第113話
後ろでドアが閉まる音が聞こえた。
困惑する俺に美彩は微笑みかけて言う。
「私の予想通り、あなたは私を追いかけて来てくれた。晴を置いて、私のもとに。嬉しいわ」
「美彩……その、これってどういう状況なのかな」
「ふふ。困惑している蓮兎くんも可愛いわね」
美彩は愛おしそうに俺を見つめ、俺の胸に自身の頬を擦り寄せる。
そして、その格好のままこれまでの美彩の行動についての説明を始めてくれた。
「一昨日、私が蓮兎くんとセックスしたことを知った晴が落ち込んでしまったあの時、あの子のことを心配してあの子を家まで送ることにした蓮兎くんに私がついていかなったのは、あの子に蓮兎くんを譲ったわけじゃないわ」
それはなんとなく分かっていた。
彼女らはルールを設けている。平日は美彩、休日は晴が俺と恋人同士がする行為をできるというもの。
そしてあの日は休日だった。つまり晴の日だった。だから美彩は身を引いたのだと一瞬考えた。
しかし、三人で付き合うようになってから、彼女らはお互いを監視をしていたように思える。だから、俺がどちらかと二人きりになることは少なかった。
そのため、あの場面で美彩が身を引いた理由として考えられるのは——
「あの時、あんなことを言ったらあの子が傷ついてしまうのは分かっていたわ。けれど、あの子に先を越されていたという事実がずっと私の中にあって、何度も胸を苦しめられたのを思い出して。気づいたらすべてを話していたわ。……自分でも性格が悪いとは分かっているの。だからあなたに嫌われたくなくて、あの日は一人で帰ったの」
やっぱりそうだったかと、俺は胸の内で納得する。
「蓮兎くんと晴を二人にするのはとても心苦しかったわ。いま二人で何をしているのか想像するだけで胸に痛みが走るの。けれど、これであの子が立ち直ったらこの日々が続けられる。そう思ったから我慢したのよ」
美彩は胸を押さえながら言う。そして「けれど」と言葉を続ける。
「まさかその翌日、あの子が私を騙して蓮兎くんを独占するようなことするとは思っていなかったわ」
「……ごめん」
「蓮兎くんが謝ることじゃないわ。あなたも騙された側でしょう」
「だけど、すぐに美彩に連絡してたらあんなことには……」
そういえば、美彩が連絡を諦めるのが思ったより早かった気がする。俺が入院した時のことを思えば、繋がるまで連絡してきてもおかしくなかったのに。
そんな俺の疑問を察したかのように、美彩はそれについても説明をしてくれる。
「いくら待ち続けても蓮兎くんは来ない。諦めきれずに何度も連絡したけれど、それでも繋がらない。すぐに察したわ。私は騙されたんだって。だから……あえてそれ以上は連絡をしなかったの」
「……へ?」
美彩の言うことが理解できず一瞬思考が止まる俺に、美彩は妖艶に笑いかける。
そして絹のような手を俺の頬に当てて言う。
「私がこうして傷ついていれば、あなたは私を気にしてくれる。私を見てくれる。私に夢中になってくれる。私がどこに行こうと、あの子を置いて追いかけてくれる。……だから、私は連絡をするのをやめたの。たくさん傷つくために。あなたの頭の中が私で埋め尽くされるために」
「じゃあ……今朝から俺を避けていたのも」
「ふふ。ごめんなさい。あなたが私に構ってくれるのが嬉しくて、つい悪戯しちゃったわ。言ったじゃない。私は怒っていないって。……でも、少しだけ仕返しのつもりもあったかしらね。こんなに苦しんだのだもの」
美彩は手を動かし、俺の顔を固定させ——潤んだ唇を俺の唇に当ててきた。強く。強く。強く押し当ててくる。そのキスには彼女の感情が乗っているように思える。
数秒後、美彩は一度離れてうっとりした表情を浮かべて言う。
「あぁ……やっぱりあなたは私にとって特効薬なのね。それに今日は不純物も混じっていないから効きが良い気がするわ」
特効薬……? 不純物……? どういう意味だろう。
「でもまだ足りないわ。ねぇ蓮兎くん。もっと私にちょうだい。私のこの胸の痛みはあなたのせいなのだから。あなたにこの痛みを取って欲しいわ」
「……どうすれば、いいんだ」
「簡単なことよ。私を愛して。たくさん。蓮兎くんは得意でしょ? 私に愛をくれるの」
愛を……それは、俺が今まで行ってきたあのことだろうか。
そういえば最近言ってなかったな。久しぶりすぎてなんだか気恥ずかしい。
「今日も綺麗だよ、美彩」
「もっと」
「毎朝勉強してて流石だな、美彩」
「もっと」
「改めて言うけど、その髪型似合ってるよ、美彩」
「もっと」
「実は美彩のお尻、好きだよ」
「……もっと」
「……好きだよ、美彩——んっ」
美彩が再びキスをしてくる。先ほどと同じところで止まらず、彼女は俺の口内を蹂躙し始める。俺はその快楽に溺れてしまう。
「んっ……私もっ……好き……大好きよ蓮兎くん……っ……」
呼吸をする間に美彩も俺に好意を伝えてくれる。喋るのは難しいだろうに、彼女は俺とのキスを止めようとはしない。
俺はそんな彼女を愛らしく思う。
お互いの唾液を交換し合った俺たちは、荒くなった息を整えるために一度離れる。
息を整え終えた美彩は鋭い目で俺を睨み、一呼吸入れて聞いてくる。
「昨日、晴とどこへ行ったの。何をしたの」
「……ホテルに行ったよ。だけどしてない」
「……そう。私に対抗して行くとは思っていたわ。けれど、そこへ行ったのにしていないって言葉を信じられると思うかしら」
「分かってるよ。だけど本当にしてないんだ」
「……分かったわ。あなたはこういう時に嘘はつかないものね。だから、そんな曖昧な答えになるのよね。……それより前のことはしたのでしょ」
「……あぁ」
俺は観念して素直にそう答えた。
すると美彩は「そう」とだけ呟き、俺から離れる。
このまま教室に戻るのかなと思ったその時、美彩は体を翻し、後ろ向きに俺に体重をかけてきた。
体重をかけられた俺は後ずさるが、背中にドアがぶつかり、俺は美彩とドアに挟まれる形になる。
「私のお尻、好きなのでしょう。蓮兎くん」
彼女はそう言って、お尻を俺の腰あたりに押し付けてくる。
「少し大きくて私的にはコンプレックスだったけれど、ふふ。あなたに好きって言ってもらえると、私も好きになってきたわ。ふふ。我ながらはしたない格好。けれど、どうしてかしら。とても興奮するの。あなたにしていると思うと胸が高鳴るの。あなたが見ていると思うと身体が喜ぶの。あなたが興奮していると思うと身体が止まらなくなるの」
先ほど整ったはずの美彩の息が再び荒くなり始める。
「この格好、私の身体を蓮兎くんに支配されてるみたい……ふふ。おかしいわね。蓮兎くんは私のものなのに。逆じゃない。でも……」
俺は彼女の身体を支えるために腕を回す。
「いや、何これ……本当に私が蓮兎くんのものに、なったみたいじゃない……いや……好き……好きよ蓮兎くん。蓮兎くん蓮兎くん蓮兎くんっ」
* * * * *
彼女はこちらを振り返り、潤んだ瞳で俺を睨みつけてくる。
「生意気よ。蓮兎くん」
少し怒ったような口調で彼女はそう言い、口元を緩ませる。
「ふふ。でも可愛いわ」
彼女が俺の身体に触れる。
恥ずかしくて彼女から顔を背けると「ダメよ」と怒られてしまった。
「今あなたに触れているのは誰か、しっかりとその目で見なさい。私が、夜咲美彩がしているのよ。あなたの大好きな夜咲美彩が。この学校に入学してからずっと告白してきた相手が、あなたの身体に触れているの」
美彩と見つめ合いながら、俺は刺激に顔を歪ませる。
「あぁその顔。可愛いわ。好きよ蓮兎くん。私がこんなことをしてあげるのはあなただけ。だから、あなたもこんなことしてもらうのは私だけにしなさい。ほら。私がしているのをしっかりと見て。その目に、記憶に、脳裏に焼き付けて。他の誰かとしようなんて考えないように。私を見て。私だけを見て」
美彩の手が動き始める。意識が彼女の瞳に吸い込まれそうになる。
そして———
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます