第125話
八月も上旬に入り、夏の暑さが本格的になってきた今日この頃。
珍しく夏休みの宿題を早く済ませることができた俺は、軽やかな気持ちで海に来ていた。
もちろんメンバーは俺と小井戸、そして紗季ちゃんだ。
紗季ちゃんを海に連れて行ってもいいのだろうかと不安になったが、どうも小井戸が向こうの親に連絡して許可を取っているらしい。
「先輩のこともお話ししたらすぐに許可が降りましたよ」
今朝、小井戸から聞いた言葉を思い返す。
むしろ俺が同行することは拒否する材料にしかならないと思うのだが、なぜか俺は紗季ちゃんのご両親に信頼されているらしい。そうだよ俺はロリコンじゃないよ。
海パンに着替えた俺は、先に適当な場所を取って荷物を置いて待ちながらそんな考えに耽っていた。
パラソルなんて持ってきてないから、何とか木陰を確保できてよかったなぁと砂浜上の陽炎を見ながら胸を撫で下ろしているところに紗季ちゃんがやってきた。
「えへっ。どうですか、蓮兎さん」
舞い降りたのは紗季ちゃんというか天使だった。
身に付けた純白の水着が紗季ちゃんの綺麗な黒髪を更に映えさせる。
露出した手足も細く、彼女の可憐さの正体がわかる。
だけど……ビキニタイプかぁ。ちょっと紗季ちゃんには早いかなって思います。
「うん、すごく似合ってる。可愛いよ」
だからと言ってそんなこと素直に口にしてはいけないことは心得ている。ここはポジティブな感想だけを言葉にする。
すると紗季ちゃんはぱっと表情を明るくさせたあと、むすっとした顔になる。
「きれいとは言ってくれないんですか……?」
「もちろんきれいだよ。可愛くてきれい、最強だね」
「むぅ……初めから言ってほしかったです。でも蓮兎さんにそう言ってもらえて嬉しいです! 少し恥ずかったのですが、挑戦してみてよかったです!」
紗季ちゃんはその場でぴょんぴょんと跳ねて喜びを表す。
俺はそれを見て、やっぱり口にするのは褒め言葉だけでよかったなと改めて思い、可愛らしい様子の紗季ちゃんに和む。
「先輩、また中学生を誑かしてるんすか?」
少し遅れてやってきた小井戸は生足は見えるので水着を着ているっぽいが、上に大きめのパーカーを羽織っているためその生地は一切見えない。
「人聞きの悪い。俺は目の前の天使を崇めてるだけだ」
「やっぱりわたし、信仰の対象ですか!?」
「そんなこと言ってるとより一層怪しい人に見えるっすよ」
「紗季ちゃんはただの激かわ美少女だよ」
「えへぇ。蓮兎さんがたくさん褒めてくれますっ」
「それはそれで犯罪臭がしますね」
「詰んでない?」
褒めなかったら紗季ちゃんは悲しむだろうし、褒めたら不審者扱いされるし。どうしろというんだ。
「そうだ。小井戸を煽てて懐柔しよう」
「えー。その動機はなんか嫌っすねぇ」
「そう言うなって。最初から褒めようとは思ってたんだから」
「先輩のツンデレきたっす! へへっ、やっぱりたまんないっすねこれ」
「だけど水着が見えないのでそっちのアプローチは断念するしかない。というわけで、何か飲み物買ってくるよ」
俺は財布を持って立ち上がる。
すると小井戸はニマニマと生意気な表情を浮かべて俺の前に立った。
「ふふん、そういうことっすか」
「どういうこと?」
「先輩はボクの水着が見たいけどツンデレさんだから素直に言えない。そこで悲しいオーラを出しつつ諦めると言うことで、ボクから自主的に見せるよう促してるわけっすね!」
「俺そんなオーラ出してた?」
「出してましたよー。もー、仕方ないっすねー先輩は! 恥ずかしいので見せる気はなかったのですが、ボクの水着姿、お披露目しちゃいます!」
小井戸はパーカーのジッパーに手をかけ、一呼吸したあと一気にそれを下げた。
