if 夜咲美彩4

ドロドロした恋愛なんてなかった場合。平和な世界。

ただの息抜きです。本編とは関係ありません。

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 慣れ親しんでいるが懐かしさを覚える駅に降り立つ。


 ここは俺が生まれ育った町の駅。つまりは実家の最寄り駅だ。


 今日は大学も休みで家でゆっくりしようかなと考えていたところ、母さんから連絡があった。美彩に会いたいから一緒に実家に帰って来いという内容だった。


 そこは息子に会いたいとかじゃないんだと僅かな寂しさを覚えながら、こうして貴重な休日を潰して、美彩と一緒に実家へとやって来ていた。


「れ、蓮兎くん。この格好おかしくないかしら」

「大丈夫、似合ってるよ。今日も可愛い。最高に」

「もう。いつもそんな調子だから参考にならないわ」

「いつも完璧ってわけだな。なんせ美彩だし」

「……ふふ。そうね。蓮兎くんの彼女として、自信を持っていくわ」

「俺の彼女として……? 急に不安になってきた」

「あら。私は自分の彼氏を世界で一番素敵な男性だと思っているのだけれど」

「なあ美彩。もうちょっとそこら辺散歩してから行かない? 懐かしい風景が広がっててさぁ」

「ふふ。構わないけれど、その間に顔の赤みは引くかしらね。もしかしたらもっと赤みを増しちゃうかも」

「……美彩さーん」


 俺を散々からかっていたずらな笑みを浮かべる美彩はいつも通りの調子を取り戻していた。


 まあ美彩の緊張がほぐれたのであれば、俺も多少の辱めを受け入れよう。


 時間を空けても意味がないと言われてしまったので、深呼吸を一つだけして平常心を取り戻し、実家のドアを開ける。


「ただいまー」

「おじゃまします」


 家の中に入ると、待ってましたと言わんばかりにものすごいスピードで母さんが出てきた。


「美彩ちゃん、いらっしゃい!」

「お母様。この度はお家にお招きいただきありがとうございます」

「もー、固いことは言いっこなしよ。なんなら、おかえりなさいって言ってもよかったのよ?」

「そ、そんな。……よろしい、のでしょうか?」

「いいに決まってるでしょ。おかえり、美彩ちゃん」

「……ただいま、帰りました。お母様」

「あぁ〜もう最高よ。今日は最高の休日になりそうだわ」

「おーい。まず先におかえりって言うべき相手がいるんじゃないっすか」

「あ、蓮兎もおかえり。早く上がりなさい」

「お母様ひどい」

「うげ。あんたにそんな呼ばれ方したくないわ。ささ、美彩ちゃんも上がっちゃって。そこのスリッパ使っていいからね」


 そう言って母さんはリビングへと消えていった。


 あまりに扱いの差がひどすぎるだろと思っていると、隣の美彩がくすっと笑った。


「お母様、テンションがとても高いわね」

「美彩が来てくれて浮かれてんだろ」

「そうかもしれないけれど。本当は別のことで有頂天になっているのではないかしら」

「別のこと?」

「蓮兎くん。ご実家に帰ってきたのは久しぶりよね」

「ん、まあ。特に用事ないし。この前の年末年始に帰ったくらいかな」

「その時、蓮兎くんアパートに帰るの予定より遅くなったわよね」

「……実家が楽すぎて怠けちゃったんだよ」

「ふふ。ほんと、似たもの母子おやこだわ」


 俺と母さんが似ているだって? なんて不名誉な。訴訟ものだけど美彩に口論で勝てる気はしないので、ここは取り下げてやる。


 リビングのソファに美彩と並んで座り、別のソファに座る母さんと談話する。


「それで、どうなの? 半同棲生活は」


 あまりにも直球な質問に、美彩は赤くなった顔を伏せてしまう。


 美彩はまだ実家住みなのだが、大学が近いという理由で週の半分以上を俺の住むアパートの一室で夜を過ごしている。そのため、母さんは俺たちの生活を半同棲と形容したのだ。


「正直すげえ助かってるよ。美彩がご飯作ってくれるし部屋も綺麗に保ってくれるし、至れり尽くせりでさ」

「はあ? じゃああんたは何やってるのよ」

「皿洗いに風呂掃除、あとトイレ掃除をやってます」

「掃除ばっかねあんた。はぁ。美彩ちゃん、どうか蓮兎のこと見限ってあげないでね。何か不満があったら私に言って。こいつの生活能力がボロボロなのは私の責任でもあるから。言ってくれたら鍛えるわ」

「……いいえ、大丈夫ですよ、お母様。私が蓮兎くんを見限ることなんてありません。たしかに蓮兎くんはまともにできる家事は少ないですが、今は私のしているとこを見て倣って、できることを増やしています。これ、見てください。私が隣で教えながら蓮兎くんが作ったご飯です」


 美彩は携帯を操作し、とある日の晩御飯を写した写真を母さんに見せる。


「……へぇ、美味しそうじゃない。ふーん、あんた、頑張ってるのね」

「まあ少しは。美彩には遠く及ばないけどさ、このままだと負担かけてばっかで情けないなって」

「やるじゃん。まあ、美彩ちゃんに捨てられないよう、ちゃんと続けなさいよ」

「うっせ」


 そんな俺たちの小競り合いを見てふふっと笑った美彩は、「でも」と呟き、言葉を続ける。


「私、本当は蓮兎くんがそばにいてくれるだけで幸せなんです。それに、蓮兎くんに何かをしてあげるのが本当に好きで。蓮兎くん、私の作った料理を美味しい美味しいって言って食べてくれますし、ちょっと部屋を綺麗にしたらすぐに気づいてくれますし、毎日感謝の言葉を伝えてくれるんです。ですから、蓮兎くんとの生活は、その、一生離したくありません」


 美彩から放たれた突然の最高のデレに、俺と母さんは呆然とする。


「蓮兎……あんた、愛されてるわねぇ」

「やばい……めっちゃ顔がニヤける。母さんの前でこんな醜態晒したくないのに」

「もう遅いわよ。うっわぁ、溶けちゃってるじゃない、あんたの顔」

「うっせ。母さんだってさっきから口角上がってんぞ」

「だって美彩ちゃんが可愛すぎるし〜? 私は一つも恥ずかしくないわよ〜」


 めっちゃ煽ってくるなこの母親。だけどこの場で素直な感情を出せるのが羨ましい。


 さて。親の前で彼女から惚気を聞かされた俺がこんなにも恥ずかしい思いをしているわけで。


 彼氏の親の前で最大に惚気てしまった彼女が平然としていられるわけなく。


「あ、あの、その、今のは言い過ぎたといいますか、いえ、本音ではあるのですが、その……きゅう」


 耳まで真っ赤にした顔をふらつかせ、完全にショートしてしまった。こんなポンコツになってしまった美彩を見るのは本当に久しい。


「あー、美彩ちゃん本当に可愛いわ。でも蓮兎を甘やかしたらダメよ。今後ももっとしごいてやってね」

「は、はい。さっきはああ言いましたが、蓮兎くんのできることが増えることはとても喜ばしいことですので、引き続き学んでいただこうと思っています。……将来、私が身重になったときには助けていただきたいので」

「あら。あらあらあらあらあら」

「お、おーい、美彩。また自爆してるぞ」

「……ぁっ。……ぅ」


 頭から煙が出てしまいそうなくらい赤面した美彩は、完全に動きが止まってしまった。


 肩に手を回し抱き寄せると、美彩は俺の首元に顔を擦り付けて甘えてくる。こうしていたら回復するだろう。


「ふ〜ん。二人きりの時はそんな感じなんだぁ〜」

「お願いです見ないでください」

「はいはい、わかったわよ。私がずっと見てたら美彩ちゃんも戻ってきなさそうだしね。コーヒーのおかわり淹れてくるわ」


 立ち上がる母さんは最後まで顔をニヤつかせていた。




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美彩は蓮兎と付き合っていくうちにだんだんと弱ったところを見せてきそうだなあと思いました。昔の彼女は他人に自分の弱点を曝け出したくなかったのに。

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