第80話

 美彩との行為を終えた後、ベッドに座っている俺の頭は冷静になっていく。


 この行為に及んでしまったこと自体は後悔していないが、やっぱり付けていない状態でしたのは冷や汗ものだ。施設側が用意しているものは危ないと言っても、付けるだけ付ければよかったじゃないか。


 ベッドに横になって休んでいる美彩に声をかける。


「な、なあ美彩。本当に大丈夫だったのか?」

「えぇ。大丈夫のはずよ。最後は外にしたみたいだし」

「あ、当たり前だろ」


 少し不満気に言う彼女に、俺は困惑する。


「勘違いしないでほしいのだけれど、本来はそういう目的で飲んでいるわけじゃないの。……私、月の物が重たいから、病院に行って処方してもらっているのよ。その薬って、そういう目的のものと同じなの」

「へ、へぇ。そうだったのか」


 俺は女兄弟がいないから、そこら辺は本当に疎い。ぶっちゃけここで彼女に嘘をつかれても分からないのだが、彼女が嘘をつくとは思えない。


「本当は嘘だと言ったら?」

「ま、マジ!? ど、どうしよう……いや責任は取るけどさ、えっと……」

「……ふふ。本当よ。ごめんなさい、悪い冗談だったわ」

「いや本当、ブラックジョークが過ぎる……」

「でも、嬉しかったわ。責任取ってくれるのね」

「……まあな。俺が発情して、美彩を襲ったわけだし。もしそうなった場合、責任は全て俺にある」


 俺がそう言うと、背中に温もりと重みが加わった。起き上がった美彩が抱き着いてきたのだ。


「優しいのね、蓮兎くん。前から知っていたけれど」

「……なんのことだか」

「あなたのとぼけるバリエーションがそれしかないの、可愛くて好きよ。……私のために、あなたは私を襲ってくれたのでしょう。私があの動画や音声を使って、あなたを脅そうとする前に」

「……なんのことだか」

「……ふふ。蓮兎くん。好きよ。大好き。愛してるわ。だから、あなたが私のためにしてくれたこと、全て説明させて」

「それは……ちょっと恥ずかしいといいますか、拷問かなーって」

「恥ずかしがっているあなたの姿も、私は好きよ」


 それは……もう逃げ道がないってことですね。分かりました。無駄な抵抗はやめます。


「私は『その動画が欲しかったら、私とセックスをして』って言おうと思っていたのだけれど、あなたはそれに勘付いて、私がそれを言う前に襲ってきた。なぜなら、私の初めてが脅した結果得たものになってしまうから。それも、親友のための動画を餌にして。あなたはそうなることが許せなくて、私を襲った。そうでしょう?」

「……いや違う。俺は美彩の色気に当てられて、自分を抑えることができなかっただけだ」

「あら。昨日、私があれだけ誘っても靡いてくれなかったあなたが?」

「この部屋の空気にもやられたんだよ」

「……ふふ。そうね。そういうことにしておいてあげるわ。そうでないと、あなたが取った行動の意味がなくなるものね」

「これだけ説明されたら、もう意味はなくなったような気もするが……」

「それは違うわ。……私、嬉しかったわ。あなたの行動の理由は分かっていたけれど、確かにあの時、あなたは私を求めてくれたわ。私のことだけを見てくれたわ。……それに、初めてはきっかけに過ぎないと思っていたけれど、とても尊いものなのだと今は思うの。だから、ありがとう蓮兎くん」

「……なんのことだか」

「ふふ。可愛い。大好きよ」


 彼女はそう言って、俺の頬にキスをしてくれた。あれだけ深いキスをしていたのに、今はこんな軽いキスがとても恥ずかしい。


「蓮兎くん。お願いがあるのだけれど。そこの冷蔵庫にお水が入ってると思うから、取ってきてくれないかしら」

「ん? あーいいよ」


 美彩が指差す先には小さな冷蔵庫があった。ビジネスホテルに泊まった際にペットボトルの水がサービスで置かれていることがあるが、そういうものがここのホテルにもあるのだろうか。


 俺はベッドから立ち上がり、冷蔵庫のところまで歩いてその扉を開けた。


「……ん?」


 その中身は俺の知っているそれではなかった。なんというか、商品がいくつか並んでいて、自動販売機のような感じになっている。その中には——


「えっ」


 この部屋にはないと思っていた、アレの新品の箱が入っていた。


「ふふっ」


 後ろから彼女の楽しそうな声が聞こえてきた。振り返ると、彼女は笑いながらこちらに近づいてきていた。


「実はこういったホテルには、このような形の自動販売機があるのよ。そしてその中には、そういった行為をするためのものがあって……もちろん、避妊具も用意されているわ」

「し、知ってたのか美彩。じゃあ、どうして言ってくれなかったんだよ」

「ふふ。だって、初めては大切なのでしょう? それを教えてくれたのは蓮兎くんじゃない。……私の初めてを特別なものにしたかったの。それも、彼女を超えるようなものに」


 彼女のその言葉に、俺はなぜか心を動かされていた。理由は分からない。だけど、今目の前で微笑んでいる彼女はとても輝いていて、とても綺麗だ。


「今回の件で、私は色んなことを知れたわ。初めての大切さ。あなたが本当に優しいこと。……そして」


 彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、その白くて長い腕を伸ばし——アレの入った場所のボタンを押した。つまり、避妊具を購入したのだ。