そして顕になる小井戸の水着。水色を基調とした柄模様のあるワンピースタイプで、肌の露出でいうと先ほどあまり変わらないが、より一層夏っぽくなった感じがする。それに水着だと思うとやはり普段の服装とは違う感想を抱く。
「ど、どうですか……?」
小井戸は完全に脱ぎ終えたパーカーを片腕にかけ、身を捩らせながら若干上目遣いに俺を見つめて感想を求めてくる。
顔は赤く、さすがにまだ日焼けをしたというわけもなく、このお披露目は彼女が勇気を振り絞って行ったことだと察する。
だから俺も素直な感想を述べることにする。
「可愛いよ」
すると小井戸の顔の赤みはさらに増していき、遂には顔を逸らされてしまった。
「……やっぱり先輩は悪人さんっす」
小井戸はそう呟き、もう一度パーカーを羽織ってジッパーを上げてしまう。
どうやら懐柔は失敗したみたいで、俺は不審者から脱却するどころか悪人に格上げされてしまったのだった。
* * * * *
海に来たからといってやることは泳ぐだけじゃない。
俺たちは頑張って膨らませたビーチボールを使って遊びに興じる。内容は至ってシンプル。ボールを手や腕で弾いてリレーを繋げるだけだ。
「おりゃ!」
「えいっ」
どれだけ乱れたパスをしても、小井戸と紗季ちゃんが声を出しながら食らいついてくれるおかげで意外とリレーは続いている。
楽しいは楽しいのだが、どうして人類は海に来てバレーに熱中するのか疑問に思えてくる。
砂浜という環境が他とは違い、そのやりづらさがむしろ面白味になってくるのかもしれない。また、初心者と経験者の実力差を埋める要素にもなり得るのかも。
いや……もしかしたら別の要素を楽しみにして人類、強いては男はビーチバレーに興じるのかもしれない。それはまさに格好の違いによって生じるものだろう。
まあ、俺には関係のないことだけど。
「むぅ……やあっ!」
「——んぼっ!?」
力強い掛け声と同時に、紗季ちゃんがまさかのスパイクを放った。
さっきまで空中をふんわりふんわり動いていたボールはキレのある軌道を描いて俺の顔面にヒットする。
初めて地面に着いて転がっていくボールを見送り、俺は紗季ちゃんにおそるおそる伺いを立てる。
「いいアタックの腕を持ってるね、紗季ちゃん。ところでこれってラリーを続けるゲームだったよね?」
「打ったら気持ち良くなるかなと思って、打っちゃいました」
「打っちゃったかぁ」
「……でも気持ちよくはなりませんでした。まだ胸のあたりがむかむかしますし、それに蓮兎さんを傷つけちゃったことを後悔してます。蓮兎さん、ごめんなさい。痛くないですか?」
「大丈夫だよ。ほら、ビーチボールは柔らかいしさ」
俺はボールを拾い上げ、そいつを軽く叩いてみせる。
「大丈夫ですよ紗季ちゃん。先輩はドMさんなのでむしろ喜んでるかもしれません」
「そ、そうなんですか!?」
「競技を変更しようか。内野は小井戸だけのドッジボールに」
「それゲーム破綻してるっすよ! ただボクを痛ぶりたいだけじゃないですか!」
「本当は蓮兎さんはドSさんだったんですか……? わ、わたし、それでも受け入れてみせますっ。どうぞわたしの体を蹂躙してくださいっ」
「冗談だよ紗季ちゃん。だからお願い、俺をまだシャバにいさせてください」
俺たちの会話が聞こえているのだろう周りの視線が突き刺さる。
うーん。なんか暑さとはまた違う汗が出てきた気がする。
どうか通報されていませんように。そう心の中で願っていると、小井戸がくすくすと笑っている姿が見えた。
結局俺は後輩に揶揄われただけみたいだ。
……最近までよく彼女に揶揄われていたなと、少し懐かしい感覚に陥ってしまう。
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