第134話
高校に入ってから、あの二人以外の同級生と遊びに行くことはめっきり無くなった。
先日、中学の陸上部で一緒だった子——
久しぶりの二人以外の同級生とのお出かけ。そのため少し緊張する。
「浴衣は……いっか」
去年、このお祭りに行った時は浴衣を着て行った。だって彼女が着ると言ったから。彼と一緒に行くことになっていたから。
でも今年のお祭りには二人はいない。なら着る必要もないよね。
特に着飾らず、普段着を着て指定された集合場所へと向かうことにした。
「お母さん。お祭り行ってくるね」
「はーい。晩御飯はいらないんだよね?」
「うん。屋台で適当に買って食べるね」
「りょーかい。……お友達と行くんだっけ?」
お母さんの質問の意図は分かりやすかった。
レンとじゃないんだよね? お母さんはそれが聞きたいのだろう。
誤魔化してもしょうがないので、素直に「うん」とだけ返す。
するとお母さんは「そっか。楽しんできてね」と言って、それ以上深く聞いてくることはなかった。
それから家を出て駅へ向かい、電車を乗り継ぎ、お祭りの会場前に到着した。ここが集合場所になっているのだが、まだ亜紀は来ていなかった。
着いたよって連絡を入れようかなとスマフォを取り出そうとしたその時、「晴〜」とあたしの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
声の方を振り向くと、そこには亜紀がいた。そして彼女を囲むように数人の男女の姿も確認できた。
他にも声をかけてるとは聞いていたけど、まさかこんなにいるとは思わなかった。ただ、ほとんど知っている顔ぶれだったので少し安心した。今はクラスが違うけど去年は同じだった、そんな人ばかりだ。
ただ失敗したなと思ったのは、女子はみんな浴衣を着て来ていることだ。
「待たせちゃった?」
「ううん。あたしも今来たところ。……みんな浴衣なんだね」
「うん。伝え忘れちゃった、ごめんね。でも気にしないで! 私たちが勝手に着てきただけだからさ!」
亜紀はそう言うけど、今からこの団体と一緒に行動すると思うと、はたから見たらあたしは浮いちゃうなと思ってしまう。
そんなあたしの気持ちを読み取ったのか、一人の男子が少し前に出てきた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「気にしないで、日向さん。僕は、その、私服姿の日向さんも素敵だと思うからさ!」
その男子——たしか
「あ、ありがとう」
直球な褒め言葉に戸惑いながらも、あたしはなんとかお礼を返すことができた。
すると照れ臭そうに笑う飯田くんを、周りは揶揄い始めた。
そんな光景を眺めていると、亜紀が手のひらを合わせてパンッと音を出した。
「さて、集まったことだし早速屋台巡りでもしよっか!」
亜紀の音頭を合図に、あたしたちは会場の中に向かって歩き始める。
* * * * *
屋台が立ち並ぶ通りをぞろぞろと歩きながら、気になったものをそれぞれ買いに行くスタイルでお祭りを楽しんでいく。
あたしは屋台の出し物を観察しつつも、群衆の中に視線を移したりしていた。
屋台に目ぼしいものを買いに出た人が戻るまで待つために足を止めていると、
「それにしても、日向さんが来てくれるとは思わなかったよね。日向さん、いっつも夜咲さんと一緒にいるからさぁ」
「あ、あはは。やっぱりそんなイメージあるんだね」
「あるに決まってるじゃん! 入学してからずっと一緒だからさ、もしかして二人はできちゃってるんじゃないかって噂もあったくらいなんだよ」
「えぇ!?」
「まあそれも、夜咲さんに彼氏ができたから完全に否定されちゃったわけだけどねー」
成瀬さんはそう言ってケラケラと笑う。
あたしも「あはは」と笑って返すが、拳を自分の胸に当てて、胸に走る痛みを抑える。
何か食べて気を誤魔化したいなと考えていると、あたしの前に一本のりんご飴が現れた。
「はい、日向さん。りんご飴食べる?」
飯田くんが差し出してくれていたものだった。もう片方の手にも同じものを持っており、どうやらあたしの分も買ってきてくれたらしい。
りんご飴は去年も買ったし、なんならお祭りに来たら絶対に買うくらい好きだ。
「あ、ありがとう。いくらだった?」
「いいよいいよ。こんな時くらい男の僕に出させてよ」
「でも、これ大きいやつだし……」
「あはは。それね、珍しいことに小さいのも大きいの同じ値段だったんだよ。だから気にしないで」
そう言って、胸の前に置いていたあたしの手の前に遠慮気味にぐいっと差し出してくる。
これは受け取るしかないなと判断したあたしは、「ありがとう」と改めてお礼を言い、それを受け取った。すると飯田くんは嬉しそうに微笑んだ。
もらった自分の拳より大きいりんご飴を見つめる。どこから齧り付こうか数秒考えた後、製作過程でできた先端の尖った飴だけの部分を齧る。
「……あまい」
砂糖なんだから当たり前だけど、あたしはそんな感想をこぼす。
そんなあたしの感想を聞いて満足したのか、飯田くんはにっこりと笑い、自分もりんご飴を食べ始めた。飯田くんの口は男性らしく大きく、ガブリと飴と一緒に果実にかぶりついた。
* * * * *
買い物に行っていた人が戻ってきたところで、あたしたちは再び歩き始める。
気づけば、あたしの隣にはずっと飯田くんがいた。
「
柴田は亜紀の名字だ。
「うん。実は小学生の頃からやってて……高校に上がってから辞めちゃった」
「えっと、さ……答えづらかったら答えてもらわなくていいんだけど、どうして辞めちゃったの?」
どうしてあたしが陸上を辞めたか?
「柴田さんは中学最後の大会でした怪我が原因じゃないかって言ってたんだけど……」
怪我? そんな純粋な動機じゃない。
もっと不純で、自己的で、情けない理由で、あたしはずっと続けてきた陸上を辞めた。
ただ彼と一緒にいたかった。そしたら彼ともっと仲良くなれると思ったから。……ううん、そうじゃない。本当は監視したかったんだ。彼と彼女が恋仲になってしまわないよう、あたしは、二人の邪魔をしたかったんだ。
そんな理由で辞めたなんて言えるはずがない。
「あ、あはは。怪我は関係ないよ。ただ今の高校もギリギリで合格したみたいなもんだからさ、授業に追いつけるように部活に入らなかったんだぁ」
そんな適当な理由を述べると、飯田くんは「それなら!」と大きな声を出す。
「僕と一緒に勉強しようよ! 一応これでも学年5位だからさ、学力は保証できると思うんだ」
ありがたい申し出だ。でも、どうしてか乗り気になれない。
「ありがとう。ところで飯田くんは部活に入ってるの?」
だから少し強引に話題を変えた。
飯田くんは少し戸惑いを見せた後、「バスケ部だよ」と答えてくれた。
「うちのコーチがスパルタでね、とにかく体力づくりをさせてくるんだ。今日もたくさん走り込まされたよ。だから僕らはうちのことを『たまにボールを触る陸上部』くらいに思ってるんだ」
「あはは、ハードだね。バスケ部なんだし、シュートとかの方がしたいよね」
「そうなんだよ! いやコーチの言い分もわかるんだよ。僕たちは試合中、コートの中を常に走り回るわけだからさ。でも手が寂しいのなんの。だから日向さんたち陸上部のみんなを尊敬するよ」
「そんな。あたしは辞めちゃったわけだし……」
「いやいや。去年の運動会の日向さんの活躍ぶり見たよ! あんなに速く、そして楽しそうに走れる人がいるんだって思ったよ」
飯田くん、あたしの走りを見てくれてたんだ。そして、褒めてくれてるんだ。
ちょっと嬉しい。自然と頬が緩んでしまう。
それからあたしと飯田くんの会話は弾んでいき、気づけば花火が打ち上がる時間が近づいてきていた。
そろそろ花火がよく見える場所まで移動したいねという話が出た。それは他のお客さんも同じだったらしく、一気に人の流れが強くなった。
結果、人混みに巻き込まれてしまったあたしは亜紀たちとはぐれてしまった。ただ唯一、ずっと隣にいた飯田くんだけを残して。
「あー、はぐれちゃったみたいだね」
「どうしよう。とりあえず亜紀に連絡入れるね」
あたしは携帯を取り出して亜紀にメッセージを送ろうとする。
「待って」
しかし、飯田くんによってその手を止められてしまった。
え? と顔を上げると、飯田くんは少し顔を赤らめて言う。
「このまま二人で、花火見ない?」
意を決したように放たれた言葉。その真意にあたしは気づく。いやでも分からされる。
だって、その目をあたしは知っているから。
「えっと……」
飯田くんの気持ちに気づいたあたしは咄嗟に言葉が出てこず、曖昧な返事をしてしまう。
そんなあたしの様子を見て不安になったのか、それとも引くに引けないと感じたのか、飯田くんは言い放った。
「僕、日向さんのことが好きなんだ」
察していたことだけど、直接言われるとドキッとしてしまう。
飯田くんの声量は少し大きめだったため、周りの人が反応してあたしたちを見ている視線を感じる。
「去年の運動会で日向さんの走る姿を見かけたのがきっかけで、それから気になるようになって」
飯田くんは周囲のことなんて気にしない様子で、あたしのことを好きになってくれた経緯を話し始めた。
