第87話
俺の推理お披露目パートが終わり、俺たちはしばらく談笑していた。
先ほどから小井戸は上機嫌で、時折鼻歌を歌ったりなんかしてる。
「さてと。そろそろ戻ろうかな」
「えーもう行っちゃうんすかー」
「小井戸も授業あるだろ。学生は勉強が本分だぞ」
「この前授業サボってた先輩に言われたくないっす。……で、本当にもう終わりっすか?」
「……やっぱりお見通しなんだな」
「先輩のことだけっすけどね!」
「そんなに俺って分かりやすい?」
「んー、どうですかね。よく分かんないっす」
そんな適当な回答を受けて、俺は「なんだよそれ」と苦笑しつつ頭を掻く。
なんとなく、空を見上げてみる。晴天……とはいえず、黒い雲が広がっていてどんよりとしている。梅雨入りもそろそろかな。
「言って欲しいんすよね」
「……あぁ」
「先輩ってクズですよね」
「……ありがとう」
「暴言吐いてお礼言われたのは初めてっす。先輩ってもしかしてドMさん?」
「そうかもな」
「やーい! 先輩のクズ! クズ先輩!」
「くそ……悔しい……でも否定できないっ」
「ざーこ! ざこ先輩!」
「それは違くないか」
「先輩のざこメンタル!」
「間違ってなかったわ。どうもクソ雑魚メンタル先輩こと瀬古蓮兎です。今日も自虐でバイブス下げていきましょう」
「うわー言い過ぎましたー先輩普段はおどけてますけど、やる時はやる人だってボクは知ってますからーだから元気出してくださいよー」
いつもの茶番に付き合ってもらったところで、俺はベンチから立ち上がる。すると、小井戸も立ち上がって、俺の体を抱きしめてきた。
「……ホントに良いんすかこれで」
「あぁ。知ってるか小井戸。結束力を固める秘訣は、バンドのようなもので括り付けるんじゃなくて、共通の敵を作ることなんだぞ」
「それを先輩が担う必要なんてないんすけどね」
「ごめんな。せっかく小井戸が環境を整えてくれたのに、活用できなくて」
「それは別にいいっすよ。先輩とのツーショットが撮れたので!」
「はは、なんだよそれ。……しかし、小井戸がこんなことしてくるなんて珍しいな」
「支えてあげてるんです。先輩が壊れてしまわないように」
「……そっか。ありがとな」
「お礼を言われるほどでもないっすよ。それと、先輩はひとりぼっちになんかならないんで安心してください」
「小井戸がいてくれるからか?」
「んー、まあそんなところっすねー」
「そっか」
俺はいつも、誰かに迷惑をかけてばかりいる。それは多分、これからも変わらない。
だから、俺は決断した。この連鎖から彼女たちを逃すために。
* * * * *
放課後。
今日も美彩と晴と一緒に帰宅する。
あの噂が完全に否定されてから、俺たちが一緒にいてとやかくいう奴らは一人もいない。だから堂々と一緒に帰ることができるのは喜ばしい。
だけど、この時間ともそろそろおさらばしないといけない。
荒平の危険がなくなったため、晴を家まで送るのはもうやめている。交通費も馬鹿にならないし。
いつもの交差点のところで足を止め、俺たちは二人に言う。
「それじゃあな」
二人に別れを告げ、足を家のある方向に向けた瞬間、
「蓮兎くん」
「レン」
二人に呼び止められてしまった。
「何?」
「ちょっとお話があるの」
「そこの公園、行こうよ」
俺は首肯して、素直に二人に従い公園へと向かう。
俺と二人が対峙する形で立ち、緊張感に包まれながら俺たちは話を始めた。
「蓮兎くん。しつこいようで悪いのだけれど、小井戸さんはあなたにとってどのような方なの?」
「小井戸? 小井戸は……なんというか、うまく言えないんだけど、頼りがいのある後輩かな」
「後輩、ね。特にそういった感情はないということね」
「ないない。小井戸とは今の関係で落ち着いてるし、これからもそうだと思う」
「……じゃあ、あたしたちだけで問題ないよね。美彩」
「そうね」
どういうことだろうと困惑していると、二人が両側から抱き着いてきた。更に混乱状態に陥っている中、両頬に柔らかくもしっとりとした感触を得る。
二人に同時にキスされてしまったのだ。
「え、え、え? 美彩? 晴? どういうこと?」
「ふふ。困惑していて可愛いわ、蓮兎くん」
「女の子二人にちゅーしてもらったんだから、もっと喜んでよー」
二人は俺の反応を見てクスクスと笑う。自分の方がおかしいのではないかと錯覚してきた。
「私たち、話し合ったのよ。このままでは蓮兎くん、私たちのもとから離れていきそうって。……そんなこと、許さないわよ。あなたは私のものなんだから。私の許可なく勝手にどこかへ行くなんてありえないでしょ」
「レン。どっか行っちゃダメだよ。あたしはもう、レンのなんだから。どこかに行くならあたしも連れて行ってくれなきゃ」
「今回の件で思い知ったわ。私たちには至らない点が多くあることを」
「それでね、思いついたの。美彩と二人で補い合えばいいじゃんって。だからさ、レン」
「私たち二人と」
「付き合おうよ」
突然、一番ありえないと思っていた選択肢を突きつけられ、俺の頭は思考を停止する。
彼女たちの目を見るが、やはり光はなく、どこか虚ろで、そして本気だった。
気がついたら、俺は彼女たちの提案に対して首を縦に振っていた。
* * * * *
俺は家に帰って自室に篭ると、すぐに小井戸に通話をかけた。
そして、先ほどあった出来事を軽く報告した。
「とまあ、こんな感じになっちゃったんだけど、小井戸はここまで予想できてた? あのとき俺を止めなかったのも、未遂に終わると確信してたからなんだろ?」
『先輩が離れてしまうのをお二人がどうにかして防ぐとは思っていましたが、まさかこんなことになるとは思ってなかったっすよ! お二人と同時に付き合うってどういうことっすか!? それを提案してきたのがお二人ってのも……え、なんで!?』
小井戸はかなり困惑している様子で、本当にこの展開を予想できていなかったのだと分かる。
「俺が聞きてえよ。なんだよこの状況。俺はハーレム主人公か?」
『先輩。現実問題、この国でそんなのありえませんから。それに、二兎を追う者は一兎をも得ずっすよ』
「いや、得ちゃってんだよこれが」
『そりゃ先輩の場合はそうかもしんないっすけど……てか先輩、流されやす過ぎっすよ。まあ、だからそもそもあんな状態になってたんでしたね』
「ぐぅ……」
『なんで言い負かされてぐぅの音出てるんすか! ……はあ。どうするんすか、これから』
「うーん。まぁなるようになるだろ」
『なんかいい加減っすね』
「仕方ないだろ。そういうメンタルでやってかないと、おかしくなりそうなんだよ。俺だって今自分が陥っている状況に混乱してるんだから」
『それもそうっすよねー。まあ、何かあったらまたボクを頼ってください。愚痴でもなんでも聞きますんでー』
「あー……そうだな。うん、愚痴はないだろうけど相談はするかも。今後ともよろしくお願いいたします、師匠」
『うむ。精進したまえっす。……でも、どうしてそんな答えを出しちゃったんすかね。そんな、敗者になるような答えを』
「敗者? むしろ皆が勝利のパターンじゃないのか?」
『あー気にしないでください。ただの独り言っす。……だけど、ボクはさっきの言葉を取り消すつもりはないっすよ』
小井戸は最後にそんなことを強めの口調で言ってきた。
小井戸との通話を終了し、俺はスマフォを放り投げてベッドの中に潜り込む。
なんかもう、今は考えるのはやめよう。
なるようになれ。
————————————————————
【あとがき】
お目汚し失礼いたします。
本作『生意気な後輩が俺の体調を管理している』をお読みいただきありがとうございます。
冗談です。
本作『好きな子の親友が俺の性欲を管理している』(第2部)をお読みいただきありがとうございます。コメントやレビュー等も本当にありがとうございます。
作品全体的には「承」に位置するエピソードだったかなと思います。
第2部では新しく小井戸茉衣という後輩が登場しました。そして無双していきましたね。暗躍系女子つよい。
推理パート(笑)とか諸々分かりにくかったかなーって思ったので、またまた時系列を整理したものを置いておきます。
※ 一週間を月〜日とします。
GW入り前日
|例の交流会開催。蓮兎、入院
GW中
|美彩と晴、話し合い
|蓮兎、目覚める。退院するが、GW中の平日も休む
GW明け(1週目)
〜月曜日〜
|蓮兎、久しぶりの登校
|蓮兎、小井戸と出会う
|蓮兎、美彩とオキ漬けに
|蓮兎、晴にヘアピンをプレゼント
|小井戸、サッカー部に入部
〜火曜日〜
|蓮兎、小井戸に悩みをぶちまける。以降、昼に話す仲に
GW明け(2週目)
〜月曜日〜
|蓮兎、土曜日に日向家に行くことが決定
〜火曜日〜
|蓮兎、二人が最近告白されまくっていることを知る
〜土曜日〜
|蓮兎、外で小井戸とばったり出会う
|蓮兎、日向家を訪問する
〜日曜日〜
|蓮兎、晴と一緒に横浜デート
|蓮兎、外で小井戸とばったり出会う
|小井戸、蓮兎と晴の写真を撮影
GW明け(3週目)
〜月曜日〜
|蓮兎、美彩と付き合ってることになる
