第97話
「大人しそうな子ね。やっぱり蓮兎くんは落ち着いたタイプが好きなのかしら」
「嘘だよね、レン。あたしうるさいかな? 黙った方がいい?」
二人は虚ろな目で俺を見つめながら詰め寄ってくる。
「ちゃうねん」
「どうして関西弁なのかしら。もしかして、その女の子の影響? 影響されるほど親密な仲なのかしら」
「レンは方言フェチなの? あたしも関西弁使った方がいい? えっと、なんでやねん」
「咄嗟に出てきた関西弁でセルフツッコミしてるじゃん。あいや、そうじゃなくて。この子は……」
疑いの弁明をしようとしたところで、俺のスマフォに新たなメッセージが連続で届いた。
『あれ? 既読は付いてるのに返事が無くなりましたね』
『もしかして先輩、いま小田先輩の彼女さんの顔をじっくりと観察してるところっすかー?』
なんでそんなことまで分かるんだよと思うが、このメッセージは渡りに船だった。
表示されている画像の上に現れたメッセージ通知を二人も見ていたらしく、次第に二人の目に光が宿っていく。
「小田くんの彼女さん? もしかして、この女の子は彼の恋人なのかしら」
「そ、そうそう。小井戸と同じクラスメイトらしくてさ、一緒に映っている写真をくれたからちょっと見てたんだ」
「なーんだ、そういうことかぁ。って、オタくん彼女できたんだ! 今度おめでとうって言ってあげた方がいいかな?」
「自分から教えてくれるまで待っていた方がいいんじゃないかしら。あまり周囲に言いふらしたくない人もいるでしょうし、蓮兎くんが勝手に私たちに教えたと知って嫌な気持ちになるかもしれないでしょう」
「あ、それもそうだね。それにしてもこの子がオタくんの彼女さんかぁ。なんだかお似合いだね!」
「だなぁ。一緒にいる姿が容易に想像つくというか、見ていて落ち着く感じがある組み合わせだな」
「ふふ。それにしても、こんなに可愛らしい子を彼女にするなんて、小田くんも隅に置けないわね」
俺の疑いは晴れて、3人で小田の彼女に対する感想を言い合う。
一件落着かなと思った矢先、「でもさ」と晴が言葉を続ける。
「レ……瀬古、小井戸ちゃんと連絡取ってたんだね。あたしたちが離れたこの短い時間で」
「たまたまこのタイミングで向こうから連絡が来たんだよ。それに返してただけだって」
「ふーん。それで、どうしてさっきの写真を貰う流れになったの?」
「……小井戸には迷惑かけまくってたからさ。色々助かったけど、こっちに構ってばかりで向こうの交友関係は大丈夫かなってちょっと心配になって、クラスメイトとの写真を見せてもらったんだ」
「……そっか。やっぱり瀬古は優しいね」
「これは優しさとかではないと思う。ただ自分が背負わないといけない責任がないことを確認したかっただけ。完全なるエゴだよ」
「責任を背負おうとしているだけ、あなたは立派よ。あなたがどれだけ自分を否定しようと、私があなたを肯定してあげるわ」
「あ、あたしも! 瀬古は立派! えらい!」
俺が自虐していると、美彩と晴が二人して俺のことを肯定してくれる。美彩は言い聞かせるように、ゆっくりと俺は立派であると説いてくれた。晴については少し適当だなあと思うが、それがまた俺に元気を与えてくれる。
二人の彼女が俺のことを肯定してくれる。こんな幸せな空間があるだろうか。なのに、俺の胸にぶら下がっている重りは完全に取り除かれない。
「けど、やっぱりこの短い空き時間で小井戸さんと連絡を取り合っていたのは気に入らないわ」
「だよねだよね。じゃあさ、あたしたちも写真を送ろうよ! 3人で仲良くしている写真!」
「ふふ、いいわね。私たちの仲を彼女に見せつけてやりましょう」
俺を置いて話は進んでいき、晴が自身のスマフォを内カメラにして構える。
「ほらほら、瀬古もこっちに寄って!」
彼女に手招きをされて、俺は彼女の隣に立つ。すると腕同士がくっつように晴が密着してきた。反対側には美彩が立ち、こちらは腕を組んできて肩に頭を乗せてくる。
「それじゃあ撮るねー。はい!」
カウントダウンがあるかと思いきや、早速シャッターを切られてしまった。変な顔をしていなければいいがと心配になるが、撮影した写真を見て晴はにっこりと笑う。
「完璧! これ瀬古に送るから、瀬古はちゃんと小井戸ちゃんに転送してね」
「日向から送ればよくない? この前、連絡先交換してたよな」
「……連絡してたのは瀬古なんだし、瀬古から送ってよ。その方が普通じゃん」
「そうね。いきなり晴が写真を送るのも変でしょ?」
「んー、それもそうか。了解」
晴の言い分に納得した俺は、彼女から送られてきた写真をそのまま小井戸に転送する。するとすぐに既読は付き、返事が来るのも速かった。
『返事がないと思っていたら、なんすかこれは! 可愛い彼女さんとの写真を送ってきて! これを撮るためにボクのことを放置していた挙句、自慢してくるなんて先輩は鬼畜っすね!』
かなり怒っている様子で、そのメッセージの直後にデフォルメされた小さな鳥が怒っているスタンプが連打された。
その流れを美彩と晴も隣から観察しており、スタンプが止まったところで二人は小さく笑った。
「あはは、小井戸ちゃん怒っちゃったね」
「ふふ。彼女には少し悪いことをしたかしらね」
そんなことを言う二人だが、その言葉から後悔や反省の色は全く見えず、むしろ満足気な様子で俺から離れる。
「瀬古。チケット買ったから早速エスカー乗ろうよ」
「時間も限られているし、そうしましょう」
二人はそう言って、先にエスカーの乗り場へと向かっていく。
俺は二人の背中から視線を落とし、自分のスマフォの画面を見つめる。そして短いメッセージを送った。
『ありがとう』
すると『なんのことっすかー』とすぐに返事が来たので、やはり彼女はなんでもお見通しなのだと笑う。
これで彼女とのやり取りは一区切りついたかなと思い、スマフォの画面を切ろうとしたその時、もう一つメッセージが届いた。
『先輩との遠足、羨ましい』
俺はそのメッセージにひどく心が動かされた。
その理由はすぐにわかった。彼女は普段、自分の考えはよく発言するが、自分の気持ちは表に出さないのだ。
だからこのように、心情を吐露するのは彼女にしては珍しく、それに俺は驚き戸惑ってしまった。
なんて返事をすればいいのか少し迷いながら、なるべくいつものノリを意識して文章を打つ。
『そしたら俺と同級生ってことになるけど、小井戸が後輩じゃなくなるのか』
『それは嫌っす! ボクは先輩の後輩なんすから! てか今のは忘れてください! 送る気はなかったんです!』
『だけど考えてはいたと』
『ええそうですよ! 今の先輩とならバカ言いながら観光なんかして楽しいだろうなあって思ってました! これでいいっすか!』
今回はガチで怒っているみたいで、少し揶揄いすぎたかなあと反省しつつ、彼女の本音が知れて少し嬉しく思う。
『俺は去年行けてなくてそっちの遠足については何も知らないからさ、こんど土産話でも聞かせてくれよ。小井戸の感想でもいいからさ』
俺がそう返事をすると、既読は速攻で付いたものの向こうからの返事はなかなか来なかった。
失言してしまっただろうか、それとも本当に揶揄いすぎただろうかと少し心配になってきていたところに、ポコンとメッセージが現れる。
『もー先輩は仕方ないっすねー。今度じっくり話してあげますよ! 3時間くらい!』
『妙にリアルな時間で嫌だな。端的に頼むよ』
『聞く気ないじゃないっすか! あ、でもさっきデレた分、今はツンの時期なんすね! 大丈夫です先輩、ボクはそれすらもお見通しで——』
「瀬古ー。どうしたのー?」
「蓮兎くん。早く行きましょう」
小井戸のメッセージを読んでいる途中に、エスカー乗り場の前から俺を呼ぶ二人の声が聞こえてきた。
これ以上、小井戸とのやり取りを続けていたらさっきのぶり返しだと思い、『またな』と短いメッセージを送信してスマフォをしまう。
そして、二人のもとへ駆け寄った。
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