「でも結局そのまま一年の頃はあまり話せなかったし、進級してからはクラスが違うからそんな機会もなくなって。だから今回、柴田さんに頼んで日向さんを誘ってもらったんだ」
そうだったんだ。
突然、亜紀から連絡が来たのは不思議だったけど、その理由が分かりあたしは一人で納得する。
「日向さん」
飯田くんはあたしの目をまっすぐ見て言う。
「僕と一緒に、花火を見てくれませんか」
さっきみたいに答えをはぐらかすことなんてできない。そんな真剣さを感じ、あたしは考える。
今まであまり話したことはなかったけど、今日接してきた感じ、飯田くんはいい人だ。とても誠実で、勉強もできて、部活にも一生懸命に取り組んでいる。
話が盛り上がったこともあったし、同じ運動系だから趣味も合うかもしれない。
そんな良い側面ばかりが思い浮かぶ中、あたしは答えをなかなか出せずにいた。
だからだろう。飯田くんは急いで言葉を付け足した。
「そ、それと、日向さんのこと可愛いと思ってるんだ。それも夜咲さんに負けないくらい!」
「…………え?」
それを聞いて、あたしの頭の中は一瞬真っ白になる。
どうして?
どうしてそこで、美彩が出てくるの?
あたしの中でほんの僅かに熱しかけていた気持ちが一気に冷めていくのを感じる。
あたしが沈黙したことで、あたしたちの間に気まずい空気が流れ始める。
そんな空気を作り上げた張本人であるあたしはその空気が耐え切れず、ふと視線をよそにやってしまう。
……あ。
視界に入ってしまった。捉えてしまった。見つけてしまった。
今日ずっと無意識に探していた人。ずっと会いたかった人。本当にあたしの隣にいてほしい人。
彼の姿を確認してしまった。
「日向さん!」
遠くをぼーっと眺めるあたしの意識を向けるため、飯田くんは大きな声であたしの名前を呼ぶ。
だけどもう、あたしの意識は遠くにいってしまっていた。
「ごめん」
あたしは飯田くんの方を見ることもなく、そう短く言い残して地面を蹴った。
まだ大きく残っているりんご飴が人に接触しないよう気をつけながら、人の間を縫うように進む。
そして、反対方向を眺め、呆然とした様子で突っ立っている彼のそばに辿り着いた。
近くまで来て初めて気づいたが、彼は浴衣を着ていた。
そもそも、どうしてこの祭りに来ているのだろうか。誰かと来ているのだろうか。……誰と? もしかして、もう恋人ができたの? 相手は誰? あたしはもうお邪魔?
胸が痛くなる。せっかく彼のそばまで来たのに。
話しかけていいのかな。拒絶されたらどうしよう。知りたくない。やだ。怖い。
でも、彼の、レンの言葉が聞きたい。
あたしはそっとレンの背中に近づき、浴衣の裾を軽く摘む。
引っ張ることもせず、ただ摘むだけ。それがあたしの精一杯だった。
大勢の人がいる中、多少の身体の違和感になんて反応しないだろうと思った。
だけどあたしが裾を摘んだ瞬間、彼は後ろを振り返った。
「晴?」
そしてあたしの顔を見るより前に、あたしの名前を呼んでくれた。
久しぶりに見るレンの顔。あたしの好きな人の顔。どこかさっぱりとしたその顔。
胸が痛い。さっきよりずっと痛い。口から心臓が飛び出してしまいそうになるくらい、激しく鼓動しているのを感じる。
そんな状態だから、あたしはレンの顔を見つめるだけで何も話せず、動くこともできないでいた。
するとレンは「あー」と唸りながら自身の頭を掻いた後——レンの裾を掴んでいたあたしの手を取った。
「花火、見に行くか」
あたしは声を出すことができなかった。
だけど、咄嗟にその手を握り返していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます