第91話

 蓮兎くんにお願いして、小井戸さんとお話する席を用意してもらった。


 改めて会ってみて、まず彼女の髪色には驚かされた。以前、松居先生に証拠を提出した際に会ったときはそれどころではなかったので気にならなかったけれど、まさか桃色の髪をした生徒がうちにいるなんて思っていなかった。


 ただ、その容姿は優れており、奇抜な髪の色もオシャレだと思わされる。


 性格も明るく、彼と面白おかしく弾んだトークをする様は、見ていてかなり妬ましい光景だった。


 そして、彼女は本当に蓮兎くんのためだけに、あれだけのことをしていたのだということが分かった。


 あの騒動を経て、得をしたのは晴だ。だから、彼女は晴のために行動していた可能性を考えていたのだれけど、実際はそうではなかった。


 彼女は私たちどちらの味方でもないらしい。強いて言うならば、蓮兎くんの味方かしら。


 しかしそうなってくると、それもまた私にとっては厄介だった。


 彼女は蓮兎くんとはあくまで先輩後輩の仲で、暗躍していた理由も蓮兎くんへの恩返しだと言うけれど、それにしては彼女の負担が大きい。何か別の感情がないと、人間はそれだけのことをする動機を得ないはず。


 ……今回の騒動の彼女の活躍ぶりは、私たちを救ってくれるものだったが、同時に私にとっては脅威に感じた。


 彼女は蓮兎くんを支えるだけの実力を持っている。いざ何か起きたとき、彼を救い出すことができるのは私ではなく彼女では……っ。


 先日から、そんな考えが私の頭の中から離れない。


 あの騒動を起こしたのは荒平先輩だが、そうするよう誘導したのは彼女だ。それは彼女自身の口から教えてもらった。蓮兎くんは先に彼女から教えてもらったみたいだけれど、それを伝えても蓮兎くんに失望されないという自信が、彼女にはあったように思える。


 結局は彼女の自作自演であるため、彼女があの騒動を解決することができたのは必然とも言える。けれど、絶対に失敗が許されない作戦を実行するその胆力と、実際に遂行してみせるその手腕は、私にとっては恐ろしかった。


 もし。もし、彼女が蓮兎くんに私たちと同じような想いを抱いてしまっているのなら、もしくは今後抱いてしまったら、簡単に彼女に彼を取られてしまう気がしてならない。


 ……彼女が彼を手に入れるために、マッチポンプ方式に彼に恩を売る、もしくは彼の自分に対する好感度を上げるために行った可能性も考えられる。


 やっぱり彼女は危険だと、私の本能が警鐘を鳴らす。


 だから、私は晴に話を持ちかけた。


 彼女も同じ気持ちだったらしく、私たちは顔を見合わせて笑った。


 私たちには足りない点が多々ある。それは今回の騒動で痛感した。


 彼が私たちのもとから去っていくような気配を感じた。だから、彼との繋がりを強固にするために、あんな強引な手を使って彼と体を重ねた。


 だけど、彼の考えを変えることはできなかった。私一人では無理だったのだ。


 なら、二人でお互いに補い合っていけばいいのでは。そう考えた私たちは、元々、親友同士で争うのは避けたいという気持ちもあったため、すぐに協力体制を取ることに決めた。


 彼が私や晴以外の女性とこの先一緒になるのは想像したくない。それを実現させないためにも、私は晴と手を組まざるを得なかった。


 全ては彼を私だけのものにするために。




 * * * * *




 今回の騒動で、あたしは何もすることができなかった。


 クラスのみんなに色々言われちゃって、心が疲れちゃっていたというのもあるけど、それはレンも美彩も同じ。だけど、二人は噂を否定するために頑張ってくれた。だからそんなの言い訳にもならない。


 特に頑張ってくれたのは小井戸ちゃんだった。


 小井戸ちゃんは、あたしが告白を断ったことで逆上した知らない先輩から助けてくれた優しい後輩。そして、今回もあたしたちのために荒平先輩をやっつける作戦を考えてくれて、それを実行してくれた。


 彼女があたしたちのためにしてくれたことを美彩が説明してくれたけど、正直あたしはちんぷんかんぷんだった。彼女が荒平先輩を罠に嵌めるために動いていたのはなんとなく理解できたけど、その作戦が複雑すぎて理解できなかった。


 とにかく彼女はあたしたちのために頑張ってくれた。それは理解できたので、彼女には感謝しなくちゃ。


 だけど、彼女とレンの仲は少し疑っちゃう。


 あたしと美彩の知らないところで、彼女はレンと二人きりで会っていた。彼女もあたしと同じく荒平先輩にしつこく迫られていて困っていたから、レンにそのことについて相談をしていたみたいだけど、だったらどうしてあたしにも相談してくれなかったんだろうと思ってしまう。


 だけど、彼女はあたしたちの関係を知っているみたい。それならレンに手を出そうとは思わない、よね? それに以前、プールの更衣室で二人が会っているところにあたしが乱入したとき、あたしがレンにちゅーをしても彼女は恥ずかしそうに慌てただけで、特にあたしに怒りや嫉妬を向けてくることもなかった。


 うん。やっぱり彼女はレンのことをそんな目で見てない。彼女のあたしたちに向ける目とレンに向ける目はやっぱり違うけど、今まであたしたちとは関わりなかったんだから当然だよね。


 ……でも、レンの彼女に向ける目は少し気になっちゃう。


 普段、レンが今のあたしたちに向ける目とは少し違うけど、なんだろう、あの目をあたしは知っている気がする。


 ……そうだ。この前、レンがあたしの家に来てくれたとき、お母さんが撮ってくれた写真に写っていた目に似ているんだ。あたしがケーキを美味しそうに食べているのを、微笑ましそうに見ているレンの目。あの時の目と似た目を、レンは彼女に向けているんだ。


 今日、喫茶店で彼女と一緒にお茶したとき、注文する飲み物に悩んでいる彼女にレンは助け舟を出していた。メニュー表にはないいちごミルクを提供できるか、マスターにわざわざ聞いてあげていた。


 その時あたしは、やっぱりレンは優しいなあって思っていたけど、今思うとあの行動はムカムカしてくる。彼女のためにレンが行動を起こしたのもそうだし、なにより彼女の好きなものを把握しているのもやだ!


 あたしはレンに甘えちゃっている。それは自覚しているし、彼の負担になっちゃわないように気をつけなくちゃとも思ってる。


 だけど、あたしが我慢している間に、レンが彼女のことをたくさん甘やかすようなことになったら……っ。それこそ我慢できない。やだ。絶対にやだ。


 だから、いいよね。たくさん甘えても。だってレン、あたしが甘えたとき、ちょっと嬉しそうな顔するもんね。嫌じゃないもんね。だから、ね。これからもたっくさん甘えちゃうね。


 ……うん。やっぱり小井戸ちゃんは、あたし、いや、あたしたちにとってこわい存在かもしれない。


 今はわからないけど、もし彼女がレンのことを好きになっちゃったら、彼女にレンを取られちゃうかもしれない。そんな焦りがあたしを襲ってくる。


 特に彼女の髪色は、レンが好きなマンガの推しキャラであるフウちゃんの髪色と同じだ。口調はタツマキちゃんみたいだけど。


 あたしも髪色をピンクにしたら、レンは喜んでくれるかな。……少し想像してみたけど、あたしには似合わなさそう。それなら、その、フウちゃんのコスプレする、とか?


 ……それについては後で考えるとして。とにかく。この焦りをどうにかするために、あたしは美彩に話を持ちかけた。すると、美彩も同じ気持ちだったらしくて、やっぱりあたしたちは親友なんだなあって思った。


 あの噂が流れ始めてから、レンはあたしたちに一緒にいようと言いながらも、心はあたしたちから距離を取っていた気がする。そして、そのまま体も遠くへ行ってしまうんじゃないかと思った。


 だから、あたしは彼の後をつけて、プールの更衣室であんなことをした。彼との繋がりを強くするためには、やっぱりこれしかないと思ったから。


 それでも、レンの考えを変えることはできなかった。あたし一人じゃダメだったんだ。


 レンがあたしたちから離れていってしまって、その先であたしたち以外の子と仲良くなるなんて想像もしたくない。絶対にやだ。だからあたしは美彩と手を組んだ。


 彼があたしだけを見てくれるようになるために。

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