第3部
第11章 3人のこれから
第88話
荒平が流した、俺を陥れるための噂を完全に否定することができて数日が経った。
その間に、なぜか俺は美彩と晴の二人と付き合うことになり、それって噂のまんまじゃんとも思ったのだが、彼女らの意思は固く、俺はなるようになれ精神で彼女らの彼氏を継続している。
そして俺は、今まで隣で支えてくれた小田にこれまでの事を話すため、日曜日に彼と一緒に焼肉屋に来ていた。
「会計も面倒だし、ここは食べ放題でいこうではないか」
「オッケー」
小田の体は入学時と比べてだいぶ細くなってきたが、それは体を鍛えて絞ったからで、底の知れない食欲自体は健在らしい。本人曰く、この歳で体を動かし続ければ容易にはリバウンドしないらしい。
食べ放題を選択しただけあって、俺たちは遠慮なく注文しまくり、届いた肉たちを焼きに焼く。そして焼き上がったものを食らう。
「うまいっ」
「うむ。期待通りだ」
今回来た焼肉屋は小田が前から気になっていたお店らしいが、安価な値段で食べ放題を選べて、これだけ美味しいものが提供されるなんて男子高校生にとって最高だ。
しばらく美味いものを口に運び続け、一息ついたところで俺たちは会話を始める。
「それでは、瀬古氏。話を聞かせてもらおうか」
「あぁ。……以前、例の噂は半分本当だとしたらって質問をしたけど、ガチでその通りなんだ」
「うむ。なんとなく察しておったよ」
「だろうな。……俺は夜咲のことが好きだ。それはうちの生徒なら全員が知ってることだろうけど、俺は日向のことも好きになってしまったんだ」
「それについても、先月に瀬古氏がトルパニの話を始めた時に察したよ」
「めっちゃ察されてんな俺。……正直、いつ日向のことが好きになったのかは分からないんだ。気づいたら好きになっていて、彼女のことを考えるようになっていた。ただ、思い当たるきっかけっていうのはあるんだ」
「ほう」
話をしている間も、小田は肉を焼いて食べ続けている。そのため妙にシリアスな雰囲気ができにくいため、少しだけ話しやすくなる。これも小田の気遣いだろうか。
俺は箸を置いて、小田をまっすぐ見て言った。
「実は……去年から、彼女と肉体関係を持ってたんだ」
「…………それは察っせておらんかった」
あまりの衝撃に、流石に小田の箸も止まった。
「経緯は……ごめん、話せないんだけどさ。一応、お互い合意の下でってことを伝えておく」
「うむ。まあ、瀬古氏が強引にするとも思わんし、彼女の様子からして瀬古氏を嫌っている感じもない。そこは疑ってなどおらんよ」
「……ありがとう」
「なに。礼を言われることでもない。……つまり、彼女とその関係を築いてから、瀬古氏は告白をするのをやめたのだな」
「あぁ。どうしても夜咲に対して不誠実だと思ってな。だけど、その、この歪んだ関係を終わらせるためにも、俺は夜咲と付き合わないといけなかったんだ。そうしていたら、どんどん自分が何をしたいのか、何をするべきなのか分からなくなって……」
「そのままズルズルと何も変わらず、遂には例の噂のような状態になった、ということか」
小田のその発言に、俺は首を縦に振る。
「ちなみに、二人の関係を彼女を知っておるのか?」
「あぁ。最近知ったよ。あの交流会の日にな」
「ふむ、そうか」
すると小田は腕を組んで「うーん」と考えた後、少し身を乗り出してきた。
「瀬古氏。少し目を瞑ってくれないか」
「……あぁ」
普段なら悪ノリするところだったが、小田の目がいつになく真剣だったため、素直に従って目を瞑る。
そして——額に鋭い痛みを受けた。
「ってぇ……」
額を押さえながら目を開けると、目の前には振り切った様子の小田の指があった。つまり、俺は小田にデコピンをされたのだ。
「すまぬ、瀬古氏。だが、彼女らの心はもっと痛かったはずだ」
「……だな。ありがとう、小田」
「なに。我は親友に喝を入れてやっただけだ」
小田はそう言って座り直し、再び肉を焼き始めた。それは、これで話は終わりだということを示唆しているようだった。
「正直、瀬古氏のしていることは倫理に反しておる。褒められたことではないし、むしろ非難するべき行為だ。だが、瀬古氏の苦悩も知っておるし、彼女らが瀬古氏に嫌気を差している様子もないことから、我ができるのはこれくらいだ。所詮、我は部外者だからな」
「いや、喝を入れてくれて助かったよ。あまり人に話せることじゃないから、バシッと言ってくれる機会もなくてさ」
「それもそうだろうな」
「本当に小田には色々と世話になってるな。ここは俺が奢るよ」
