黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~

日之浦 拓

目覚めの時

「ハァ、ハァ、ハァ…………」


 森を斬り裂く獣道を、息を切らせて一人の少女が走る。身長一六〇センチほどの体はそれなりに鍛えてあり、身を守る革鎧と腰に差した短刀は戦う者のそれなれど、一六歳の少女に戦士の威圧感は欠片もない。肩口辺りで切られた赤髪を振り乱しながら一心不乱に逃走する様は、まるで追い立てられる野ウサギのようだ。


「待ちやがれ小娘!」


 対して、少女を追う男はどうか? 二〇を少し超えるくらいの年齢だと思われる痩せぎすの男は、こちらも軽装なれど少女よりは幾分マシに見える。少なくともその手に握ったククリ刀と呼ばれる不自然に曲がった刃は、生き物の命を奪うための形をしていた。


「ハァ、ハァ、ハァ…………」


 少女は走る。追いかけてくる男から逃げるために、走って走って走り続ける。


 それを男は追いかける。どれだけちょこまか逃げようとも、一心不乱に追いかけ続ける。


 互いに追いつかず、然れど引き離されもしない。そんな不毛な追いかけっこがおおよそ一〇分ほど続き……終わりは唐突に訪れた。


「あっ!?」


 森の奥に突如として現れた、石造りの遺跡の残骸。足下に転がっていた破片に躓き、少女の動きが止まった。咄嗟に手を突いたので辛うじて怪我をすることはなかったものの、すぐ後ろから目を血走らせた男が姿を現し声をかけてくる。


「はぁ、はぁ……やっと追いついたぜぇ」


「何で……何で追いかけてくるの!? アタシが何をしたって言うのよ!?」


「あーん? 別に何をしたってわけじゃねーよ。ただ弱っちそうな女が目に入ったから、追いかけてきただけさ」


「そんな理不尽な!?」


「はっはっは、世の中ってのは理不尽にできてるんだ。今頃気づいたのか?」


 地面に倒れ込んだまま叫ぶ少女に、男はニヤリと笑って答える。その非情さに少女が表情を歪ませると、男が更に言葉を続けていく。


「あー、でも、完全に無目的ってわけじゃねーぜ? ヤラレヤック盗賊団に入るために、手頃な首が欲しかったんだよ。ちゃんと殺しができるって最初に証明しとかねーと、いつまで経っても下っ端扱いになっちまうからな」


「ひっ!? こ、来ないで!」


 ククリ刀をべろりと舐め上げる男に、少女は悲鳴のような声を漏らしながら腰の短刀を引き抜き、両手で握って正面に構える。だがそれは戦うための構えではなく、刃物に怯えた相手が逃げ出すのを期待する形。故に最初から殺意を漲らせる男には、そんな虚仮威しは通じない。


「おらっ!」


「きゃっ!?」


 男の振るった一撃に、少女の短刀はあっさりと弾き飛ばされた。そのまま男が少女の腕を掴み、地面に押し倒してのし掛かる。


「へっへっへ、殺すのは決まってるが、どうせなら少しくらい楽しんでからの方がいいよなぁ?」


「離して! 汚い! あと息が臭い!」


「あぁ!? 誰の息が臭いってんだよ!」


「あぐっ!?」


 近づく顔の醜悪さと吐き出される息の臭さに思わず本音を漏らしてしまった少女の顔を、男が思いきり殴りつける。頭を揺らす衝撃と口の中に湧き出た血の味に、少女は耐えきれず瞳に涙を溢れさせた。


「うっ、うっ…………」


「ハァァ……そうやって大人しくしてりゃあ、人生の最後に気持ちいい思いをさせてやるよ」


 男の舌が、今度は少女の首筋をべろりと舐め上げる。恐怖に震える口は上手く動かず、故に少女は内心で叫ぶ。


(いやだ、嫌だ! こんなところでこんな奴に嬲られて死ぬなんて、絶対に嫌! 誰でもいいから、何でもいいから、お願い……っ!)


「たす、けて…………っ!」


 絞り出された言葉と共に、少女の目から涙が零れる。それが大地にポタリと落ちたその瞬間……奇跡は起きた。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


「な、何だ!? 地揺れ!? がっ!?」


 激しく鳴り響く音と、体を突き上げるような衝撃。それに慌てた男が力を緩めた隙に、少女が男の股間を蹴り上げてから後ずさる。


「て、てめぇこの……うぼあっ!?」


「へっ!?」


ズボボボボッ!


