噛み合わない会話
「ふんっ! んぎぎぎぎ…………っ!」
少女らしからぬ声をあげ、少女らしからぬ顔をしながら少女が黄金の像に手をかけ、力一杯踏ん張る。だが二メートルほどある黄金の像は、これっぽっちも動かない。
「はぁ……駄目、動かない。まあわかってたけど。わかりきってたけれども!」
その事実に、少女はふてくされたような表情をしながらそう言い捨てる。そもそも金の像という時点で相当に重いのに、今はその中に気絶した男まで入っているのだから、動かせなくて当然なのだ。
だがそんな少女の態度に、ファラオは不思議そうに仮面を傾ける。
「おい娘よ、そちは一体何をしておるのだ?」
「何って、アンタが運べって言うから頑張ってるんじゃない! あと娘娘って、アタシにはアイシャって名前があるんだから、そっちで呼んでよ!」
「アイシャ? アーイシャではなくか?」
「? 何で伸ばすのか知らないけど、アイシャよ」
「ふむ、そうか……ではアイシャよ、もう一度聞くが、何故そちはソウルパワーを充填せずに余の寝台を手で押しているのだ? どういうわけか余の手持ちのアンクは全て空になっているので使えぬが、そちの持っているものを使えば簡単に充填できよう? ああ、ピラミダーでの充填費用を気にしているというのなら、余が払うから問題ないぞ?」
「? さっきもそんなこと口走ってたけど、ソウルパワーって何? ってか、そうよ! アンタさっき、凄い魔導具を使ってたじゃない! それを使ってこれを浮かせたら、アタシが押したり引っ張ったりしなくたって簡単に運べるんじゃないの!?」
「マドウグ?」
「だから、さっきのあれよ! あの三角で、フワフワ飛んだり剣になったりしたやつ! あれ、アンタの魔力で動かしてるんでしょ?」
「マリョク……? どうもさっきから話が噛み合わんな」
「それはこっちの台詞よ……」
カクカクと仮面を揺らしながら言うファラオに、少女……アイシャも疲れた様子で答える。言葉は通じているのに話が通じないという異常事態に、ファラオは改めてアイシャに話しかけた。
「ふむ、移動の最中に話せばいいかと思ったが、これは先に確認しておいた方がよさそうだな。アイシャよ、最初の質問に戻るのだが……ここは何処だ?」
「何処って、マルギッタの町の近くの森よ。あー、もうちょっと広い範囲で言うなら、アステリア王国の西の方……とか?」
「心当たりがないな……アステリア王国というのは、どの程度の国なのだ?」
「ええ? そんな事言われても……まあまあ大きい国だとは思うけど」
ファラオの問いに、アイシャは困り顔で答える。新人から足の抜けきっていない程度の冒険者であるアイシャにとって、自分のいる国がどの程度大きいかなんて考えたこともなかったからだ。
「その程度の認識なのか……では、そちの知る世界で最も大きな国の名は何だ?」
「あー、それならロードガルド帝国ね。世界一の軍事大国で、国土もすっごく広くて……世界で唯一、冒険者が自由に入れない国。いくらアタシでも、そのくらいの常識は知ってるわよ」
「……………………」
得意げに語るアイシャに、しかしファラオは軽く俯いて無言になる。
「ファラオさん? どうしたの?」
「世界一の大国……そちが常識だというその国の名に、余はまるで心当たりがない。となると…………なあ、アイシャよ。そちはサンプーン王国というのを知っておるか?」
「サンプーン? ごめん、ちょっと聞いたことないかも……えっ!?」
あっけらかんとそう答えるアイシャの前で、不意にファラオがその場でガックリと膝を突く。
「ちょっ、ファラオさん!? どうしたの、大丈夫!?」
「あ、ああ。大丈夫だ。ただちょっと、衝撃が強くてな。もしやと覚悟はしていたのだが……」
「ひょっとして、そのサンプーンって国が、ファラオさんの住んでた国だったの?」
「うむ。サンプーン王国と言えば、遙か海を越えてすら知らぬ者はいないほどに栄えた国であった。だがそちがその名を全く知らず、逆にそちが常識と語る大国の名を余が一つも知らぬとなると……」
「……………………」
ジッと地面を見つめたまま黙り込むファラオの姿に、アイシャはしばし痛ましそうな視線を向け……だが次の瞬間、ファラオの肩をグッと掴んでその頭を無理矢理にあげさせる。
「なら、冒険者ギルドに行きましょ!」
「冒険者……ギルド? そう言えば先程も、冒険者がどうとか言っていたな」
「あー、そこから? まあいいわ、その辺は追々話すとして。とにかくアレよ、そこに行けば沢山の情報が集まってるから、きっとそのサンプーン? とかいう国の情報だってあるわよ!
だいたい、アタシみたいな小娘が世界の全てを知ってるわけないでしょ? たまたますんごい田舎者で、超有名なアンタの国を知らないだけってこともあるかも知れないし」
「ふ、ふふ。そうか……確かにそちなら、そういうこともありそうだな」
「ちょっと、どういう意味よ!?」
「何故不満そうなのだ? そちが自分でそう言ったのであろう?」
「そうだけど! そうだけどさぁ……」
「なあ、アイシャよ」
ゆっくりと立ち上がったファラオが、今度は自分の手をアイシャの肩に置く。
「そちが余を励ましてくれたこと、心より嬉しく思う。その恩に必ず報いることを、ファラオとして約束しよう」
「な、何よ突然!? 大げさね! ったく……ほら、それよりこれよこれ! これ、結局どうやって運ぶわけ?」
無機質な仮面の瞳にまっすぐに見つめられ、アイシャが照れくさそうにはにかみながら強引に話題を変える。
「そうるぱわー? とか言うのを充填すればいいんでしょ? でも、そうるぱわーって何? 魔力とは違うの?」
「マリョクとやらが余には分からぬが、ソウルパワーは生きとし生けるもの全てが持つ、命の力だ。本来ならばピラミダーと呼ばれる巨大な施設で、周辺の命を吸い取ってソウルパワーに変換するのだが……」
「何それ怖っ!? 命を吸い取るって、その建物に近づくとみんな死んじゃうってこと!?」
「そんなわけなかろう。人であろうが獣であろうが、それこそ草や木や花であろうとも、命というのはただ生きているだけでその器から溢れだしているのだ。ピラミダーはそうして溢れた分のみを収束し、ソウルパワーに変換する装置である。決して周囲に死をまき散らすような施設ではないわ!」
「ふーん、何か凄そう……あー、でも、それだとやっぱり魔力とは違うのかな? ほら、アタシは普通に生きてるけど、魔力はほとんど無いし」
「そのマリョクとやらをもう少し詳しく調べてみねば、何とも言えんな。まあ余はファラオではあっても研究者ではないのだから、調べたところで分かるとも限らんが」
「それもそうね……で、結局どうするわけ?」
謎は一つも解けていないが、目の前の問題もまた何一つ解決していない。悪党を詰めた黄金像は、今も大地にニョッキリと突き立っている。
「せめて横倒しできれば、押す……のは無理でも、転がして……いけるかなぁ?」
「ソウルパワー無しでは難しかろう。やむを得ん……ファラオープン!」
ファラオがそう唱えて腕を振るった瞬間、黄金像の下に黒い謎空間が口を開け、黄金像がズブズブとその中に沈んでいく。
「えっ、えっ!? 何それ!?」
「<
「そんな便利なものがあるなら、何で最初から使わないのよ!? 嫌がらせ!? 嫌がらせなの!?」
「いや…………これに生き物を入れたことはないのだ」
「あっ…………」
若干気まずそうに言うファラオに、アイシャは微妙に顔をしかめて声をあげる。
「一応、死んだりはしないはずだ。が、音も光もない空間に閉じ込められると、人の心は簡単に壊れてしまうようでな。まあ運良く町に着くまで気絶してくれていれば、何の問題もないのだが」
「おぉぅ……ま、まあいいんじゃない? 盗賊団に入るために人を殺そうとする奴なんて、そのまま死んじゃっても別にいいし」
「ふむ、そちがそう言うのであれば問題なかろう。ではそろそろ出発するか。アイシャよ、町への案内を頼めるか?」
「まっかせて! さ、行きましょ!」
無表情な仮面の下に、何処か優しい笑顔が浮かんだ気がして、アイシャは張り切ってファラオをマルギッタの町まで案内していった。
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