頼を稼がないと情報は得られないってことでしょ? なら冒険者になって仕事をすれば自分自身の信頼も稼げるし、一緒に仕事をした人との間にも信頼が生まれるじゃない?」


「ほぅ? 確かに一考の余地があるな……だが受付の娘よ、冒険者というのは余でもなれるものなのか?」


「あ、はい。いくつかの条件をクリアしていただければ、特に問題はありません」


「条件?」


 カクッと仮面を傾けるファラオに、受付嬢はお決まりの台詞を口にする。


「まず最初は、犯罪者は駄目ということですね。一応前科があっても罪の償いを終えていれば登録は可能ですが、その場合はE級からの昇格が通常より難しくなると考えてください」


「問題ない。余は常に清廉潔白であるからな!」


「あはは……ならそれは平気ですね。次は冒険者ギルドの規約を遵守していただけるかということです。規約の内容としては、ギルドに不利益を与えるような行動をしないとか、冒険者の身分を悪用しないとかの、まあ一般常識的なものですね。なのでこちらも……」


「そうだな、特に問題はない。ただ万が一の場合を考えれば、何らかの問題が生じた場合はきちんと話し合いの場を設け、可能な限り双方が納得のいく解決方法を模索するという言質が欲しいところだな」


「あ、はい。それは平気ですよ。冒険者ギルドも大きな組織なので、そういう対応をしなくなると末端の方が腐敗して、信用をなくしちゃいますからね。強要する権限はないとは言え、冒険者は大きな武力ですから、それを扱う者としての自覚はちゃんとあるんです」


「うむ、素晴らしいな。であれば本当に何の問題もない。是非とも登録させてくれ」


 ニッコリ笑って言う受付嬢に、ファラオは掛け値無しの賞賛を送ってそう告げた。すると受付嬢は脇の引き出しを開き、中から登録用紙をとりだしてカウンターに乗せる。


「では、こちらにお名前を年齢、それに希望する職業をお書きください。代筆は必要ですか?」


「んー……いや、不要だ」


 チラリと書面にある文字を見てからそう言うと、ファラオはテーブルに置かれた羽ペンを手に取り、スラスラと必要事項を書き込んでいった。そうして書き上がったものを受付嬢に渡すと、受付嬢はその内容をチェックし……


「……あれ?」


「どうした、何か不備があったか?」


「いえ、不備というか……ファラオさんって、ファラオさんじゃないんですか?」


「? 余はファラオだが?」


「いや、でも、名前のところに別の名前? が書いてありますよね? 代わりに職業のところにファラオって書いてあるんですけど」


「それの何が問題なのだ?」


「えっ!? ファラオさんって、ファラオって名前じゃないの!?」


 平然とそう答えるファラオに、アイシャまでもが驚きの声をあげる。するとファラオは少々呆れたような声でそれに答えた。


「当たり前だ。余はファラオであり、ファラオは余だが、余の名がファラオであるはずがなかろう」


「いやいやいやいや! 確かにちょっとおかしいなとは思う時が時々あったけど……え、じゃあファラオって何なの?」


「……そうか、余も微妙な違和感を感じていたが、それも通じていなかったのか。ではこの際だ、しっかり名乗ろう。余はサンプーン王国二八代国王ファラオ、イン・スタン・トゥ・ラーメン・サンプーンである!」


「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」」」


 堂々たるその名乗りに、アイシャや受付嬢のみならず、聞き耳を立てていた冒険者達の驚きの声までもがギルド内部に一斉に響き渡った。

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