〜火曜日〜
|蓮兎、守屋から恋の相談を受ける。意中の相手は小井戸
|晴、告白によるトラウマ発症。以後、蓮兎が代わりに断りを入れることに
〜土曜日〜
|蓮兎、美彩と紗季と一緒にお出かけ
|蓮兎、外で小井戸とばったり出会う
|美彩、蓮兎セレクトのシュシュを購入
〜日曜日〜
|蓮兎、夜咲家を訪問する
GW明け(4週目)
〜月曜日〜
|蓮兎が晴と浮気をしているという噂が流れる
|美彩、晴、松居先生と話し合い
|小井戸と話し合い
|晴、不安定になる
|美沙、蓮兎と体を重ねる
〜火曜日〜
|蓮兎と晴の噂の証拠が流れる
|晴、蓮兎と体を重ねる
|蓮兎、放課後に小井戸と証拠を収集し終えたことを報告し合う
|小井戸、甲斐田に写真を撮影させる。そして拡散
|小井戸、荒平を完全に振る
〜水曜日〜
|松居先生に証拠を提出
〜金曜日〜
|蓮兎、美彩と晴の二人と付き合うことに
小井戸の活動も整理しておきます。
・サッカー部に入部し、部員から情報を収集
・荒平に好かれるよう行動し、アプローチを躱しつつ焦らし、証拠を松居先生に提出する日の前日に完全に振って(放課後のプールの更衣室で隣に蓮兎がいるときに、荒平の好意を拒絶するメッセージを送った)、荒平の本性を引き出す
・別人になりきり、荒平に噂を流すように誘導する
・後から取り返しのつくようなラインの蓮兎と晴の仲のいい(デート風景の)写真を撮影。別人として荒平に写真を提供
・自分と蓮兎が良い感じの仲に見えるような写真を甲斐田に撮らせる。SNSの裏アカで写真を投稿、高校コミュニティ内で拡散。もちろん後から無実を証明する写真も撮影
・これらは全て、荒平の悪事(交流会の件)を明らかにして学校側に裁いてもらうために行った。その動機は蓮兎のため
・蓮兎のメンタルケア
第53話で、蓮兎に心配をかけないために小井戸は美彩と晴が告白を受けまくっていることを隠していたはずが、突然、そのことを打ち明けるシーンがあります。
コメントで鋭い指摘をされていましたが、これは前日のサッカー部の部活中に甲斐田たちがその話をしていたため、そろそろ甲斐田あたりが話しただろうと判断してから打ち明けてます。
決して後から矛盾に気づいたわけじゃないんだからねっ。
さて。第2部のテーマは(後付けですが)『罰』です。
蓮兎は美彩に公開告白を半年以上続けておきながら、晴と肉体関係を結んでしまっていました。そのせいで、今回のような事件が起きてしまい、彼は苦しむ羽目になりました。また、二人との関係を今後どうしていくかずっと悩んでおり、頭痛に苦しんでいましたね。これらが蓮兎の罰です。
美彩は晴への嫉妬から、自分は蓮兎と付き合い始めたのだと嘘を付いてしまいました。これが引き金となって、あの事件は起きてしまいました(蓮兎と美彩が付き合ってないと浮気で糾弾できないから)。また、別に彼女が悪いとは言い切ることはできませんが、蓮兎の告白を嫌でもないのに関わらずずっと断り続けたせいで、タイミングを逃し、今度は自分が苦しむ羽目になってしまいました。これらが美彩の罰です。
晴はもちろん蓮兎との秘密の関係を築いたこと自体が罪であり、そのせいであの事件に巻き込まれてしまいます。あともう一つ罰はありますが、本人はまだ気づいていないので省略。
荒平と他サッカー部員にもちゃんと罰を与えました。はい。彼らについて特に話すことはありません。
クラスメイトにも一応罰的なものはありましたね。三人がいる時のクラスの空気死んでそう。
そんな感じの第2部でしたが、最終的には蓮兎と美彩と晴の三人で付き合うことになっちゃいました。
これも美彩と晴の強固な友情の賜物でしょうか。
それとも、蓮兎の「結束力を固める秘訣」云々の話がありましたが、彼女らには真の共通の敵が現れたんでしょうか。
何はともあれ、今から三人の幸せほんわかいちゃらぶエピソードが始まりそうですね。
ちなみに、こんなに長い推理パート(笑)はもう無いと思います。伏線整理してたらこうなりました。それと、晴ちゃんが分かってなさそうだからって美彩に丁寧に説明させすぎちゃいました。
それに話の展開を優先しすぎた感があります。反省点。二人の心理描写も少なかったし。でも美彩が心情を暴露するシーンはお気に入りです。にっこりしちゃいます。
何かご質問があればお答えします。この先の展開のネタバレをしない範囲で。
以上です。
次話から第3部です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます