第117話
三日間に渡る期末試験を終え、通常授業日を数日挟み、俺たちは今日の終業式を迎えた。
その間、美彩と晴は冷戦といえる状態が続いた。今まで二人が言い合うことはあるにはあったが、ここまで長引いた喧嘩は初めてだ。
俺はなんとか二人に仲直りしてもらいたいと思い仲裁に入ったのだが、どちらも自分の主張を譲る気がなく、二人の関係は一向に回復する気配を見せない。
結局、晴は進路選択を理系にして提出したらしく、同時に選択科目を物理にしたらしい。そのため、二人が仲直りする一番のきっかけを俺たちは失ったことになる。
今日の終業式を終えれば念願の夏休み。おそらく夏休み中も俺たちはずっと一緒にいるのだろう。なので尚更早く仲直りしてほしいと思うばかりだ。
「それじゃあお前ら、羽目を外しすぎて厄介事を起こさないようにな。起こしてもお前たちで解決しろ。私は知らん。はい、解散」
それでいいのかという松居先生の号令により、俺たちの一学期は終わった。
続々と教室から出ていくクラスメイトの中、美彩と晴が俺の席までやってくる。
冷戦状態でも俺たち三人は一緒にいた。ただ、二人の間に会話はない。
「蓮兎くん、帰りましょう」
「瀬古。帰ろ」
このように、二人の発言は常に俺に向いてる。俺のみに向いている。それがまるで今の俺たちの関係性のように見えて心苦しい。
二人と一緒に学校を出て帰路に着く。だけど、三人で帰っているというより、二人それぞれと一緒に帰っている感覚に陥る。
「蓮兎くん。期末試験の結果はどうだったのかしら」
「赤点はなんとか回避したよ。まあ、良かったとも言えないけどね」
「そう。補習に行く必要がないのはいいことだけれど、定期試験もしっかり点数を取れるようにならないといけないわよ」
「だなぁ」
「瀬古。さっき松居先生に呼ばれてたけど、何か言われたの?」
「あー……あれだよ。一番何かやらかしそうなのはお前だから特に注意しろよって感じのこと言われた」
「……それ、あたしのせいだよね。ごめんね」
「いや、俺の素行のせいだろ。日向が気にすることないよ」
帰り道でも変わらず、二人は俺としか会話をしない。
そして例の岐路に着き、いつもなら俺はここで二人と解散する流れになる。だけど、今日の俺は止まらずまっすぐ進む。
「蓮兎くん?」
「瀬古?」
二人が怪訝そうな声で俺の名前を呼ぶ。
やっぱりこのままではダメだ。明日から夏休み。今までとは勝手が違うし、現状を持ち越すわけにもいかない。だから、
「話し合おう。これからのこと。俺たちのこと」
* * * * *
あれから、俺たちはいつもの喫茶店にやって来た。
俺たちから並々ならぬ雰囲気を感じたのか、マスターはすぐさま店を貸切にしてくれた。マスターが楽しむためだろうけど、今回ばかりは助かる。
テーブル席の前まで来て、俺は動けなくなる。
「今日は学校があったのだから、蓮兎くんは私の隣ね」
美彩はそう言って、俺の右腕を掴んでくる。
「もう夏休み入ってるよね。休みだよね。だったらレンはあたしの隣だよね」
晴もそんな主張をして、俺の左腕を掴んでくる。
「……今日は二人が隣同士で座りなよ。俺は一人で座るからさ」
俺がそう提案すると、二人は一瞬顔を見合わせ、
「嫌だわ」
「やだ」
と拒絶の意思を示した。
結果、俺たちは三人で一つのソファに座ることになった。つまり、俺の両隣に二人が座っている。小井戸と一緒に来た時と同じだ。
「それで蓮兎くん。私たちは今から何について話し合うのかしら」
「これからのことって言ってたよね? どういうこと?」
二人に質問され、俺は何から話したものか考える。
「……まず、その、二人の喧嘩についてなんだけど」
「喧嘩なんかしていないわ。ただ晴が意固地になっているだけよ」
「喧嘩じゃないよ。美彩がイジワル言ってくるだけ」
それを世間一般的に喧嘩って言うんだけどなと思いつつ、俺はさっき松居先生から本当に聞いた話をする。
「科目選択についてだけど、夏休み明けすぐなら変更しても構わないならしい。だから、やっぱり生物にするって変更することも可能——」
「変えないよ。あたし、物理でいくもん」
「晴」
「どうしてそんなこと言うの? レンはあたしと同じクラスになりたくないの?」
「そりゃ同じクラスになりたいさ。でも、晴の生物の成績を見たら……やっぱりそっちの方がいいって思ったんだ」
「っ……やだ! 絶対に変えない! 今でも学校にいる間、ずっとレンが近くにいるのに遠くにいる感じがするんだよ!? それなのに、一緒にいられないなんて耐えられないよ……」
晴は今にも泣き出してしまいそうな声でそう言い、俺の腕を強く抱きしめてくる。
彼女の気持ちはよく分かるし伝わってくる。だけど将来的にこれが正しい選択だとは思えない。
「別に今すぐ答えを出さなきゃいけないわけじゃないよ。回答期限が伸びたと思うくらいでいいから、少しだけ考えてみて」
「……やだ」
「頼むよ」
「……レン、あたしのこと好き? 遠ざけようとか、そういうのじゃないよね?」
「違うよ。晴のこと、ちゃんと好きだよ」
「……えへへ」
晴は機嫌を良くして俺の腕に頬擦りしてくる。
一方で、美彩はむすっとした表情で俺を睨みつけてくる。
「蓮兎くん。私のことを放置するなんて生意気ね」
「別に放置していたわけじゃないんだけど」
「前に言ったじゃない。無意識の方がタチが悪いのよ。ほら、私にも言うことがあるでしょう」
「……美彩のことも好きだよ」
「あら、それだけ?」
