第120話
「お二人はご存知ですか? 先輩って結構告白されてること」
小井戸から打ち明けられた事実に、美彩と晴は目を見開く。
「蓮兎くんが……!?」
「そ、そんな素振り一切なかったのに」
「先輩に告白される方は皆、夜咲先輩にバレないように動いてましたしね。日向先輩も気づかないのは仕方ないかと。それに、先輩はお二人に言うことでもないと思っていたのでしょう。すべての告白に対してその場で断ってましたし。ただ今年の5月頃……ゴールデンウィーク明け頃からは意識して隠していたように思えますが」
「そんな最近まで!?」
「はい。それこそ、夜咲先輩とお付き合いを始めたという噂が流れ始めた時は『終わった』って絶望しているクラスメイトもいましたし、日向先輩と二股している噂が流れたときは『私にもまだチャンスが!』って躍起になっている子もいました」
「知らなかったわ……」
「お二人は分からないかもしれませんが、先輩って普段は他人に対して結構冷たいんですよ。特に調子に乗っている人に対して。それはおそらく中学時代の経験が原因だと思うんですけど」
その話を聞いて、美彩と晴は初めピンとこなかった。蓮兎が自分たちに対して冷たい態度を取ったことがないからだ。
だけど、守屋と接する時の蓮兎の様子を思い出し、もしかしてああいうことかと納得する。
「だけど、困っている人には手を差し伸べちゃうんですよね。ボクのクラスメイトは入学して間もない頃、教室が分からなくて迷子になっているところを先輩に助けてもらったみたいです。その優しさにコロッと落とされている人が結構いるんですよ。それに先輩って変な目立ち方してますけど、周囲の目を気にせずに一途に愛してくれるって素敵だと思う人もいるみたいで。そんな感じで無意識にファンを作り上げてたみたいですよ」
小井戸から聞かされる蓮兎の姿は自分達が知っている彼そのものだった。だけど、彼の周囲のことについて、自分達が何も知らなかったことに気付かされる。
「それにしても、先輩はクズ野郎なのにどうしてこんなにモテるんですかね」
「……蓮兎くんがそのような人だと思うのなら、あなたこそ蓮兎くんから離れてくれるかしら」
「何言ってるんですか。クズだから離れるなんて、愛がないって言ってるようなもんじゃないですか。先輩が心中しようって言い出したら喜んでするんですか? 違いますよね? 先輩の話を聞いて、話し合って、自分のお願いも伝えて。そうやって全力で止めて、一緒に生きていきますよね? 先輩が道を踏み外そうとしたなら、ボクが道を正すに決まっているじゃないですか」
「い、いま、レンのこと愛してるって言った! やっぱり小井戸ちゃんはレンのこと——」
「違います。ボクの先輩に対する愛はそういったものじゃないです。強いて言うなら家族愛……いや、なんでもないです。とにかく、いまのお二人と一緒にいたら先輩がいつか倒れてしまいます。なので、先輩に近づかないでください。いいですね」
小井戸は二人に釘を打つようにそう言って席を立つ。そしてマスターにお礼を言い、そのまま店を出ようとする。
そんな彼女を二人は止めない。いや、止めることができなかった。
小井戸に自分たちの不甲斐なさを散々指摘され、大好きな蓮兎を苦しめ続けているのが自分たち自身だと思い知らされ、そして、小井戸の蓮兎に対する愛の大きさを前にして敵わないと察したからである。
打ちひしがれる中、美彩は最後の力を振り絞って彼女に問う。
「小井戸さん。あなたはどうして、そこまで蓮兎くんのことを知っているの。どうしてそこまで本気になれるの。あなたは、蓮兎くんにとって何者になりたいの?」
「ボクは先輩の後輩です。それ以上でもそれ以下でもないです。……ただ」
小井戸は振り返り、今日ずっと上がっていた眉を下げて、伏し目がちに言う。
「かつて、先輩の妹になりたかった女、ですけど」
* * * * *
小井戸に喫茶店から追い出されてから、かれこれ三十分はゆうに経っただろうか。
なんで俺が席を外さないといけないんだよと初めは思ったが、小井戸の目は俺に危害を加えようとするそれではなかった。むしろ守ろうとしている目だった。だから俺は彼女の命令に従い、二人を置いて喫茶店から出た。
小井戸はガールズトークなんて言っていたけど、そんなほんわかした会話を繰り広げけているとは到底思えない。
話題はなんとなく想像がつく。
俺が病院に通って薬をもらっていることを小井戸は知っている。そのことについて、二人には内緒にしておいてくれと口止めをしているが、彼女はその時に言っていた。もし俺が限界だと感じたら彼女から二人に言うと。
そして、俺は先日、彼女に通話をかけてしまった。それを彼女は俺からのSOSだと認識したのかもしれない。
