第4部
第16章 こうはいといっしょ
第121話
夏休みに入ったこともあり、外を歩くだけでじんわりと汗をかいてしまう。
用もないのにお店に入って涼みたい衝動に駆られながら街中を歩き、目的地にたどり着いた。
「今回は中華かぁ」
「うむ」
今日、俺は小田と一緒にご飯に出ていた。
前回は焼肉で、今回は中華。どちらも小田セレクトだ。
店内に入ると一気に冷気が体を纏い、体温が下がっていく。涼しいと思ったのは束の間、汗が冷えて少し寒いくらいだ。まあ、食べてたら体温も上がるか。
店員さんに案内され、どことなく中国を感じる内装の店内を歩き、普通のテーブル席に座る。
今回も食べ放題。やっぱり会計が楽だし、たくさん食べたいからね。
「瀬古氏。注文はこのタッチパネルを使うのだぞ」
「便利だなあ。よし、パパッと適当に頼んでくれ」
「お任せあれ」
小田に注文してもらった料理が届き、俺たちは思うがままに食いかかる。
今回もどれも美味しくて箸が止まらない。小田はいつもどこから情報を仕入れているのだろうか。
一回目の注文の料理を食べ尽くした俺たちは追加の注文をし、料理が届くまでに話をする。
ぶっちゃけ、こっちが今日の本題だ。
「それで瀬古氏。まだお二人とは連絡がつかないのか」
「うん。ブロックはされてないみたいだけど、一週間前に送ったメッセージに既読すら付かない感じだ」
一週間前。一学期の終業式があった日。
俺は今後のことについて話し合おうと思い、二人……美彩と晴と一緒に例の喫茶店に向かった。
しかし話し合いはまともに行われず、しまいには小井戸が介入してきて俺は席を外すことになった。
数十分後。外で待っていた俺のところに来た小井戸から報告を受けた。二人は先に帰ったと。そして、二人は俺と距離を取ることになったと。
俺はすぐさま二人に連絡を入れた。しかし、その時のメッセージに対して二人からの反応は未だにない。
「瀬古氏はお二人と別れたと認識しておるのか?」
「……分かんねえ。距離を取るってのは破局の暗喩だってのは知ってるけど、如何せん突然だし、本人たちの口からは聞いてないからな。それに——」
「直前までのお二人の様子から、瀬古氏と別れると言い出すとは思えない。であるな」
「……あぁ」
自惚れかもしれない。でも、俺が夏休みに入る前まで抱え込んでいた悩みというのはそれがあったからだ。
俺たちは三人で付き合っていた。だけど二人はお互いに俺を譲る気はなかった。二人ともが俺と恋人関係であるがために、二人はひたすら攻撃をし続けていた。
俺と恋仲がすることを行う。それが彼女らの攻撃手段だった。
だから俺は彼女らの気持ちを身をもって知っているはずだ。間違えるわけがない。
「ではやはり、小井戸氏がお二人に何かを言ったのだろうな。しかし、形だけを見ると小井戸氏の一人勝ちではないか」
「小井戸は俺に対してそういう感情を持ってないよ。だから勝ちとかはないと思う」
「本当にそう言い切れるのか? 実は瀬古氏のことが……というのは日向氏で学んだではないか」
たしかに、晴は美彩のために俺の性欲を管理すると申し出てくれて、俺たちはそのような関係になっていた。その行動の動機がまさか俺のことが好きだったからなんて驚愕をしたのも数ヶ月前のことだ。
だけど……
「小井戸本人が言ってたからな。俺のことは先輩としか見ていないって。そういう異性の相手ではないんだよ」
「しかし、瀬古氏。本人が言ってたからってそれは何の根拠にも——」
「あいつは俺に嘘をつかない。だから違うんだ」
小井戸は俺のことなら何でもお見通しで、少し怖いところもある。
だけど彼女は俺に嘘をつかないと言ってくれた。そしてこれまでに彼女は俺に嘘をついたことはない。
だから、俺は彼女の言葉を信じる。
俺の気迫を感じたのか、小田は「そうか」と呟いた。
「それで、小井戸氏とは会ったりしておるのか?」
「いや、会ってないよ。なんなら夏休みに入ってから今日まで家族以外の人と会ってなかったよ。連絡は取ってるけどな」
「ふむ。それなら可能性は低いのか……あいやすまない。少し確認をしたかったのだ」
「気にするなよ。小田が俺のことを思ってきいてくれてるってのは十分に伝わってるからさ」
「瀬古氏……」
「小田……」
「お待たせしましたー。ご注文の水餃子に小籠包でーす」
俺たちの友情を確かめ合っているところで、先ほど注文した料理が届いた。店員さんは俺たちを交互に見てニコニコしている。いい接客だ。
届いた水餃子を箸で掴んで口に運ぶ。そういえば、本場中国では餃子といえば焼き餃子じゃなくて水餃子なんだっけ。そんなことを美彩が言っていたような気がする。
「こほん。ところで瀬古氏、今更だが体調の方は大丈夫なのか?」
「あぁ。ここ一週間で十分に休養とったからな。薬も必要ないくらいだよ」
「そうか、それはよかった。我も瀬古氏の体調不良に気づくことができればよかったのだが……すまない」
「いいっていいって。それに学校にいる間はずっと薬が効いてたからそんなに体調悪くなかったんだよ。だから気にするなって」
「……感謝する」
「礼を言うのはこっちの方なんだけどな」
「なに。瀬古氏の優しさに感謝をしただけだ」
「……こんなの優しさじゃねえよ。自分のために罪悪感をなくそうとしてるだけだ」
「それを優しさだと我は思うのだがな。所詮、人間はエゴな生き物よ。そのエゴの枠にどれだけ他者を入れることができるか。それが人の器の大きさであり、優しさだと我は思う」
エゴの枠……か。小田は難しいことを言うなあ。
つまりは、自分のことのように思える人がどれだけいるかという話だろう。
……やっぱりよく分からない。俺はこれまで彼女たちのことを大事にしてきたと胸を張って言える自信はない。
さっき届いた小籠包を箸で割り、火傷しないように中を冷やす。そういえば、晴は猫舌だったな。
「そうだ。小田の恋愛事情も聞かせてくれよ」
「わ、我のか!? 我は順調ゆえ、いまの瀬古氏の心を傷つけてしまう可能性があるかもしれんぞ」
「言ったな。でもこの前、なかなかの修羅場があったみたいじゃないか。なんでも部長さんと相合傘をしただとか」
「ど、どうしてそのことを瀬古氏が!?」
「ソースは小井戸だ。なんせ小田の彼女さんは小井戸の友達だからな」
「ぐっ……そういうことか。しかし、我がこれ以上動じる必要はない。なぜならその件は完全に解決したからだ!」
「マジか。もしかして小田ってやり手?」
「謂れのない評価はやめなされ。そもそもあれは誤解だったのだ」
小田の口から例の修羅場のことの顛末を聞いた俺は、なるほどねと納得した。
雨の中、自分の傘を差して歩いていた小田は、同じく傘を差して歩いている部長さんに出会した。
その瞬間、突風が吹いて小田の安物の傘は裏返ってしまった。
しかし閉じれば直るため、小田は一度傘を閉じることにした。だけどその間濡れてしまうため、部長さんが傘に入れてくれたみたいだ。
小田が自分の傘を閉じる。そして部長さんの傘に二人で入る。その瞬間をたまたま通りがかった彼女さんに見られてしまったらしい。
小田の言う通り、彼女さんの誤解だったみたいだ。
「それじゃあ、今も彼女さんとはラブラブってことか」
「うむ。先日なんて二人で改めて江ノ島に行ってきたぞ」
小田はそう言って、照れ臭そうに二人のツーショット写真を見せてくれた。その背景にはたしかに見覚えがある。
「……ん? 彼女さんって眼鏡かけてなかったっけ」
「うむ。最近コンタクトにしたみたいなのだ」
「へえ。眼鏡外しただけで印象って全然違うんだな。小田が一緒に映ってなかったら分からなかったもしれない」
「そうだな。我も初めて見た時は驚いたものだ。つい部長の前で『可愛い』と言ってしまったし」
「部長の前でねぇ……ん?」
「……瀬古氏。少し我の相談に乗ってくれないか」
「いや待て。なんか嫌な予感がする」
「実は部長も前まで眼鏡をかけていたのだが、その時の我の失言を機に部長もコンタクトになってしまったのだ。そして会う度に『小田。私も可愛いか?』って聞いてくるのだ。あまりにしつこいから一度だけ言おうか悩んだのだが、我の彼女……草壁氏は監視するように我のことを睨んでくるし」
「おいおいおいおい。修羅場は解決したんじゃなかったのかよ」
「瀬古氏……修羅場というものは無限に発生するものなのだよ」
それを一般論に繋げるのはよくないと思いつつも、俺自身経験がありすぎて、小田の発言を否定する言葉は見つからなかった。
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