第124話

 初めは一時間もスイーツを食べ続けられるわけもないと思っていたのだが、甘いものだけじゃなくて柑橘類をはじめとしたフルーツも揃えられていて、俺の口は休む暇もなかった。


 食べるか喋る。口を酷使した一時間だったように思える。


 そろそろ終了時間を迎える頃になったところで、数分前に最後のスイーツを食べ終えた紗季ちゃんが席を立つ。


「あ、あの。わたし、少し席を外します」


 すぐにトイレだと察した俺は、特に何も言わずに「いってらっしゃい」とだけ返す。


「じゃあボクも席を外しますね〜」


 紗季ちゃんに続いて小井戸も席を立ち、二人で店の奥へと向かって行った。


 俺も店を出る前に行っておこうかなあと考えながらテーブルの上を眺める。


 なんとか綺麗に食べ切ることができてよかった。罰金云々以前に、やはり残すのは忍びないからな。


 紗季ちゃんを含め、俺たちは全員自分が取ってきたものは自分で処理した。完璧なバイキングマナーと言える。


 ……いや、紗季ちゃんの場合は俺にあーんしてくれたし、全部とは言えないのか……ってこんな細かいことを考えていてもどうしようもない。


 なによりこの店のスイーツはどれも美味しかった。これに尽きる。だから苦もなく食べ切ることができたのだ。


 ……こういう店に出会ったとき、連れて来たいと思う人の顔が浮かぶのが辛い。前までは簡単に誘えたのに。


 思考を振り払うように頭を振る。そして店内を軽く見渡し、ほとんどの席が埋まっているのを認識する。俺たちが来たときはまだ空いていた方だったみたいだ。ラッキー。


「こちらの席にどうぞー」


 ほら、こうしてまた続々と新しいお客さんがやって来ている。


「あれ、瀬古氏!?」

「……ん?」


 後ろから名前を呼ばれたので体を捻って振り向く。


「小田じゃん」


 すると、そこには昨日会ったばかりの小田がいた。そして隣には小田の彼女さん……草壁さんもいて、二人は手を繋いでいる。


 俺がそれを認識して頬を緩めると、小田は俺の視線の先を読んだのか慌てて手を離そうとした。しかし草壁さんがそれを拒む。


「小田先輩。私は手を離したくありません」

「はい」


 草壁さんの主張に、小田はすぐに折れてしまう。


 草壁さんははっきりと物言いするタイプなんだなと俺の中で印象付けられるシーンだった。


 そして、小田は惚れられた側だったはずだけど付き合ってみると尻に敷かれてることがわかった。


 結局手を繋いだままの状態に落ち着いたため、小田は顔を赤くしてさっきから俺と目を合わせてくれない。そんな小田の代わりに草壁さんが俺に話しかけてくれる。


「瀬古先輩ですよね? あの伝説の」

「はい。伝説です」

「くすくす。あ、失礼しました。小田先輩からお話を伺っている通りの方なんだなと思いまして、つい」

「へぇ。小田、彼女さんに俺の話してくれてるんだ」

「はい。それはもう。口を開ければ瀬古氏瀬古氏瀬古氏……彼女としては少し妬いちゃいますよねぇ」

「小田くん。私としては大変嬉しいのですが、少し控えるべきかと存じます」

「瀬古氏!? なんか我との間に距離がある気がするのだが!?」

「自己防衛ですわ」


 小田カップルの修羅場に巻き込まれるなんてたまったもんじゃない。いざとなったら仲裁に入るのは構わないが、当事者にはなりたくない。


 俺のよそよそしい態度に焦る小田。一方で、草壁さんはくすくすと笑っている。


「冗談ですよ、瀬古先輩。瀬古先輩に妬いたりしませんよ」

「マジ? 小田、俺たちの絆は永遠だ」

「瀬古氏ぃ……それは流石に都合がよすぎではないか……?」


 どうしよう。俺たちの絆にヒビが入った気がする。


 瞬間、ふと草壁さんの口角が上がったような気がした。


 まさか草壁さん、これが狙い!?


「瀬古先輩には夜咲先輩がいらっしゃいますし、危険人物だとは思っていませんよ」


 あぁ、そういう意味の笑みだったのね。よかったよかった——


「……危険なのはあの女だけで十分ですから」


 俺の喉からヒュッという笛のような息が漏れた。


 アカン。俺から連想しておそらく漫研部の部長を思い出しちゃってる。


「せ、瀬古氏! ところで今日はどなたとお出かけしておるのだ!?」


 これはこの場の空気を変えるための小田からのパスだ。それを理解した俺はそのパスを受け止めようとして——


「あれ? 草壁さんだ」

「え、小井戸さん!?」


 捕球し損ねて顔面にぶつけてしまった。


 席を外していた小井戸と紗季ちゃんがよろしくないタイミングで帰ってきたのだ。


「小井戸さんと瀬古先輩が一緒に……え? どういうこと?」


 俺たちの事情を知らない草壁さんからしたら、この場は浮気現場そのものではないだろうか。


 俺と小田が冷や汗を垂らして息を呑んでいる中、小井戸は平然とした顔で対応する。


「実は私、先輩……瀬古先輩や夜咲先輩と仲良しでさ、今日は用事がある夜咲先輩の代わりに、夜咲先輩の従姉妹である紗季ちゃんとお出かけをしていたの。瀬古先輩は元々そのお出かけに付き添う予定だったみたいで。あはは、何も知らずにこの組み合わせを見たらビックリしちゃうよね」


 小井戸は淀みなくこの状況を説明してみせる。まさか彼女が嘘をついているなんて思わないだろう。


 現に、草壁さんの顔から困惑の色が薄れていく。


「そ、そういうことだったんだね。じゃあ彼女が夜咲先輩の従姉妹さん? たしかに似ている、かも?」

「はじめまして。わたし、夜咲紗季と申します」

「あわわ。ご丁寧に挨拶されちゃった。わ、私は草壁と申します!」


 紗季ちゃんと草壁さんが自己紹介をしあっている中、俺は小井戸と顔を合わせた。すると彼女はニコッと微笑みかけてくれて、俺もそれにつられて笑みを浮かべる。


 なんというか、小井戸は強いなあと思う。


 それから俺たちは制限時間が来たこともあって小田たちと別れてお店を後にした。


 一時はどうなることかと思ったが、小田の彼女さんに実際に会うことができたのは少し嬉しい。


「草壁さん、いい人っすよね」

「だなぁ。兎にも角にも、小田のことが好きっていうのは伝わってきたから、それだけで小田を任せられるよ」

「ぷふっ。先輩は小田先輩の何なんですかそれー」

「親友さ。だから俺は小田の幸せを心から願っていて……」


 親友、親友か。あの二人もそうだったんだよな……


「あー、紗季ちゃんはどうでしたか?」

「はい。とても親しみやすい方だなと思いました」

「分かる。なんか初めて会った気がしないんだよな」

「先輩。それは事前にあの写真を見ていたからじゃないっすか?」

「あ、そういうことか」


 そういえば今朝も母さんに見せるときに俺も見たし、そのせいか。


「小田さんはいつからのご友人なんですか?」

「えっと、中三からだよ」

「中学生の頃から一緒なんですね。わたしも将来同じ進路に進む仲間を作りたいです!」

「紗季ちゃんなら作れるよ。何人でも。それこそ、紗季ちゃんが呼びかけたら皆ついて来るんじゃないかな」

「……それは蓮兎さんもですか?」

「え、俺? 俺は紗季ちゃんの同級生じゃないんだけど……」

「……むぅ。もういいですっ」


 俺の回答が気に入らなかったらしく、紗季ちゃんは頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いてしまった。だけど、やはり繋いでいる手を離そうとはしない。


 どれだけ考えても紗季ちゃんの質問の意図が分からない。そして考えてる内にひとつ前に受けた質問を思い出す。


 小田と仲良くなったのは中三のときだった。そして、そのきっかけは……。


 俺の周りには俺の思い出を刺激するものばかりだ。それだけ、彼女たちが俺の日常に溶け込んでいたことを実感する。

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