第136話

 屋台が立ち並ぶ通りから外れ、近くの河川敷へとやって来た。


 さっきまでいた通りも人がたくさんいたけど、こちらにも多くの人がいる。中にはシートを敷いてその上に座ってる人なんかも。


 あたしたちはなるべく人の少ない場所を探し、見つけたわずかなスペースにハマるように移動した。


 その間、あたしはレンの手を握り続けていた。


 また、あたしたちの間に会話はない。あたしが何も話さないからだ。


 レンは「やっぱり混んでるなあ」とか「あっちの方が空いてるかも?」とか、その都度話しかけてくれる。なのにあたしが言葉を返さないから、レンの独り言になってしまっている。


「なんとか間に合ったなぁ」


 レンは花火を眺める場所を決めて一息ついてそう言う。そして、またしてもあたしは返事ができずにいた。


 話したいことはたくさんあったはずなのに。何を言ったらいいのか分からない。変なことを言って嫌われないだろうか。そんなことを考えてしまい、頭の中で出来上がりつつある言葉が全て霧散して消えていく。


 だけどレンと離れたくなくて。あたしはぎゅっと彼の手を握る。


 するとレンは繋がれたあたしの手を一瞥した後、あたしのもう片方の手元を見た。


「あれ。大きい方のりんご飴買ったんだ」


 ぴくっと肩が反応してしまう。


「さっき女の子には小さい方が食べやすい〜ってご高説を垂れたばっかなのに……去年、晴が納得してくれたから自信あったんだけどなぁ」


 そう言ってレンは笑う。


 ——大きいりんご飴は食べづらいから小さい方がいいんじゃない?


 それは去年、あたしがこの祭りでりんご飴を買おうとした時にレンがあたしに言った言葉。たくさん食べたかったけど、レンの前で口を大きく開けるのも恥ずかしかったから、レンの言うことを聞いて小さいのにしたんだっけ。


 あの時のこと、覚えててくれてたんだ。嬉しい。でも誰にその話をしたの? 一緒に来た人? 浴衣を着てるのもその人のため? あたしがこれを自分で買ったと思ってるの? どうしてあたしがここに来ているのか聞いてくれないの? 誰と来たのか聞いてくれないの?


 いろんな疑問が、話したいことが生まれてあたしの中で渦巻く。


 そして、遂に口から出てしまった。


「レン、どうして浴衣を着てるの? 誰かと一緒に来たの……?」


 出てきた声は震えていた。目からも何かこぼれそうな気がして、急いでレンから目を背けた。


 質問をしたくせに耳を塞いでしまいたい。だけど両手は塞がっている。左手はりんご飴を持ってるし、右手は……離したくない。


 レンは「あー……」と唸る。少し気まずい時にするレンの癖だ。胸がキュッと締まる。


「小井戸と紗季ちゃんと来たんだよ。この浴衣も二人が準備してくれててさ」


 二人きりじゃない。名前が二人分も出て来てホッとする。りんご飴の件も二人に話したのだろう。


「二人はどこに行ったの?」

「さっきはぐれちゃってさ。そのまま解散になったんだよ」

「……そうなんだ」


 レンがあそこで突っ立っていた理由がわかった。あれは二人とはぐれちゃった直後だったんだ。


「晴」

「……ふぇ?」


 疑問が解消されて、また新たな疑問が沸々と頭の中に浮かぶ中、レンに話しかけられてしまった。気が抜けていたせいで間抜けな声が出てしまった。


「晴も誰かと来たの?」

「あ……うん」

「そっか」

「……ぇ?」


 一緒に来たのは誰なんだ、とか。そっちと一緒にいなくても大丈夫なのか、とか。そういった言葉が続くのかと思っていたのに、レンの言葉はそこで途切れた。


 どうして? あたしにこれ以上興味ない? もうどうでもいいと思ってるの? そんな疑問を抱いている中、ぎゅっとあたしの右手を握る力が強くなった。咄嗟にレンの顔を見ると、レンもあたしの方を向いていて目が合った。


 レンの口が再び開く。


「今日の残りは俺が一緒にいていいかな」


 瞬間、ドンという爆裂音が辺りに響いた。一発目の花火が打ち上がったらしい。


 それを皮切りにどんどん花火が打ち上がっていき、ドンドンと音が鳴り続ける。


 そんな中、あたしは自分の心臓の音に包まれていた。


 夜空には綺麗な花火が打ち上がっているのに、あたしたちはそちらに目もくれず見つめ合っている。


 口を開いたら心臓が飛び出てしまうんじゃないかと不安になりながら、あたしは口を開く。


「うん!」


 自分で思っていたより大きな声が出てしまった。そしてその勢いのままレンに飛びついてしまう。


「おっと」


 突然あたしが飛びついてきたにも関わらず、レンはしっかりと支えてくれた。


 久しぶりのレンの匂いを強く感じながら、レンの胸板に顔を擦り付ける。


「晴。ちょっと離れない?」

「ぁ……うん」


 レンに言われて一気に頭が冷えていく。調子に乗ってしまった。


 あたしはすぐに離れ、地面を向いたまま謝る。


「ごめんね。あたしに抱きつかれたら迷惑だよね。ここには同じ学校の人もいるかもしれないし……」

「あ、あー、そういうわけじゃないんだって。言い方が悪かった。むしろ嬉しかったよ。……それに俺は、見られてもいいと思ってるし」

「え……?」


 顔を上げると、レンは笑顔であたしの顔を見て、夜空を指差した。


「せっかく花火が上がってるんだからさ。あのままだと見れないだろ」


 レンの指差す先を追って、今日初めて花火を見る。


「きれい……」


 素直な感想が口からこぼれた。


 隣にはレンがいて。なんなら手を繋いでいて。恋人のように寄り添い合い、夜空に咲く花火を見上げる。


 去年のあたしが恋焦がれたシーンを、今、あたしは実現している。


 なのに。なのにどうしてあたしの胸にはまだ……


「約束、果たせたかな」


 夜空を見上げながらレンがそう呟いた。


「去年もこの花火を一緒に見ててさ、言ったじゃん。また来年も来ようって」


 たしかに言った。覚えてる。また見に来たいねって。


 でも、二人でじゃない。


「一人、足りないよ……美彩がいないよ……三人で、来たかったよ……」


 ぽつりぽつりと、なんとか言葉を紡ぎながら自分の想いを外に出す。


 するとレンは「だなぁ」と言って、手の握る力を強めた。


「来年こそはリベンジしたいな」


 その言葉に、あたしは強く頷いて返す。


 去年も見たはずの花火。だけど飽きなんて来なくて、不思議と新鮮ささえ感じる。

変わっていないようで変わっているのかも。


 この一年であたしたちは大きく変わったように思える。だけど傍から見たら何も変わっていなくて。


 来年のあたしたちはどうなっているのか。少し怖さもあるけど、きっと、三人で……。


 

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