第86話

 俺たちの戦いは無事に終わった。


 まず、荒平は退学となった。どうも今回の件を皮切りに、今までの被害者が名乗り始めたらしく、余罪に次ぐ余罪により終いには退学となった、らしい。俺は小田に教えてもらっただけで、その先のことは知らない。


 俺的には停学になって奴の推薦がなくなればいいと思っていただけだったので、予想以上の結果を聞かされた時はただただ唖然としていた。


 それと、例の交流会のことが明るみになったことで、それに関与したサッカー部は責任を取る形となり、停部という処罰を受けた。


 これに関しては少し可哀想だと思ったのだが、どうも甲斐田はこの結果に納得しているらしい。


 こうして俺たちの噂は完全に否定され、校内を歩いていても攻撃的な視線を感じることもなくなったし、陰口を叩かれれることもなくなった。


 しかし、


「へへ。瀬古ぉ、あの時は悪かったって。なんていうか、俺の中にある正義が暴れちゃってさー」


「日向さんごめんなさい。今まで心にもないことを言っちゃって。今までのは全部、冗談だからね? 私たち、あんなこと一ミリも考えたことないからね?」


「夜咲さんって素敵ね。どんなことがあっても彼氏を信じて自分を貫き通すなんて。私にはできないわぁ」


 今まで俺たちに特に攻撃的だった奴らが、やたらへりくだった姿勢で話しかけてくるようになってうざったい。


 晴は気まずくなるのも嫌なので、謝ってきた人をみんな許してあげているようだ。

 

 一方で、美彩は徹底して、あの期間、自分に何かを言ってきた人を無視している。


 こうも両極端な対応になるとは。


 とにかく、一件落着したところで、俺はまた裏庭で彼女に会っていた。


 ベンチで隣に座る彼女にいつものものを献上する。


「ほら、いちごミルク」

「わーありがとうございます! へへっ。先輩、無条件にいちごミルクをくれるようになったすね」

「別に無条件じゃないさ。今回は色々と小井戸に助けられたから、そのお礼。俺たちのために色々とありがとな」

「えー。だとしたら安すぎませんかー?」

「安心しろ。一年分プレゼントしてやるから」

「先輩はボクを糖尿病にする気なんすか! いただけるならいただきますけど!」

「受け取るのか」

「当たり前じゃないっすか。先輩からもらえるものは、全て受け取りますよ」


 彼女はそれが普通だと言わんばかりに言い切り、いちごミルクを飲み始めた。


 さて。今日彼女とこうして会ったのは、ただお礼を言いたかっただけじゃない。


 あの時、松居先生に証拠を提出した際に解明されていない謎がいくつかあった。それを解き明かすためにも、正解を知っている彼女に会いにきたのだ。


「それで、先輩。話ってなんですか。まさかボクに告白を!?」

「ばーか。ちげえよ。これ以上関係を複雑にさせるわけないだろ」

「それもそっすよねー知ってました。……それじゃあ、先輩の推理、お聞きしましょうか」


 彼女はそう言って、にっと笑って見せた。


 こいつは、本当にどこまでも俺のことはお見通しらしい。


「推理ってほどじゃないけど……まず、小井戸はゴールデンウィーク明けにサッカー部にマネージャーとして入部した。その目的は、例の交流会が開催された経緯を示す証拠を集めることと、荒平を自分に惚れさせること」

「……続けてください」

「あれは荒平の指示でサッカー部員が企画したものだ。なら、その証拠を押さえるためにサッカー部に潜り込むことは容易に考えられる。それと、荒平が小井戸に執拗に迫ってきたってやつ、それ自体は本当なんだろうけど、実際は小井戸から仕掛けたんじゃないか?」


 小井戸と初めて会った際、彼女は同級生から「思わせぶりな態度取りやがって」と言われていた。おそらく、荒平に対してもそういった態度を取ったのだろう。


「さすが先輩ですね。今のところ大正解っす」

「今のところって、まだ続きがあるって分かっているような口ぶりだな。って、実際、小井戸は分かってるのか」

「もちろんっすよ! 先輩のことっすから!」


 小井戸は屈託のない笑顔でそう答える。俺は苦笑しながらも、推理の続きを披露する。


「とりあえず、小井戸がサッカー部に入部した理由は話した。次に、俺と小井戸の噂が流れた例の写真だけど……あれ、甲斐田が撮ったんだろ?」

「バレちゃいましたか。もしかして甲斐田先輩から聞いちゃいました?」

「いや、あいつからは何も聞いてないよ。あの日、例の写真が撮られた日、プールの更衣室で小井戸と甲斐田が何を話していたのかを考えたんだ。……小井戸は甲斐田にお願いを二つした。一つは、サッカー部が停部になることの許可。これは甲斐田の様子からしてすぐに分かった。そしてもう一つは、俺と小井戸が一緒に帰っているところの撮影の依頼だ。それも、いい感じの仲に見えるものと、そうではないと分かるものを連続で撮影するよう細かく指定してな」

「……またまた大正解です! そうっすよ。あの時、ボクはその二つを甲斐田先輩にお願いしました。甲斐田先輩はあの日のことをかなり悔やんでいたみたいなので、すぐに了承してくれましたね。ちなみに、どうしてボクがあんな写真の撮影を甲斐田先輩にお願いしたかもご存知ですか?」

「目的は、俺に対するヘイトを増やすため、だろ。ヘイトが増せば増すほど、騒動が解決した後の反動がそれだけ大きくなるもんな。最近のクラスメイトの態度の気持ち悪さったらありゃしないが、あいつらは今後、迂闊に俺たちの関係に対して文句を付けられなくなった。つまり、俺たちにとって都合がいい環境が出来上がったわけだ」

