第142話

 蓮兎さんとお姉ちゃんの関係は不思議だ。


 蓮兎さんがお姉ちゃんのことが好きなことをお姉ちゃん自身が知っている。だけど二人は恋人関係ではないみたい。


 蓮兎さんはお姉ちゃんの恋人になることを諦めてお姉ちゃんと一緒にいる、というわけでもなく、今もなお気持ちを伝えているらしい。それも毎日。


 どうして知っているかという、わたしが直接、蓮兎さんから聞き出したからだ。


「蓮兎さん」

「ん? どうしたの?」

「お姉ちゃんが蓮兎さんの好意を知っているということは、蓮兎さんはお姉ちゃんに告白をしたことがあるということですか?」

「あ、あー……うん。そうだね」

「でもお二人は交際されていない。つまり、お姉ちゃんは蓮兎さんの告白を断ったんですね」

「はい。改めて他人から言われると心が痛いです」

「ご、ごめんなさい。でもわたし、蓮兎さんとお姉ちゃんのことをもっと知りたくて……」

「質問ばっちこいだよ。紗季ちゃんのためならえんやこら」

「蓮兎さんの感じからして、お姉ちゃんのことを諦めていないと思うんです。ということは、それ以降も親密になりながら定期的に告白をしているのではないでしょうか」

「紗季ちゃん。遠慮がなさすぎるよ。なんか変な汗かいてきたって」

「どうなんですか?」

「あー見事にスルー。……はい。夜咲には何度も告白してます。その度に振られてますっ」

「頻度はどれくらいですか?」

「もう容赦してくれないんだね紗季ちゃん。ほぼ毎日です」

「毎日!? ですか!?」

「やめて。そんな珍獣を見るような目で見ないで。紗季ちゃんにだけはそんな目で見られたくなかったっ」

「わたしにだけは……えへへっ」


 とまあ、そんな感じで。お姉ちゃんが席を外した隙に蓮兎さんから事情を聞くことに成功した。


 ふふっ。あの時の弱った蓮兎さん、可愛かったです。


 どうしてでしょう。大人の人の弱々しいところなんて情けないと思うことしかなかったのに、蓮兎さんは、包み込んであげたくなってしまいます。


 おっと。少し話が逸れてしまいました。


 とにかく。その話を聞いて、わたしは、蓮兎さんのお姉ちゃんに対する想いは本気であることを痛感してしまった。


 蓮兎さんの気持ちを考えると胸が痛い。わたしもはまだ誰かを好きになったことはないけど、最愛の人に気持ちを伝えて、それが拒絶されてしまったらと思うと……胸にズキッとした痛みが走る。


 そして、そんな想像をするとき、蓮兎さんの顔が脳内に思い浮かぶのは、蓮兎さんの気持ちを考えているからなのだろうか。それとも……。まだわたしには分からない。


 それにしても、お姉ちゃんは蓮兎さんの告白を断り続ける割に、蓮兎さんと一緒に遊びに行くし、その際は楽しそうにしている。


 もしかして、お姉ちゃんは悪女さんなのではないかと疑ったこともある。だけど、観察するにつれて、ただただお姉ちゃんは恋愛音痴であることが分かった。我が従姉ながら情けないと思う。


 でも、それならこの二人が絶対に結ばれないとは言い切れない。つまり、恋人同士になる可能性は大いにあると考えられる。


 ……蓮兎さんの、そしてお姉ちゃんの幸せを願うなら。二人が結ばれるようにわたしがサポートするべきなのだろう。


 まあ蓮兎さんはお兄さんみたいな人ですし。やっぱり歳も離れているので、流石に恋愛対象としては見れませんよね。お互いに。


 お二人が最終的にゴールまで行けば、蓮兎さんはわたしの義理のお兄さんになるわけです。うん、それもいいですね。お義兄さんになっていただけたら、家族なのですから、今以上にたくさん甘えることができますっ。


 蓮兎さんは今でもわたしのことをたくさん甘やかしてくれる。


 最近、お姉ちゃんにお願いして蓮兎さんとお出かけする機会が増えた。初めは晴さんもお呼びするのかと思っていましたが、どうもお姉ちゃんはこの3人でお出かけがしたいみたいで、なかなか晴さんを呼んでくれません。


 晴さんに会えないのは少し残念ですが、人が少ない分、蓮兎さんがわたしに意識をたくさん向けてくださるので嬉しいです。


 お出かけ中、わたしがクレープ屋さんの看板をじっと見ていると、わたしが食べたいのを察してくれて「なんか甘いもん食べたくない?」と誘ってくださいます。


 わたしが歩き疲れて少し歩くスピードを緩めてしまうと、蓮兎さんも自然と歩幅を小さくしてペースダウンし、周りにお店がないときは「ごめん。ちょっとトイレ行ってくるからそこのベンチで休んでてよ」と言ってくださいます。もちろんお店があるときは「喉乾かない?」と言ってカフェに入ろうとしてくださいます。


 わたしが小学生だということもありますが、わたしのお家は門限が早いので、遅くまでお出かけすることができません。なので最後に予定していたお店——蓮兎さんがセレクトしてくださったお店を回ることができず、中途半端に終わってしまったことがありました。わたしが自分の責任だと落ち込んでいると、蓮兎さんはにっこりと笑って「また紗季ちゃんとお出かけする楽しみが残ったね」と言ってくださいました。


 蓮兎さん。蓮兎さん。蓮兎さん。蓮兎さん。蓮兎さん……。


 最近、わたしの頭の中は蓮兎さんで埋め尽くされている気がします。何をしていても、蓮兎さんのことがチラッと脳裏を横切るのです。


 お洋服を見ていても、蓮兎さんの好みかどうかを考えてしまいます。蓮兎さんは子供っぽいのが好きでしょうか。可愛いらしい方がたくさん甘やかしてくれそうです。……でも、少し大人に見てほしいって思っちゃいます。


 食事をするときも、蓮兎さんもこの料理がお好きかどうかを考えてしまいます。蓮兎さんとご一緒に食べていて、もしわたしのお口が汚れてしまったら、蓮兎さんは笑って拭き取ってくれるでしょうか。……でも、あまりに子供っぽくて少し嫌です。あ。わたしが作ったものを食べていただくのもいいかもしれません。


 学校の教室で授業を受けているとき、隣に蓮兎さんがいてくださったらと思う時があります。もしそうでしたら、ふふっ。わたしと蓮兎さんは同級生ということになります。……蓮兎さんが、同級生。それでもたくさん、わたしのことを甘やかしてくれそうな気がして、わたしは……羨ましい。


 ……やっぱり、わたしには蓮兎さんが必要なのかもしれません。


 ですが、それは恋人としてではなく、お兄ちゃんとして。


 これからもたくさん甘えるためにも。今はお姉ちゃんの恋のサポートをしなくちゃ、ですね。


 がんばれ、わたし。




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