if 日向晴2

ドロドロした恋愛なんてなかった場合。平和な世界。

ただの息抜きです。本編とは関係ありません。

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 とある居酒屋の客席で、晴の誕生日を祝う会が開かれていた。


「それでは、晴るん! 誕生日おめでとー! かんぱーい!」

「生誕。おめ」


 三人は手に持ったグラスを掲げ、音頭に合わせてそれをぶつけ合う。 


「ありがとー、二人とも」


 グラスの中身を一口飲んだあと、晴は大学の友人である二人にお礼を言う。


「まあ正確には今日じゃないんだけどねー。誰かさんがー、誕生日は彼氏と祝いたいって言うからさー?」

「私たち。敗北」

「だ、だって、特別な日はレンと一緒にいたいんだもん……」

「はぁ、激かわ」

「鼻血。ぶしゃ」


 二人の反応が自分を揶揄ってるものだと考えた晴は「もー」っと頬を膨らませたあと飲み物を口にする。


「まあまあ。そんで、どうよ。やっと飲めるようになったお酒は」

「美味しいよ。カシオレっていうんだっけ、これ」

「味じゃなくてさ、アルコールきついとかさ」

「うーん。大丈夫かな?」

「まぁカシオレならそんなに強くないし大丈夫か」

「油断。大敵」

「えー? こんなんで酔ったら激弱でしょー」


 ケラケラと笑う友人を眺めながら、晴はパクパクと食事を進める。


「どうせ晴るん、初めてのお酒は彼氏さんと飲んだんしょー?」

「うん。当日に飲んだんだぁ。二日酔いとかしなかったよ。でも今日二人と居酒屋に行くって言ったら、店はどこなんだーとか、お酒は飲むのかーとかたくさん訊かれたなぁ」

「なにそれー。もしかして束縛激し目?」

「拘束。ギチギチ」

「ううん。レンはそんなことしないよ。……むしろあたしがしちゃってるかなあ。レンね、無意識に女の子の懐に入り込んじゃうの。そんなことされたら女の子はレンのこと夢中になるってわかってないの。だからあたしがキツく言わないといけないの。でもね、それがレンのいいところでもあってね、あたしのときもね——」


 ペラが止まらない晴に、二人は苦笑を浮かべる。


「あちゃー、晴るんの惚気が始まっちゃったよ」

「特別。許す」

「んー、そうだね。晴るんの誕生日を祝う席だし。……それにしても、今日は一段とすごくない?」

「喋り上戸。ペラペラ」

「え? もしかして晴るん、もう酔ってるわけ? ……はー、なるほどね。彼氏さんが心配していた理由はこれだったかー」


 晴の彼氏の束縛激し目だという疑惑が晴れたところで、友人らは切り出す。


「ねえねえ、晴るん。前からきいてみたかったんだけど、馴れ初めってやつ教えてよ」

「興味。ありあり」

「馴れ初めー? えへへー、えっとねー? あたし、高校受験のときに消しゴムを忘れちゃったんだけど、その時レンが自分の消しゴムを貸してくれたんだー」

「案外。普通」

「流石にそこまでドラマチックではないかー」

「その時はお礼も言えなくてさー。入学して同じクラスになったレンと時間をかけて仲良くなって、夏頃にやっとお礼を言えたの」

「ん……なんかちょっといいね」

「詳細。希望」

「でね、えへへ。その時の消しゴム、まだ持ってるんだぁ。あたしのお守り」

「っ……これは……」

「映画化。希望」

 

 アルコールが回ったせいで赤くなった顔を蕩けさせながら鞄から迷うことなく取り出した消しゴムを見て、二人は自身の顔を覆った。


「青春……見せられちゃったね……」

「直視不可。キラキラ」

「そういえば、どうして彼氏さんは晴を助けたの?」

「それがねー、えへへ。レンね、試験会場であたしに一目惚れしたんだって!」

「うわ、意外と下心あったのね。てか両想いじゃん。てことは、お礼を言えた夏頃から付き合い始めたわけ?」

「……ううん。あたしたちが付き合い始めたのは二年生になってからだよ」

「え?」

「あたし、レンに好きになってもらえるなんて自信なかったから。お礼を言うのが遅くなったのも、レンはあたしのことなんて覚えてないだろうなって思ったから。そのことを明らかにしたくなくて逃げていただけだから。……自分の気持ちを伝えるなんて、できなかったよ」

