第129.5話 コンビニにて

 店のバックヤードに連れ込んだ少年をパイプ椅子に座らせ、アタシも空いてる椅子に座る。


「なんか俺、万引きしたみたいっすね」


 少年は困惑顔を浮かべながらそんな冗談を口にする。


「なんだぁ、もしかして経験ありか?」


「バカにしすぎっすよ。流石にしてません」


「わーかってるって。募金するような奴が万引きするかっての」


「まあ、お金の面で言えばそうっすね。で、何か俺に用があるんすか?」


「あー……なんだ。お前とは短くもない仲だし、もう少し話してみたいって思ったっていうか」


「常連さん皆にしてるんすか?」


「んなわけないだろ。あれだよあれ、ちょっとお前のことが気になって……」


「え?」


「あ、か、勘違いすんなよ! 変な意味じゃなくてだな、その、なんだ。お前って謎に影があるじゃん。それが気になってたんだよ」


「あー……なるほど。でもお話できることは何も——」


「そ、その前に軽く自己紹介しよう。な? 名前が分からないと不便だろ」


「はぁ。まあいいっすけど。俺のことは瀬古って呼んでください。お姉さんは……自見さんでいいっすか? ネームプレートに書かれてるの名前っすよね」


「あー、名字はあんまり好きじゃないんだ。由衣ゆいって呼んでくれよ」


「下の名前はちょっとなぁ」


「なんだよ瀬古ぉ、意外とウブだなぁお前。ほれ、呼んでみろよ。由衣姉さんって」


「他人にお姉さんって呼ばせる趣味でもあるんですか」


「ばっか、そういうわけじゃないっての。揶揄いづらいなあ」


「稀によく言われます」


「どっちだよ。はぁ。まあ適当に呼んで」


「うっす。ところで由衣さんは髪を染めてますが、赤が好きなんすか?」


「ん? あぁ! 昔っから好きな色は赤一色なんだ。それが高じて自分の体……髪色にも取り入れてみたってわけさ」


「なるほど。でも全体に染めたりはしなかったんですね?」


「当たり前じゃん。全体を赤染めするとか派手すぎるでしょ。バカ目立つじゃん」


「あー……まあ、そうっすね。でも似合う人は似合うと思いますよ」


「そうかもしんないけど、アタシは自信がないかなぁ。そういえば、瀬古ってなんでその喋り方してんの? アタシは別にいいんだけど、中途半端な敬語だよね」


「敬語って相手を敬った喋り方ってことっすよね」


「あ? つまり瀬古はアタシなんて敬ってないってことか?」


「じょ、冗談っすよ。別に意識はしてないんすけど、年上だけど親しみのある人に対してはこの喋り方になっちゃうんすよ」


「ふ、ふーん。アタシに対して親しみを感じてんだ。へー」


「コンビニの店員さんに対してそんな感情を抱くのも変な感じっすけどね」


「ま、まあ別にいいんじゃない? アタシもあんたとは、な、仲良くなれそうとか思ってたしっ」


「それは嬉しいっすね。ちなみに、この喋り方は好きな漫画のキャラの影響だったりします。何の漫画かは教えませんが」


「くひひ。わーかってるよ。どうせエッチな漫画なんだろ?」


「何の漫画かは教えませんが」


「その反応、図星だな? 隠しても無駄だって。男が自分の読んでる漫画を教えたくない時の定番なんてそんなところだろ」


「決めつけは良くないと思います」


「じゃあ教えてくれよ」


「何の漫画かは教えませんが」


「頑固だなぁ。はあ、まあいいや。……それで、話は戻るけどさ」


「ごめんなさい。由衣さんにはお話できません。いや、由衣さんにはというより、誰かに話すつもりはないんです」


「話しづらい話題なのかもしれないけどさ、一人で溜め込むことは辛いはずだ。誰かに話すことで気持ちが楽になったりするかもしれないだろ?」


「……一応、一人だけ話に付き合ってくれる人はいます。でも、そいつには俺から相談を持ちかけたわけじゃなくて、向こうが俺の抱えてる悩みの内容を見抜いてきて、それで」


「あーいいよいいよ。変にアタシに気を遣わなくて。相談できる人がいるならアタシが無理に話を聞き出す必要もないってことだろ」


「……すみません。なんていうか、由衣さんとは今後とも気兼ねなく話せる関係でいたいなって。由衣さんと話すのは楽しいんすけど、俺の事情を話すことで変に気を遣わせるのも嫌で……」


 俯き気味の瀬古の表情には影が差しており、先ほど話していた相談できる相手との関係の変化に思うところがあるのだと感じた。


 だから、アタシはそれ以上踏み込むことができなかった。できなくされてしまった。


「……でも、何も話さないってのも悪い感じしますね。なんていうか、今は知人と仲違いしちゃっていて。喧嘩とかしたわけじゃないんすけど、むしろそうじゃないから難しいというか……そんな感じです。すみません、ぼやっとした説明で」


 そして、瀬古はアタシを気遣ってそんな小さな情報をくれる。


 ずるい。完全に突き放してくれたらいいものの、少しだけアタシを関わらせてくる。無意識だろうけど、こいつは他人の意識を自分に引き寄せるのが上手い。


「……わかった。じゃあこれからも、気軽に雑談できて頼りがいのあるお姉さんというポジションでいさせてもらうよ」


「頼りがいのあるお姉さん……?」


「なんだよ、文句あんのかよ! おい、無言でダブルピースやめろ!」


 真顔でポーズを取っていた瀬古だが、それに対してアタシが文句を言ったことでその表情が綻んだ。


 それを見て、アタシも頬を緩める。


 ……このやりとりがお前の望むものだってんなら、アタシはそうしてやるよ。


 だから、アタシの前でだけはその顔でいてくれ。

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