……いや、あながち間違っていない。あの時、俺はたしかに彼女に助けを求めた。ゴールデンウィーク明け、二人との接し方に悩んでいた俺を彼女が癒してくれた時のように。
なんとも情けない話だ。俺は彼女に甘えっぱなしだ。なのにこんないちごミルクで手打ちにしようとしている。
紙製のパックに付着している水滴が足元に垂れる。もう温くなってしまっただろうか。買い直した方がいいかなとベンチから立ちあがろうとしたその時、
「せーんぱい」
俺の目の前に立つ少女——小井戸がいつもの笑顔を浮かべて俺を見下ろしていた。
「どうしたんすかー? そのいちごミルク。もしかしてボクにくれるやつですか?」
「うん。だけど温くなっちゃったから、買い直そうかと思ってさ」
「えーそんなの気にしませんって! たくさん話して喉乾いてたので助かります。いただきまーす!」
小井戸は俺からいちごミルクを受け取り、手慣れた手つきでストローを差して勢いよく飲む。
「ぷはー。やっぱり先輩のいちごミルクは格別っすね!」
「語弊語弊。しかし、よく俺がここにいるって分かったな」
「先輩の行動くらい読めますよー。喫茶店から出たはいいものの、あまり離れるわけにはいかないと考えた先輩は一番近くのベンチに座ろうとする……どうっすか?」
「ぴったりすぎて怖い」
「でも今更っすよねー?」
「そうだなぁ」
彼女は何度も俺の考えや行動を読んできた。だから今更これくらいで驚いたりしない。
そして、そんな彼女だからこそ、俺もなんとなく彼女のすることが分かるようになってきた。
「……それで、夜咲と日向は?」
俺は恐るおそるといった感じで小井戸に二人の行方をきく。
すると、小井戸は「あー」と間伸びした声を出したあと、薄く笑って言った。
「お二人は先輩と距離を取ることになりました。なのでここには来ません」
「……え」
小井戸は困惑する俺の手を取り、恍惚とした表情を浮かべて言う。
「せーんぱい。フリーになっちゃいましたね。でも大丈夫っすよ。先輩にはボクがいますので! なので、先輩。夏休みはボクとたっくさん遊びましょうね!」
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【あとがき】
お目汚し失礼いたします。
本作『好きな子の親友が俺の性欲を管理している』(第3部)をお読みいただきありがとうございます。コメントやレビュー等も本当にありがとうございます。
第3部のテーマは特にないです。強いて言うなら「自業自得」ですかね。
最後に小井戸が三人の中を引き裂いていきましたが、別に彼女がしなくてもいつかなってそうだし、なるようになったって感じです。むしろ優しい。
まあ三人は性格的にハーレムが向いていなかったってことで。
というわけで、敗者は全員でした! 小井戸はこうなることを予見していたんです。さすが師匠。
本当は小井戸にもっと二人をコテンパンにしてもらって絶望させようと思っていたんですが、なんか諭す感じになっちゃいました。師匠優しい。
第87話(第2部最終話)の二兎を追う物〜のくだりですが、これは蓮兎側だと『美彩』と『晴』ですが、ヒロイン側だと『蓮兎』と『親友』で二兎という意味でした。蓮兎を諦めるか、親友を切るしかこの恋愛は成り立たないということを小井戸師匠は言っていました。
(余談ですし後付けですが)蓮兎は「連なる兎」で「二兎」を意味していたりしていなかったり。
一応、登場人物の名前は意味があって付けたりしてます。夜咲はクールな感じ、日向は明るい感じをイメージしています。(偶然ですが)日夜と対照的な名前になって気に入ってます。途中から名前呼びになっちゃいましたが。
小田くんもそうですね。晴からはオタくんなんて呼ばれてますが。そういうことです。甲斐田、守屋はテキトー。
そういえば蓮兎が結構モテるって話ですが、数自体はそこまでです。(美彩と晴を除いて)片手で数えられるくらい? 意外とっていう意味で結構モテるってことです。
あ、蘭の正体が判明しましたね! いくつか推測されているコメントがあって凄いなあって思ってました。
蘭は蓮兎の人格形成のキーパーソンだったんです。彼女が亡くなったとき、蓮兎は幼稚園児だったので。(第73話の蓮兎と松居先生の言い合いが伏線になってるようでなってない)
あと、小井戸も何か重大な過去を持っていそうですね。もう伏線張り切ってるけど。
そんな小井戸と過ごす夏休み。とても楽しみです。
以上です。
次話から第4部です。
また、今後は不定期更新になります。よろしくお願いします。
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