 内股になって凄む男。その足下から突如として黄金に輝く何かが、ギュルギュルと回転しながら突き出してきた。それをまともに食らった男が数メートルほど宙を舞い、少女はひたすら呆気にとられる。


「がっ、はっ…………」


「なに、これ? 金で出来た像……?」


 少女の方を正面にして止まった何かは、人の形を模した黄金の像であった。その像の中央部分に黒い筋が走ったかと思うと、正面の部分が蓋のようにパカリと開き――


「余、起床!」


「本当になにーっ!?」


 中から出てきたのは、像と同じ仮面を被った謎の人間? であった。


「えっ、えっ!? 人が出てきた!? 何これ、どういうこと!?」


「うーん、体が硬い……些か寝過ぎたか? というか……うむ?」


 金の像から普通に出てきた男が、両手をあげて背筋を伸ばしてからキョロキョロと周囲を見回し始める。身長一八〇センチほど……ただし仮面込み……白地に金の刺繍が施されたヒラヒラした服を纏う謎の男は、軽く首を傾げてから目の前の少女に向かって話しかけた。


「おい、娘。ここは何処だ?」


「……………………はっ!? あ、アタシ!?」


「そち以外に誰もおらんであろうが。それで――」


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 何だってんだチクショーがぁ!」


 と、そこで仮面の男の背後から怒りに満ちた怒鳴り声が聞こえてくる。二人が意識をそちらに向ければ、そこには腹を押さえて内股になった痩せぎすの男が立っていた。


「む、他にも人がいたのか。これは余の認識が甘かったようだ……許せ娘よ」


「あ、はい。別にそれはいいですけど……じゃなくて!」


「何だよ何だよ何なんだよ!? 一体何が……いや、本当に何だこりゃ!?」


 苛立つ男が仮面男の出てきた像に近づくと、途端にその表情を輝かせる。


「まさかこれ、全部金か!? うほっ、マジかよ! こいつを売れば一生遊んで暮らせるじゃねーか!」


「おい貴様、余の寝台に勝手に触れるな」


「あーん? 何だテメェ……本当に何だテメェ?」


「ファラオたる余を知らんのか!?」


「何だそりゃ? ファラオだかフィレオだか知らねーけど……おいおい、そのヘンテコな仮面も金だと!? こりゃ盗賊団なんかに入ってる場合じゃねーな。


 おいヘンテコ仮面! その仮面とこの像を置いて消えろ。そうしたら命だけは助けてやる」


「……ほぅ?」


 痩せぎすの男の言葉に、仮面男の雰囲気が変わる。


「何処かもわからぬ地で、勝手に人を裁くわけにはいかぬと思ったのだが……そちらから向かってくるというのなら話は別だ。そちの不敬、ファラオたる余が直々に誅してくれよう!


 それと、そこの娘!」


「ひゃいっ!?」


 悪党と仮面の二人が争っている隙にこっそり逃げだそうとしていた少女が、仮面男の言葉にビクリと体を震わせる。


「そちにはまだ聞きたいことがある。そこで待っているのだ」


「えぇ? 別にアタシは無いんですけど……」


「…………わかった。質問に答えるならば相応の報酬は出そう。それでどうだ?」


「わかりました! それじゃ待ってますね!」


 お金がもらえるとわかって、少女はあっさりと態度を翻し、その場に座り込んで応援する姿勢をとった。ただしその腰は引けており、仮面男が負けたらすぐに逃げ出すつもりでいる。


「ふふふ、その強かさ、嫌いではないぞ。では改めて……ファラオの力、思い知るがいい!」


「へっ、上等だ!」


「頑張ってください! えーっと……ファラオさん?」


 二人の男が声を掛け合い、少女の微妙な応援の声が響く。それを皮切りにまずは仮面の男、ファラオが一歩前へと踏み出して……


「ぬわぶっ!?」


ズシーン!


「…………えぇー」


 その場で見事にスッ転び、地面に突き刺さった黄金の仮面が、その重さ故に盛大に土埃を舞い挙げた。





――――――――

なお、本作品に登場する人物、団体、歴史等は全てフィクションであり、実在するものとは一切関係ありません。地面から寝台(棺)が出てきた時点でお察しいただければ幸いです(笑)

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