第10章 証拠

第78話

 小井戸との話し合いの結果、噂を流した犯人は先日の交流会の件で俺に恨みを持った荒平で、俺のことを陥れるために悪評を流したのだと結論づけた。


 そして、噂の証拠とやらは俺と晴の写真らしく、それについては小井戸が捜索してくれるらしい。


 俺がやるべきこと……噂を否定する材料を集めるということは依然として変わらないのだが、こっちの方はあまり方針が決まっていない。そこについても話し合いたかったのだが、時間が無くなってしまい話すことなく解散となった。


 教室に戻った俺は、美彩にこっそりと「やっぱり荒平が犯人だった」と伝えた。それは協力者からの情報なのかと問われたので、素直に頷いた。すると、成果があったからか、それ以上協力者については探られなかった。


 晴は俺が戻ってきたことに心底安心した表情を浮かべていた。もしかすると、彼女は俺が馬鹿なことをしようとしていることに勘付いていたのかもしれない。


 午後もクラスメイトからの視線を感じながら過ごし、何とか放課後を迎えた。


 早く帰りたいところだが、今週は俺が掃除当番のため残らないといけない。


「流石に今日は二人で先に帰っててもいいぞ」

「の、残るよ。だって一緒にいた方がいいんでしょ」

「そうは言うけど、ケースバイケースというか……」

「あの。申し訳ないのだけれど、今日は家族との用事があって私はすぐに帰らないといけないの」

「え、まじか。じゃあやっぱり、二人で先に帰りなよ」

「……わかった」


 渋々首を縦に振ってくれた晴と一緒に、用事があるという美彩は帰って行った。俺が一人になる分は大丈夫だろう。


 さて、さっさと掃除を済ませて俺も早く帰りたいのだが……


「うわ、瀬古と一緒かよ」

「一緒にいたくないよね」

「仲間だと思われるかもしんないしな」

「……サボるか?」


 俺と同じく掃除当番であるクラスメイトが、俺を見ながらそんな会話をしているのが聞こえてきた。


 俺だって、そんな自分に敵意を持った奴らと一緒に何かをするのは嫌だ。


「いいよ、先に帰って。俺がやっとくから」


 俺がそう言うと、その四人は分かりやすく喜んで教室を出て行った。


 果たして俺と一緒に作業することを避けることができて喜んだのか、掃除をサボることができて喜んだのか。まあ両方だろう。


 俺だけになった教室で、掃除をするために全ての机を後ろに下げ始める。これが中々骨が折れる。一人でやるものではない。


 これは帰るの遅くなりそうだ。二人には先に帰ってもらって良かったと思っていると、教室に誰かが入ってきた。


「瀬古氏。我がきたぞ」

「小田ぁ!」


 入ってきたのは俺の親友ヒーローだった。


「やはりこうなっていたか。部活を抜け出して戻ってきてよかった」

「マジ助かるよ。一人じゃしんどいなあって心が折れるところだったんだ」

「なに。今度しっかりとお礼を貰うから気にするな」

「任せてくれ。美味い飯食べに行こう」

「うむ。それはいい提案だな。実は気になるお店があってだな……」


 最近小田とは遊んでいなかったこともあって、今度どこかに遊びに行くかという話に展開する。そんな話をしながらも、俺たちは掃除作業を進めていく。


「そういえば噂の証拠なのだが、すまん。未だに手がかりはゼロだ」

「いや、協力してくれてるだけありがたいよ。それと、そっちは俺の後輩も手伝ってくれてるんだ」

「瀬古氏の後輩……というと小井戸氏か?」

「そうそう。あいつも情報通だから、色々と助かってるよ」

「ふむ……」


 小田は何かを考え込み始めた。小田が俺のために本気で取り組んでいることが分かる。


 ……このまま小田に何も教えずに協力してもらうのは心が痛くなり、俺は少しだけ話すことにした。


「小田。噂の真偽についてなんだがな」

「……あぁ」

「半分は本当だって言ったら、俺のこと嫌いになるか?」


 俺がそう問うと、小田は腕を組んで一瞬考えた後、


「仮にそうだとしても、我は変わらず瀬古氏の親友だ。親友が誤った道を歩んでいるのであれば、それを正すのも親友の役目だからな。……それに、夜咲氏と日向氏のお二人を見れば、お二人が瀬古氏を嫌っているとは思えない。むしろ変わらず好いておる。であれば、我から言うことは何もないだろう」