「瀬古氏。親友間でそのようなものは無用だ。互いに助け合うからこそ親友。いつか、我が瀬古氏を頼る時にその力を貸してもらえたらそれでいい」
「……小田ぁ。お前どんだけかっこいいんだよ」
「ふっ。今日は脂身をたくさん食べた故、口がよく回るようだ」
小田はそう言って、焼けた肉を自分の皿に運び、次々とその口の中に入れていく。
そんな小田の姿を見ていると、俺も食欲が再び湧いてきて、トングを手に取る。
「それでさ、小田にまだ伝えておかないといけないことがあってさ」
「少し待たれよ、瀬古氏。我も瀬古氏に話しておきたいことがあるのだ」
「え。でも、俺もこの流れに乗ってぱぱっと言っちゃいたいというかさ」
「我も無敵モードである今の内に言いたいのだが」
「……同時に言う?」
「……うむ。そうするか」
俺たちは一瞬無言になり、目を合わせてタイミングを図り、「せーの」という掛け声の後に続ける。
「実は俺、二人と付き合うことになっちゃってさ」
「実は我、部の後輩と付き合うことになってな」
「えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
俺と小田は同時に告白し、そして同時に驚愕の声を上げ、まん丸になった目を合わせて固まった。
「え、ちょ、小田! 彼女できたってマジか!」
「瀬古氏こそ、お二人とお付き合いを始めたって、どういうことだ!?」
「いや俺の話もちゃんとするからさ、まずは小田の話を聞かせてくれよ」
「いやいや。今は我の話などどうでもいいから、瀬古氏の話を聞かせてくれ」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
さっきまで自分が先に話したいと順番を譲らなかった俺たちが、今度は譲り合いを起こしていた。
そんなやり取りを何度か繰り返し、先に折れたのは小田の方だった。
小田は顔を赤くさせ、頬を掻きながら話し始める。
「じ、実はな、今年我が漫研部に入ってくれた一年生の子が、小井戸氏と同じクラスだったのだよ。ほ、ほら、我って小井戸氏のことを少し疑っていたから、彼女から小井戸氏のことを聞き出そうとしておったのだ。しつこく何度も何度も彼女に小井戸氏のことを聞いていたらな、彼女が泣き出してしまって。我が困惑していたら、彼女が言ったのだ。『小田先輩も小井戸さんのことが好きなんですか。私はこんなに小田先輩のことを想っているのに、どうしてこんな酷いことをするんですか』とな」
「お、おぉ……」
「そこまで言われたのだ。流石の我でも、彼女の気持ちに気づくことができた。そして同時に、今まで後輩としか思っていなかった彼女が、とても輝いて見えたのだ。あぁ、我は彼女に会うためにこの世に生まれ落ちたのだと思えるくらいに、我の視界が変わっていった」
「なんか凄いことになってきたな」
「だけど今は瀬古氏のためにやるべきことがたくさんある。彼女には悪いが、今はその想いに応えることができないと伝えた」
「小田ぁ……」
「そしたら彼女は『でしたら、それが終わったら私の想いに応えてくれるんですね』って言ってくれてな」
「それで先日、返事をしたってわけか」
「あぁ。まさに一昨日、彼女に我の気持ちを伝えた。我も君のことが好きだと。我と付き合ってほしいと」
「おぉ! おめでとう小田!」
「ふっ。ありがとう、瀬古氏。瀬古氏のおかげで、自分の気持ちを相手に伝える重要性は熟知しておるからな」
「生ける伝説も無駄じゃなかったってことか」
やっと俺の伝説(笑)が人の役に立ったエピソードを聞けて、俺は少しほっこりとする。
「それでだな、瀬古氏。少し相談があるのだ」
「ん、なんだ? デートの行き先とかは俺あんまり詳しくないぞ」
「いや、そうではなくてだな……その、後輩と付き合うことになったのはいいのだが、実は先輩……我が漫研部の部長がそのことを知ってご乱心になってだな」
「……ん?」
「実は部長も、その、我のことが好きだったみたいなのだ」
「へ?」
「それで、いま漫研部は後輩と先輩のいがみ合いの真っ只中でな。二人には渦中の我の声も届かないみたいで」
「…………」
「なあ瀬古氏。こういう時、我はどうすればいいのだ?」
本当に困っているのが伝わってくる表情を浮かべて、そんなことを聞いてくる小田。
俺は焦げかけた肉を拾い、それを口に運びながら思う。
どうしてみんな、俺が答えられるはずのない相談を持ちかけてくるのだろうと。
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