if 夜咲美彩5

ドロドロした恋愛なんてなかった場合。平和な世界。

ただの息抜きです。本編とは関係ありません。

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 どうも世間ではハロウィンで賑わっているらしいが、今日も俺は何気ない日常を過ごす予定だ。だって仮装とかする気ないもん。


 なんか街の方は大変なことになっていると聞く。ならばせっかくの休日だし、今日は家でゆっくり過ごすのが最適と言える。


「蓮兎くん。ど、どうかしら」


 それなのに。どうして自宅に黒猫の仮装をした美人がいるのだろうか。


 いや、その美人は俺の彼女である美彩なのだが。


 彼女が今着ているコスは、どうやら紗季ちゃんに「ハロウィンなのに何もしないんですか!?」と押し付けられたものらしい。後日何かお礼をしないといけないな。


「……お願い、何か言ってちょうだい。恥ずかしいわ」


 潤わせた目でまっすぐ見つめてきながら、彼女はいつもとは違う弱々しい声で訴えてくる。


「ご、ごめん。すごく似合っててさ、見惚れてたんだ。黒猫ってのがいいよな」


 頭には猫耳カチューシャ、そして後ろに尻尾のついたスカートを穿き、極めつけには小さな鈴のついたチョーカーをしている。その姿はまさに黒猫で、彼女の雰囲気にピッタリだった。


「……蓮兎くんが褒めてくれるのなら、着てみてよかったわ」


 そう言って柔和な笑顔を浮かべる美彩。


 彼女は自分に自信を持っているタイプだけど、どうもコスプレの類は恥ずかしさが勝つらしく、いつもみたいに堂々とした様子は見られない。だがそのギャップがまたいい。


「なんていうか、いつも纏っている美人オーラも健在なんだけど、可愛さも強化されてる感じっていうかさ。うん、可愛いよ」

「ふふ。嬉しいわ」


 上機嫌になった美彩はいつもの調子を取り戻してきて、緩んだ表情で俺のそばに近寄る。だけど、その顔にはいたずら心が見え隠れてしている気がした。


「蓮兎くん」

「何?」

「今日はハロウィンね」

「うん、そうだね」

「ハロウィンといえばお決まりのフレーズがあるわよね」

「あー、あるな。たしか——」

「トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうわ」


 俺が先に口にする前に、美彩はその呪文を唱えてしまった。


「……まいったな」


 先日、我が家にやってきた紗季ちゃんによって我が家のお菓子は現在枯渇状態なのだ。


 つまり、その二択は実質一択なわけで。


「今ちょうどお菓子を切らしてて」


 楽しそうに笑っている目の前の少女に事実を告げると、彼女はチリンと首元の鈴を鳴らした。


「それなら、いたずらしなくちゃ」


 彼女の吐息が首元にかかる。唇が触れてしまいそうなくらいに近づけられているからだ。


「っ」


 生温かい感触が首筋に走る。体全身がビクッと反応してしまうが、そんなことお構いなしに彼女は続ける。


 ゆっくり。たまに素早く。何度も何度も、同じところを撫でられる。


「知ってるかしら、蓮兎くん」


 彼女は先ほどから小さく開いている口を動かす。


「猫ってこうして仲間同士で毛繕いをしているのよ。今の私にピッタリでしょ?」

「確かにそうかもだけど、そこに毛は……」

「あら。たしかにあるわよ。小さくて細いけれど、蓮兎くんの首を守ってくれている子たちが。ほら……」


 感じて。そう言うかのように、彼女は言葉を途切らせてアレを再開する。


 初めはくすぐったいだけだったけど。次第にその温もりが気持ちよく、また柔らかいその感触を楽しむようになってきた。


「蓮兎くん……」


 彼女はこの行為をグルーミングだと言っていた。だけど、それはまるで甘えてきているようにも思えた。


 可愛い。だから、ちょっとだけいじめたくなってしまった。


「美彩」


 彼女の名前を呼ぶ。すると彼女は行為をやめ、顔を俺の首元から離して向き合う形を取った。


「どうしたの?」


 疑問を口にする彼女の唇は先ほどより潤んでいる。


 俺は少し笑いながら、例の呪文を唱える。


「トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃいたずらするぞ」


 すると美彩は少し間を置いたあと、ハッと気づいて慌てた様子を見せる。


「れ、蓮兎くん? 同じ環境下なのだから、私もお菓子を持っていないって知ってるでしょ?」

「お菓子ないの?」

「え、えぇ」

「じゃあ、いたずらしなきゃな」

「あ……」


 今度は俺が彼女の首元に顔を近づけ、そしてグルーミングを始めた。


「んっ——!」


 初めはゆっくり動かし、次第にその動きを早める。耳には彼女の甘い声が。


 一生懸命、最愛の彼女の毛繕いを行った俺は、顔を彼女から離して顔を向き合わせる。


「美彩?」


 美彩に声をかける。


「蓮兎くん」


 すると、美彩はとろんとした目を揺らし、俺を見つめながら言う。


「もっとトリック、して」


 俺たちのハロウィンにお菓子はなかったけど、甘ったるい声は俺の部屋に響いていた。





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ハッピーハロウィン

全然更新できてなくて申し訳ありません。

久しぶりの更新がSSですみません。

なんかエッチな内容でごめんなさい。


2023/12/01にスニーカー文庫様から『好きな子の親友に密かに迫られている』というタイトルで本作の書籍版が発売されます。

たくさん書き下ろしたのでWeb版をお読みになられた方も楽しめるかと思います。

また、素敵なイラストがついているのでそれだけでも読む価値ありかもです。

お手に取っていただけると幸いです。


急に宣伝なんかして恐縮です。

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