「……え?」

「私、ここに来る前にたくさん調べたわ。ホテルのこともそうだけど、セックスの際に気を付けることも特に。初めては痛いと言うし、人によってはトラウマになるという話もあったけれど……私、とても気持ちがよかったの」

「そ、そっか。それは良かった」

「さっきも今も、痛みが全然無いの。今すぐにでも二回目ができるくらいよ」

「……ん?」

「それとね……あなたが行為中に快感で歪める顔が、とても可愛いことに気づいたの」

「へ?」

「蓮兎くん。いらっしゃい。今度は私が上に乗るわね。あなたの可愛い姿をもっと見せて欲しいわ」

「え、え。美彩、さん?」

「薬を飲んでいるといっても流石に危険だから、今度からはこれをちゃんと使いましょうね」

「美彩さーん」

「私をまだ辱めたいの? こっちに来て。蓮兎くん」

「はい」

「ふふ。私の初めてはまだ終わっていないの」


 俺はその後、彼女にたくさん可愛がられました。初めてって強い。


 なんだか目覚めさせてはいけないものを目覚めさせてしまった気がする。だけど彼女の笑顔を見ていると、後悔はなかった。




 * * * * *




 ホテルから出て、駅まで歩く。外はもう真っ暗で、居酒屋に光が灯り、一気に大人の街って感じなった。


 俺たちもさっきまで大人の施設に居たんだよなあと考えてしまう。そのせいか、俺たちの間に多少の気まずい空気が流れていた。


「ね、ねえ蓮兎くん」

「はいっ。なんでしょうかっ」

「ふふ。どうして敬語なの?」

「なんかさっきから変に緊張してるんだよ……」

「……私もよ。おかしいわね。自分たちの全てを見せ合った後に、こうして恥ずかしくなるなんて」


 そう言う美彩の頬は、ほんのりと赤くなっていた。


「それで……例のファイル、私が持っていていいのかしら」

「いいよ。一緒に提出してくれればさ」

「私のこと信用してくれるの?」

「まぁ他でもない美彩だし。……それに、日向のためだしな。最初から提出するつもりだったんだろ? 例え俺がまた拒んでもさ」

「……私のこと買い被り過ぎじゃないかしら」

「1年以上美彩の魅力を見つけては叫んできた奴だぞ。美彩に関して見立てを間違えるはずがない」

「……ずるいわ。本当に。蓮兎くん、あなたって人は」

「そういう奴なんだよ俺は」

「ふふ。知っていたわよ。……でも、それならどうして私のことを受け入れてくれたの?」

「……これ以上拒んだら、美彩を傷つけることになるかもしれないっていう気持ちは確かにあった。けど、その、ずっと好きだった人にあんな場所で迫られて理性を保てる奴だったら、俺は今こんなことになっていないというか——んっ!?」


 美彩に両肩を捕まえられたかと思ったら、力強く彼女の方に体を向けさせられ、そのままキスされてしまった。周囲から「ヒューッ」という声が聞こえる。


「み、美彩さん? ここお外ですよ?」

「だって仕方がないじゃない。蓮兎くんがいけないのよ」

「そんなこと言われても、俺は質問に答えただけで……」

「蓮兎くん。今からあの場所に戻らないかしら」

「あ、あー……ほら、明日も学校あるし」

「あら。明日が休みだったらよかったのかしら」

「……なんのことだか」

「ふふ。蓮兎くん、可愛い。このまま明日まで一緒にいたいところだけれど、私もそろそろ帰らないと両親に怒られてしまうわ。今日のところは、この辺にしときましょう」


 妖艶な瞳を向けてくる美彩を見て、やっぱり俺は目覚めさせてはいけないものを目覚めさせてしまったのだと確信した。


「それにしても、まだあの跡が残っているとは思わなかったわ」

「あれだけ強くされたら残るよ流石に」

「ふふ。ごめんなさい。でも、蓮兎くんが私のものっていう証のように思えて、見たときは嬉しかったわ。消えてしまったら、また付けさせてちょうだいね」

「程々にしてな。あれ結構痛いから」

「私は痛みで歪んだあなたの顔も好きよ」

「いけない扉開いちゃってる!」

「ふふ。冗談よ。本気にしないで。あなたの身体は私のものなのだから、大事にするわよ。ずっと、ね」

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