「乙女心。仕方ない」

「……そっかぁ。でも付き合えてるってことは、彼氏さんから告ってきたわけ?」

「ううん。あたしからだよ」

「え!? 晴るんから!?」

「驚愕。予測不可」


 晴はしみじみとした表情を浮かべなから話す。


「色々あったんだけど、一つ下の後輩の女の子に背中を押してもらったんだぁ」

「……もしかして、アタシたちが想像しているよりすごい青春を過ごしてたのかな、晴るんって」

「予想外。わくわく」

「えへへー。馴れ初めエピソードはこれでおしまい」

「えー。告白したときの話とか聞かせてよー」

「やだ。それはあたしとレンだけの思い出だもん」

「秘密の思い出。眩しい」


 今まで散々惚気話を聞かされていた二人だったが、馴れ初めを聞いたことでこのカップルへの興味が一層湧いてきていた。


「ねー、晴るん。今度彼氏さんとお話させてよー」

「別視点。希望」


 酔っている今なら承諾されると思った二人だったが、晴は表情をむっとさせ、


「やだ」


と強い口調で断った。


「えー。お願いだよ晴るん」

「彼氏視点。渇望」

「やだ!」

「もー。どうしてだめなのさ」

「……だって、レンが二人のこと好きになるかもしれないから」

「……へ?」

「笑止。ありえない」

「ありえないことないもん。……リサは金髪がキレイでおしゃれでしょ。性格も明るくて優しいし」

「か、彼氏さんは晴るんに一目惚れしたんしょー? アタシみたいなギャルのことは好きにならないってー」

「そんなのわかんないもん。……マユはちょっと不思議なところがあって、それが魅力的。だけど危うさもあって……そういう人、レンは構っちゃうから」

「少々。テレテレ」

「なに照れてんのさ! ……もう。話を聞いてる感じ、彼氏さんも晴るんのことベタ惚れしてるからさ、大丈夫だよ」

「……でも、こわいよ。自信が持てないの。あたしより魅力的な人はたくさんいるから。レンがいつか、他の人を好きになっちゃわないかって」


 酔いのせいか、普段抱えている不安が口から溢れでていく。


「……あれ? レン、どこ? なんでそばにいないの? レン……レン……」


 そして。顔を伏せて泣き始めたかと思いきや、完全に酔いが回ったらしく、晴は机に突っ伏して寝息を立て始めた。


「あらら。寝ちゃった」

「泥酔。すやすや」

「んー、まあ今日はこのへんが潮時かな。……しかし、どうしようか、この恋愛感情激重ちゃんは」

「晴の携帯。連絡」

「やっぱりそれが一番いいかー。晴るん、ちょっと携帯貸してくれるかなー?」

「んぅ……いいよぉ……」

「はあ、不用心な子だなあ。これはアタシたちが守らないとダメだねー」

「騎士志願。シュバシュバ」


 晴の携帯を操作し、レンという名前の相手にメッセージを送りつける。するとすぐに返事が返ってきた。


「迎えにきてー」

『場所は〇〇でいいですか?』


 その返信内容に二人は首を傾げる。


「なんで敬語?」

「理解不能。解説求む」

「できそうなのは寝ちゃってるからなあ。とりあえず『合ってるよ』って返事しとくね」


 返事をして数分後、彼女らのいる居酒屋に一人の男性がやってきた。


「すみません、晴を迎えに来ました」

「あ、彼氏さんきた。てかはやっ」

「瞬速。迅雷」


 驚愕する二人に、男性——蓮兎は苦笑を浮かべる。


「近くにいたもんで」

「もしかしてずっと?」

「……まあ」

「ひえ〜。ところでさ、どうしてさっきのメッセ敬語だったの? アタシが送っちゃってたわけだけど、いつもあんな感じなの?」

「いや、これは晴じゃないなって。感覚だけどわかったというか」

「彼氏も。激重」

「あはは。だねえ、こりゃ」


 蓮兎は気まずそうな表情を浮かべ、二人との会話をやめて晴のそばへと寄る。


「晴。帰るぞー」

「んぅ……? あ、レンだぁ。えへへ、レンー」

「完全に酔ってんな。歩けるかー? タクシー呼んだ方がいい?」

「レンと一緒がいい」

「どっちも俺はいるぞー」

「レンと二人きりがいい。一緒に歩きたい」

「やっぱりそうなるよなぁ……歩けるのかよ本当に」

「……おんぶ」

「まあ最悪それでいいか。あ、お会計どうしたらいいっすか」

「え。あ、今日は晴るんの誕生日祝いだからアタシたちが出すから! 気にしないで!」

「祝宴。奢り」

「あー、主役がこんなんになってすんません。そうだ。これ、必要なくなったんでタクシーのクーポン。貰い物なんで気にせず使って」

「え、あ……」

「ほら、晴。背中乗れる?」

「ん……レンの匂い……」

「目を瞑ったまま匂いを辿って背中に乗ってくるな。犬かお前は」


 晴を背負った蓮兎は立ち上がり、二人に「それでは」と頭を下げて退店していく。


「ねぇ、レン。あたしのこと好き?」

「好きだよ」

「えへへ。もっと言って」

「好きだよ」

「もっと」

「……大好きだよ」

「レン! あたしも! あたしもね、レンのこと、大大大大大——」


 甘ったるいやり取りをしながら退店していくバカップルの姿を見届けた二人は顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。


「まさか今までの晴るんの惚気が甘っちょろいものだったとはね」

「直接攻撃。破壊力甚大」

「てか、彼氏さんが置いていったこのタクシークーポンさ、最初からアタシらのために用意してたよね。晴るんがタクシーを選ばないって分かってたみたいだし」

「優しさ。さりげない」

「はー……なんというか。お似合いだね、あの二人」

「完全同意。異議なし」


 こうして晴の誕生日会は幕を閉じた。




* * * * *




 翌日。


 講義を受けるために大学で集合した三人は、晴から謝罪を受けていた。


「二人とも、ごめん! あたし途中から記憶がなくてさ。気づいたらレンの部屋にいて」

「ううん。気にしないでいいよー」

「無問題。楽しかった」

「うぅ、ありがとう。でも、あたし、昨日はどうやって帰ったんだろう」

「え? それは彼氏さんが迎えにきてくれたから——」

「レン、あそこに来たの?」

「え……うん」

「二人は、レンと会ったの?」

「あ」

「修羅場。マズマズ」

「レンと会っただけなのかな? もしかしてお話とかしたのかな? 自己紹介は? 連絡先の交換は? そういえばレンをどうやって呼び出したの? 前からレンの連絡先知ってたの? ねえ、教えてよ。リサ、マユ」

「彼氏さーーーん! 早く晴るんを迎えにきてー!!」

「救助求む。ピーポーピーポー」


 数分後、なんとなく危険を感じ取った蓮兎がやってきたことで、この修羅場はおさまったのだが。


 二人は、晴の彼氏には絶対近づかないようにしようと心に決めたのだった。




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めんどくさい女の子は可愛い

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