「……今日も綺麗だよ」
「前と同じだけれど、許してあげる。ふふ。蓮兎くん、私もあなたのこと大好きよ」
美彩は微笑み、俺の腕にそっと頬を添わせる。
「……うぅ」
反対側から恨み言が聞こえそうだったので、俺は咄嗟に次の話題を出す。
「次に話し合いたいことなんだけど、二人は夏休みをどう過ごすつもりなの?」
「そうね。私的には毎日蓮兎くんと会いたいわ」
「レンと毎日会うよ。行く場所はどこでもいいから、レンと一緒にいたい」
……まあそうなるよなと思いつつ、俺は気になっていたことについて触れる。
「二人の間にはルールが設けられていたと思うけど、夏休み中はどうなるの?」
「半々でいいんじゃないかしら。一日ごとに交代しましょう」
「待って。今まであたしの日が少なかった分、夏休み中はあたしの日を増やしてよ」
「そんなことを言ったら、この後もその埋め合わせをしないといけないじゃない。そんなこと不可能なのだから、却下よ」
「だってずるいじゃん! 美彩がたくさんレンとイチャイチャできるままにしたいだけでしょ!」
「何とでも言いなさい。それにあなた、この前平日なのにも関わらず夜に蓮兎くんと二人きりで会ったでしょう」
「……会ってないもん」
「嘘をつきなさい。あの日、私は夜中に蓮兎くんが外にいたのを知っているのよ」
「な、何でそんなこと、美彩が知ってるの」
「通話をかけたら蓮兎くんが外にいたからよ。それに、あの日は私も蓮兎くんと会ったもの」
「み、美彩だって会ってるじゃん!」
「私はいいのよ。だってあの日は私の日だもの」
「……ずるい。ずるいよ」
「私はルールに則って動いてるだけよ。卑怯なことをしたのは晴の方でしょ」
「……そんなこと言って。あたし知ってるんだからね。休日、あたしと合流する前と解散後、美彩がレンとイチャついてるの」
「それは仕方がないじゃない。私と蓮兎くんの最寄り駅は一緒で、晴は違うのだから」
「そんなの理由になんないよ! そもそも、学校であたしがレンに甘えられないのも、美彩が嘘ついたせいじゃん! やっぱり卑怯なのは美彩だよ!」
「そうね。でも今は実際に付き合っているのだから、おかしくはないでしょう」
「おかしい……おかしいよ!」
俺を挟んで二人は言い合いを始めてしまい、しばらく静観していたが、収まる気配が感じられない。
結局、この話し合いに正解はないような気がする。配分を半々にしたところで晴は今までの分があるため不満を持ってしまう。そこで、その分を補填したスケジュールにした場合を考えてみると、やはり夏休みというものは特別で、イベントも盛り沢山だ。その期間を晴が優先することとなると、今度は美彩が不満を抱いてしまう。
それなら、どちらかの日というものを廃止して、夏休み中は三人でうまくやって行こうという案が一瞬思い浮かんだが、それで上手くいくならこんなことにはなっていないように思える。それに、これも晴の不満を解消できていない。
「ねえ、レンはどう思う?」
「蓮兎くんはどう考えているのかしら」
「え」
急にバトンを渡されてしまったが、俺の中でもまだ考えが定まっておらず、適当に自分の希望を口にする。
「そ、そもそもさ、会うのは毎日じゃなくてよくない? たまには家族とかさ、他の友達と一緒に過ごしたり……」
「レンはあたしと毎日会いたくないの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「……蓮兎くんには、私たちより会いたい人が他にいるのかしら」
美彩の一言によって、俺たちの周りの空気が一変した。二人の向かい合っていた矛先が俺に向かってくる。
「……レン、それほんとなの?」
「誤解だって。別に二人以外に会いたい人がいるわけじゃないよ」
「本当かしら。蓮兎くん、怒らないから正直に話して」
「話すもなにも……俺はずっと正直に話してるつもりなんだけど」
「蘭」
「……え」
美彩の口から発されたその名前に俺は驚愕して固まる。
一気に心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
「その反応、やっぱり怪しいわね」
「み、美彩。それはレンには聞いちゃダメって言われたんじゃ」
「この際だからはっきりしておきたいのよ。いいじゃない。蓮兎くんは私のものなのだから、蓮兎くんのことについては何でも知っておきたいの」
「……なんで、二人がその名前を知ってるの」
「……あの日、レンが荒平先輩からあたしを守ってくれて、あたしたちの関係が美彩にバレて……レンが倒れちゃったとき、レンが口にしてたの。その名前を」
そういえば、病院に運ばれてから目を覚ましたとき、母さんにそんなことをきかれた気がする。俺が覚えていないと答えたら、それならいいって言われて、だったら何できいてきたんだよと思ったがそういうことだったのか。
「……そっか。それで、俺は他にも何か言ってた?」
「えぇ。あのとき、蓮兎くんは——」
美彩が俺の質問に答えようとしたその時、喫茶店の奥から現れた人物がこちらに向かって来た。
その人物はマスターではなく、うちの高校の制服を身に纏っている。
そして彼女は俺の隣に立ち、いつもの少し生意気な笑顔を見せる。
「どうもっす、先輩。ちょっとお外に出て行ってくれませんか? これからボクたち、ガールズトークするので!」
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