「さすが先輩、百点満点っす! ちなみに、先輩方への攻撃が長く続くといけないので、証拠を提出する直前で行いました。昨晩送った謝罪もこのことについてです。あ、補足しておきますと、例の写真をSNSに投稿したのはボク自身っす」

「そうだろうと思ったけど、アカウントから自作自演だってバレないか?」

「その点は大丈夫っすよ。あれ、ボクの裏アカなので」

「賢いなあ」

「ふふん。もっと褒めてくれてもいいんすよ」

「まだまだ推理は続くから、ある意味小井戸の賞賛タイムがこの後も続くよ」

「それは楽しみっすねー」


 彼女はニコニコと笑い、座っているために浮いている足をパタパタとさせる。かなり上機嫌のようだ。


「次は、そうだな。例の噂の証拠とされてた俺と日向の写真だけど、あれは小井戸が撮影したものだろ。小井戸が荒平に写真を渡して、それを奴が拡散させた」

「理由も欲しいっすねー」

「今回、噂を否定することはできても、あの写真だけは言い逃れができないものだった。だけど先日から夜咲が髪型を変えたことがいい言い訳になった。……夜咲に何かをプレゼントしたいと思った俺は、日向に相談して、一緒にそのプレゼントを買いに行った。あの写真はその時のもので、プレゼントは夜咲が髪を束ねているシュシュ。そういうシナリオを夜咲がでっち上げてくれて、この件も収束させることができた」

「おー。夜咲先輩、ボクの意図にちゃんと気づいてくれたんすねー」

「それは認めたってことでいいよな。小井戸は夜咲の髪型とシュシュの件を俺から聞いていたから、それを踏まえた上であの写真を選択したんだろ? それに、あの写真が撮影された日に俺は小井戸に会っている。俺を悪く仕立て上げるために写真を撮ったのであれば、普通は俺に話しかけたりなんかしない。だけど小井戸は俺に話しかけてきた。これって、撮影者がバレてもいい、というよりバレて欲しかったのかなって。俺に対して敵意がないことを、小井戸は伝えたかったのかなって思ってな」


 そこまで言ってみせたところで、小井戸の反応を窺うと、彼女は恍惚とした表情を浮かべていた。


「さすが先輩っす! 大大大大正解っす! もう、先輩もボクのこと丸わかりじゃないっすか! 一応補足しておきますと、あの日会ったのは本当に偶然っす! それと、荒平先輩にお二人の写真を渡したのはボクですけど、ボクとしてではないです。こちらも別のアカウントを作って、荒平先輩と連絡を取っていました。あの人、あの日を機に先輩と日向先輩の仲を疑っていたみたいだったので、例の噂を流すことで先輩たちに報復できるってことを遠回しに伝えて、噂を流すよう誘導したんです。決定打となり得ない弱い証拠を提供しながら。で、この会話履歴は最終手段として残してたんすよ。流石にこれを提出すると、この提供者は誰なんだって話になって、ボクも疑われてしまうので。そういえばあの人、ボクだってこと全然見抜けてなくて、最後の方は『早く決定的な証拠の写真渡せよ!!』って口調を荒げてましたね。あれはないっすよねー」


 小井戸は最後にそんな愚痴をこぼし、乾いた笑いをする。


 こいつは一体幾つのアカウントを持っているんだろうとふと疑問に思うが、今はそんなことどうでもいい。


「で、それらを事前に俺に教えてくれなかったのは作戦の成功確率を高めるためだろ?」

「そうっすねー。先輩は企みを持って行動できるほど器用じゃないと思ってるので!」

「否定できないなぁ」

「ただ、お二人と先輩があんなに弱ってしまうとは思っていませんでした。その点については、本当に申し訳ないっす。ごめんなさい」

「俺たちのためにしてくれたんだって分かってるから、責めたりなんかはしないよ。謝らなくていいって」


 俺も噂が流れ始めた当初は見誤っていた部分ではあるし、そこを責めても仕方ないだろう。


「……俺が分かったのはここまでだ。自分なりによくできた推理だと思ったし、実際に小井戸から正解だと言ってもらえたけどさ、どうしても解消されない疑問があるんだ。それが解消されない限り、俺の推理は破綻してしまう」

「へー。どんな疑問っすか?」

「そもそも、どうして小井戸は俺のためにそこまでしてくれたんだ?」

「それは前にも話したじゃないっすか。ボクは先輩に助けていただいたので、そのお礼ですよ」

「……俺と小井戸が初めて出会ったのはゴールデンウィーク明け初日の昼休憩の時だ。そして、その次の日に俺は初めて小井戸に自分が抱えている問題を話した。……でも、小井戸は初日の時点でサッカー部に入部してるんだよ。ここの時系列のズレのせいで、その動機がどうしても説明できなくなる。なあ小井戸。ここの正解を教えてもらえないか」


 俺がそう訊ねると、小井戸は少し難しい顔をした後、真面目な顔をして言った。


「先輩への恩返しのために、ボクは活動していました。本当です」


 俺に指摘されても、彼女はその主張を変えることはなかった。だけど、彼女の目が、その言葉は真実なのだと俺に訴えてくる。


 だから、俺も納得していないながらも、何故か腑に落ちてしまった。


「はあ。まぁそうだよな。小井戸は俺に嘘はつかないんだもんな」

「はいっ!」


 元気よく返事をする小井戸のその時の表情は、今までで一番輝いているような気がした。

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