if 夜咲美彩3
高校時代にドロドロした恋愛なんてなかった場合。
ただの息抜きです。本編とは関係ありません。
蓮見は黒髪ボブで片目が隠れてます。
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少し肌寒くなってきた今日この頃。
相も変わらず最愛の彼女を迎えに行くべく、とある駅に降り立った。
もはやこの駅は俺のホームになりつつある。俺の来訪を歓迎してくれているだろうか。
「あっ……瀬古さん!」
まあ明らかに俺のことを歓迎してくれている人は一名いるんだけど。
「よっ、蓮見」
「こんにちは。えへ、今日も瀬古さんのことを待っちゃってました」
「暇なの?」
「むっ。やっぱり瀬古さんはいじわるさんですねっ」
拗ねた表情を浮かべる蓮見。彼女の表情は前から豊かな方ではあったが、最近はその顔を伏せることなく見せてくれるようになった。
彼女の言う通り、俺はいじわるだ。だって彼女の意図を知った上であんなことを聞いているのだから。
今年の春頃。俺は蓮見と偶然出会い、彼女のギターを運んであげる関係となったのだが、その二日目にしてその現場を美彩に目撃され、プチ修羅場が発生した。
そんなこともあり、俺たちは今後会うこともないと思っていたのだが。次の日、また蓮見はこの駅で俺のことを待っていた。呼び方を「蓮兎さん」から「瀬古さん」に変えて。
「大学まで一緒に歩くだけです。浮気じゃありませんよね?」
困惑した様子を見せる俺に、彼女はいたずらな笑みを浮かべてそう言った。
その日はとりあえず一緒に大学まで行き、蓮見と解散後に合流した美彩にしっかりと報告をしたところ、
「そう。それだけなら私も特に言うことはないわ」
という判決内容を言い下された。
ただ美彩も全く気にしていない、という感じではなかった。以前やりすぎたところがあったと思っているのだろう。もしくはあの時の自分を思い返して恥ずかしくなったのか。
そんなわけで、こうして蓮見と一緒に大学まで歩くこの関係は彼女公認なわけだけど、ある程度の距離感は保つ必要があると思っている。
あの日から彼女のギターを俺が持つことはない。初めはふらつきながら歩いていた蓮見も、今はしっかりとまっすぐ歩いている。
サークルのメンバーとも打ち解けることができたみたいで、サークル活動が本当に楽しいという話を聞いて俺も嬉しくなった。
「じ、実は、今度の学祭のステージで演奏を披露するんです」
「おぉ。ついに晴れ舞台だな」
「はいっ。……ここまでやってこれたのも、瀬古さんのおかげです」
「俺はなにもしてないよ。音楽よく分からないし」
「い、いえっ。そういうわけじゃなくてですね、その……サークルの人たちとバンドを結成して、一緒に練習できるようになったのも、瀬古さんのアドバイスのおかげなんです。瀬古さんが失敗を恐れずに話しかけてみろって、そう言ってくれたから」
そういえばそんなことも言った気がする。
あれはほとんど受け売りの言葉なので、こうして褒められると少しばかり恥ずかしい。
「実際に行動したのは蓮見だから。蓮見ががんばったおかげだよ」
「……いじわるさんですね」
「え?」
「なんでもありませんっ」
ふんっとそっぽを向いてしまう蓮見。だけどすぐに顔をこちらに向き直し、にへっとした笑顔を見せてくる。
少しずつ自信を持ち始めた蓮見の今まで隠れていた魅力はどんどん日の目を当たるところで。サークルのメンバーが彼女を放っておかないのではと考えたりする。
いや。もしかしたら今度の学祭のステージで、彼女の人気度は爆発的なものに変わるかも。それも広範囲に。
それは……とても喜ばしいことだな。
「瀬古さん。私のライブ、みにきてくれますか?」
「あぁ。最後列で腕組みをして見届けるよ」
「ぷふっ! 最古参の振る舞いじゃないですか〜」
「実際そうだろ」
「たしかにそうですね。瀬古さんは初めからずっとわたしのことを見てくれて、話も聞いてくれて、応援してくれて……」
おっと。もう赤門まで到着したみたいだ。彼女と話をしていると時間感覚が短くなる。
「瀬古さん。絶対にきてくださいね」
「あぁ、約束するよ。がんばって」
「はいっ。それでは。……また応援してもらっちゃった」
キャンパスの中に消えていく蓮見の後ろ姿を見届けていると、入れ替わりで美彩がやってきた。
彼女は少し不機嫌そうな表情で俺のそばに寄ってくる。
そして、俺たちは指を絡ませる。
「おつかれ」
「瀬古くんも、お疲れ様。帰りましょうか」
「あぁ。……なあ美彩。蓮見のことだけど」
「ただの友人でしょ? 私は気にしていないわ。だからこの道を彼女と一緒に歩いて大学まで来るのは構わないわ」
「本当に?」
「えぇ。……けれど、この道をあなたと歩いて、あなたの家に向かうのは私だけよ」
そう言って、彼女は手の力を強める。
彼女の横顔を横目で見ると、少し赤らんでいた。
隣にいる彼女がなんとも愛おしくて。俺も、手の力を少しだけ強めるのだった。
* * * * *
学祭当日。
今日は家から美彩と一緒に大学へ向かう。
美彩にとっては通い慣れたルートだろうけど、電車内でも歩道でも、彼女は嬉しそうだった。だけどその理由は話さないし、聞き出さない。
おそらく、俺と一緒に自分の大学へ通う道を歩いていることに喜びを感じているのだろう。
だけどそれを俺に言うことは、彼女にそのつもりはなくても、彼女の大学に落ちた俺を非難することになってしまう可能性がある。
まあ、全て推測だけど。俺は墓穴を掘りたくないので触れたりはしない。
あっという間に大学に到着した。構内はテントが立ち並び、普段の厳かな雰囲気とは違い、賑やかなものとなっている。
入り口で学生らしきスタッフからパンフレットを一枚もらい、二人でそれを確認する。
「色んな出し物があるみたいね」
「美彩は何か情報持ってないの?」
「ないわ。学祭の準備に関わることがなかったもの。蓮兎くんもそうでしょう?」
「うーん、まあたしかに。自分のとこの学祭が何するか把握してないや」
「大学は高校までと違って参加も自由だから、こういうことも起こりうるのね。……今度は蓮兎くんの大学の学祭も行ってみたいわ」
「目ぼしい出し物あるかなあ」
「何があっても構わないわ。蓮兎くんが通っているところがどこなのか、普段蓮兎くんはそこでどのような暮らしを過ごしているのか。そういうのを見に行きたいの」
「美彩……」
俺の彼女が可愛すぎてつらい。クールぶっているのにデレたあと顔を赤らめているのも反則だ。
この場で彼女の体を抱きしめたい気持ちを我慢して、会話を続ける。
「なら……俺も美彩が普段使ってる施設とか見て行きたいな」
「蓮兎くん……」
ぴたっと、俺と彼女の間が埋まり、体が触れ合った。
美彩が俺の腕に抱きついてきたのだ。
なんだ、我慢する必要なんてなかったんじゃん。
こうして、キャンパス内をバカップルが練り歩いているところを各所で目撃されることになった。
そんなこんなで、時間になったので俺たちはライブ会場に向かった。どうやら屋外ステージを作ったらしく、運動場で行うらしい。
「思っていたより規模がでかいなあ」
「お客さんも多いわね」
祭りといえば美味しいものを食べるとか射的などのゲームをプレイするとか、そういった楽しみ方もあるだろうけど、やっぱりその根底には盛り上がりたいという気持ちがあり、それを実現させる可能性が一番高いのはライブなのかもしれない。
軽音サークルのメンバーの知り合いもいるだろうけど、全く知らない学内の人もいれば、学外の人でふらっと立ち寄った人もいるだろう。
だけど、みな揃って、このライブに期待をしている。自分のテンションをぶち上げてくれる催しを。
蓮見は大丈夫だろうか。緊張、はするよな。あがってしまわないだろうか。怖くて逃げ出さないだろうか。
色んな不安が頭を過ぎる中、その時はきた。
「いえーーーーーーーーい!」
真っ赤なド派手ヘアーの女性がマイクを通して叫びながら現れた。
それに続いて現れた楽器隊の中に、蓮見がいた。
「ちょっと楽器の準備するから待ってねー。ってかお客さん多すぎー。やばやばのやばだねー」
どうやら彼女がボーカルらしく、楽器のセッティング時間をMCで繋いでいるらしい。
しかし、蓮見の在籍しているバンドのボーカルはあんなキャラだったんだ。真逆の性格だろうに、よく打ち解けたものだと感心する。
準備を終えた蓮見は一息ついて、また一つ深呼吸をした。やっぱり緊張しているのだろう。
それから客席の方をきょろきょろと見渡し始めた。動きが忙しなく、大丈夫なのかと不安が募っていく。
しかし、彼女の動きがピタッと止まった。俺と目が合った瞬間に、彼女の強張った表情が緩む。
「オッケー! 準備できたところで、一曲目いくよー!」
ボーカルの合図とともに、どこかで聞いたことあるような有名なJ-POPの曲が流れ始めた。いや、彼女らが、蓮見たちが演奏しているんだ。
隣にいる美彩も知っている曲らしく、リズムに合わせて体を揺らしながら手を叩いている。
そのまま順調に曲は進み、一曲目が終了した。客席から拍手が舞い上がる。
「よーし、掴みはバッチリだね! いやー、先輩から先頭バッターなんだからキャッチーな曲にしろって言われちゃってさー。一曲目はみんなが知っているような曲を選んだんだよねー」
またボーカルのMCが入り、客席から笑い声が漏れる。
「でも……二曲目からは自由にしていいって言われたから。ここからが本番! はすみん!」
その名前を呼ばれてドキッとした。
そちらをバッと振り向くと、また、目が合った。
彼女の緩んだ表情は、突然、真面目なものと変わり——ソロでギターをかき鳴らし始めた。
まるでギターが叫んでいるかのようなその演奏に、俺たちは息を呑む。
間延びした最後のギター音が鳴り止んだところで、ボーカルが拳を突き上げて叫ぶ。
「アタシたちがやりたいのは、ロックだーーーーーーー!!!」
そして始まった二曲目は、先ほどの一曲目とは打って変わって、激しく、俺たちに訴えかけてくるようなものだった。
前方の観客のテンションはぶち上がり、ボーカルと同じく拳を突き上げて飛び跳ねたりしている。
そんな中。俺と美彩は、そのライブを呆然と見ていた。
「すごい……」
隣からこぼれ出たような声が聞こえた。
俺はそれに心の中で同意する。
完全に会場は彼女らの熱気に包まれており、彼女らは完璧なトップバッターだった。
* * * * *
結局、蓮見の出るバンド以外も全て見てしまった。
蓮見たちが作り出したあの空間に完全に捕まってしまったのだ。
ライブってすごい。今度、美彩と一緒に有名なバンドのライブにでも行ってみようかな。あとで提案してみよう。
どうしてあとかというと、美彩は今隣にいないからだ。
ライブ終了後、美彩が突然「ミスコンに出る」と言い始めたのだ。
「あんなの見せられて……私だって負けるわけにはいかないから」
と理由を述べられたが、よくわからなかった。
コンテストに滑り込みの参加なんてできるのかと思ったが、運営側から是非と言われて参加できてしまった。
コンテストまでまだ時間はあり、参加者は準備中とのこと。
というわけで、俺は賑やかな学祭で一人になってしまった。
せっかくだし、蓮見のところにでも行ってみるか。おつかれって言いたいし、感動をありがとうと伝えたい。
サークル棟に向かい、その場にいた人に聞いて軽音サークルの部室を目指す。
「ここか」
ご丁寧に「軽音」と書かれたネームプレートが貼られたドアの前に立ち、そのドアをノックする。
「は、はいっ」
中から聞き慣れた声が聞こえてきて安心する。
そしてドアが開かれ、中から蓮見が出てきた。
「せ、瀬古さん!?」
彼女は俺の顔を見てビックリするも、すぐにその表情は緩みきったものに変わった。
「おつかれ、蓮見。ライブ最高だったぞ」
「あ、ありがとうございます。瀬古さんが応援してくれたおかげで、わたし、がんばれましたっ」
「いやいや。俺の応援だけじゃあんなかっこいい演奏できないよ」
照れ照れとした様子を見せる蓮見の後ろを覗くと、空っぽの部室が見えた。
「あれ、他のサークルの人はいないの?」
「あ、はい。ミスコンを良い席で見るんだって、ライブが終わってすぐに飛び出して行きました」
「あぁ、なるほどね」
ミスコンって注目度が高いんだな。俺も美彩を見るために早めに席を確保するべきだったか。
「あの……瀬古さん。少し、部室に入ってくれませんか」
「え? いいの?」
「はい。……いまは他に誰もいませんから」
蓮見の視線が俺の隣を見た気がした。
「そうだな。せっかくだし、もう少し話すか」
部室にお邪魔すると、中には楽器や機材があちらこちらに置かれていた。なんとも軽音サークルっぽい。
「あ、あはは。散らかってますよね」
「本番前で忙しかっただろうし仕方ないさ」
「……入ってからずっとこうなんです」
俺のフォローが虚しい結果に終わったところで、蓮見が俺との距離を縮めてきた。
「瀬古さん。わたし、かっこよかったですか?」
「え? うん。めっちゃかっこよかったよ」
「わたし、変われたでしょうか」
「あぁ。蛹から蝶になったレベルに変わったよ」
「わたし、実はロックが好きなんですけど、似合うでしょうか」
「正直ビックリしたけど、似合わないなんて微塵も思わなかったよ。ただただ圧巻だった。本当にすごい演奏だったよ」
「……なら、頭を撫でてくれませんか」
「……へ?」
自分の口から間抜けな声が出てしまう。だけどそれも仕方のないことだった。
蓮見の発言は、それぐらい突飛なものだったから。
「大丈夫です。瀬古さんはわたしを褒めてくれているだけです。なでなでも、変わりません。浮気にはなりませんよ」
「うーん」
「それに、ロックでは普通ですよ?」
「いやロックの常識とかわかんないし」
「それなら……わたしが、瀬古さんにロックを教えてあげます。ここは軽音サークルですから」
俺がバカだから理解できていないわけではない限り、彼女の言う理由はめちゃくちゃだ。
だけど。俺の目を捉える彼女の瞳は、それをしないと逃してくれなさそうだった。
……ごめん。
「あっ……瀬古さん……」
蓮見の柔らかい髪に触れ、優しく撫でてやる。すると髪がさらさらと動き、いつも隠れている瞳が現れる。
その瞳と目が合った瞬間、俺は、底知れない何かにハマったような感覚に陥った。
「大丈夫ですよ、瀬古さん。これは友人同士のスキンシップです。瀬古さんはわたしを応援してくれているだけです」
彼女の囁く声が、やけにクリアに耳に届く。
「わたし、瀬古さんから離れたくありません。だから……これからも、よき友人として、仲良くさせてくださいね」
* * * * *
学祭からの帰り道。
俺は落ち込んだ様子の美彩を必死に慰めていた。
「優勝できなかったわ……」
「飛び入り参加だったから仕方ないって。他の参加者は前からSNSとかでPRしてたんだから」
美彩は飛び入り参加にも関わらず、ミスコン二位という結果に終わった。
女性票を多く獲得することができたため上位に入り込んだわけだが、どうやら男性陣から評判が悪かったらしい。
その理由は明白。俺と一緒に学祭を歩いているところを多くの人が目撃していたからだ。
彼氏のいる女性に票は入れたくない。そんな、男性陣の悲しき性が起こした結果である。
「……蓮兎くん。慰めてくれるなら、もっと良い方法があるわよ」
美彩はそう言って顔を伏せ、頭を突き出してきた。
ここは住宅街のど真ん中。周囲に人がちらほらいるけど、そんなこと、彼女にとっては瑣末なことだった。それが今も昔も変わらない。
彼女の細く綺麗な髪に触れ、優しく頭を撫でる。
すると美彩は俺に抱きついてきて、首あたりに鼻を押し付けてくる。
もっと撫でて。そう言っているみたいだ。
彼女は口にはしないけど、行動でしてほしいことを示してくれる。実は結構な甘えん坊だ。
「……蓮兎くんは——」
「俺は美彩が一番だと思う」
「……まだ質問は終わっていないのだけれど」
「でも、そう聞こうと思ってたんだろ」
「……えぇ、そうよ」
ぐりぐりと胸に顔を押し付けてきたあと、美彩は離れ、俺と顔を向き合わせる。そして、目を瞑った。
何をして欲しいのか、こんなにわかりやすいものはない。
彼女の唇に自分の唇を合わせる。すると、ふっと彼女の熱い吐息が漏れた。
唇を離し、互いに見つめ合う。彼女の瞳は暗闇の中でも綺麗に輝き、揺れている。
「瀬古くんの一番は私。こんなことできるのも、私だけなんだから」
「……あぁ。もちろんだよ」
美彩は最愛の恋人。だから世の男性がどれだけ望んでもできないことも、俺はできてしまう。
恋人にだからできること。恋人ではないからできないこと。してはいけないこと。
恋人との間でできること。友人との間でできること。その境目。
とても曖昧で、とても危ないラインを。俺は今後、見定める必要がある。
かつて内気だったロッカーのせいで。
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なんか始まっちゃってますが、始まりません。
ifはイチャラブの話を書くつもりだったので...
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