 俺の目をまっすぐ見て、彼はそう言い切ってくれた。


「……小田。今度、全てを話すよ」

「あぁ。我はいつまでも待っておるぞ」

「……親友っていいなぁ」

「うむ」

「小田……」

「瀬古氏……」

「またやってる。それいやなんだけど」


 俺たちが友情を確かめ合っていると、そこに聞き慣れた声が介入してきた。


 声の方を振り向くと、肩で息をしている晴が教室のドアのそばに立っていた。


「晴。どうして……夜咲と帰ったはずじゃ」

「うん。美彩の家の近くまで行ったよ。でもそこから引き返してきたの」

「なんで……そのまま自分の家に帰ればよかったじゃないか」

「なんでって、それはオタくんと一緒かな。ねっ、オタくん」

「う、うむ。……瀬古氏は愛されておるな」

「……ありがたいことにな」


 本当に俺は周りに恵まれていると思う。俺が今楽しくやれているのも、全ては周りの人たちのおかげだ。だから、俺はみんなには幸せになってもらいたい。


 小田に加えて晴も手伝ってくれたおかげで、掃除は想定より何倍も早く終わることができた。


「それでは、我がゴミを捨ててくるから、お二人はこのまま帰りなされ」

「悪いよ。俺が捨ててくるって」

「なに。ゴミ捨て場は部室棟の近くだから問題ない。それより、瀬古氏は日向氏を無事お家まで送ってくだされ。それでは」


 小田は口が結ばれたゴミ袋を持って、教室を出て行った。俺たちはその後ろ姿を見送る。


「オタくんってやっぱり優しいよね」

「あぁ。自慢の親友だよ」


 もう少し自己肯定感が強ければ、あいつはモテるだろうに。


「うーん。ちょっと疲れちゃったね」

「本来は5人でやる作業を3人でやったしな。でも本当に助かったよ晴」

「ううん。いいんだよこれくらい。さて、掃除道具を片付けてあたしたちも帰ろっ」

「だな」


 手に持つ箒やチリトリをロッカーに戻したところで、教室のドアに人影が見えた。小田が戻ってきたのかと思ったが、その正体は別の人物だった。


「うわ。こいつらなんで一緒にいるわけ?」

「二人っきりとかありえな〜」

「やっぱり噂ってガチなんじゃない?」


 美彩にやたら絡んでいっているクラスメイトの女子3人だった。


「日向は掃除を手伝ってくれただけだ」

「だからさ、なんで二人なんだよって言ってんの。他の当番の奴もいるだろ。それと夜咲さんはどうしたのさ」

「俺と一緒にいるのが嫌みたいだったから帰らせたし、美彩は家の用事で先に帰ったよ。それと、さっきまで小田も手伝ってくれてたから3人で掃除したんだ」

「夜咲さんがいない理由は分かったけど、他の当番の奴ら帰らせたのも、日向さんと一緒にいたかったからじゃね? 小田がさっきまでいたのかも怪しいし」

「絶対嘘だよ。二人で放課後の秘密の逢瀬を楽しんでたんだよね! おつかれちゃん! マジキモすぎ!」

「そもそも、この状況で二人きりになるとかありえないし。考えらんない」

「ねえ、こんな奴ら構ってないで早く行こ」

「そうだね。でも一応明日、夜咲さんに言いつけようよ」

「さんせー」


 勝手なことを散々言って、3人は教室を去って行った。教室に用事があったわけではなく、ただ前を通っただけらしい。


 晴は彼女らが来てからずっと顔を俯かせている。やっぱりこの状態が続くと、いつか晴は倒れてしまう。


「晴。大丈夫だからな」

「……うん。でもちょっと疲れちゃった。少しだけ座って休も?」

「あ、あぁ。でも帰って休んだ方がいいんじゃ」

「このままじゃ帰れないから。お願い」


 学校に残るメリットは無いが、晴がそこまで言うならと俺は自分の席に座る。すると、晴は空いている席ではなく、俺の膝の上に座ってきた。それも俺の膝を跨いで対面に。


「は、晴? まずいってこれは——んっ」


 晴は俺の唇に自分の唇を力強く当ててきて、そのまま舌を入れてくる。抵抗しようとしたが、彼女の舌と触れ合う度に脳が痺れ、頭痛を感じなくなる。


 このままこの快感に溺れてしまいたくなるが、現在自分達が置かれている立場を思い出し、その欲求を何とか退け、彼女の身体を押し返す。


「……晴。どうしてこんなことを——」

「レン。好きだよ」


 俺の呼び方が変わった。それも「好き」と言われた。まだ校内なのに。


 彼女は虚ろになった目で俺を見つめてくる。


「あたしたち、みんなに嫌われちゃってるね。クラスメイトがね、あたしのことをビッチなんて言うんだよ。レンとだけしかしてないけど、あたしってそうなのかな」

「そ、そんなことは——んっ」


 また唇を塞がれる。今度は舌が入ってくる前に彼女から離れる。


「……もうどうでもいいよね。みんなにどう思われようと関係ないよ」

「……晴?」

「レン。このままさ、あたしと一緒に落ちようよ。他の人なんて無視して、あぶれ者同士、あたしたち二人だけでさ。どこまでも、どこまでも深く落ちていこ? そしたら何も気にならないよ。お互いを求め合うだけの暮らしをさ、あたしと一緒に——」


 彼女の発言を遮るために、彼女の身体を抱きしめる。強く、強く、強く。彼女が崩れてしまわないように。彼女の身体を支えるように。


「レン……好き。大好き。レン。レン。レン」


 彼女も、俺を求めるように強く抱きしめ返してくる。


 俺は彼女の頭を撫でながら、諭すように話す。


「俺が絶対に噂を打ち消すから。日常を取り戻すから。だから、だから……そんな後ろ向きなこと言わないでくれ」


 それは今の晴にとっては酷なことなのかもしれない。


 だけど、晴はコクッと頷いてくれた。


「うん……レンがそう言うなら。レンがそう望むなら、もう言わない。でも、その代わり、レンのそばにいていい? 遠慮しなくていい?」

「あぁ。この噂のせいで、変に俺から離れる必要なんかないよ。ああいうことを言ってくる奴もいるけど、噂を否定できたらいつか消えるから。……俺が晴を支えるから」

「うん、わかった。レンがいてくれるなら、あたしは大丈夫だよ。レン。好きだよ。レン。レン」


 彼女の不安定さが一層酷くなってしまっている。支えるとは言ったが、やはり早く決着をつけないとダメそうだ。


 それから晴を家まで送り、学校を出る前より精神が安定になった彼女と別れた後、ズボンのポケットの中にあるスマフォが震えた。


 届いたメッセージの送り主は美彩だった。


『今からデートしましょう』

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