魂の断罪
「ちょっ、ちょっ、ちょっ!? 何やってるんですかファラオさん!?」
「ぬぅ、頭が重い……」
「そんな仮面被ってたら、重いに決まってるじゃないですか!」
地面に仮面を埋めて呻くファラオに、少女が全力で突っ込みを入れる。一応信じた相手の想像を超える間抜けっぷりに少女が早くも後悔を胸に抱き始めるのと同時に、痩せぎすの男が腹を抱えて笑い声をあげた。
「ひゃっひゃっひゃ! こいつはおもしれーぜ! あれだけ威勢のいいこと言っといて、まさかこんな馬鹿だったとは!」
「何故こんなに重いのだ? まさか……ぬぉ、チャージが切れておる!?」
「あー腹がイテェ……くそ、この変な像にぶっ飛ばされたせいだ!」
「しかも接続圏外……一体ここは何処の辺境なのだ!? やむを得ん、我が魂と接続し、ソウルパワーを緊急充填!」
「思い出したらムカついてきたぜ! そのまま寝てろ、今殺して……はぁ!?」
ビカァァン!
突如としてファラオの体が宙に浮くと、仮面の目の部分から強烈な光が放たれる。だがそれはすぐに収まり、大地に足を着けたファラオが何事も無かったかのように男に声をかけた。
「ふぅ……余を地面に倒すとは、さては貴様名のある戦士か?」
「駄目だコイツ! 早く逃げなきゃ!」
(アンタが自分で倒れただけでしょ!? 何言ってんの!?)
ファラオの言葉に、少女の内心と突っ込みが逆転する。もっともどちらであっても割と酷い内容であったが、この状況では仕方がないだろう。また痩せぎすの男もまた「こいつはただの馬鹿だ」と判断し、もはや何も言わずに手にしたククリ刀を振るうが……
「何っ!?」
「フン、そんな攻撃当たるわけがなかろう」
先程までとは打って変わって、軽やかな動きでファラオがその一撃をかわす。ムキになった男が続けて何度も刃を振るうが、ファラオの体どころか、無駄にでかい黄金の仮面にすらかすりもしない。
「くそっ、何で当たんねーんだよ!?」
「それは貴様が未熟だからだ。ファラオに相対するのであれば、せめてアドビスを倒せるくらいでなければな」
「アドビス? 何ですかそれ?」
「アドビスとは、呼んでもいないのに勝手にやってくる護衛戦士だ。至る所からシュッと顔を出し、ちょっとでも触れると契約完了と言い張って報酬を要求してくる、極めて厄介な存在だな」
「えぇ、何それウザい」
男の攻撃をヒョイヒョイかわしながら説明するファラオに、少女が露骨に嫌そうな顔をする。だがそんな少女に、ファラオは更に言葉を続ける。
「確かに面倒な相手だが、その実力は本物だぞ? 少なくともこの男の一〇〇倍は強い」
「ハァ、ハァ、ハァ……」
そう言うファラオの前では、男がククリ刀を振るう手を止めて荒い息を吐く。その額にはびっしりと汗が浮き、腕がだるそうに垂れ下がる。
「おかしいだろ……何で俺がこんなに疲れるまで斬りかかってるのに……そんなアホみたいな仮面をつけてるお前が……そんな余裕なんだよ…………ハァ、ハァ」
「フフフ、それは勿論、余がファラオだからだ!」
「わけ……わかんねぇよ…………くそっ!」
最後の力でやけくそに振るった一撃も、当然ファラオには届かない。そんな男の様子を見て、ファラオは小さく息を吐いた。
「ふむ、ここまでか……いいだろう、ならばそろそろ決着とするか。我が呼び声に応え、現れよ<
宣言と共にファラオがその手を振り上げると、ファラオの背後に突如として黒い穴のようなものが空き、そこから黄金に輝く手のひらほどの大きさの三角錐が五つ飛び出すと、ファラオの周囲にふわりと展開した。
「うわっ、何それカッコイイ!」
「フハハハハ! そうであろう? これぞファラオの秘法が一つ、<
にわかに色めき立つ少女に、ファラオが上機嫌で腕を振る。だが……
『ソウルパワーが残り僅かです。お近くのピラミダーにて、ソウルパワーを充填してください』
「ぬあっ、またか!? ええい、ならばパワーセーブモードでファラオブレードを起動せよ!」
『オーダー受諾。ファラオブレードを展開します』
ファラオの指示に、今度はファラオンネルが動き出す。宙空にて下に一つ、中央に三つ、少し離れて上に一つの並びをとると、それらが淡い金色の光で結ばれ光の剣となった。
「よーしよし。待たせたな下郎よ! 今度こそファラオの裁きをくれてやろう!」
「ハッ! そんな虚仮威しが通じるかよ!」
ファラオがワチャワチャとやっている間に休んで体力を回復した男が、再び力の籠もった刃を振るう。すると今度はかわすことなく、ファラオが手にした光の剣で男のククリ刀を受け止め……その刃先がスパッと斬り跳ばされる。
「ハァ!? 安物とは言え、鉄だぞ!? それがどうして!?」
「フンッ! オリハルコンやアダマンティアならまだしも、ただの鉄がファラオブレードを受け止められるはずがないであろう! さあ、これで終わりだ!」
「ま、待て! 俺が悪かった! 反省するから、命だけは――」
光の剣を振りかぶるファラオに、男がその場で跪いて情けなく命乞いをする。その哀れな姿に、しかしファラオは容赦なく剣を振り下ろす。
「その心臓を秤に乗せよ! <
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
光の剣が男を両断し、その剣筋から白銀に輝く鳥の羽が吹きだしていく。その現象が収まると、男は白目を剥いてどさっと地面に倒れ伏した。
「し、死んだの? 剣で斬ったのに、血も出てないけど……?」
「いや、どうやら此奴は、ファラオたる余が直接手を下すほどの悪党ではなかったようだ」
「へー。あ、本当だ、生きてる……」
少女が恐る恐る男をつま先で突くと、男の体がビクッと反応した。口から泡まで吹いているので簡単に意識が戻るとは思えないが、それでも生きているのは間違いない。
「え、じゃあコイツ、どうするんですか? まさかここに放置したりは……」
「そんなわけなかろう。余が手を下すほどで無かったとは言え、悪党は悪党。然るべき場所に突き出し、罪は償わせねばならん。そうだな……よし、そうしよう」
僅かに考えたファラオが、気絶した男を自分の寝台……黄金の像の中に無造作に放り込む。そうして開いていた蓋を閉じると、少女に向かって話しかけた。
「これでよし。では娘よ、余の寝台ごとこの賊を運ぶのだ」
「はい……はい!? え、アタシが運ぶの!? こんなでっかくて重そうなのを!?」
「当たり前だ。余はファラオだぞ? こういうものを運ぶのは民の仕事であろうが」
「ファラオだかタラオだか知らないけど、アンタ男でしょ!? アタシみたいなか弱い女の子に力仕事させるわけ!?」
「男か女かなど、ファラオか否かと比べれば些細な問題であろう。というか、まさか不満なのか? ファラオの役に立てるとなれば、誰もが喜んでその身を差し出すであろうに……」
「何で今知り合ったばっかりの相手の役に立つのを喜ぶのよ!? あ、いや、命を助けてもらったのは、そりゃ感謝してるけど…………
あー、でも、そうか。命……命の恩人だし……こいつを置いて行くわけにもいかないんだし…………はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
腕組みをして考え込んだ少女が、最後の最後で地獄のように長いため息を吐く。
「わかった。一応やってみるけど……あんまり期待しないでよ?」
「ふふふ、挑戦することはいいことだぞ。励めよ、娘よ」
「何だかなぁ……」
露骨に嫌そうな表情を浮かべつつ、少女はとりあえず黄金像に手をかけた。
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